135恥目 恋する中也と愛する志蓮


 ボクは要チャンが居ないと生きてはいけない、弱い人間だ。

 彼女はボクとのやり取りなんか忘れてしまってるだろうけど。当の本人だって、たまたま要チャンがリュックん中を整理してる時に「見覚えあるなぁ」と思ったんがきっかけで思い出したんやもの。


 けれど、このスマートフォンについている天然石のストラップがある事がわかれば、本当に要チャンなんだからボクはまた感情を持って生きて行く事が出来る。今、彼女は仕事をしておらず、家に居ない。それがチャンスやと思って、わざわざ戻って来たんは正解やったわ。


 そっとリュックにスマートフォンを入れた。いつかチャンスがあれば、これのストラップをあげたのはボクですと、話してみようか。

 よおく見たら、津軽もある。中身は真っさらで何も書いていないけど、あの日のレシートが挟まっている本だから間違いない。


 そうだ。菊池さんに借りてある漱石先生の本を読んで、また難しくて理解出来んと頭抱えてる要チャンに教えたろうかな。またアイスクリームが食べたいって言うてまうんやろうか。文字ではなくて、コトバで聴けるなら嬉しいなぁ。


 さて、気を取り直して"仕事"に向かおう。

 すると、寝室か片手で頭を押さえた中也サンが、唸りながら出て来た。


「なんだよ、司じゃないのか」


 ボクの顔を見るなり、ため息をついて部屋に戻ろうとする。ふらふらと氷の上を歩くような足取り。猫背だったのと唇が少し紫がかっているのが気になった。


「どないしはったの」

「いや・・・・・・なんでもない」


 何がなんでもない、や。栄養不足みたいな顔しとるくせに。それに――。


「血、ついとるけど」


 それから彼の右手の甲部分には、拭ったような血をつけている。

 それを気づかれたと、直ぐに左手で隠した。さっき咳き込んでいるのが聞こえたから喀血したか、もしくは口内が切れていてたまたま血が咳と共に口外へ出たか。


 それで、不安になったから史実を知っていて、尚且つ信頼のおける藤重クンを頼ろうとしたと。

この血は自分の死に直結するかどうか確認したかった・・・・・・とみる。


「要チャンを悲しませるような事はせんでよ。体調悪いんやったら病院行き?」

「ただの二日酔いだよ。寝てりゃあ治るさ」


 思った事を言っては盗み聞きしたとバレるだけ。自分じゃ体のことはわかんから、お医者に罹りなさいと言ってみるが、どうやらそれは嫌らしい。


「二日酔いに隠れた病気もあるかもしれんやろ。まぁええわ。出かけてくるさかい、無理せんでね」


 彼は何を言っても、こうと決めたらそうする人。本当に体調が悪くなったら使っていいと、ちゃぶ台にお金をいくらか置いてあげた。金がないから病院に行かないと言うことなら解決してやれる。

 本当に何かがあって、要チャンが悲しむような結果になってしまったら、ボクも辛くなるんだから。


「なあ、ひとつ聞いていいか?」

「なん?」


 何故金を置いて行くのか、という質問だろうか。

中也サンはええ人やと思うし、同居人として単純に心配なのだ。

 しかし、実際はボクが考えているような質問ではなかった。


「お前も好きなんだろ? なんで俺に協力的なんだよ。要が要がって言って金は渡してくるし、何かある毎に報告して俺に何かさせようとしてくるし。有難いけど、ちょっと引くぞ」

「はあ」


 あー。そういう事聞くんや。

 嫉妬深いくせに、わざわざ嫉妬しに来るんや。アホなんかな? 具合悪いんやから寝てたらええのに。


 ――しかも、何? 引く?

 要チャンがアンタの事好きやから、わざわざ隣に座らせたり、一緒に買い物行かせたりしとるんやないの。


 好きな子が好きな人と一緒に居て可愛いらしい顔してたら、それが幸せやと思うんが普通なんちゃいますの。

 奪いたいとか思う事もあるけど、それは彼女を悲しませる事になるからタブーやし。


 神童だなんや言われとるくせに、頭回らないんかこの人。体調悪いからなん? それとも、女の子に好かれとる余裕から来る自慢ですか?

 内心は感情豊かやから、正直、パァンと一発かましたりたい気分やわ。


 なぁんて、ここは笑顔で穏やかに答えとこ。


「好きの深さがちゃうから、ちゃいます?」

「お前は浅くて、俺は深いと」


 あ、ムカつく。こめかみに力が入るわ。


「せやね。中也サンや尽斗サンには敵いませんもの。ただ可愛いなぁ想てるだけですし。恋とは違いますわ」


 これは恋やない。恋は罪悪だ。自分本位で醜い感情。ボクはあくまで、要チャン本位。それでも、愛と言うにはまだ早い。


「そうか。自分で言うのは変だけど、結構大事にしてると思うんだ。他の奴に向ける顔と明らか違うしから、そう思う。しかし富名腰って案外いい奴だな。ちょっと誤解してた。悪いな、足止めして」

「いいえ。ゆっくり休んで」


 中也サンはドヤ顔と勝ったと言いたそうな背中をして寝室に戻って行った。


 なんなんアレ。マウントだけ取って、顔色良くしてめっちゃくちゃ元気になっとるの、腹立つわぁ。


 でも、あの調子なら要チャンが帰ってくる頃には良くなってそうやね。出来るなら、落ち込んだ顔は見たくないもの。


 恋だの愛だの区別するのは重要ではない。彼女の幸せの為に、毎日全てを捧げて尽くすのがボクの幸せです。


 ――さて、彼女のお兄さんから頼まれた「火傷に良く効く薬を探すお仕事」でも、しに行きましょうかね。


 中也サンには頼まれへん、大変大事なお仕事ですのん。

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