6恥目 大不況就職活動


「ひゃっ、100円!?」

「え? うん、100円」


 その夜、先生の家に戻ってあったことを伝えると、2人は豪快にお茶を吹いた。そんなに驚くことだろうか。100円なんてすぐ貯まる気がするが、昭和だから価値が違うのか。額の大きさにあまりピンと来ていない。


「だから就活をしようと思うんですよ、ハロワみたいなのってどこにありますかね」

「無いことはないですけど……あ、あの、要さん。100円を本気で……?」


 本気だ。そうしなければ前には進めないのだから、やるしか無い。先生は困りましたねぇ、と難しい顔で眉間に皺を寄せた。


「じゃないと平成に帰れないですし、やるしかないでしょ。あ、見てくださいよ! 茶柱が2本立ってる。上手く行くって事ですね!」


 茶を飲もうと湯呑みを覗けば、縁起がいい。これはすぐに職が決まるという暗示に違いない。けれどやっぱり、吉次も先生も僕の返事に顔を青くするばっかりで、茶柱の話なんて聞きやしない。


「ぼ、僕でもわかります! 100円って、たくさんお金が必要ですよ⁉︎」

「要さん、100円って平成の100円じゃないですからね? 修治さんの言う100円は、1930年のサラリーマンの月収で、平成100円じゃありませんからね⁉︎おまけに今は不景気です。大卒でも就職が難しいんですから……」


 100円がサラリーマンの月収。しかし、サラリーマンの月収と言えど、それだってピンからキリまである。14歳の吉次が理解できる大金だと言うだから、平成で言う20か30。多くて50万くらいだろうか。知らんけど。もし思っている金額ならば、かなりの大金だ。


 そんな大金を簡単に一言で持って来いなんて言えるのは、アホみたいに金を持った金持ちか、または、全く金がない荒くれ者くらいだろう。

 しゅーさんはきっと金持ちだ。いつの時代も大学に行ける奴は、たんまり金を持っている。トランクケースだってそう安いもんじゃ無いだろうし、毎日飲み歩けるほどの金があるならきっとそうに決まってる。


 だとすると、僕が毎日付き纏うのがあまりに鬱陶しいので、とても揃えられない大金を用意しろなんて言ったんだろうか。それも不景気だという事を知りながら。僕の考えとアイツの考えが間違っていなければ、アイツは相当嫌なやつだ。

 何にせよ、帰るためにはきっちり100円、耳を揃えて持って行かないことには何も始まらない。


「あの人も無茶を言いますね。さすが地主の息子なだけありますよ」

「そうなんすか……ん? しゅーさんって地主の息子なんですか?」


 地主と言ったらお金持ち。実情はわからないが、主運輸や資産が多そうなイメージがある。その息子が100円を持ってこいだなんて、か弱い庶民を馬鹿にしてんのか?


「ええ、青森県のどこかの大地主だったはずです。要さん、修治さんの事を本当に知らないんですね」

「はあ……」と、こめかみを掻いた。


 太宰治に全く思い入れのない先生でも知っている事が、僕はわからない。あんなに本があったのに。先生は「突然の状況に頭が混乱しているのかも」とフォローを入れてくれるが、自分でも不思議になるくらい知識がない。面白いくらいわからない。

 記憶がストンと切り落とされたみたいに無くなってしまったのだから、考えたって思い出せるはずがないのだ。


 吉次が淹れてくれたお茶を飲み終えると、2人が就寝の準備をし始めた。僕は押入れにしまっていたリュックから本を全て取り出して、これの最後のページ付近に書かれていた年表を丸暗記すればいいと考えた――が、おかしい。


「あれ?」


 やっぱりおかしい。付いていた筈のカバーが付いていない。昨日までついていた筈なのに、タイトルも著者名も、本文も何も無い。本がすっかり裸になって、書いてあった全てが消えて無くなっていた。


「先生、吉次、この本に何かした?」


 そんな訳あるかと、慌てて尋ねる。2人がこの本を白紙に戻すことなんかできやしないのに、疑うみたいに聞いた。


「いえ……どうかしました? ……え?」

「これ、この、要さんの、ほ、本ですか?」


 2人だって驚いている。先生も確かに一度は手に取り読んだはずの本だと言う。どういう事か、本を捲れど捲れど、4冊共に書いてあったはずの作品も文字も消えている。

 最初から何も書いてなかったかのように真っさらで、小さなノートになったようだった。

 思い出せないから思い出そう頭を使ったったらこうだ。やる気が出た途端にこうも邪魔をされたら腹立たしくて抑えられない。本を畳に投げ付けて、口も悪くなる。


「ふざけやがって!」


 あの親父がそうしたに違いない。だから腹が立つ。趣味なのかなんだか知らないが、きちんとやって欲しいようにしてやるんだから邪魔はしないで欲しい。


 あのクソ野郎!


 この本がヒントだったとするなら尚更のこと。これでは何も知らずにこの時代を生きていく事になってしまう。まさか先生にずっと頼るわけにはいかない。あと4年で帰ってしまうとなれば、僕はこの先、何も無しにどうしたらいいんだろうか。

 せめて、あの人のこれからを知っていたら生きやすかったのに。大きなため息が出そうになったが、今更先生と吉次に気を使わせまいと、欠伸のフリで誤魔化した。


「か、要さん。最近ずっと走り回っていたから疲れてるんです。明日の事は明日考えましょう?」

「……そうですね。ごめんなさい」


 吉次は僕がすぐ布団へ入れるように、掛け布団を捲ってくれた。感情に任せて荒々しい態度を取ったからだろう。2人は本当に優しくしてくれる。明かりが消された後は、どんな職なら雇って貰えるか考えて過ごした。


 僕に出来ることで、この時代にでも通じる事。僕は昭和に来る前、何をしていたんだっけ。自分のことまで思い出せなくなっていくのだろうか。

恐怖を感じたが、やっぱり抗えない。


「そうだ、郵便局員だ……」


 一つの細い記憶をギリギリで掴み取る。危なかった、もう少しで忘れるところだった。たったそれだけのことに安心した途端、猛烈な疲れが襲いかかり、麻酔銃に撃たれたように深い眠りに落ちた。


 *


「要さんの経験が活きたとしても、就職となると……」


 翌朝。先生に郵便局で働きたいと話すと、難しい顔をした。なんとなくそう言われる覚悟はしていた。こんな不景気じゃ就職は勿論、郵便局に勤めるなんて難しいに決まっている。

 1929年にアメリカのウォール街で起きた「世界恐慌」は、日本にだって他人事ではなかった。何か経済に大打撃があれば、企業の倒産と大勢の失業者が溢れ出すのは、平成でもニュースで流れている。


「難しくても、やらなきゃいけないんです」

「そうですね……僕は運が良かった。古在先生のおかげで今は事務員をやれています。だから正直に言ってしまえば、要さんの苦労は想像出来ません。上手いことは言えませんが……」


 先生は吉次と同じで素直な人だ。こちらの苦労が分かりもしないのに、変にああだこうだ言われるよりも、わからないとキッパリしてもらったほうが楽である。

 それが出来るのは、この人が正しく優しいからで、決して嫌味ではないからなのだ。

 

 少し黙って、それから僕の肩に手をポンと置くと「お布団とご飯の心配はしないでくださいね」と、申し訳なさそうに笑った。


 その言葉だけで僕がどれだけ勇気づけられて前向きになれるか、先生は気づいていないだろう。


 *


「ダメダメ、雇えないよ」

「そこをなんとか! どうしてもお金が必要なんです、なんでもしますから!」

「なんでもする? なら早く出て行きなさい。おい、出せ」

「そんなぁ! おい! 腕を掴むな! 痛てぇよ!」


 最寄りの郵便局に出向いたが、いくら頭を下げても受け入れてくれやしない。経験があると言っても、そのくらいの嘘をつける度胸だけは認めてやると言われるだけだ。

 終いには郵便局員に両腕を掴まれて、梅雨の雨が降る外に放り出されてしまった。


「くそっ、仕方ない、次!」


 服に着いた泥を払ってスイッチを切り替える。第一希望はダメだった。それだけだ。挫けている暇はない。とにかく職を選んではいられない。見た目の年齢が「子供」だと思われれば、大人はそれだけで切り捨てる。

 先生がくれた新聞の求人情報を握り締めて、手当たり次第に当たっては砕け、開いている店があれば一心不乱に頭を下げる。それを繰り返してあちこちを周った。


「そんな余裕ないわよ」

「どんな状況かわかってんのか」

「身売りでもしてろ」


 周った分だけ、冷たい言葉を貰う。いつの時代も変わらない。就活は厳しいのだ。しかし僕が受けるダメージは1パーセントに満たない。


 僕は学校を卒業後に入社試験で数えるのも大変な数のお祈り通知をもらい、地道に続けていたアルバイトから最近契約社員になったタイプの人間だからだ。圧迫面接、書類落ちなんて傷ついていたのはいつの話だ。中卒の僕にはこんなの屁でもない。

 お祈り通知はもう見飽きたなんてものじゃない、もはや予測出来るまである。封筒を触った感覚で「合否」が判ってしまうのだ。


 昭和5年の就活はまだ通知表がないからいい。口頭で「ダメ!」と言われれば終わり。辛いと凹む前に次へ行けば、前の失費は意外とすんなり忘れられる。

 馴染まなければ雇用はすぐに切られてきた。死に物狂いで培った場の適応能力は健在だ。


 さあ、次に面接を頼むのはこの飴屋だ。

 子供達が群がる甘い夢を売る店。半分駄菓子屋のような雑貨屋のような、まるでコンビニのような場所。この店で働いているのは、腰の曲がった爺さんだ。


 それを狙って来たわけじゃないが、しゅーさんを探しに東大へ行く途中に通りかかる店で、毎日挨拶をしていたから顔見知りになっていた。

 今日も老いていく体に鞭を打って働いている。強面で如何にも頑固親父に見えるその人に、最初は怖くて挨拶するにも怯えていた。

 

 けれど実際は、人は見かけによらず、とても優しい人だった。


「爺さん、こんちは」

「おお」


 こちらを向いて手を振ってくれる。強面な溢れる笑みは、爺さん特有の可愛さがあって親しみやすかったりする。

「こっちに来いと」手招きをされると、店の奥にある茶の間にあげてくれた。


「最近来なかったろう」

「探してる人が見つかったんですよ。それで今は……えーと」

「そりゃ良かった。随分辛抱強い野郎だと思ってたが、諦めたんじゃねぇかと思ってよ。んで、今度はどうした」


 僕のことを心配してくれていたんだ。腹が減っていないかと、銀座で買って来たというあんぱんをひとつくれた。

 この優しさが、今はちょっぴり喉に詰まる。しかも、かなり親身になって聞いてくれるので、言い出しづらい。

 だって、いくら働きたいと言っても、結局はお金の事だ。あまり深く考えちゃいなかったが、顔見知りに就職させてと頼むのはこんなに心苦しいとは考えていなかったのだ。僕は僕のために此処にきた理由を言わなきゃいけない。


「どうした」


 顔を覗き込まれる。黙り込んだので心配してくれているんだ。ああ、言い出しづらい。そうだ。10まで数えたら言おう、そうしよう。


「えっと……」


 1、2、3……こんな時のカウントダウンはやけに遅い。もういいわ、言ってやる!


「ここで働かせて欲しいんだ! どうしてもお金が必要で、なんだってするから、どうか、お願いします!」


 数え終わる前に言ってしまった。体は自然に土下座。ぼろぼろの畳に頭を押し付けて。来て早々悪いとは思っている。


「……」

「お願いします……!」


 僕の声だけが虚しく部屋の壁にぶつかって、消えていく。爺さんはしばらく黙ったままだった。そして「この家には」と切り出す。


「お前に払ってやれる金はない。悪いな、帰ってくれ」


 今までで1番優しい「不採用通告」だった。それだけに、今までのようにしつこく繰り返し頼み込む事は出来なかった。大人しく「お邪魔しました」とだけ言って店を出て、その日は真っ直ぐ先生の家に帰った。


 そしてまた、毎日しゅーさんを探した時のように職を探しに街へ繰り出す。朝から日が暮れるまで。断られては、また探す。


 このままじゃ100円はおろか、一銭も稼げない。この時代、平成のようなアルバイトも簡単には見つからない。身売りも考えたが、僕自身が売られてどこかに連れ去られてしまっては本末転倒なので無理だ。

 どうしようかと悩みながら、断られたはずの飴屋の爺さんが気がかりで、足は店の方へ向かっていた。


 それ以上にやっぱりここで、飴屋で働きたいと思っている自分がいる事に気づいた。この足を動かしていた1番の理由はそれだ。


 気がついたらもう店の目の前で、先日同様、子供が群がっているじゃないか。子供達の真ん中で爺さんは菓子を売っていたが、すぐ僕に気づいた様で目があってしまう。


「こんちは」

「おう」


 何か言われると思い、気まずくて挨拶だけ交わし、すぐその場を立ち去ろうとする。そうだよな。会話なんか出来ない。僕は弱虫だ。ああ、走り出したい。でも働きたい。意気地なし! 早く言えっての! と、誰か尻を叩いてくれないだろうか。


 そう考えていると、すぐ後ろで「ドサッ」と、生きているものが倒れた音がした。


「おじさん!」


 同時に子供達の悲鳴。後ろを振り返ると、爺さんが腰をおさえながら倒れている。


「爺さん! 大丈夫か⁉︎ 何処が痛い⁉︎」

「腰が……」

「待ってろ! おい、爺さんの部屋の布団を敷いてくれ!」


 えらく酷い腰痛に襲われた爺さんを抱き抱え、菓子を買いに来た子供達に布団を敷かせる。爺さんは痛みに苦しめられ、顔を歪めていた。


 布団を敷き終えた子供達をさっさと帰して、爺さんと2人になった。爺さんは少し痛みが和らいで来たのか声を掛けてくれた。お礼から始まって、それから、昨日の話。


「今日は、何しに来たんだ」


 言いたい事はわかっているはずだ。


「ごめん、爺さん。ここでやっぱり働きたいんだ」


 僕はまた、畳に頭を擦り付けた。


「馬鹿言うな。こんなジジイから金を搾り取るんじゃねぇよ。帰ってくれ」

「腰、酷いだろ」

「帰ってくれ」


 また今日も大人しく帰るしかなかった。しかし次の日には爺さんの腰が心配で店先に座り込み、店番をしてしまった。

 爺さんは何も言わなかったが、寝静まるまでずっと近くに座り、寝息が聞こえたら店を閉めて先生の家に帰っていく。

 そうして朝が来たら飴屋に行って開店準備をやりながら、爺さんの様子を見ては就職したいとまた土下座。


 爺さんはダメだと言いながら、飴の売り方や店の事を教えてくれた。全くおかしな話だが、それを5日くらい続けた。そうしてここで働きたいと土下座をしてから1週間たった朝に、飴屋に行くと杖をつきながら爺さんは店先に立っている。


 よろよろと辛そうに腰を曲げて歩く。堪らず駆け寄って支えようとすると、手で払われてしまい近づけない。


「爺さん、歩いて大丈夫なのか?」

「どうして、そんなに金が欲しいんだ」

「は?」


 爺さんは、僕を見下ろして無理して腕を組む。やはり辛いのか、結局店の商品棚まで足を引きずりながら歩いて行って、背をもたれては呆れながら聞いてきた。

 

「面接だ」

「えっ」


 爺さんは体に鞭を打ち、僕の就職試験をしてくれているのだ。僕はチャンスをもらっている、運のいい奴だと思う。なら真剣に答えなければいけない。爺さんの目を真っ直ぐ見ると、就職試験が始まった。


「えっと、多分今から、金に困る男がいまして、すごく、すごく可哀想で、このままいけば、酒と、それから、カモ、カモ……じゃない、なんだっけ、ほらあの薬。あぁそうだ! カルモチン! カルモチン中毒になってしまう……らしいんですよ」


 不思議な事に、本に記されていた今から少し先のしゅーさんの事を思い出した。それは、ムラサキケマンが反応した時の様な感覚に似ていた。

 いずれしゅーさんは金に困る。そしてカルモチン、即ち薬物中毒になってしまう。100円を持っていくのもそうだが、しゅーさんを助けるにはきっとそれ以上の金が必要だ。


「薬かい」

「えっ、あっ、まあ……でもまだ中毒にはなってないですけどね」


 爺さんはあからさまに引いていた。店の奥へ逃げるようにして去って行こうとする足を、咄嗟にひしっと掴んだ私の手。


「まだ中毒にはなってねえんだってば!」


 いつの時代も、薬の中毒者というのは常人の気を悪くさせるらしい。私もそうだ。近い人間が薬物に溺れてるなんて聞いたら、めんどうだから関わりたくない。それが、半分が優しさで出来ている薬ならば関わるかもしれないが、しゅーさんは違う。

 

 爺さんは足をバタバタ動かし、手を払いのけて舌打ちをしては、これ以上になく面倒くさそうに呆れて、私を見た。明らかに「こういうのは雇いたくない」というサインだ、このままではチャンスがピンチになってしまう!


「それじゃ何に使うんだ! 薬中毒になりかけた男に使う金ってのは」

「なりかけてもねぇって!」


 これから言う事は信じて貰えないとは思う。しかし私、いや、僕は断じて嘘はつかない。何故なら全てが嘘のような本当であるからだ。


「あのですね」

 

 これは夢なのかもしれない。正直なところ、僕にも自信がない。しかしこれが夢であろうとも本当だ。


「僕、実は未来から来た人間で、ずっと探していた、しゅーさんを助ける為に来たんです! だから言いつけ通りの100円稼いで、あの人のところに行かなきゃいけないんだ。それで、いつか酒と薬のかわりに、原稿用紙と豆腐や納豆、それから病院へ行かせるために必要なんです!」


 店主は首でも痛めたのかと心配になるくらいに、勢いよく首を横に傾けて「は?」と一言。しかし僕は続ける。


「今は津島修治という男、未来には――太宰治という小説家になります!」


 爺さんの目をしっかり見て、叫ぶ様に訴えた。僕を嘘つきだと思ってしまっても仕方がない。それでも信じてくれないだろうか、無茶だとわかっているけれど、それでも――。


「……お前は」


 また土下座をして地面に頭を擦り付けた。擦り傷が出来て、血が出るまで、何度も、何度も。


「ごめんなさい、でも僕はしゅーさんを助けてあげなきゃ、帰れないんだ! 嘘みたいだろ、でも、でも――」


 泣くのはずるい。働きたい。働かなきゃ、先に進めない。すると土下座をしながら泣く僕の背中は掌で撫でられて、優しい声が頭の上から聞こえてくる。


「うちだけじゃあ100円は無理だ……朝早いのは平気か」

「え……?」


 顔を上げると、爺さんが笑って、僕の泣きべそをかいた顔を見るなり背中をポンと叩き、「豆腐屋と飴屋、兼業だな!」と言って店の奥に入っていった。


 これは「合格」なのか……?


「爺さん! 兼業って」

「腰が悪いジジイの代わりにしっかり働けよ、えっとお前は……」


 気がついたら月日は7月を迎えている。この時代にきて3ヶ月が経ち、78軒の店に断られた末に、やっと僕は職につく事が出来たらしい。


「改めまして、僕は生出要です!」


 強面腰痛爺さんの飴屋と豆腐屋の兼業生活がスタートする。東大近くの道路の舗装も大雑把にしかされていない道の並び、僕が選んだ就職先は子供と学生の憩いの場。


 ここならきっとまた、お金がなくてもしゅーさんに会えるはずだ。

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