第7話 友達

医学部・研究棟から出る珠子と詩織。


硝子の扉が静かに開いた玄関。


「出るときはいらないんだね、カード」と、珠子。


会社勤めの経験もないから、率直な感想。




詩織は「それはそうね。私も気づかなかったけど。」と、笑う。


ふたり、笑顔に戻る。



大学のキャンパス。並木道になっていて

広葉樹生い茂る静かな場所。


都会とは思えない静寂である。


ふたり、歩きながら。



「じゃあ、またね。私、仕事の途中なの」詩織は

素っ気無く後ろで纏めた髪、シルバーフレームの眼鏡。


高校生の頃と変わらないようだ。



珠子は、にこにこと「詩織ちゃん、変わんないね。」


詩織も同じことを言おうと思ったが、珠子の気持ちを考えて

それは避けた。「すぐに分かると思う、結果。でもね、珠子。

何があっても、私たちは友達だから。」



ちょっと真面目な表情の詩織に、珠子は少し驚いたけれども

10年前、最初に仲良くなった頃を思い出して。


「ありがとう。詩織ちゃん。」

珠子にとっては、一番嬉しい言葉だった。



そう、ひとりだけ変わった風貌になってしまえば

喩え、若々しくても。

なんとなく、取り残されたような。


そんな気持ちになりかけていたのだった。







詩織は、手を振って別れてから

坂道を下り、生態学研究室の方へと向かいながら考える。




・・・・。


もし、遺伝子がどうあったとしても。

大切なのは気持ちだよね。



そう、ひとの気持ちって年を取るものでもない。


高校の同窓会に行くと、みんな高校生に戻ってしまうように。



見ている相手は加齢していても、気持ちは高校生のままだ。



「心って、年を取らないものね。」



そう思うと、少し気楽になるし



「遺伝子解析なんてしなくても良かったかなぁ」と

ちょっと反省。



それが、却って友達を苦しめるかもしれない。

そう思ったりもした。







一方の珠子は、キャンパスの門、煉瓦造りが趣深いそれを

眺めつつ「大学って、楽しそうだね。」



あまり、勉強には縁の少ない珠子であったが

別に、職人に勉強が必要でもなかったから

気にはしていなかったけど。


こういうところなら、通うのもいいな、と

思ったりもした。




医学部付属病院にお見舞いにでも来たのか

若い母親と、幼い子が

手をつないで歩いている。


幸せそう。


珠子は、そう思う。同時に

「私が、もしこのまま年を取らなかったら

子供が生まれたりしたら。」



いつか、子供より外見が若くなってしまうかもしれない。


いつか、子供の死を看取る事になってしまうかもしれない。



珠子の母は、それで失踪したのだろうか。





「そういえば・・・。」


思い出のお母さんは、いつも優しい笑顔で

病気で苦しんだり、事故で怪我をしたりとか

死につながるような記憶はない。



お葬式をした、と言う記憶すらないのである。



「そんなこと、ある?」幼かったとは言え。





「ご近所さんは覚えてるのかな。」



ふと、気づくのは

この間、珈琲を進めてくれた

喫茶店主だった。


「私の気持ちを、どこか分かっていたみたい。」




不思議な感覚の珠子だった。



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