#21 信用問題

 雪音に呆れた視線を向けられる中、白夜は唐揚げランチセットとナタデココジュースを注文した。注文を受けにやってきたウェイトレスは白夜に聞く。


「お飲み物はいつ頃お持ちいたしましょうか」


「食前でお願いします」


「かしこまりました。では、ただいま持ってまいりますね」


 白夜が答えると、注文を受け取ったウェイトレスは厨房へと消えていく。


 もうそろそろこの喫茶店のウェイトレスも見慣れてきたな、と白夜が思いつつメニュー表を片付けていたら、彼女はすぐナタデココジュースを持ってきた。


 彼女は一言告げてからそれを白夜の前に置くと、そそくさと厨房へと帰っていく。仕事が早いなあ、なんて思いつつ、白夜はナタデココジュースに手を伸ばした。


 雪音もあらかじめテーブルの上にあったコーヒーカップを一口飲む。その後、咳払いをして白夜を見た。


「とにかく、その神剣があれば心強いですね。いつでも出せるんですか?」


 中断していたが、そういう話をするためにここにいるのだ。白夜は気分を切り替えつつ、ジュースをテーブルの上に置いて答えた。


「出し入れはいつでもできるけど、元になる棒状の物が必要だな。元の持ち主曰はく、神剣の霊力を物に憑依? させて実体化してるらしい。一応、腕や足にも憑依して強化できるけど、その場合は剣を顕現できるわけじゃなくて、殴りや蹴りの破壊力が上乗せされる感じだな」


 白夜の言葉に雪音は興味深く瞳を走らせた。


 "天叢雲剣"の元の所有者は字だ。彼女は神社から盗んだものを勝手に使っていたので、正式な持ち主というわけではないが、その使い方は知っていたようだった。そしてその仕組みも。


 しかしながら、白夜にその全てを説明することはなかった。隙を見て何気なく聞いてみても『時が来たら』とはぐらかされた。火孁は何か知っていそうだったが、無理矢理に聞く気もなかったので、結局そこらへんは有耶無耶に終わっている。


 そんな白夜の話を聞いた雪音は少し嬉しそうに告げた。


「では大きな戦力として期待できますね。斬れ味なんかは見なくても分かりますし」


 彼女の言う通り、斬れ味は言われるまでもなく普通の刀や剣を超越していた。"神剣"の名に恥じないスペックを有している。


 彼女としては予想外だった、"天叢雲剣"という強大な存在。この神剣があれば、金剛寺との戦闘がかなり楽観視できるだろう。


 それもあって少し嬉しそうな雪音であるが、白夜はそこまで楽観的ではなかった。白夜は落ち着いた瞳で彼女へ言う。


「もちろん期待してもらって構わない……が、実体化させたり腕とかに憑依させたりしてる間は精神力がどんどん削られてくんだ。だから出し入れは自由でも、ずっと出しっぱとかは厳しい」


「……なるほど。ということは、基本戦術は異能の方を介した感じになりますね」


「そうだね」


 "天叢雲剣"は確かに神剣であり、戦力にもなる。が、それに伴い使用者の負担も強大だ。


 字から"天叢雲剣"を引き継いだばかりの頃なんかは、顕現してから五分ほどで限界だった。今でこそ、その時間は伸びているが長時間の顕現はきつい。


 これで"天叢雲剣"についての説明は粗方終わっただろう。雪音は話題を次のものへと移らせた。


「そういえば、白夜さんの異能、"重力操作"の方はどの程度なんですか? というより、どんな感じで使うんです? 色々勝手が効きそうですけど」


 白夜の手札は"天叢雲剣"だけではない。メインとして"重力操作"の異能がある。それについてもお互い知っておく必要があった。


 昨日もエイラ相手に"重力操作"を使用して戦闘を行ったが、消極的な戦法だったため、その全容を雪音は測りきれなかったのだろう。そういう戦い方を意識していたので、そういう意味では思惑通りだったようだ。


 白夜はソファに背もたれる。


「"重力操作セカンド・グラビティ"は呼び名通りかな。地球の重力を操作するんじゃなくて、俺自身が重力を生み出して操作する」


 白夜は馬目の箸の上に手をかざした。すると箸がぴくりと震え、かざした手の平へと吸いつく。


「質量がある物体、地球のように大きな物体から、原子のように目に見えない小さな物体まで、その全てが重力を持ってる。まあそこら辺の事情は学者ほど詳しく知らないけどね。俺の"重力操作"はそれとはまた別物で、広義の"重力"を生み出し操作する感じだな。引力と斥力、その二つをひっくるめた重力を操る」


 手の平に吸いついた箸。白夜は言い終わると、それをテーブルへ置きなおす。


「攻撃手段としては……重力波を撃ったりとか、殴るときに重力で加重して威力を上げたりとか……。あとは重力で相手を壁に貼り付けたり、地面に組み伏せたりすることもできるな。そういうのは相手との距離が短ければ短いほど、強く束縛できるね」


「聞く限り、中近距離で立ち回る感じですかね」


「その通り。基本的には相手と殴り合いながら重力で相手の体勢を崩して、その隙に叩き込むってスタイルだから。距離を取られそうになったら引き寄せて接近戦を維持する感じ」


 白夜の戦闘スタイルの軸は接近戦だ。"重力操作"はそれを補佐する感じで扱うことが多いので、あまりそれそのものを攻撃手段としては用いない。たまに重力波を撃ったりすることもあるが、基本的には拳や蹴り主体で戦うことが多かった。


 というのも、白夜が戦闘技術を教え込んだのは字と火孁である。彼女らは当然ながら、白夜特有の異能である"重力操作"の使い方なんて知っているわけがない。だから共通する部分、すなわち拳と足を使った武術を白夜に教え込んだ。


 白夜も"重力操作"を中心とした戦闘スタイルを独学で習得するよりも、異能力者ミュートとしての超人的な基礎能力を活かせる武術を、達人である二人に教わった方が効率が良いと分かっていたため、必死に学ばせてもらった。


 もしも白夜の独学で戦闘方法を編み出したのであれば、戦術は自らの異能である"重力操作"を主体に組み込んだ形になったかもしれない。だがそうはならなかった。それだけだ。


「……ということは……金剛寺を二人で挟むとして、同時に彼を襲うとなると……。接近戦同士、お互い邪魔になりそうですね」


「それは思った。連携とか取れそうにねぇよな。雪音さんは"凍結"の異能あるけど、基本はやっぱり剣術中心の立ち回りだろ?」


「はい」


 黒く艶のある髪を人差し指でなでながら、雪音はそう思考する。白夜もその考えには同意だった。


 雪音は席の奥に立てかけてある木刀袋に手を伸ばすと、それを自分の肩に寄せながら告げる。


「私の異能は"凍結"、物や大気を凍結させます。相手を凍結させる冷気を飛ばしたり、氷の壁を作ったりもできますね。一番は剣撃に冷気を乗せる感じで活用していますが」


 彼女の基本の戦闘スタイルは白夜も平塚のバーでちょっとだけだが体感した。おそらくコンクリートをも抉る強烈な剣撃と、それに付随した一瞬で肉体を凍結せしめる冷気。その合わせ技は地味ながら厄介だ。


 現に初対面時、短い時間で白夜の両腕は凍結させられた。あとちょっとで、奥の手である"天叢雲剣"を足に顕現させ無理やり突破するハメになっていただろう。


「聞く限り、私と白夜さんの戦闘スタイルは似通っています。私も剣術を中心の立ち回りなので。確かに競合していますが、似ているからこそ、逆に作戦も立てやすい」


「それはある……。あ、じゃあこんなのはどうだ?」



 白夜は思いついた案を雪音へと語り始めた。雪音も白夜の案へ意見を述べていく。その途中でウェイトレスが唐揚げランチセットを運んできたりして、それを食べながらの議論は徐々に結果という形をなしていった。



「――では、金剛寺相手に二人で接近できた際は、その案でいきましょう」


「……金剛寺に二人が無事辿り着けたらの話だがな」


 とりあえずは対金剛寺の戦術は決まった。しかしながら白夜が触れたように、それは白夜と雪音が交戦可能な状態で、金剛寺と合間見えることができた場合の話だ。


 加えて、白夜の経験上、こういう状況で作戦が計画通りいくとは考えにくい。市販のお守り程度に思っておくのが良いぐらいだ。


 さらに敵は金剛寺一人ではない。分かっているだけでも、電撃の異能力者と虫取り網の少年が彼の味方についている。それ以外にも、まだ見ぬ敵の恐れが十分にあるのだ。


 敵の数に対し、こちらの人数は白夜と雪音の二人だけ。"スイレン"からはこれ以上の増援は望めないときた。戦力不足を前に白夜はため息交じり小さく悪態をつく。


「……"スイレン"からちょっとぐらい異能力者派遣してくれてもいいのにな……うん?」


 白夜はその不満を改めて口にして、ふとそこに引っかかるものがあることに気づいた。


 しかしその正体は分からない。何かがおかしい、そんな気持ちだけが先行していた。


「どうしました?」


 突然に口をつぐんで何かを考え始めた白夜を不信に思って、雪音は彼を覗き見る。白夜も視線に気づいて彼女を見返した。


「いや……」


 言葉で誤魔化しつつ、雪音と面影が重なる彼女の父親――総司の姿。彼は娘を信用していると、白夜へ語っていた。そして大切に思っていることも白夜は理解した。


 だからこそ、引っかかっていた。娘である雪音にそこまで肩入れするのなら、彼女と同じく娘であり長女の雪華にも同等に大事にしているはずだ。


 "スイレン"の幹部である彼の立場を利用すれば、普通なら不可能でも無理やり人員を割くことぐらいはできそうなのだが、総司はそれをせず、雪音と白夜に委ねた。


 ズレている。焦点か、先の目標か。腑に落ちない。


 その疑問を雪音に言うべきか。白夜は瞳を細める。彼女を混乱させるだけではないか。


 いや――白夜は雪音をまっすぐと見た――何を今更迷う必要がある。彼女は信頼できる。これまで短かい付き合いだが、その中でも彼女の色々な側面を見てきたのだ。白夜は口を開く。


「雪音さんの親父さん、東宮総司って言ったっけか。見てて普段と違うように感じたりはしないか?」


「……父、ですか?」


 雪音は怪訝そうな顔を見せた。白夜は続ける。


「ああ。なんかおかしい気がする。特に根拠はないんだが、雪音さんの姉が危篤だってのに、その問題を俺たち二人だけで解決させようとしてる――あの人の立場なら、無理やりにでも人員を用意できそうだろ」


「……」


 白夜の言葉に雪音は顎に手を当てた。それから白夜へと冷静に告げる。


「……父が無理というならそうなのでしょう。普段と同じで妙なそぶりもありませんし、いつも通りです。考えすぎでは?」


「……そうか。なら別に――」

「と、言うのは建前です。貴方がそう言うなら、私からも考えてみましょう」


 ふと、雪音は白夜の言葉を食い気味で遮った。さらに肯定するようなことも続けており、白夜としては予想外だった。思わず雪音を凝視する。


 その視線に気づいたのか、雪音は白夜を見つめたまま、テーブルに肘をついた。


「貴方との関係は薄っぺらいかもしれませんが、薄っぺらい中でも分かったことがあります。少なくても私に会ってからの貴方の選択は、特段悪いものではないということです」


「……それは褒めてるのか?」


「……まあ、少しだけ。だけど褒めているというよりは」


 雪音は何かを言おうとして、そのまま言葉を詰まらせた。じっと白夜が見つめる中、彼女はその視線から逃れるように視線をそむけ、ぼそりと、しかしはっきりと言った。



「――信頼してるんですよ。……これもちょっとだけですが」



 白夜は思わず面食らう。そんなことを言われるとは思ってもいなかった。


 動揺しつつも、白夜は恥ずかしさからか少し赤面している彼女の横顔に気づく。


「……ハッ。嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」


 白夜もそう言って、色々と誤魔化したのだった。

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