#22 動き出す

 見慣れてきたウェイトレスが白夜の皿を下げると同時に、雪音のコーヒーカップも新たに持ってきたものと入れ替えた。彼女はそのまま一礼して去っていく。


 雪音は新たに持ってきてくれた暖かいコーヒーに口をつけながら、その記憶を思い起こしていた。


「そうですね、父については怪しい挙動はありませんでしたが、仕事の方で少し思うところがあったようです」


「……思うところ?」


 白夜もウェイトレスが気を利かせて持ってきてくれた、新たなナタデココジュースを飲みながら彼女の話に耳を傾ける。


「持ち場、といいますか。"白き信頼スイレン"の中枢にある情報機関の巨大ストレージ、"情報種子機関シード・クラスター"に、よく足を運ぶようになったようです」


「"情報種子機関シード・クラスター"か……。そこで東宮総司が何をしていて、それが打倒金剛寺の人手不足に関係してるのか……」


 白夜は腕を組む。"スイレン"の中枢とやらにある"情報種子機関シード・クラスター"。白夜には想像し難いものであるが、要するに"スイレン"が得た様々な情報が保存されている場所であろう。


 もし、『その"情報種子機関シード・クラスター"に東宮総司足を運んでいること』と『金剛寺を倒すためにこれ以上人手がさけないこと』に繋がりがあるとしたら、どのようなことが考えられるだろうか。こういうことには疎い白夜であるが、頭を回転させた。


 昨日今日で"スイレン"や金剛寺、東宮一家らに対して得た情報。それを次々と想起しながら、当てつけでもいいからまともそうな理由を探していく。


 そうやって稚拙ながらも何とか捻り出たものを、白夜は口にした。


「……東宮総司は"足りない"情報を探っている……とか?」


「……金剛寺についての情報ですか? それなら、昨日の資料を作る際に粗方調べ終えてるハズなので、"足りない"ということはないのでは……」


「そうだよなあ……」


 なんとか捻り出せた理由も真実には程遠そうだ。そもそも、今求めている真実自体が眉唾ものであり、存在すらしない恐れさえある。


 複雑な状況に白夜がため息をつくと、雪音もそれに続くように言った。


「そのことについてはあまり思いつめない方がいいのかもしれません。白夜さんの言う通り、父が何かを隠しているかもしれませんが、決して私たちをおとしめるような理由で隠しているわけではないと思います」


「そう……だよなあ」


 雪音の真っすぐな物言い。雪音の父に対する信頼が垣間見る言葉だ。白夜は彼女の父である東宮総司の雪音への信頼を知っているため、言葉の信ぴょう性も理解できる。


 確かに東宮総司は白夜に対してはともかく、雪音を切り捨てるような真似はしないだろう。隠し事があるとしても、そこまで致命的なものではないはずだ。


 白夜はナタデココジュースを飲み干した。


「考えても仕方ねえな……。杞憂かもしれねえし。雪音さん、変なこと言って悪かったな」


 白夜のそれは雪音の身内を疑ったようなものだ。加えて、疑いだけをぶら下げただけで、明確な答えも出せなかったという結果に終わった。これではあまりにも不躾ぶしつけであろう。


 白夜の謝罪に雪音はじっと白夜を見つめ返すと、人差し指を立てた。


「……可能性を模索するのは結構ですよ。ただですね、昨日からずっと思ってたことを言わせて貰いますけど、いいですか?」


 立ち上がり身を乗り出すと、雪音は白夜を近くから見つめる。白夜はぎょっとして体を後ろに下げた。


「な……なにか失礼を……?」


 雪音の言うことによれば、昨日から続いていることのようだ。彼女の表情を見るに、怒っているというわけでもなさそうだが、何か不満があるのだろうか。


 雪音はそんな白夜にため息をつくと、立てた人差し指を白夜に向けた。


「昨日からずっと"さん"付けしてるじゃないですか。それ、子供扱いされてる気がするので、やめてほしいです。確かに貴方は私の年上で、立場的にも同等かちょっと上でしょうが、子供扱いは不要です。呼び捨てで構いません。それに少し他人行儀な気がします」


「は、はぁ……そんなことか……」


 まさか呼び方に言及されるとは思っていなかった。何か重大な失礼を指摘されるのか思っていた白夜はひとまず胸をなでおろす。


 しかし彼女の言うことも間違いではないかもしれない。白夜は席に座りなおした雪音を見つめなおした。


 昨日、この場所で総司へ語った言葉は雪音を子供扱いしていたからかもしれない。他人行儀というのも、昨日"天叢雲剣"のことについて語れなかったことからして、その言葉の通りだった。


 白夜は口を開く。


「分かったよ、雪音……ちょっとむず痒いな」


 そう言って白夜は苦笑した。


 そういえば年代の近い女子を呼び捨てしたのは久しぶりだ。思春期というやつなのだろうか、と白夜は自覚する。


 雪音もそれを見て笑った。


「その調子ですよ、"白夜"」


「……うん?」


 突然に呼び捨てにされて、白夜は違和感を覚えた。別に不満なわけではないし、そこにそれほど拘るつもりはないが。


 雪音は困惑する白夜を前に、そのまま笑いかける。


「私も他人行儀的な呼び方をやめにしました。どうですか? どうせなら呼び捨てで呼び合いましょう」


「お、おう……。俺的には別に構わないが……してやられた感があるな……」


「ふふっ。これからも仲良くやっていきましょうね」


 どこか楽しそうに笑う雪音は白夜よりも一枚上手だったかもしれない。白夜もつられて笑う。


 それから雪音はごほんと咳ばらいをすると、笑みを消して口を開いた。


「ごほん。さて、じゃあ本題に戻りましょうか」


「……そうだな」


 一気に雰囲気は軽いものから真剣味が帯びたものへと変化する。雪音は言った。


「まずは金剛寺の居場所です。とりあえず、昨日エイラから聞き出した四丁目に向かいますか?」


「ああ。そうしよう。手掛かりは今のところそれしかない」


 雪音の案に白夜はうなずいた。それを見て雪音もうなずくと、腰を上げる。


「ならすぐに向かいましょうか。ここからならそう遠くも――」



「雪音様っ!」



 目的が決まったというタイミングで、突然女の声が響き渡った。二人は驚いて声の方を見る。


 その声の主はこの喫茶店のウェイトレスだった。店内には他に客はいない。その中で彼女は白夜たちのいるテーブルへと走ってきた。


 すぐそばまで来ると、彼女は雪音へと慌てて言った。


「雪音様っ。大変です。どうか、落ち着いてきいてください。慌てずに、冷静に!」


「ど、どうしたの……?」


 ただ事ではないのだろう。そのウェイトレスは慌てつつも、冷静を保とうとしているのがすぐに分かった。雪音に呼びかけた言葉も、半分は自分に言い聞かせているのだろう。


 ウェイトレスはごくんと唾を飲むと、困惑しつつも聞く準備ができている雪音へと告げる。



「――三日月病院が襲撃を受けました。詳細は未だ不明、お嬢様の安否もまだ……!」

「っ!」

「なっ……!」


 その報を受け、唇をかみしめながら一気に青ざめる雪音。白夜もまさかの報告にうろたえた。


 雪華が入院している三日月病院――そこに襲撃をかけるような奴らを二人は知っている。


 そして恐らく、このウェイトレスも。言うまでもない、それは白夜たちが追っていた人物であるのだから。



「理恵さんっ! 車を出して! 今から病院に向かう!」

「はいっ!」



 雪音はそう怒鳴って、報告をしにきたウェイトレス――理恵と共に足を踏み出した。白夜もそれに続く。


「くそっ、これは探すまでもなく見つかって朗報ということになるのか?」


「……三日月病院には"スイレン"の異能力者ミュートが待機しているはずです……! 最悪の状況にはならないでしょう……!」


 駆け足で喫茶店を出て、車へ向かう一行。


 店から出る当時に雪音と理恵のスマートフォンが鳴り響く。喫茶店の中では電波は全て遮断されていたのだ。だから、出たタイミングで理恵が報告した情報がスマートフォンへ伝達されたのだろう。


 喫茶店内で理恵がその情報を知れたのは、恐らく厨房に有線の連絡機器があるからだ。


 走りながらスマートフォンを取り出し、画面を見つめる二人。白夜は走りながら彼女らに聞いた。


「状況は!?」


「……回線を開放します!」


 雪音はそう言いながら、スマートフォンをスピーカー出力に切り替えた。同時にそのスマホから男の必死な声が流れ出す。


『……状況報告、敵の内一人は杵淵きなふち星那せいなであることを確認……! その他三名は不明……! 少なくとも金剛寺こんごうじ結弦ゆづるの姿は確認できない! 繰り返す――』


 クリアーなノイズ交じりに報告が聞こえてくる。そこで三人は理恵の車へと到達し、三人で慌てて乗り込んだ。


 理恵は瞬時にエンジンを起動する。報告を聞いた白夜は動き出す車内でぼやいた。


「金剛寺はいない……!? 杵淵きなふちだけ……!?」


 勢いよく走りだす車。白夜はその中で奇妙な奇襲メンバーに引っかかりを感じていた。


 そんな中雪音は汗を頬につたわせながら、運転者の理恵へと告げる。


「できるだけ急いで!」

「了解です! 少し揺れますよ……!」


 その車は三人を乗せて三日月病院へと向かっていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る