#15 再会

 数十分歩いて、二人は都市部から少し離れた廃病院に戻ってきた。


 数時間前に去った時と変わらず、廃病院の一角は崩れているものの、その個所に何かしらの処理を施した形跡はない。周囲に住宅や施設がないためか、ここであった騒動の事は知られていないようだ。


 白夜と雪音は草がコンクリートのすき間から生い茂る道を歩き、廃病院の敷地内に入っていく。


 ちらりと横目でエイラが地面に埋まったところを見るが、すでにエイラは引き抜かれていたようで、そこには隆起した地面だけが残っていた。


 白夜は言う。


「あいつ、結局病院に行ったのかな。ノイズの再生力ってどうなの?」


「さあ、どうでしょう。ノイズも異能力者ミュートも同じ超人的な基礎能力を持ってますから、再生力も異能力者ミュートと同じく高いはずです。まあ個人差がありますが」


 雪音が言った通り、異能力者ミュートは再生能力も高い。


 かと言って腕が千切れたらすぐに生えてくるようなものではなく、指先を紙で切ってしまってもすぐ血が止まるとか、その程度のことが多い。個人差次第で、大きな衝撃を食らっても致命傷にならなかったりもする。


 それを踏まえると、白夜に病院外まで吹っ飛ばされ地面にまで激突したエイラであるが、数時間経った今だとほどほどに元気になってそうな感じが否めない。少なくてもあの程度の攻撃だと、白夜なら数十分で回復する気がする。


 その打たれ強さがノイズにも適用されるなら、怪我の心配はなさそうだ。


 白夜はホッとした。もちろん、それは異能覚醒薬チューニングについての情報を聞き出せることへの安堵であり、エイラそのものの安否はさほど気にしていない。


「とりあえず中に入ってみるか。俺が壁の一部を壊しちゃったから倒壊する危険も増えてると思う。気をつけてな」


 すでに廃墟となっているがために、そもそもの耐久性にも疑問が残る。そこへ追い打ちのように白夜が穴を開けたのだ。いつ崩れてもおかしくない気がする。


 まあそれでも病院というだけあって、丈夫に作られていそうなので大丈夫だろうけれども。


 二人が入口から総合受付に入ると、一回目に来た時のように半グレたちがまたたむろしていた。顔や腕に湿布や軟膏を張っていることから見るに、さっき白夜にオロされた半グレたちだろう。


 一応顔見知り同士ということだ。白夜は気軽に片手を挙げた。


「よー」


 白夜が挨拶をすると、半グレたちは一斉に入ってきた白夜たちへガンを飛ばして睨みつける。しかし白夜たちの顔を認識するや否や、あからさまに表情を歪ませた。


 半グレたちはオドオドしながら立ち上がり、警戒した様子で普通に入ってきた二人の動向を見守る。その半グレたちの中でサングラスをかけた一人が唾を飲みこみ、恐る恐る白夜へ聞いた。


「な、何しにきやがった……!? また報復か!?」


「いや、今回はエイラに聞きたいことがあってね。あいつ、今何してる?」


 エイラの名前が出てことで、どよめきが広がる。


 サングラスの男が隣の半グレに向けて顎を引いた。その半グレはうなずいてその場から走り去っていった。それを確認すると、サングラスの男は声を低くして告げる。


「……今、エイラさんを呼び行かせた。一体何の用だ?」


「それはエイラに直接聞く」


 白夜と半グレたちの間で視線が交差した。しかし誰一人として白夜に手を出さない。当たり前だが、エイラの取り巻き達は白夜の戦闘力を知っていた。だから白夜一人もこの廃墟からつまみ出すことはできないのだ。


 睨み合いの沈黙に痺れをきらし、サングラスの男は舌打ちをした。


「……っち。まあいい、適当に座っとけ」


「どうも」


 白夜は笑って元総合受付にある客用のイスへ腰を下ろす。雪音も黙ってそれにならった。


 とりあえず、エイラが来るまでは手持無沙汰だ。白夜は壊れかけの背もたれに背中を預ける。


 今は待つだけだし金剛寺に対しての対策を考えてみるか、と思い直して白夜は腰掛けたばかりの体を起こした。


「……そうそう。アンタらにも一応聞いておくか」


 周囲にいるエイラの取り巻きの中でも一番行動力がありそうなサングラスの男に白夜は話しかけた。サングラスの男はあからさまに嫌な顔をしたが、ため息交じり答える。


「……んだよ」


 想像以上に彼らから嫌われているようだ。所業からしてそれも仕方ないが、ここまでくればそれはそれで案外楽かもしれない。


 白夜は彼の態度に気にせず続ける。


「お前、エイラの"クスリ"について何か知ってるか?」


「……」


 その問いにサングラスの男の目の色が変わった。腕を組んでじっと深く観察するように白夜を見つめ、それから視線を隣の雪音に移す。


 その仕草からして思い当たる何かがあるようだった。白夜は少し期待して彼の言葉を待つ。


「……エイラさんが奇妙な力に目覚めたアレか」


 サングラス男は懐からタバコの箱を出し、一本取りだした。タバコ箱を白夜にも向けて吹かすことをススメられたが、白夜は喫煙者ではない。というか、未成年で法律的に吸うことができないので、普通に断った。


 もともと嫌な顔をしていたサングラス男に、さらにつまらなそうな表情が加算される。黙ってライターでタバコに火をつけ、くわえて吹かす。


 それからぼちぼち話し始めた。


「一昨日……だったか。ここでいつも通りたむろってたんだわ。そこに赤髪の男が現れた。あの"クスリ"を持ってな」


「……」


 赤い髪の男。金剛寺も赤い髪をしている。恐らくその男こそが金剛寺だろう。白夜だけでなく雪音もその話に耳をかたむける。


「そいつはエイラさんと顔見知りだったようだが、たった一言二言だけ残して、ただ一方的に"クスリ"を置いてった。とんでもねえ、どんな"クスリ"か話さねえままな。普通なら吸わねえだろそんなん」


 ははは、と楽しそうに笑うサングラス男。そのまま話を続けた。


「そこでエイラさんが"度胸試し"を提案してな。得体のしれない"クスリ"だったが、度胸ある奴ら、俺を含めた数人でそれを吸ったんだわ」


「……数人?」


 ピクリと白夜の目が反応する。横目で隣の雪音を見つも、彼女も予想外な表情していた。


 金剛寺がエイラのもとに置いていった"クスリ"は間違いなく"異能覚醒薬チューニング"だ。それは飲んだ者をノイズにするもの。


 ならば、エイラ以外に飲んだ半グレたちもノイズに目覚めているはずだ。しかしそんな様子はない。白夜が殴り込みに来た時、誰もがエイラを持ち上げた。そしてエイラが敗けると恐れおののいて退散していた。


 エイラ以外がノイズに覚醒していたら、そいつらも異能と超人的な基礎能力に目覚めているはずであり、白夜相手に飛び掛かってきたはずだ。


 それがなかったということは、"クスリ"を飲んだ他の半グレは異能が顕現していなかったことになる。


「なんだ、言いてえことがあんのか?」


 話してる途中で横やりを入れてきた白夜に、サングラス男は眉をひそめた。


「いや、なんでもない。そのまま続けてくれ」


「……ふん」


 懐疑な目で白夜を睨んだサングラス男だったが、白夜の言う通りそのまま話を再開する。


「その後だな。エイラさんだけが苦しみ始めた。一緒に"クスリ"を飲んだ俺らはビビってすぐエイラさんに駆け寄ったよ。あの人、見た目仕草でよくナメられるが、実はめっちゃイカれてやがるんだ。ODオーバードースも麻も平気でやるし、喧嘩もクレバーでえぇ。少なくとも"クスリ"を吸って苦しむ姿を俺らは初めて見た」


 それは壮絶だったようで、サングラス男は息を呑みながらそう話した。白夜と雪音は顔を見合わせる。


 金剛寺が製造し、一定数バラまいているとされる異能覚醒薬チューニング。飲んだ者をノイズとして覚醒させるクスリであるとされていたが、それは間違いだったようだ。


 サングラス男の話を聞くに、クスリを飲んだ者の中で"素質"がある者だけがノイズとして覚醒する、と改めるべきだろう。


 それに気付かなかったのは"スイレン"の調査不足、と言えるかもしれないがそれも仕方がない。なんせ、捕まえたノイズはみんなクスリを飲んでノイズになっているのだ。逆に、クスリを飲んでノイズにならなかった者は"スイレン"に捕まる理由がない。


「た、たたた、楽しそうに話してるねぇ……」


 ふと聞き覚えのある声がした。その場にいた全員が声の方へ向く。それから白夜と雪音以外の半グレたちはその声の主に頭を下げた。


「エイラさん! 御無沙汰してまーすッ!!」


「お、俺の事は今はいいよぉ……。気にすべきはコイツだろォー? な、なんでまた来たンだよ……!」


 奥から現れたのは傷だらけのエイラだった。震えた唇でそう言いながら白夜を睨んだのだった。

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