#14 Re:start

 平塚とのやり取りの後、火孁に軽い連絡を入れた白夜は再び喫茶店へと足を踏み入れた。床をモップで拭いていたウェイトレスの視線が白夜に向けられるが、知った顔だったのを認識するや否やそのまま掃除に戻る。


「……少し遅かったですね」


 テーブル席に戻ると、雪音はコーヒーカップを片手にちらりと白夜を見て言った。


 テーブルの上を見ると、もう一つ新しいコーヒーが置かれていた。どうやら、雪音が気を利かせて用意していてくれたようだ。


「悪かった。話を再開しよう」


「……」


 すぐに席に座って話を再開させようとする白夜。そんな白夜に雪音はちょっと懐疑を含めた視線で見つめた後、ぼそりと呟くように言った。


「……何か、変わりました?」


 その正直すぎる物言いに白夜は目を丸くする。しかし次の瞬間噴き出して、目の前の熱いコーヒーに手を伸ばした。


「まぁな。やっぱ生きたいんだって気づ……熱っ!」


「……油断しすぎですよ」

 

 喋っている最中に口に運んだコーヒーが思った以上に熱くて白夜はせき込んだ。雪音はそれを見てため息をつく。


 雪音の言った通り、確かに少し気が緩んでいたのかもしれない。今から大事な話をするのだ。


 白夜はコーヒーをテーブルに置きなおすと、ごほんと咳ばらいをした。それから気を取り直して雪音へ告げる。


「依頼内容は"呪術師"金剛寺結弦を倒すか捕獲すること、でいいんだな?」


「はい」


 雪音に確認が取れたことであるし、白夜は考える。


 捕らえるというのは実のところ殺害するよりも難しいことが多い。金剛寺は不意打ちでも火靈ひるめを殺しかけたほどの男だ。なので、プランとしては倒すことを主軸に考えるべきだろう。


 さらには仲間が二人もいるときた。人数差も部が悪い。しかし四六時中行動を共にしているわけではないだろう。白夜と雪音で、その仲間を一人ずつ倒していき、勢力を削っていけば何とかなるかもしれない。


 そうなると一番の問題はこれだ。白夜は言う。


「まずは金剛寺の居場所だな。資料に書いてないってことは、"スイレン"でも把握してないんだろ」


「その通りです。……実のところ、"スイレン"は姉一人のためだけにリソースを割くようなことはしません。この資料も、父が立場を利用して特別に作ったものです」


 雪音の父、総司が置いてあった資料を指さしながら、雪音は悲しそうに目を伏せる。


 確かに"スイレン"は大きな組織だが、所詮は利益の上に成り立っているに過ぎない。たった一人を救うために金剛寺を相手取るというのは、"スイレン"にとってハイリスクローリターンだったのだろう。


 その一人が宿星の五人カルディアンだとはいえ、異能力者ミュートの世界を騒がせつつある金剛寺を捕らえるには、見返り以上の被害が出ると想定したのだ。


 だから同じ宿星の五人カルディアンであり、身元の特定が容易でどこの組織にも属していない白夜に声がかかったのだろう。


「居場所は分からない……だがそれを調べるために"スイレン"の手は借りられない、か」


 白夜は資料をペラペラとめくりながら、テーブルをに肘をついた。


 "スイレン"ならそのぐらいやってくれそうだが、雪音がそう言うなら仕方ない。何か金剛寺についての手掛かりはないか、と資料の適当な個所を適当に読んでいく。


 金剛寺……異能覚醒薬チューニング……異能雑兵ノイズ……と三つの単語が目に入った。そういえば一般人に異能を与える異能覚醒薬チューニングが最近出回り始めたのも、金剛寺が関係しているかもしれないのだった。そこで白夜はピンとくる。


「……異能覚醒薬チューニングが金剛寺由来なら、異能雑兵ノイズに会って異能覚醒薬チューニングの入手経路を問い正してみるか。それを辿っていけば金剛寺の居場所に繋がるかもな」


「確かにそれなら可能性はありますが……。スイレンうちが最後に異能雑兵ノイズを捕らえたのは二週間前……。その異能雑兵に聞くとしても今までの時間で金剛寺が拠点や活動範囲を移動させてるかもしれません」


「いや……わざわざ"スイレン"に行く必要もない」


 白夜は指を組んで自慢げに言った。


「俺たちは会ったばかりだったろ? できたて新鮮のピッチピチな異能雑兵ノイズにさ」


「……あぁ」


 雪音もすぐに気づいたようだ。白夜たちは異能雑兵ノイズを一人知っている。そしてそいつの居場所は分かっていて、恐らく異能雑兵ノイズとして異能を開花させたのもごく最近であろう。


「廃病院にいたエイラですか……。確かにあの人は良い対象になりそうですね。……まあ、あの人の場合はピッチピチというよりはねちょねちょしてそうですが……」


「あー、それ俺も思った。ま、全は急げだ。これから廃病院に出戻りしてみるか」


 意見がまとまり、白夜は立ち上がった。雪音は二人分の資料を束にしてまとめ、木刀袋を背中に下げるとそれに続く。


 店に出る前に雪音は総司が持ってきた資料をウェイトレスに渡す。ウェイトレスはそれを受け取ると、一礼して厨房の方へ入っていった。


「あの資料どうすんの?」


「門外不出です。あれは"スイレン"の中枢にある情報機関――"情報種子機関シード・クラスター"のものですから、外に流出しないよう燃やしてもらいます」


 この店は"スイレン"が運営している。その手の隠滅も業務のひとつなのだろう。白夜は喫茶店入口のドアを押しつつ、クククと笑った。


「さすが、徹底してるのな」


「そのためのこういう場所なんですよ」


 雪音も白夜につられて自慢気に小さく笑う。喫茶店を出て廃病院に向かって歩いていると、多くの人とすれ違ういつもの喧騒が戻ってきた。喫茶店の中の静寂とは大違いだ。


 いつもの喧騒。しかしその喧騒の中には白夜が知らないものがたくさん含まれているのだろう。そして何より、


「……この見慣れた町に、金剛寺が紛れてるんだよな……」


 喧騒の中に金剛寺は隠れているのだ。二人が探すべき相手であり、同時に二人と浅からぬ因縁がある相手。


 雪音も強い意志が籠った瞳で顎を引く。


「ですね。そして私たちはその金剛寺を絶対に見つけなければなりません」


「ああ。やってやろうぜ」


 白夜も拳をぎゅっと握りしめた。


 ここからが再起だ。二年前に失った自分を取り返すための、再スタートだ。


 再出発するには少し遅かったかもしれない。けれど、それでも、白夜は過去から目を背けることを止めて、過去の先にある未来を見ることにした。確実に自分が存在している未来を。


「……生き抜くんだ、絶対に……!」


 白夜は強く小さく呟いたのだった。

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