そして、結末へ

 いや、おかしいでしょ?

 桜乃さくの、あんた何させられてるの? それがどういうものかわかってんの?


 喉まで出掛かった言葉は、桜乃の本気で涌井わくいに対して申し訳なく思っているような顔を見てしぼみかけて――でもやっぱり、どうしても我慢できなくなって。

『何してんの、桜乃?』

 思わず口に出してからは、もう止まらなかった。


『あんたそれ、なんでそんな痣作るようなことしてるわけ!? ていうか最近全然違う人みたいになってるし、ていうかそのお金は!? なに、学生証見せたって、ねぇ、桜乃!!』

『うるさいよ、はやし

『お前には聞いてないから! ねぇ桜乃、最近ちょっとおかしいよっ、夜中に泣いてたのもなんかあるの? 具合悪そうにしてるのは? たまに学校も休んでるし、あのさ、桜乃ちょっと、』

『やめてよ、白雪ゆき理沙りさちゃんが困ってるでしょ』


 返ってきた声は心底迷惑そうな――拒絶の意思に満ちたもので。言葉を失ったわたしに畳み掛けるように、涌井がその前ふたりきりで話したときとはまるで違う、本気で桜乃のことを大事に思っている恋人のような態度を見せながら『お願いだよ、林』とわたしに向き直る。

『あたしたち、お互い本気なの。本気だから将来のこととか、お互いできることとか、そういうの? あー、考えてるっていうか、ね。そういう感じなんだよ。だからさ、もうこれ以上付きまとわないでくれるかな』

 適当を通り越して、白々しい……!

 そんな言葉に、それでも桜乃が何かいいものを感じているらしいのは明らかだった。

 これ見よがしに桜乃の小柄な身体を抱き寄せて、勝利宣言のように言い放つ涌井。そんな彼女を恋というより心酔に近い表情で見つめる桜乃。


 やめてよ、桜乃。

 そいつ絶対違う。

 絶対騙されてる。

 声が出なかった。

 言い返せなくて。


 そんなわたしを一瞥いちべつしながら、涌井は桜乃の肩を抱きながらふたり揃ってどこかに歩き始める。

『じゃあさ、次はこの人にしてみる? わりと払いいいから……』

『そうなの? そしたら理沙ちゃんにもっと渡せるかな』

 何事もなかったかのように、を強要しようとする会話が聞こえてくる。桜乃……なんでそんなの受け入れてんの? 本当に、それでいいの?

 誰かを好きになるって、そんな風に人を変えてしまうことなの?


 向けられたうとましげな視線が、今までずっとわたしにすがってきた瞳を塗り替える。

 涌井を想い庇う言葉が、ずっとわたしの背中から聞こえてきた無邪気な声を塗り潰す。

 目の前の影に寄り添う姿が、空を切る右手の寒さを突き付けてくる。


 ねぇ、待ってよ、行かないで。

 ――昔そう言ってたのは、桜乃だったはずなのに。追いかける、追いかけて、足がもつれて、地べたにいつくばるわたしを振り返った目が嗤っていて、あぁ、ありえない、ありえないありえないありえないありえない、こんなやつにわたしたちの日常を変えられてしまうなんて、桜乃を変えられてしまうなんて、ねぇ、なんで、だってわたしたちずっと一緒だったのに嘘だこんなのありえない信じないやり直すんだ修正する削除する消えろ立ち去れ出ていけ離れろいなくなれ――――

 頭のなかでは残虐極まりないことを躊躇なくできているのに、それは想像のなかだけの話で、現実のわたしは一歩も前に進むことができなかった……。


   * * * * * * *


 桜の花びらが、窓の外で散っていく。

 いっそこの花びらのように心も散らせてしまえたら、どんなによかっただろう。そうしたら、こんなに苦しいこともなかったはずなのに。

 最低だなんてことは、もうわかってる。

 でもわたしは、気付いてしまったから――わたしが一緒にいたい桜乃は、ずっとわたしの後ろに隠れて世界に怯えていたままの、可哀想で幼い桜乃だったのだということに。

 変わることなんて――その成長したいという気持ちすらも、望んでいなかったことに。

 奪われて、初めて気付いてしまった。


「……ふふふ、」

 最低だなんて、言われなくても気付いてる。


 でも桜乃は、気付いてないよね?

 わたしたちのキス、もういろんな人が見てるよ。写真だけなら、桜乃が必死に抵抗してきたことだって誰にもわかんないしね。


 帰っておいで、桜乃。

 変わる必要なんてない、そのままの桜乃でいいんだよ、帰っておいで。

 そうしたら、みんなにはちゃんと、、、、説明してあげる。桜乃が怖がることなんて、何もないからね。だって傍にいてくれさえしたら、それ以外何も強要したりなんてしないから。

 あいつとは違うから、わたしは。


 投稿した写真に次々ついていく既読の数を見つめるわたしの顔は、きっと。

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Unalterable lily 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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