第637話 迫害の因子

 契約魔法によって、契約書が書かれたため、今後の金の支払いに話が移っていく。


「金はすぐに用意させよう。光金貨で問題ないか?」


「助かります。今後ともご贔屓にお願いいたします」


「ふん、神界ではこのように握手はしないのだが、まあ良い」


(割と人間界にも造詣が深いよな。さすが、もっとも寿命の長い神界人だ。エルメアが創造した種族か)


 多様な種族のいる人間界と違い、神界には基本的に神界人しかいない。

 一部、竜人が霊獣狩りを請け負い、原獣の園では獣人がいたりする。


 ペロムスが笑顔で差し出した手を握り返す。

 こうして、ペロムスとエピタニの契約は終了し、セシルはゆっくりと息を吐いた。


「それにしても、これって借金が商神様からシャンダール天空国に移っただけじゃ……」


「問題を解決するだけが正解ではないからな。まさに自転車操業だ」


「おい、聞こえているぞ。まあ、良い」


 サインして好き勝手言いだしたなとエピタニは呆れる。


(まさに火の車だ。お金の心配のない冒険がしたいわ)


 家族を農奴から救いたいとアルバヘロンを狩って肉で稼いでいた農奴時代。

 鎧アリが硬すぎてミスリルの剣に憧れた従僕時代。

 それ以降、ずっと魔石集めのための金策を続ける冒険者時代。

 神界に渡っても、霊石と魔石集めに翻弄され、今尚金策を続けている。


 テーブルの契約書を見ながら、アレンの金欠はどこまでも続いていく。

 だが、アレンは金貨1億枚の算段を無事につけることが出来た。


(よしよし、金貨3000万枚を前出ししている分は、魔石に交換できるぞ。おっと、その前にゼウさんからお願いされていた話も進めておくか)


 学園の年度制の変更の交渉のため、アレン軍から3000万枚を前貸ししていたが、その分のお金に余剰が生まれた。

 遊ばせているお金の余裕などアレンにはないので、全て魔石に替えようと思う。


 魔石はこれからの魔王軍との戦いのためにも天の恵みに換えておきたい。


 なお、保証金は本来、すぐに返金できなくなるような別の用途で使うものではない。

 前世の健一だったころ、契約で預かった保証金で好き勝手にしたら、きっと大変なことになっただろう。


 創生スキル9に7月いっぱいで達成させたいところだ。


 だが、目の前にはまだエピタニがいる。

 これから、S級ダンジョン攻略や獣神ガルムへ会ったりして、こうして話ができるのはそれほどないのかもしれない。


「申し訳ありません、エピタニ様、このまま、もう少しお話できませんか?」


 ペロムスに任せていたエピタニとの交渉で、アレンがここで割って入る。


「ぬ? ほかに契約があるのか?」


「いえ、契約というわけではありませんが、原獣の園はこれまでにないほど発展が進んでおります」


「ほう、興味はないがそうなのか」


 だからどうしたと言わんばかりの返事が返ってきた。

 取引でも契約でもない話に興味はないようだ。


「霊獣を狩るのには長けているのですが、どうも、エピタニ様のおっしゃる通り、粗悪な品しか作る技術がありません」


「まあ、そうだろうな。ん? それで?」


 話が全く見えないようだ。

 きっとこんな話を振られたことが、生涯の中でほぼないようだ。


「ですので、竜人や獣人をエピタニ様が抱える職人たちの工房で研修させることはできないでしょうか?」


「何だと? 獣人どもをシャンダール天空国へ受け入れろだと! そんなことができるわけないだろうが!!」


 エピタニは我慢ならず立ち上がり、アレンに罵声を浴びせた。


「え? へ? すみません」


(ん? 竜人は?)


 思った以上の怒りようにアレンは思わずエピタニに謝罪する。

 さらに、よく考えると「竜人」と「獣人」両方について、工房への研修をお願いしたのだが、「獣人」だけに反応するのは何でだろうか。


 役人やアレンの仲間たちも心配そうにエピタニを見つめることに気付いたようだ。


 視線が集まり、エピタニは自らの気まずい状況に気付いたようだ。

 怒りを収め、ゆっくりと腰を掛けた。

 皆がエピタニの次の一言を待っている状態になった。


「……なるほど、アレンよ。お前は人の上に立つ存在となるだろうが、そのような話、気軽にしては国を統治するなど、到底かなわぬぞ」


(統治するつもりなどないぞ)


 神の試練を越え、多くの人を動かすアレンの行き着く先が、王か何かと思ったようだ。


「はぁ、私は一介の冒険者でございます。今は仲間たちが大勢いますが、そのような立場は目指しておりません。ただ、獣人の仲間も多くいるところでございます。何がエピタニ様の気を悪くしたのでしょうか?」


 知恵を拝借するため、いくらでも低姿勢になろう。


「……やはり、知らぬか。よかろう。貴様よりも長く生きた身だ。少し教えておいてやろう。獣人を受け入れる国は地上も少ないはずだ」


「たしかに、中央大陸を考えればそうですね。それは、獣人特有の何かがあって、他の種族とは相いれないということでしょうか」


 獣人だから忌み嫌うみたいな話ではないとアレンは理解した。

 そもそも、獣人はシャンダール天空国にはおらず、原獣の園にいる獣人たちは獣神ガルムが神界へ引き取った者たちだ。


「知っておくがよい。繁殖力が強く、獣人は他の種族に対しても、優れた何かを感じ取り好意をすぐに抱くが、できる子供は獣人の割合が多い。特に神界人はそうだ」


「何よそれ。初めて聞いたわ」


「まあ、そんなこと……」


「ソフィーも知らないのか。学園では、あえて教えなかったのか。態々教えなかったのか」


 貴族の生まれのセシルは知らなかった。

 そもそもで言うと、ラターシュ王国には獣人はほとんどいなかった。


 中央大陸から獣人がいなくなり1000年が過ぎている。

 何十世代も前にいなくなった話なら、知らなくても不思議はないかもしれない。


 王族のソフィーもこのような大きな事実を聞かされていないようだ。

 そもそもで言うと、ローゼンヘイムはエルフ以外の他種族の受け入れをほとんどしていない。

 よっぽど政治的な理由がないと足を踏み入れることはできない。


(世界樹を守る種族の維持のためだったと思うとなんとなく合点がいくな)


 エルフは世界樹の近くで、生命の循環を守るのに適した種族だと言う。

 そんな世界樹に特化した種族が人族や獣人、ドワーフの受け入れをしてこなかった。

 争いこそすれ、ダークエルフはエルフと共存できる唯一の種族だ。


 さらに、今の話だと人族との間に出来た子供も、それなりにはっきりとした割合で、獣人が生まれてくるらしい。


 この1000年間、アルバハル獣王国から獣人は出てこなかった。

 バウキス帝国のS級ダンジョンなど獣人の行動範囲は限られているらしい


 しかし、現在は転職ダンジョンが出来たのでそれなりの数がいる。


 もしかたら、これから問題点が顕在化するかもしれない。


(まるで、迫害の因子を持っている感じだな。恐怖帝のしたことを正当化するつもりはないがな。古代には獣人と魔族しかいなかったって話だし、何か関係があるのか)


 時の統治者にとって、子だくさんな性質の獣人が、他の種族との間も獣人が生まれやすいとなると、どう思うだろうか。

 統治者が獣人なら何も問題がないが、そうでないなら渡航制限や受け入れ条件の厳格化など何らかの手を打ってしまいそうだ。


 恐怖帝が獣人を迫害した理由の一端がそこにあるのかもしれないが、そこに正義も信念も何もないとアレンは言い切ることにした。


「たいへん興味深い話、ご教授頂きありがとうございます。そのようでしたら、原獣の園に来ても良いという職人様がいらっしゃったら厚遇すると言うのはいかがでしょうか。厚遇させていただきます」


「……まあ、そうだな。加工する技術が向上すれば我らの益にもなろうというもの。物好きの職人は多いからな。条件次第だが考えておこう」


 そこまでのメリットはないと付け加えるが、エピタニははっきりと断らなかった。

 今後も取引を進める予定のアレン側とこれ以上の軋轢は、商売上問題だと考えてくれたのかもしれない。


 アレンは今回の話でいくつかの疑問が解消し、また、いくつもの疑問が湧いてくる


 魔族は暗黒界と人間界の封印に従事させられているらしい。

 たまに、切れ散らかしてなのか「魔王」を誕生させ、世界征服をするという。


 竜人は神界と人間界の封印に従事しているらしい。

 たまに、切れ散らかしてなのか「竜王」を誕生させ、世界征服をするという。


 そして、獣人はずっと迫害され、団結して生きてきたらしい。


(群れを成して戦うか)


 アルバハルの言葉の意味がなんとなく分かった。

 試練を越えるため、シアに補助をかけることをアルバハルは止めることをしなかった。


 世界の理と獣人たちはずっと戦ってきたのだろう。

 1人の力が弱くても皆で戦うことを良しとする文化は、アルバハルの言葉からも伺える。


 エピタニと役人たちが出て行ったところで、アレンはペロムスに話しかける。


「すまないが、このまま残って神界人たちとの取引を進めてほしい」


「ああ、分かってる。アレンの魔石も集めないといけないからね」


(ペロムス、すまない。決して馬車要員ではないんだが、これも商人の性なのだ)


 物価が超絶高い神界での取引は、人間界で行うよりも何十倍にも利益を生む。

 アレンの魔石のためにも、取引を進めてほしいという意図を汲んでくれたようだ。

 レベルが限界と言ってよいほどまで上がり、霊石が膨大に集まり、霊力の回復装備も順調に強化され、メルスの助けも借りた今、足りないのは魔石となった。


 ペロムスには、この場で遺憾なく活躍してほしいと思う。


「ああ、あとはノンフラ辺りがおかしな取引を進めないか目を光らせておいてくれ」


「分かった。ほどほどにやっておくよ」


 どの族長の行動結果が失敗しても成功しても、最終的には竜人たちに還っていくのが一番良い。

 今回はアレンがかなり強引に種族の統合をし、竜人族間で軋轢を生んでしまったのでサポートをするが、それは最小限にとどめたい。


 ペロムスと別れて、アレンはセシル、ソフィーと共に大地の迷宮へと移動した。


 アレンの目の前には、大地の迷宮攻略組が待っていた。


「アレン、いよいよだね」


 メルルは両腕を胸元で組み、ニヤリと笑う。


「任せたままで済まなかったな。この2ヵ月以上に渡って攻略助かった」


「ううん、大丈夫。皆強くなった。全力で攻略しよう」


 大地の迷宮攻略に当たって、ロゼッタやガトルーガを呼び寄せ、占星獣師テミに試練を越えさせた。


「ふん、ようやくか」


(ガトルーガさんが素直になる日は来るのか)


「ええ、ガトルーガさんも転職も済ませていただき、大精霊との契約も順調で何よりです」


 皆が全力を出せるため、ヘルミオスのパーティーも含めて、全員転職を進め基本的に星5つになっている。


【大地の迷宮攻略組の構成48(人・体)】

・アレン、メルス、ルバンカ、グラハン、クワトロ、マクリス、鳥F1体の召喚獣(7)

・セシル、シア、ロザリナ

・ソフィーと大精霊(5)

・ルークと大精霊(5)

・ガトルーガと大精霊(2)

・メルルとタムタム(2)

・ガララ提督含むスティンガー(15)

・竜王マティルドーラとハク(2)

・セイクリッドのロゼッタと聖王2名、魔導王2名(5)

・テミ(1)

・ハバラク(1)


(伝達でポッポ、視界の把握はクワトロで最小数だな。テミさんに期待だ)


 仲間たちの準備が整ったので、大地の迷宮RTAの攻略を目指すアレンたちであった。

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