第636話 商人ペロムスの保証金
アレンは、ララッパ団長と神話の世界について話をしてその日は終わった。
魔法神イシリスの研究施設に「日のカケラ」を預けた。
今は分析中で、月のカケラと共に研究結果を記録したら、日のカケラは返してくれると言う。
なぜ日のカケラが【ー】Sの召喚獣を召喚するために必要なのか分からない。
有用な新しい情報もたくさんあり、たくさんの疑問が沸いたが、今は目の前の魔王軍打倒に向けてやるべきことをやろうと思う。
次の日となった。
アレンたちの視界の先には巨大なピラミッド状の神殿がある。
光の神にして暗黒神となったアマンテを祀る神殿だ。
神殿から視線を落とすとゼウ獣王子と十英獣の皆がいる。
これから、テミの指示した先へ探索の旅に出てもらう。
幸先よく、日のカケラを手にしてくれたから、月のカケラもぜひ探し出してほしいとゼウたちに願いを込める。
(丸1日休めたかな。要塞の中で1日、ホバさんと視察して回っていたらしいけど。ん?)
アレンの目を見るゼウが、何か言いたそうだったことに気付く。
「アレン殿、すまないが、原獣の園の獣人たちの暮らしを良くするのを手伝ってほしい」
出発直前で、お願いしたいことがあったようで、ゼウからお願いごとを受けた。
「え? まあ、そうですね。これから王都ラブールに行くので、その話をしておきます」
「それは助かる」
「いえいえ」
竜人がやってきて霊獣を狩ってくれたおかげで、村の外の広大な範囲で霊獣がいなくなり、活動圏は広がった。
それでも、荒廃した原獣の園で暮らす獣人たちを思うのは、獣王家の血筋ゆえの統治者の資質なのだろうか。
「では行ってくるぞ!」
「ゼウ様行きましょう! 皆の者! ゼウ様が進まれたぞ! ついてまいれ!!」
「もう、そのノリかよ! はええよ!!」
レペが絶句するが、そんなのお構いなしにゼウは十英獣を引き連れ、遥かなる広大な大地を走り出した。
アレンは時計の魔導具を見た。
「そろそろ時間だ。ペロムスが待っている」
アレンは側にいるセシルとソフィーに声をかけて、その場を転移した。
転移した先は、シャンダール天空国の王都ラブールの貴族たちのいる2階層に設けられた応接室だ。
「やあ、アレン」
「アレン様」
ペロムスとフィオナが、アレンが転移してきたので挨拶する。
「またせたか?」
「いや、そろそろだよ」
「私もいるわよ」
「あら、セシルもいたのね。ごきげんよう」
「ごきげんよう、フィオナ」
グランヴェルの街で幼馴染のフィオナとセシルも挨拶する。
なお、この場にはソフィーもいる。
これからシャンダール天空国のエピタニ伯爵と取引をする予定だ。
アレンたちには、この取引を成功させる必要があった。
なぜならあと半月で、5大陸同盟と約束した金貨1億枚の期日が過ぎるからだ。
この金貨1億枚というのは、5大陸同盟で運営する学園の制度をアレンが2ヵ月半ほどの前に変更を提言したことから始まる。
この1億枚を使い、学園制度の年制を魔王軍と戦う生徒については3年制から伸ばす計画だ。
各国で3年制を卒業した生徒の中で戦場志願者や、王侯貴族で勤めのある者を、転職ダンジョンのあるラターシュ王国の学園で転職を済ませ、さらなる上位の才能を鍛える。
このためには現在のラターシュ王国の学園の都市を2倍の広さにするほどの改築が必要だ。
さらに、給金をはずみ優秀な教師を多く迎え入れなくてはいけない。
世界のためにやっているから、別にアレンが払わなくてもいいじゃないかと、誰か思う者もいるかもしれない。
しかし、今はそんなことを言っていられない状況にあった。
アレンは創生スキルを使って、膨大な量の霊石を消費している。
スキルレベルを上げているのは創生スキルだけではない。
全てのスキルを万遍なく上げるためには、神界では魔力の自然回復もないため、魔石も必要になってくる。
(アレン軍の信用にもかかってくるからな)
1万人ほどで構成されたアレン軍の行動は多岐に渡るのだが、その中で、S級ダンジョン最下層や試しの門で稼いだ武器や防具、魔法具などを売って、魔石の回収に多くの人員を割いている。
一度の取引は中小の国家の国家予算に達する程のお金を動かしている。
月間の取引で大国の年間予算を遥かに凌駕する。
それだけのお金は、その場ですぐに用意できるわけでもなく、貸付や信用による取引も発生しており、アレン軍の信用力は取引を優位に進める上で最も大事になってくる。
当然、アレン軍の信用力の大部分はアレンが占めている。
※金融や市場の説明をすると長くなるので短めにまとめました。
『アレンという男は、大ぼら吹いて約束した金額を払わない。期日が遅れることもある』
取引先の商人たちがこう思ったらどうだろうか。
このようなことを吹聴されては、アレン軍が行う今後の魔石の収集に大きく影響してしまう。
取引先の商人たちが足元を見て、信用取引に膨大なオプション料を払わなくてはいけなくなるかもしれない。
そうなると、予定の魔石が揃わなくなるのは必然のことだと言えよう。
世界最高峰のダンジョンを独占せんばかりの活動を続けるアレン軍だが、金食い虫のアレンのため、常にカツカツの状況だった。
(ゼニや、ゼニがいるんや)
アレンの顔からかつてない気迫が漂い、仲間たちにも伝染を始める。
カチャリ
扉が開いたところで、アレンが充血した目で睨みつける。
(ゼニが来たで)
「ふん、待たせたな。す、すまなかったな……。少し遅れただけではないか」
貴族兼商人のエピタニは取引を優位に進めるため、役人を何人も連れてきた。
神々の試練をいくつも超えたと知られているアレンに強く睨まれ、エピタニは強気で行こうとしていた表情を一気に崩し謝罪してしまったようだ。
アレンはペロムスを強く見つめた。
この場の取引はペロムスに一任する。
「いえいえ、こちらも今来たところです。今日もお時間を割いていただいてありがとうございます」
異様な緊張感の場は、エピタニにも伝染する。
「お前の仲間は随分我を睨んだようだが、このエピタニを甘く見ない方が良い。商神様の試練を超えたからと言って甘い契約ができるとは思わないことだな」
シャンダール天空国でも最も有力な商人らしい。
(エピタニは商神を信仰しているからな。白紙の小切手を渡すような取引をしないってことか)
「では、このペロムスが帳簿の内容について話をさせていただきます」
「手短に頼むぞ。売りたい素材があるという話は聞いている」
「はい、そのとおりでございます。ただの取引を考えておりませんでして……。まずは、こちらをご覧ください。現在、原獣の園では日々、膨大な量の霊獣からとれる資材がございます」
1日に霊獣から取れる鉱石系や木材系の資材のリストを提供する。
エピタニは「ただの取引」という言葉に目尻がピクリと動くが、取引をそのまま進めるようだ。
「たしかに。迷惑な話だが、大王陛下はまだ動かぬご様子。粗悪な品が市場に回り、我が国は迷惑をしておるわ」
不快そうな顔でエピタニは答えた。
「そちらについては申し訳ありません。開拓が思いのほか早く進み、市場を混乱させてしまいました」
(トクガラやノンフラに、天空王との取引を任せていたら、市場を破壊しそうになった件について)
最後にソメイ首長に仕えることになったトクガラとノンフラの2人の族長が、天空王や貴族たちに対して、霊獣を狩って手に入った素材を、加工や価格を好きな状態で、取引するようになった。
多少の我儘と思い、好きにさせていたら、市場が混乱し神界人が大王に陳情するまで事態が発展してしまった。
ソメイは大王に呼びつけられ、厳格に対応するよう指導を受け、アレンたちに相談する流れとなった。
「そのために、この場を設けたということか」
ただの取引ではないというペロムスの話が分かってきたようだ。
「はい、左様でございます。そこで、ここから先が契約なのですが、是非、これからは神界人への取引について、エピタニ様に一任したいと考えております。加工についても、必要最小限でとどめたいと思います」
「なんだと? 加工まで任せるというのは本当か?」
原獣の園でとれる資材は膨大だ。
霊獣から取れる素材は、王侯貴族にも好まれるものもあれば、そうでないものもある。
王侯貴族で珍重されるものについては、優先して提供すると言う。
さらに、原獣の園で手に入る霊獣の加工前の物資の販売をエピタニに任せる。
市場の支配という大きな権力を提供するとペロムスは言う。
「もちろんでございます。エピタニ様は多くの優秀な職人を抱えていらっしゃると聞いております。そちらの方々が困らない範囲の加工にとどめて提供させていただきます。もし都合の悪い取引があっても、エピタニ様がお断りされたらよろしいです」
加工しやすいよう素材の大きさを揃えたりする程度に済ませると言う。
「なるほどな。職人たちを盾に優位に取引を進めると。商神様の試練を超えただけのことはあるな」
霊獣や天然の資源を加工して、神界人の王侯貴族を中心に、エピタニが抱える職人たちは技術を提供している。
しかし、現状は一切のルールなく膨大な量の資材が竜人経由で流れてきているため、粗悪な品が多くなっていった。
安くて良いと考える神界人が一定数おり、竜人が提供する品を買い始め、エピタニの職人たちは悲鳴を上げ始めていた。
安い物で溢れれば、職人の高い技術で作られた品も安く買い叩かれるということだ。
だが、この上手いだけの話にエピタニは疑いの目をペロムスに向ける。
「随分うまい話だが分かっているのか? 我が素材を買わなくなれば、そちらも立ちゆかなくなるだろう」
「当然です。ただ、竜人への提供は続けさせていただきますので、あまり無茶なことをされると、私たちも厳しくならざるを得ません」
その時は、膨大な量の素材が天空国を埋め尽くす結果になるとペロムスは言う。
「そのような脅し……。まあ、心にとどめておくとしようか。この取引でペロムスよ。何を得るのだ」
今のところ、なんの損もない取引で、このような物は取引と言えない。
ペロムスがしているのは、取引の仲介の契約事務だ。
(アレン軍も、この取引を手伝っている暇はないからな。金が欲しいから話を持ってきただけだし)
神界にやってくるには数に限りがあるため、アレン軍はこの取引を手伝うことはない。
契約内容は今後、族長のノンフラ率いる派閥が、天空王や貴族たちとの取引を任せる予定だ。
「エピタニ様としか神界人と取引をしません。こちらの契約に一定の保険をかけさせていただいてもよろしいですか?」
「なんだと? 保険? 保険料を払えと言うことか」
「そうです。私たちはエピタニ様に素材の提供を一任させていただきます。その結果得られる利益の確証のため、金貨1億枚をデポジット(信用)として保証金をお納めください」
(それくらい払えるだろ? 人間界の物価100倍なんだし。これで商神の借金は返せるな。利子なんて払いたくないし)
人間界の金貨1億枚はシャンダール天空国の金貨100万枚に相当する。
「取引を停止すれば返してくれるというわけだな?」
「当然です。私たちが神界人に対しては、エピタニ様しか取引しないという約束を破るか、エピタニ様が取引を停止したいときに返金させていただきます」
少しの沈黙が部屋の中を満たす。
(そちらも旨味だけの取引だ。態々、取引を止めたいとは思うまいがね)
「……まあ、よかろう。すでに契約書は?」
アレンの予想通り駆け引きのためのブラフであった。
「もちろんです」
「持ってまいれ」
「は!」
エピタニは隣にいる役人にペロムスが指し出した羊皮紙に書かれた契約書を受け取り、目の前に置いた。
契約書の内容を上から下まで読んだ後、手に霊力を込める。
エピタニはそのまま、契約書下部に設けられたサイン枠に、さらさらと指を動かし、サインをして見せた。
サインが終わった契約書を役人が手に取り、ペロムスの目の前に置かれる。
ペロムスも指に魔力を込め、サラサラと契約書のエピタニの隣にサインを済ませ、取引は終了したのであった。
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