第633話 女神像

 大きな開口部が床下に円形状に開き、らせん状の階段がアレンたちを迎えてくれる。


 スイッチを発見できなかった衝撃で固まるアレンに代わり、ゼウがさらに凍てついたこの場の状況を進める。


「ふむ、この下に『日と月のカケラ』の何かがあるというのだな。皆の者、参るぞ!」


「は!!」


 ホバ将軍が真っ先に大きな声を上げ、ゼウに続き階段を降り始めた。


「アレン、いつまでそうしてるのよ。私たちも降りるわよ。下に何かいるかもしれないじゃない」


 セシルはここから先が安全であるとは限らないと、アレンに行動を促す。

 ゼウ獣王子と十英獣の皆では手に負えない敵がいたら、自分らが戦わねばならない。


「あ、ああ……」


 アレンは何とか自らの起動のスイッチを押し、ゼウたちの後ろから階段を降り始める。


 半径数十メートルはあろう巨大な穴の周りに、まとわりつくように設けられたらせん状の階段からちらりと底を覗く。


 穴の底は、数百メートルはあると思えるほど深く、らせん状の階段を結構歩かされそうだ。

 それでも底が覗いて見ることができるのは、らせん状の階段も、壁も、全て金粉をまぶしているのかと思えるほどキラキラと輝いているからだ。


(かなり歩くな。こんなんなら、飛び降りた方が楽だったな。って、俺はまた先入観に囚われていたのか)


 30分ほど経過し、アレンたちは階段の下まで降りたころに、アレンは自らの考えが常識に囚われ行動が制限されていることに改めて気付く。

 先入観のない深い思慮をもって、この先にあるものと対峙しようと思う。


 階段を下りた先は小さな広間となっており、一ヶ所の通路の入り口が正面にあり、皆の視線を集める。

 通路の高さは獣人の頭がぶつからない程度しかなく、体格の大きい獣人なら2人横に並んで歩けそうにない。

 これまでの通路の中でも一番の狭さが、アレンたちに警戒感を与える。


 逃げ場のないところほど、危険な場所はないことをよく知っている。


「ゼウ様、アレン殿、殿(しんがり)を任せてもらう」


「では、お願いします」


 アレンとゼウに先に行かせて、肉厚な熊の獣人の背後から攻められた時の盾になるとホバは言う。

 この場にはセシルやソフィーだけでなくテミやフイなど耐久力の低い十英獣の後衛職も結構いる。


 最悪の結果、自らの肉体を使ってでも、仲間たちを守るつもりなのだろう。

 ホバの覚悟のある言動に、アレンたちもさらに、緊張感を増して通路に臨むことにする。


 光り輝く、長く、そして狭い通路を、アレンが最先頭を歩く。

 らせん状の階段同様に30分ほど歩くと、通路の先が一層輝いて見える。

 この先に広がりがあるようで、天井も随分高い空間に繋がっていた。

 通路を抜けた先で物陰に気配を感じる。


「みな、警戒を!」


 10メートルはあろう巨大な人型の何かが何体もアレンたちを待ち受けている。

 剣を握りしめ、アレンが警戒の声を上げた。


「何よ、ここまで来て敵がいるの?」


「ぬ、こ、これは、……像であるな」


 セシルの言葉を打ち消すように、ゼウが目に映るものが何かを口にする。

 それぞれが、今この瞬間に時が止まったかのように、躍動的な金剛力士像のように、ポーズを決めているものの、生命を一切感じない無機的な像が何体も立っている。

 10体ほどであろうか、複数体の石像が円状に並び立ち、円の中心で何か輝いているようだ。

 中心にも像が立っており、光り輝く片手を掲げた姿勢のまま動きが止まって見える。


「なんだよって、お? おい、押すなよ!」


「すまんが我にも見せてくだされ!」


 レペが立ち尽くし呆然と呟きながら見ていると、背中から強烈なタックルを受けた。

 ホバがところてんを押し出すように、仲間たちを前へ前へと進め、自らの姿を現す。


「この広間は何なのか。あの光は……」


「何かつまんでございますわね」


 女神像を8体の様々な形の像が囲んでいるようだ。

 アレンたちは、砂粒をつまんで見つめるような姿勢で固まった女神像に目が行く。


 この部屋を明るく照らすほどの輝く何かを女神像がつまんでいるからだ。


 周りの状況は皆に任せ、セシルとソフィーと共に歩みを進め、女神像の足元へ行く。

 年は三十台半ばだろうか、妖艶な衣を着た女性は微笑んでおり、どこか、余裕のようなものを感じる。


「アレン様、こちらに名が彫ってありますわ!」


 足元に神学文字で何かを書かれていることをソフィーが発見する。


「え? 『光の神アマンテ』って日の光を作った神様じゃない!」


 この女神像は最上位神と呼ばれる上位神のさらに上位に君臨した神にして、現在は姿を隠している光の神アマンテであった。


(ってことは、これは祭壇か。アマンテを祀っているのか。周りにいる8体はアマンテに仕える神々か?)


 巨大なピラミッド構造の奥深くで、何故このように像を立てて祀っているのか分からない。

 だがこの9柱の神々に何処か特別な何かを感じる。

 

 そんな光の神が手にする物ならと、改めて光り輝く玉に目が行く。


「ちょっと見てくる」


 アレンは鳥Aの召喚獣の加護「飛翔」で飛び上がり、10メートルはある女神像の視線まで上昇した。


(これはなんだ? 金塊か? 値打ちのあるものなら回収するぞ)


「ちょっと、アレン。気をつけなさいよ!」


「そうですわ」


「分かってる。だが、手にしてみないと分からないからな」


 もしかしたら、罠かもしれない。

 だけど、このまま周りで傍観していても答えは出そうにない。

 アレンは女神が摘み見つめる金塊のような丸い球を手に取った。


(お? 取れるぞ)


 聖獣石と同じくらいの金の玉は、女神像の指に接着はしておらず、簡単に取り外しできた。


 手にしたままアレンはゆっくりと床まで降りて、セシルやソフィーにも見せてあげる。


「何よこれ?」


「さあ分からない。メルスを……。その必要はないか。収納して名前を確認してみよう」


 一瞬、この金の玉が何なのか鑑定してもらおうかと思ったが、霊獣狩りを手伝うメルスを呼ぶまでもないとアレンは考えを改める。


 アレンは魔導書を出して、そっと金の玉を収納した。


 バタン


 魔導書は閉じて、銀色の文字が表示される。


『日のカケラを収納しました』


 そこには待望の文字が表示されていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「やったわ! 日のカケラよ!!」


 魔導書を握りしめ「もっと見せなさい」言わんばかりに両手に万力のような力を籠め、アレンの感動をセシルが奪い取ろうとする。


「セシルさん、良かったですわね」


「ええ、もう1つのカケラで私は試練を越えるのよ! って、ログが流れ……」


 日と月のカケラはセットで1つ、魔法神イシリスの試練を越えることができる。


「どうした。見せてくれ。こ、これは……」


 魔導書はログが流れ続けている。


『日のカケラの構成要素を解析しています』

『日のカケラの構成要素の解析が終了しました』

『【ー】Sの召喚獣の構成要素であることが確認できました』

『【ー】Sの召喚獣を召喚するには、日のカケラを聖獣石に取り込む必要があります』

『日のカケラを聖獣石に取り込みますか』

『はい/いいえ』


「ふむ……」


 アレンはログを全て見た後、ゆっくりと魔導書に表示された『はい』を指で当てようとした。


「ちょっと、何してんのよ!!」


 力を籠めすぎて手に血管の浮いたセシルは、必死の形相でアレンから、魔導書を奪い取った。


「いや、構成要素だから」


(仕方ないから)


「日のカケラは私のよ! 魔導書から出しなさいよ!!」


 思考停止状態で取り込もうとするアレンを見て、このままでは「日のカケラ」が無くなるとセシルは危惧した。

 すごい剣幕で、魔導書から日のカケラを出させた。


「それにしても、困りましたわね。アレン様とセシルさん両方にとって大事なアイテムだったってことですわね」


「そのようね。魔法神イシリス様、研究に終わったら、このカケラを返してくれるといいんだけど」


 あくまでも最初に魔法神イシリスにクエスト達成のため渡すとセシルは言う。


「そうね。それでアレン、一旦研究施設に行くの?」


 セシルはこれからの予定を確認しながら、自らの魔導袋に日のカケラを入れる。

 アレンを見ていると、魔法神イシリスに直接渡すまで、安心ができないようだ。


「そうだな。ん? ゼウさんたちも何か見つけたかもしれないぞ」


 見上げながらゼウたちが指差している。


 日のカケラ以外にも、何か確認することができるかもしれない。

 アレンたちはアマンテ像から離れ、ゼウたちの下へ行く。


「何かありました?」


「どうやら、この像は『魔神』のようだ。なぜ、こんな神界で魔神を祀っておるのだ?」


「魔神? ん? こいつ、どこかで見たことありますね」


 アレンは見上げると10メートルほどの像は、筋肉隆々の上半身を見せ、マントを翻し、両手を腰に当て、胸を張って仁王立ちしている。


 アレンはその神にどこか似ている敵と戦った記憶がある。


「これってあれじゃない。魔王が呼んだ魔王軍最高幹部よ!」


「本当ですわって。オルドーって書かれていますわね……」


 そんな馬鹿なとセシルの考えを確認するようにソフィーが足元に彫られた表札を確認すると『魔神オルドー』と書かれてある。


「なんで、魔王軍最高幹部が光の神に仕えているんだ?」


 魔王ゼルディアスが呼んだ魔王軍最高幹部と呼ばれる「六大魔天」を指揮していた魔神によく似ていた。

 光の神との関係が分からないが、もしかしてとアレンはほかの神にも目をやる。


「この神はビルディガに似ていますわね」


 ソフィーも魚人となって戦った魔神ビルディガに似た虫の姿をした神に気付いた。


「『蟲神ビルディガ』って書いているわ!」


 セシルが立ち上がった甲虫が4つの足を掲げた姿の石像の足元を確認した。

 魔法が通じず戦いに苦労した魔神ビルディガの名が石像の足元に彫られてある。


「こいつは岩山神オヌバ……バスクが持っていた真っ黒な魔剣だな」


 岩石をくっつけて人の上半身を模したような恰好をした神にアレンは目をやる。

 上半身が地面から生えたような姿をした神は、現在アルバハル村のあたりの神域を開けている岩山神であった。


 バスクの握りしめる魔剣となってドゴラたちを苦戦させたオヌバは岩山神だったようだ。


(皆で守っているのか)


 この時、先ほどのホバの言動が脳裏によぎる。


 光の神アマンテを囲い込む8体の神々の石像、まるで全身を使ってでも守るように立ちふさがっている。


 アレンたちはようやく「日のカケラ」を見つけたと思ったら、さらなる神々の謎に触れることになるのであった。

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