第591話 フルビーストモード
シアが始祖アルバハルをボコボコにして勝利した。
アルバハル獣王国において、獣神ガルムに続いて信仰の対象のような存在に、シアは一切容赦はなかった。
獣王は敬っているシアだが、始祖に対する敬意は足りないような気がする。
始祖は年末年始にだけ会う親戚のおっさんくらいの感覚なのだろうか。
皇帝を目指す戦姫は違うなとアレンは感心する。
仲間たちが傍観する中、シアは口を開く。
「それで余の勝ちでよいのだな?」
『もちろんじゃ。もう少し始祖は敬うものだの。ほれ』
アルバハルは前足をシアに突き出した。
何が起きたのか理解が出来ず、アレンたちも含めて広間に沈黙が広がる。
少しの間が空いた後、沈黙に耐えきれず、眉間に皺を寄せたシアが口を開く。
「……何のマネだ」
(お手なのか。シアは犬というよりも猫だけど)
真顔のアルバハルと困惑するシアを見ると何だか滑稽に見える。
『ん? ふむ、知らぬのか。ああ、そうか、知らんのだな。長子でもないし、父から何も教わらなんだか』
「それは獣王の継承に係わる話ということか」
(む? 何か話の方向が変わってきたぞ。アルバハルのこの仕草が強化と獣王位は繋がっていると)
シアの今後の強化に関連がありそうなので、アレンも話に傾聴し、あれこれと分析する。
シアが反応を示した獣王の継承では本来、長子が獣王を継ぐことが基本である。
上にベクとゼウの2人の兄がいるシアは、アルバハルが手を出したことの意味が分からないことは当然だろうと理解できた。
『そのとおり。獣王になる者は獣帝化(フルビーストモード)が使える者。だが、これには一定の段階がある。その説明の前に、お前たち人族たちよ、分かっておるな』
アルバハルは睨みを聞かせることを忘れていない。
「はい、黙っております。ですので、このまま進めてください」
(説明をするつもりだったんだろ。なんか、本気で戦ってなかった気がするし。アルバハルは原獣の園でどういう立ち位置なのだろうか)
アレンは魔導書のメモ機能を活用することを忘れていない。
ボコボコにやられていたのだが、アルバハルはたった1度のスキルの使用もなかった。
とても、本気を出したとは思えない。
『……始祖とは儚いものじゃな』
(いとおかしの世界だね)
アレンの見透かすような態度にアルバハルは感情が漏れる。
思った感じと違うと自らの子孫との出会いを残念に思っているのか、耳が力なく垂れている。
「それで、その手と獣王になることは何がどう繋がってくるのか。もしや、ベク兄様が殺されたことにも関係があることなのか?」
『人間世界の細かい話など知る由もない。ベクというのは、お前の兄のことだな。そうかベクが「獣王」に至ろうとしたと。ふむふむ、それは大いなる惨状を産んだであろうな』
獣王の言葉に何か別の意味を感じる。
「……納得していないで分かることを言うのだ」
アルバハルの言う『惨状』という言葉にシアはさらに眉間に皺を寄せ、明らかに不快感を露わにする。
『獣王になるには条件がある。特にアルバハルのように巨大な国の獣王国にはな』
「ほう?」
『適正のある子どもには、獣神ガルム様や他の獣神様が「獣王化」のスキルを与える』
「……」
ここまでの話に納得いくことが多いシアは黙って聞いている。
何か思い当たることがあるようだ。
そう言えば、ベクと隣国のブライセン獣王国のギルとの戦いを、以前聞いたことがある。
『獣人たちは獣王化できる者同士で、獣王化の「スキルのやり取り」を行うのだ。まあ、父である獣王がスキルを与えることが基本ではあるの』
「今の話だと、獣王化のスキルはベク兄様だけが持っているべきだと聞こえるな」
獣王子が複数いて、彼らがスキルの奪い合いを始めたら、国内が荒れてしまうことにシアは気付いた。
(何だか答えが出たような気がするな。「獣王化」が簡単に使えないように獣神が制約をかけていたのはこれが理由か)
S級ダンジョン攻略の折に、ゼウは何とか獣王化のスキルを獲得した。
シアも邪神教との戦いで何とか獣王化のスキルを獲得した。
『そうじゃ。子供たちが皆、獣王化を使うと、兄弟間の争いになり、獣王国は血で染まるからの。後天的な何かが起きて、お前も使えるようになったのではないか』
生まれた時はベクのみが使えたのだが、理由があってゼウもシアも使えるようになった。
「長子のベク兄様では任せておけない何かが起きたということか」
ベクに何かが起きたのか、ブライセン獣王国の獣王ギルとの戦いで血に染まった闘技台をシアは幼いころに見ている。
『その辺はガルム様に聞かぬと経緯は分からぬの。そして、獣王には2つ目のスキル「獣帝化」がある。基本的にこれの受け渡しが行われる。これを獣王位の継承と呼んでいるはずじゃ』
アレンはこの会話をメモする。
(継承には理想と騒動の2つの方法がある。獣王だけが獣帝化できれば、力が獣王に集約されて、国は安定すると)
~理想の力の継承パターン~
【継承前】
シア 獣王
上層:な し ←力の継承 上層:獣帝化
下層:獣王化 下層:獣王化
【継承後】
シア 獣王
上層:獣帝化 ←力の継承 上層:な し
下層:獣王化 下層:獣王化
~血で血を洗う闘争による承継パターン~
【継承前】
シア 兄弟
上層:なし 上層:な し
下層:獣王化 ←力の継承 下層:獣王化
【継承後】
シア 兄弟(死)
上層:獣帝化 上層:な し
下層:獣王化 ←力の継承 下層:な し
(まるで、力を継承するために共食いするみたいな感じだな。獣王化できる奴同士で力を取り合う感じか)
「アルバハルの手を噛めば、余に獣王のような力が宿るということか」
アレン同様に、シアも意味が分かったようだ。
『そういうことじゃ。儂は力の一部を失うが、死ぬことはないから安心するのじゃ』
「ふむ」
ガブッ
アルバハルの巨大な前足をシアは両手で握ると、大きく口を開け、思いっきり噛みついた。
『そうだ。力を吸うのだ』
(エナジードレインみたいな感じだな。こんな感じで強くなるのも珍しいな)
「むぐ!? ぐ、ぐおおおおおおおおお!!」
アレンはシアの様子の変化に思わず魔導書で確認した。
【名 前】 シア
【年 齢】 16
【加 護】 獣神(加護無)
【職 業】 拳獣王
【レベル】 99
【体 力】 7851+9600(真爆拳)+3000(獣帝化)
【魔 力】 4273+4800+3000
【攻撃力】 8280+9600+5000
【耐久力】 7851+4800+3000
【素早さ】 6355+9600+5000
【知 力】 3573+9600+3000
【幸 運】 5271+9600+3000
【スキル】 拳獣王〈8〉、真強打〈8〉、真駿殺撃〈8〉、真地獄突〈8〉、真粉砕撃〈8〉、真爆拳〈2〉、反撃武舞〈6〉、獣王無尽〈5〉、組手〈7〉、拳術〈8〉、獣王化〈6〉、獣帝化〈1〉new!
シアの体が巨大な4足歩行の獣に変わったと思ったら、攻撃力と素早さのステータスが上がっている。
どうやら上手く力の継承ができたようだ。
「おお、応援に来た初日にシアの強化が進んだぞ。幸先良いな!」
(効果の分析を進めないとな。ネスティラドと戦うための戦力になるかもしれないからな。ネスティラドは魔法が通じないし。攻撃力や素早さを強化した前衛は絶対に必要だからな。というか、獣帝化は神技じゃないのか)
ネスティラドは魔力無効のような気がする。
1人でも多くの物理攻撃に優れた者も強化していきたい。
色々話が聞けた上に貴重な獣帝化(フルビーストモード)を得ることができた。
まだまだ聞きたいことがあるので、声をかけようとする。
『無事に力を得たな。未熟な者なら、死んでいたかもしれなかったが杞憂だったか。ふむ、これで強くなったな。では、食事にしよう。誰かおらぬか!!』
(お、サラッとすごいこと言ったな。まだ聞きたいことたくさんあるのに)
あれこれ用事があったのだが、アルバハルは腹が減ったと言う。
どこで待機していたのか、獣人たちが食事の準備を始めた。
「招かれたようですわね」
「ちょうどいいわね。休みましょう」
アレンたちの席も用意されていく。
ソフィーもセシルも疲れていたので丁度良いと招かれることにする。
「アルバハル様、こちらのお酒が隣村から届いております」
『うむ。そうか、旨い!!』
獣人たちが戦いで傷ついたアルバハルの毛並みを揃え、大きな徳利(とっくり)から大皿に酒を流し込んで差し出す。
雄の獅子の姿をしたアルバハルは、猫のようにぺろぺろと舌を出して酒を啜る。
(なんか、さっきよりも老け込んだ気がするな。シアに力を与えたからか)
酒を啜るアルバハルの体が、いっそう老化したのは、先ほどの力の移動があったからなのかと推察する。
「修行お疲れ」
「うむ! 疲れたぞ。それで、ドゴラは後でやってくるのか?」
先ほどからアレン以外の何かをシアは探していた。
シアは、アレンが差し出した酒瓶の先を当たり前のように木のコップで受け止める。
「ドゴラは、キールの修行に付き合っているぞ。キールもようやくエクストラモードになれるかもしれない」
軽く仲間たちの状況を伝える。
「そうなのか」
虎耳がペタリとなり、シアは明らかに残念そうだ。
顔を赤らめ、いい気持ちになっているアルバハルにはまだ確認しておきたいことがある。
「アルバハル様、シアはまだまだ強くならないといけません。神技や神器、加護などはアルバハル様からは頂けないでしょうか?」
『ぬ? 儂は幻獣であって神ではない、神技も神器も加護も厳しいの』
横顔を床につけた状態で、自らの領分ではないと断言する。
自らの仕事を果たしたか、完全に檻の中のライオンのようにリラックスモードだ。
「だからスキルを与えてくださいましたと。感謝します」
どうやらアルバハルが渡せるものには限界があり、最大限の協力をしてくれたようだ。
1ヵ月のシアの修行も、獣人たちの安全を守るための霊獣狩りだったようだ。
獣人たちの命を救うため、獣人たちとの間に子を設けた始祖は、獣人思いの性格だった。
『まあ、儂は全てに中立の立場じゃ。そんなに期待するではない。それに、本来であれば、神界に来るまでに最低でも獣帝化は済ませてくるものだぞ』
「そうでしたか。それは、お心遣い感謝します。流石は、アルバハル家の始祖様ですね」
こんな状態でシアが原獣の園に来た。
さらにエクストラモードになって間もないとあって鍛え直したとアルバハルは言う。
どうやら、原獣の園に来る最低ラインに、エクストラモードと獣帝化があったようだ。
まるでこれからやってくる厳しい試練に耐えうる力を与えたような形だ。
『そんなにおだてても何も出ぬぞ。ここから先は獣神様に何とかしてもらうのだな。例えば獣帝化にはさらなる獣神化もあるからな。忘れるでないぞ』
「何から何までありがとうございます」
(獣王化、獣帝化、獣神化ね。分かりやすい。バフはこの3つで何とかなりそうかな。あとはコンボを繋げているから、コンボ連携後の強力な一撃が欲しいな)
【シア強化計画】
・バフ 獣神化、加護
・装備 神器
・コンボ連携後の一撃 神技
メモを取り、シアの次の目標を見据える。
「ありがとうございます。明日には、次の目標へ向けて、出発します。その前にルバンカ様にお話しがございます」
『む? なんだ?』
横で食事をとっていたルバンカが顔を上げた。
「私の召喚獣になっていただけませんか?」
アレンは、とんとん拍子の話の流れで、アルバハルの隣にいるルバンカに声をかけるのであった。
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