第590話 アルバハルの試練②

 壁に叩きつけられたシアが、倒れ込むこともなくその場で立ち上がった。


「ふむ」


 全身に受けたダメージで体に異常がないか確認するように軽くその場でジャンプする。

 両手を胸元で構えの姿勢を取り、一撃は大きなダメージを受けていないようだ。

 その様子を、起き上がり攻撃の姿勢を崩していないアルバハルは静かに何かを思ったようだ。


『そう言えば聞いておらなかったな。儂の末裔よ』


「何の話だ」


(え? ここから問答が始まるのか。会話は済ませてほしいんだけど)


 アレンは皆でシアにかけた補助が切れないか心配する。


『なぜ原獣の園に戻ってきた。なぜ力を求める』


「戻ってきただと。ここが余の故郷だとは思ってはおらぬが、力を求める理由は1つよ。……いや、今は2つになったな」


『その2つの理由を聞かせてみよ』


「余は獣人国家最初の皇帝となる」


『ほう、無数の獣人たちの王国の全てをまとめ上げるか』


「鳥人や竜人も含めて全てな」


 ガルレシア大陸には30近い国と地域がある。

 獣人たちの獣王国を築き、王政を敷いているのだが、鳥人国家レームシールや竜神の里マグラなど、獣人以外の種族も国や里を作って暮らしている。


 アルバハル獣王家の獣王位をゼウに譲ったシアは、ガルレシア大陸をまとめ上げると言う。


『少なくとも全ての獣王武術大会で優勝が必要だな』


「そうだ。故に力が必要よ。……やはり、この大会のルールを決めていたのは……」


『儂ではない』


「では?」


『儂ではないと言っておる』


 アルバハルは語気を強めて、これ以上問うなと言う。

 シアは、一瞬さらに追及しようとしたが、諦めることにしたようだ。


(獣王武術大会のルールは脳筋だからな。まあ、そのお陰で血の気の多い獣人たちが軍を使った大規模な戦争に発展しないようになっているんだろうけど)


 アルバハル獣王国を含めた全ての獣人国家では獣王武術大会が開かれており、各国で共通で、血の鉄則とも言える絶対のルールが存在すると聞いた。


【獣王武術大会の鉄則】

・各国の獣王国は年に1回以上、獣王武術大会を開かねばならない

・他国の参加希望者を断ってはいけない

・獣王武術大会で、他国の獣王が優勝すれば、その国に領土を割譲しなければならない


(シアの長兄のベクは、その獣王武術大会で優勝し、優勝候補の隣国の獣王を退けたんだっけか)


 この話を聞いたのは1年以上前の話だろうか。

 プロスティア帝国に向かう前のことなので、随分前のような気がする。

 アルバハル獣王国にはシアを含めた3人の兄妹がいた。

 長兄ベク、次男ゼウ、末妹シアだ。

 ベクはとても優秀だったが、それ以上に優秀な獣王であるグライセン獣王国のギルという者がいた。

 ギルの挑戦に対して、ベクは言葉通り命懸けで、アルバハル獣王国の領土を守ったのだとか。


(ゼウは、そのギルの妹を嫁に貰ったんだっけか)


 王族関係の話はややこしいなと思う。

 ギルはベクを超える絶大な喝采をグライセン獣王国で浴びていた。

 ベクが獣王であるギルを大会の中で殺したため、両国の間の緊張が高まった。

 戦争に発展するのではという両国間の緊張を解くために、グライセン獣王国は獣王女を花嫁に出し、アルバハル獣王国はゼウの相手にと、花嫁を受け入れることにしたという。

 ゼウがS級ダンジョンの攻略を目指したのは、その獣王妃のためだったらしい。


「納得はしてくれたか?」


『ふむ、それで、もう1つの理由はなんだ?』


 是とも非とも取れる態度でアルバハルは問答を続ける。


「余の兄ベクは、獣人の誇りを汚され、辱められ殺された。魔王には、その命をもって償ってもらわねばならぬ!!」


 幼少の頃よりシアは獣帝王になりたいと夢見た少女であった。

 成人となり、今でもその当時の夢であり、目標は変わらないが、もう1つやらないといけないことがある。


 自らも見上げる存在であったベクがなぜ、あのように晒し物になるように地面に伏され、邪神復活の供物にならねばならなかったのか。


 あの時、キュベルから剣で心臓深く突き立てられながらも、「シア!!」とベクが叫んだ言葉が耳を離れないでいるようだ。


『ベクは優秀だとガルム様も言っておったな』


「やはり、何か知っているのだな。あれはいったい何だったのだ」


『力をつけることだな。弱ければ失い、強ければ得られるというものじゃ』


 答えてはくれなかった。

 だが、この原獣の園で試練を越えていけば、何らかの情報が得られるとシアは確信したようだ。


「強者こそが正義。余は勝たねばならぬ! 獣王無尽(じゅうおうむじん)!!」


 全身に光が溢れ、まとわりつく様にシアに集中していく。

 シアが手を動かすと、残像のようなものがほんの数秒残る不思議な状態になった。


「新しいスキルね」


「そうみたいだな、セシル。使い勝手がいいのかレベル5まで上げているみたいだが」


(縦横無尽と獣王無尽をかけているのか。ボケているのか)


 アレンたちは傍観しながらも、シアの使う新たなスキルに関心を示す。

 エクストラモードに至り、才能のスキルレベルを8まで上げて獲得した「獣王無尽」というスキルの効果を分析することにする。


『こい!』


「ああ、ゆくぞ!!」


 シアが先ほど同様に、一気に距離を詰めるとアルバハルが先ほど同様に前足の斬撃を繰り出してくる。

 シアは寸前で躱すと、アルバハルが後ろ足だけで立ち上がったことをいいことに、さらに深く距離を詰めた。


 アルバハルの凶悪な前足がシアに迫るのだが、先ほどと同じ動きにシアが慣れていたようだ。

 ギリギリで躱すと、そのままゼロ距離までアルバハルに迫った。


「真強打!!」


 シアが右手でフックを効かせて、アルバハルの腹に強烈な一撃を食らわす。


『むぐ!』


 腹深く、シアのオリハルコンのナックルがめり込むと、鈍い音と共に、アルバハルの顔が悲痛に歪む。

 仲間たちのバフを散々もらったシアの一撃に、アルバハルは無視できないダメージを負ったようだ。


(え? 距離を取らないだと)


 アレンはシアの動きに違和感を覚えた。


 オリハルコンの防具を身に纏っているとはいえ、シアの戦いはヒットアンドアウェイが基本だ。

 俊敏な動きで、敵にゼロ距離まで接近し、強力な一撃を浴びせた後、敵の反撃を受ける前にその場を離れる。


 これは素早さの高さと耐久力の低さ、そして防具も軽装備のシアだからこその戦法だが、今回は普段通り戦わないようだ。


 ほんの一秒に満たない違和感の答えはすぐにやって来た。

 シアは、殴った右手を下げると更なる追撃を行う。


「真駿殺撃!!」

「真強打!!」

「真地獄突!!

「真強打!!」

「真粉砕撃!!」


 真強打を中心に体勢を保ちつつ、アルバハルの腹に連撃で瞬く間にあらゆるスキルの攻撃を叩きこむ。


『コンボ!! シアはコンボに成功しました!!』

『コンボ2! シアはコンボに成功しました!!』

『コンボ3! シアはコンボに成功しました!!』


『ゲバッは!?』


 アルバハルは思わず声を上げ、血反吐を吐き出す。

 腹から衝撃波が吹き荒れるほどの連撃を浴びて、後ろ足で立っていたアルバハルはゆっくりとそのまま倒れ込もうとする。


「やったわ!!」


 勝利を確信したセシルが思わず声を上げる。


(フラグを立てるのはやめろ!)


 前のめりになってシアの戦いを見守っていたセシルから思わず不穏な言葉が出る。


 出るや否や、今にも後ろに倒れようとしたアルバハルがピタリと止まり、両手を握りしめ、全力で振り落とした。


 シアは下がって避けきれないと思って、思わず両手を上部で組み、守りの体勢を取った。


「ぐ!?」


 ズウウウウウン!!


 建物が崩れるのかと思えるほどの衝撃を、シアが一身に浴びる。


『ぐおおおおおお!!』


 両手を組み、シアをひねり潰そうとするアルバハルの手に力がさらに籠る。


「ぬううう!!」


 上部から全力でひねりつぶそうとするアルバハルの攻撃によって、シアの体はすごい勢いで床石を砕き、さらに下に埋没していく。


「シア殿下!!」


 思わず十英獣の1人でアルバハル獣王国で将軍を務めるホバが声を上げる。


「余は勝たねばならぬ。絶対に勝たぬばならぬ! 絶対にだ! ビーストモード! ぐおおおおおおおおおお!!」


『ぬ! ぐは!? だが、この程度で!!』


 シアの体が獣のように変わっていく。

 シアの体が一回り以上大きくなり2メートルに達し、まるで二足歩行の虎のような姿になったと思うと、捻り潰さんとするアルバハルの両手をはじいた。


 両手を頭の上まで突き上げられたアルバハルの開いた腹に、シアの先ほどの連撃が始まった。


 1つのスキルが先ほどよりもさらに大きく、アルバハルは思わず声を上げる。


 しかし、敗北しまいと戦いを継続するシアとアルバハルの戦いはそれから1時間ほど経過した。

 血みどろになったアルバハルは床に沈み、シアは肩で息をしながら天を仰いでいる。


「勝ったぞ。余は勝ったのだ……」


(なるほどこんな感じかな)


 アレンはシアの新スキルの分析を済ませていた。


・獣王無尽(じゅうおうむじん)の効果

 【スキル使用者】シア

 【スキルの種類】バフ

 【消費魔力(霊)】全魔力(霊力消費可)

 【エフェクト】光が発動対象者の体に集中し、コンボ発動中は動く際に、移動の軌跡が残像が流れるように残る

 【効果】

 ・スキルのコンボ(連撃)が可能

 ・発動時間及びクールタイムがコンボ発動中はなくなる

 ・コンボ発動していない状態では、全てのスキル及びクールタイムが掛かる

 【範囲】なし

 【成長性(効果)】

 ・スキルレベルが上がるごとにコンボできるスキルの数が増える

 ・スキルレベル5だと最初に使用したスキルと合わせて6回のスキルを一連の攻撃の中で発動できる

 【成長性(範囲)】なし

 【持続時間(秒)】消費魔力/10

 【発動時間】10秒

 【クールタイム】1日

 【必要スキル経験値】

 ・スキルレベル2になるまでに1万必要

 ・スキルレベル3になるまでに10万必要

 ・スキルレベル4になるまでに100万必要

 ・スキルレベル5になるまでに1000万必要

 ・スキルレベル6になるまでに1億必要

 【その他】以下のことをされるとコンボ発動条件を満たさないため、コンボは解除される

 ・対象に避けられる

 ・対象に防御される

 ・対象から攻撃を受ける


 アレンは分析した内容を魔導書に記録する。


(だいたいこんなもんか。霊獣狩りで結構レベルが上がっているのは助かる。それにしても仲間にまた1人別ゲーやっている奴がいたな。シアは格ゲー界の住人だったのか。そのうちハメ技とか覚えるのかな)


 やっているゲームのジャンルが違う仲間がいたとアレンは呆れる。

 アレンは前世でゲームが好きで色々なジャンルをやっていたが、「格闘ゲーム」は割と苦手な部類だったことを思い出す。

 シアがコンボを成功させている度に「コンボ成功!」のテロップを前世の格闘ゲームでよく見ていた。


 アルバハルがゆっくりと体を起こした。

 その顔は既に敗北を認めており、これ以上の戦いをするつもりがないことは明白だ。


『さすがは、儂の末裔だ。新たな力をやろう』


「よっし!」


 シアが両手を握りしめ自らの勝利を確信に変えた。

 アルバハルの言葉にアレンたちはシアの勝利をかみしめるのであった。

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