第554話 魔神王 ※魔王軍サイド

 真っ白な大理石と魔獣たちも通る巨大な柱が壁際に並ぶ魔王城では、今日も魔神や魔獣たちが蠢いている。


 複数の階層で構成されている魔王軍の城の中枢である玉座の間には魔王軍参謀キュベル、六大魔天、上位魔神バスクの幹部たちがいる。

 玉座は10段近い階段の上にあり、魔王は魔王軍の幹部を無言で見つめている。


『うおおおおおお!! な、なんだこの力は!?』


 マントを翻し、魔族特有の紫の肌に、上半身裸で筋肉隆々な姿をした男が手を震わせながら驚愕している。

 この男は魔王軍総司令であり、六大魔天の長であるオルドーだ。


『素晴らしい。なんて、魔力。これが私! 素晴らしいですわ!!』


 六大魔天の1体、漆黒の翼を持つシーラも歓喜に身をくねらせ、自らの体を纏う魔力の量が圧倒的に増えたことに驚きが隠せない。


『ふむ、素晴らしい。新たな次元に到達したようだが……。これほどのお力をお与えになれるとは……。な!? オリハルコンであると!?』


 甲虫のようなデザインをしたビルディガは全身の体の輝きが増したことに驚いている。

 しかし、それ以上に、驚くものが六大魔天の1体に現れたため、言葉が詰まってしまった。


『……』


 漆黒のアダマンタイトのゴーレムの姿をしていたガンディーラが、金色の輝きをしている。

 全身を構成する物質がアダマンタイトからオリハルコンに変わったようだ。

 六大魔天たちが驚く中、寡黙な性格をしているのか、自らの手を目の高さまで上げ見つめながらも、鉱石の塊の姿をしているガンディーラは黙ったままだ。


 魔王軍参謀キュベルと上位魔神バスク、魔獣兵研究長官シノロムが六大魔天の変化を見つめている。


「ほほ、流石、魔王ゼルディアス様ですじゃ。6体とも上位魔神の域を超えておられる」


 タブレット状の測定器を六大魔天たちにかざしたシノロムは驚愕している。

 魔王や六大魔天の上位魔神以上の存在が多い中、シノロムはただの魔族なのだが、それでもここにいられるのは、それだけ働きがいいのだろう。


『ふふ。上位魔神を超えて、「魔神王」に至れたようだね。魔王様の御力で、1段階、力を増すことができたようだ。これが超越者の力か』


「ほう、魔神王とな! そんなもの聞いたことないが……」


 シノロムに対してキュベルが丁寧に教えてあげる。


 ガリッ

 ゴリッ


 魔王は玉座に座って、片手でドッチボールサイズのものを無言で食べている。

 六大魔天たちが歓喜する中、この場で嬉しくない者たちもいた。


『おい、なんで俺も強くしてくれねんだ。ああ?』


『そうだぜ。俺の主をもっと強くしろよ!』


 背中に2本の大剣をかけているバスクは不満そうだ。

 上位魔神に達したバスクは今日も上半身裸で防具を装備しておらず、耳やら首にじゃらじゃらと魔法具の装飾品を身に纏っている。

 大剣の1つで、漆黒の刀身に、真っ赤な筋が表面に覆われ血脈のように見える魔剣オヌバもバスクの意見に賛同する。


 バスクは両手を頭の後ろで組んで、魔王への敬意は一切感じられない。


『いけないよ。バスク君、誰に力を与えるのか、魔王ゼルディアス様がお決めになることだよ』


 バスクの希望をキュベルは一蹴する。


『へ~六大魔天になれたら、もっと強くするんだな?』


 バスクはニヤリと笑い、最高幹部であり、魔王直属の親衛隊である六大魔天を見る。

 元Sランクの冒険者でキュベルの誘いで魔神となり、今は上位魔神のバスクは今なお力を求めている。

 どうやら、六大魔天のポストを空けてでも、力が欲しいようだ。


『ふん。参謀の言う通りだ。魔王様は結果を大事にされる。しっかり働くことだな』


 魔王軍総軍司令であり、魔王の次席の立場にあるオルドーが参謀と意見があったことに嫌味を言いながらも、バスクを窘めた。


 魔王軍はいくつかの組織で構成されており、このような体系となっている。

【魔王軍の構成や役割】

・魔王ゼルディアスが世界征服をもくろむ

・魔王軍総司令のオルドーが魔王軍全軍を指揮する

・参謀キュベルが魔王や総司令に対して作戦を立案する

・神界攻略軍、六大魔天によって神界攻略を目指す

・地上殲滅軍、上位魔神を総大将にして、魔神を将にして地上の各大陸を攻め滅ぼす

・暗黒世界調査団、暗黒神の支配する暗黒世界を調査するための組織、人間世界の策謀や、魔獣たちの研究も行う


 今回、魔王が、神界攻略軍である六大魔天を上位魔神から『魔神王』に強化した。


『やれやれだね。それで、総司令オルドー、今日集めたのは?』


 キュベルはとぼけた感じでオルドーに総集の真意を問う。


『うむ、配下の将軍たちから中央大陸を攻め滅ぼすための軍の編成が完了した連絡がきたのだ。参謀にも意見が聞きたいのだが……』


 話を振られて、魔王に強化され、パンパンに張った自らの筋肉を確認していたオルドーが我に返る。

 総司令オルドーに対して、地上殲滅軍が人間たちへの反撃の準備が整ったと言う。


「そうではないだろう。キュベル、話が違うではないか」


 ゴロゴロ


 ようやく、口を開いた魔王は手に持っている食べかけのドッジボールサイズの何かを落とした。

 玉座の上からゴロゴロと階段をバウンドしながら魔王がかじっていたものが落ちてくる。

 オルドーの足に当たって転がるのを止めたのは、女性の天使の頭部であった。

 皮が半分かじり取られ、天使の表情は絶望に歪んでいた。


 転がる頭を一瞬見た後、オルドーたちは跪き魔王に頭を下げた。


『話が違うって、魔王様、何の話でしょう』


 ここでもキュベルはとぼけ続ける。


「キュベルよ。貴様、何の問題もなく邪神を吸収できると言ったではないか。見よ、余の体を! う、うぐぐぐ」


 魔王はマントの中の自らの体を見せる。

 魔王の胸の位置には何か顔のようなものが悲痛の表情を上げており、人面創のようだ。

 また、魔王の真っ赤な髪は灰色とまだら模様となっており、プロスティア帝国で邪神の尻尾を吸収して以来、邪神の力を完全に掌握出来ていないように見える。


『ああああ! あうあうああああ!!』


 魔王は自らの肉体を見せた時、集中が切れたのか、胸の位置にあった人面創が叫び始める。


『ま、魔王様!!』


「ええい、寄るな。お前の顔を見ると集中力が切れる!」


『へが!? そんなひどいです……』


 階段を上がり、魔王の身を案じたオルドーを一蹴する。

 バスクの無礼な態度を許す魔王の性格だが、忠臣オルドーは我慢できなかったようだ。


「やはり、古代神をコントロールするには、贄だけではなく器も古代神のものにあわせるべきでしたのじゃ……」


『そのとおり。今回の結果は必然だよと思われますよ。魔王様』


「キュベルよ。貴様が『贄』と『餌』を揃え、『刻』と『場』を満たしたとき、余は超越者として世界に君臨できると申したではないか!!」


 シノロムが邪神を吸収しコントロールできないでいる魔王の原因を語る。

 魔王はキュベルの淡々とした言葉に怒りをぶちまける。


『いいえ、僕の言ったことに間違いはないよ。まもなく魔王様は全世界を統べるはずだ。そのためにもう少し取り込む必要があるものがあるかな』


 キュベルの言う理由は、古代神である邪神を取り込むには古代神の贄と、古代神の器を用意すべきことだった。

 贄とはプロスティア帝国の水晶花の上で殺されたベクのことだ。

 ベクは古代神である獣神ガルムの血を色濃く引いていたために、魔王軍に狙われてしまったようだ。

 器とは火の神フレイヤの神器のことだ。


 古代神である邪神を復活させるために必要なものを準備しなかったため、魔王が食らい吸収してもコントロールできないでいるとキュベルとシノロムは分析している。


「取り込むだと? ガルムはもちろんのこと、他の古代神もおおむね上位神だぞ。用意できる神器はあれで限界であったのだろう」


 魔王軍はアレンたちがローゼンヘイムで魔王軍と戦っている間に、本陣で神界を攻め、火の神フレイヤの神器を手に入れることができた。

 しかし、あの時の魔王軍の総戦力を考えても古代神である上位神たちには到底及ばず、次点の策で狙った火の神フレイヤの神器を奪うだけでも総戦力の半分を失ってしまう結果となった。


 キュベルやシノロムの話は何度も聞いていることで、邪神の力をコントロールする方法はないのかと魔王は言う。


『力をコントロールするだけなら、古代神の力を今更取り込む必要はないと思うよ』


「何?」


『今の魔王様の体は新旧の世界が混合して不安定になっているんだ。ちょっと体を安定させるお薬が必要みたいだね。神界に行って、お薬をとってくれば魔王様は邪神の力を完全に掌握できるよ』


 キュベルは今回呼ばれた目的である魔王の力のコントロールについて触れる。


「神界にまた攻め込むのか。だが、神界は時空神が結界を張り直したはずだが?」


 その言葉にキュベルはシーラに視線を向ける。


『たしかに、魔王様。時空神の結界の構成は把握しております。今しばらくお時間を頂けたら、必ずや突破し、魔王様の希望するものを手に入れてきましょう』


 魔王軍の次の一手が決まったようだ。


「キュベルよ、何度も言うが余は失敗を許さぬ。しっかり準備をするのだ」


『はは! 力をつけ、新たな「大厄災」を全世界に振りまきましょう。魔王様の御力はこんなものではないですよ!!』


 キュベルは魔王の言葉に答えるように、この場で狂ったように踊って見せる。


「なんと!? では、魔獣たちは一段階上昇すると言うことじゃな!!」


 キュベルの言葉にシノロムが驚く。

 60年以上前、魔王は魔獣たちのランクを1つ上げた。

 Eランクの魔獣はDランクに、Dランクの魔獣はCランクにと全て上がり、その時のことを人間世界の人々は「大厄災」と呼ぶ。


 結果、世界の多くの人々が魔獣に殺されてしまった。

 魔王は邪神の力をコントロールした暁には大厄災を超えることを成すと言う。


 六大魔天の上位魔神たちを魔神王に変えた魔王は、同じ力をもって、人間世界の魔獣たちの力をさらに1段階上げると言う。


 シノロムはそのようなことが可能なのかと驚いているが、魔王は沈黙で可能だと示す。


『そうです。こんな世界など滅ぼしてしまうといいですよ』


 キュベルは仮面の下で笑顔を見せ、ワザとらしく魔王にひれ伏す。


「うむ、皆も力を欲すなら、余に従うのだ。準備にかかれ」


『は!』


 魔王の言葉に六大魔天とバスクも頭を下げ、力強く返事をした。

 こうして、魔王は完璧な計画ではなかったため、取り込んだ邪神の力を完全にコントロールするための「お薬」を求めて神界を目指す。

 そんな様子を絶命した天使の亡骸が見つめているのであった。

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