第544話 精霊獣戦⑤

 アレンたちは簡単な打ち合わせを済ませると、精霊獣に向きを直した。


(精霊獣は打たせ湯の傍から離れない。倒すハードルが上がってしまったな。だが、お陰で距離を取って作戦を立てられたぞ)


 精霊獣はかなり高い知性があることは分かる。

 完全回復ができ、強化が図られる命の雫の周りから一定の距離以内にいる。


 1つのパターンを繰り返すと順応し避けられてしまう。

 フォルマールの弓の威力は理解されてしまったので、警戒の対象の1つにされてしまっているだろう。


 その上で、ソフィーやルークを強くするため、エルフとダークエルフの未来のために、この精霊獣を完膚なきまでに倒さねばならない。

 フォルマールが戻り、作戦が立てられ、仲間たちの表情にやる気が満ち溢れてくる。


「フォルマール始めてくれ」


 アレンが作戦の狼煙を上げる。


「ああ、真・強引」


 精霊獣からかなり距離のあるソフィーやルークのいる位置から、フォルマールは神器「精王之弓」を引く。


(溜め効果はここでは助かるな)


 このスキルは、魔力を消費し、スキル発動の威力を高めてくれる。

 1つの矢にスキルレベルの回数発動することができ、発動ごとに攻撃の威力を増すことができる。


『キュル……』


 精霊獣はアレンたちの表情から警戒感を露にする。

 アレンたちの顔つきからも、この作戦にかなり重きを置いていることは、精霊獣には気付かれているようだ。


「勝つのは俺たちだぜ! ダーク、頼むぞ!!」


 アレン後方のルークが叫んだ。


『ああ、分かった。闇よ!!』


 ルークの全魔力を吸収した、漆黒の闇を纏ったフードの姿をした闇の大精霊ダークが、精霊獣の体の周りに数メートルの圧縮した闇を体の内側から放った。

 一切ダメージを与えられないが、闇に視界を奪われた精霊獣は慌てて両爪を使い、自らの体を覆う漆黒の空気を払っていく。


 闇から脱出した精霊獣に対して、セシルとソフィーから魔力が溢れる。


「ライト様、お力をお貸しください」


 宙に浮き光り輝く女神のような姿の光の大精霊ライトはソフィーの全魔力を吸収する。


『もちろんです。光よ!!』


「いくわよ。シャイニングレイザー!!」


 先ほどまで闇に覆われた精霊獣の視界を奪うように、ライトとセシルは光属性の攻撃を放った。

 両手の爪で薙ぎ払うように攻撃を繰り返すが、ここまでの全てが陽動だ。


光の矢イルミリオン


 光属性を込めた輝く矢を、セシルとソフィーの攻撃に合わせて、フォルマールは精霊獣の胸元を狙った。


『キュバッ!?』


 闇から光に急激に変わり、目が慣れない精霊獣は、セシルとソフィーの攻撃に合わせるのに手いっぱいでフォルマールの弓矢が紛れていることに気付けない。

 フォルマールが放った亜神級の霊晶石から作られた巨大な矢が、精霊獣の胸深く突き立つ。


 アレンは狙いを定め、動き出している。


(よし! フォルマールの矢が精霊獣の耐久力を上回ったぞ!!)


 元エクストラスキルの光の矢が強化され、パンパンに張った分厚い胸の筋肉に突き立っている。

 アレンが狙うのはその矢だ。


 砕け散らずに急所に突き刺さった矢の上から強力な一撃を食らわせたい。


 アレンが一気に距離を詰める。


「霊呪爆炎撃!!」


 飛び上がったアレンは上段から精霊獣に対して、グラハンの特技を叩きこむ。


 しかし、精霊獣は胸に深々と刺さった攻撃に驚き、とっさに両爪を胸の前に構え防御の姿勢を取った。


 キイイイイイイイイイイイイン!!


 強固な爪の守りにぶつかり、甲高い音が大空洞に響き渡った。


(む! 防がれたか!! だが、貴様の爪ごと押し込んでくれる!!)


 アレンが全力を込め、急所に刺さったフォルマールの矢を爪ごと押し込もうとする。

 ゆっくりだが、押し込められ急所深く矢が、さらにめり込んでいく。


「いっけえええええええええええええ!!」


 ルークは叫びアレンの攻撃を応援する。

 アレンの攻撃に押され、胸深く刺さる様子に勝てると仲間たちは確信する。

 しかし、精霊獣の非情な一撃がアレンを襲う。


 パンッ


「がは!?」


 精霊獣はアレンの攻撃をいなすように柔軟に体を流し、さらに、強靭な尾を鞭のようにしならせ、アレンの胸元から腹にかけて引き裂くような一撃をお見舞いした。


 アレンは一瞬理解できないほどの衝撃を受ける。

 これまでの激戦で攻撃を受け微細なヒビができていたオリハルコンの鎧はとうとう耐久力の限界を迎えた。


 アレンの上半身をむき出しにし、さらに袈裟懸けに大きく肉を裂いた。

 鮮血が噴き出たアレンは遠くに吹き飛ばされてしまう。


「アレン様!!」


 大量の血が舞い吹き飛ばされるアレンに、ソフィーも仲間たちも顔が一気に悲壮に変わる。


『キュロロ!!』


 アレンの仲間たちとは違い、精霊獣は愉悦に満ちた顔をしている。

 精霊獣は吹き飛ばされた先のアレンを見て、とどめを刺す前に打たせ湯のように滴る命の雫を口にする。


 バキバキ


 精霊獣は胸に突き刺さった矢が膨張する胸の筋肉に押しつぶされ完全回復する。

 最初の頃の細身のトカゲのような姿が嘘のように、筋肉質な逆三角形の肉体に、太い腕と変わってしまった。


 アレンはその状況の中で、ゆっくりと立ち上がった。


「アレン、大丈夫なの!?」


 セシルは大きく肉が裂け、血が滴るアレンの状況に魔導具袋から天の恵みを出そうとする。

 メルスは特技「天使の輪」の管理者権限で鳥Fの召喚獣の特技「伝達」を使う。


『やめろ! 絶対にアレン殿を回復するな!』


「え? どういうことよ?」


『いいから言うことを聞いてくれ。絶対にアレン殿の回復をするな。でないと勝利はつかめないぞ!!』


「何よ、死んじゃうじゃない」


 元々耐久力がそこまで高くないアレンがもろに精霊獣の攻撃を受け、深い傷を負って。

 アレンはこの状況で魔導書を確認する。


(ふむ、お陰で体力が4分の1を切ったぞ。いい鎧を作ってもらったお陰でここまでもってくれたな。ハバラクさんにお礼を言わないとな。こいつを倒してな!!)


 2発目を受けれないほど、強力な一撃であったがちょうどよい体力の削れ具合だとアレンは理解している。

 そして、発動条件を満たしたため、これまで使っていなかったグラハンの特技を発動させた。


「戦士の咆哮! ぐおおおおおおおおおおおおお!!」


 アレンを取り巻く全身の魔力が赤みを帯びていく。


 グラハンの特技「戦士の咆哮」の発動条件には制約があった。

 それはアレンの体力が4分の1以下でないと発動しないというものだ。


【戦士の咆哮の効果と条件】

・発動条件は体力が最大の4分の1以下でないと発動しない

・体力が4分の1を超えると発動が止まる

・全ステータスが2割上昇

・剣術のスキルレベル1上昇

・グラハンの特技発動時間、クールタイムなし

・持続時間は1時間、クールタイムは1日


・アレンのステータス

 【体 力】 117060(現在:21400)

 【魔 力】 118713

 【霊 力】 118713

 【攻撃力】 94405+15000(武器)

 【耐久力】 118946

 【素早さ】 151443

 【知 力】 259256+52500(憑依合体)

 【幸 運】 51291


 精霊王の祝福の効果もあり、とんでもないステータスになる。

 精霊獣は、瀕死の状態のアレンの変化に気付き、体の向きをアレンに変える。


(さて、手札がどんどんなくなっていくな。次の作戦行くぞ)


 戦士の咆哮からか自らの体にたぎりを感じる。


「フォルマール、天井に向かって霊晶石の矢を放て。疾風迅雷はあいつを倒すのに使いたい。取っておいてくれ」


 フォルマールはアレンが何をしてほしいのか理解したようだ。


「ああ、分かった。真・金弓箭シン・キンキョウセン


 フォルマールは持っているスキルの中から、貫通力の高いスキル「真金弓箭」を選択する。


 亜神級の霊晶石で出来た矢は、天井の岩盤に亀裂を生じさせながら上部目指して一気に進んでいく。


 数千メートルの山の岩盤を貫通した矢は、とうとう上空に待機していたクワトロよりも高くに飛んで行ってしまった。


 ミシッミッシ

 ズウウウウン


「ちょっと、何してんの!? 山が崩れるわ!!」


 大精霊神の住まう巨大な山は少し前に精霊獣の一撃でヒビが走っていた。

 今回のフォルマールの一撃でヒビは亀裂へと変わり、巨大な山は中央からゆっくりと崩れ始めた。


 ドバドバッ


 精霊獣は大きな亀裂から滝のように流れる命の雫を見つめる。

 命の雫は床に貯まることもなく、床の割れ目から飲み込むように流れ込んでいく。


「どうした? 余裕なんだろ? 笑えよ。大事な命の雫がどんどん流れていくぞ。俺たちは十分な回復薬があるがお前には時間がないようだな?」


 悪い顔をするアレンは挑発することを忘れない。

 クワトロの万里眼で確認しても、火口の生命の泉の源泉はみるみるとすごい勢いで減少している。


『キュル!?』


「じゃあ、始めるぞ! 霊斬剣!!」


 アレンは動揺した精霊獣に剣を振るう。


 繰り返し強化した精霊獣は片手の爪でアレンの剣を受ける。


 キンッ!!


 剣と爪に衝撃が走る。


『キュルル!!』


 今度はこちらの攻撃だと言わんばかりに、精霊獣の凶悪な爪がアレンの首めがけて閃光のように迫る。


(あぶ! もろに当たったら即死だな。だが、貴様の動き読めるぞ)


 この一瞬の攻防でアレンは物理で戦える状態であると理解した。

 精霊獣は、アレンよりも素早さが上回っており、両手で攻撃ができ手数が多い。

 アレンの知力は精霊獣の攻撃力を上回っており一撃は重く、剣術スキルレベル9と圧倒的な知力をもって精霊獣の行動の予見ができる。


 それぞれが違う持ち味があり、力は拮抗していると感じる。

 精霊獣は時間がないことを理解し、アレンと距離を取ることなく応戦するようだ。

 アレンと精霊獣の戦いが始まった。


「ソフィー、私たちも精霊獣を叩くわよ!」」


「ええ!」


 セシルとソフィーは精霊獣の背後を攻める。


「クイック、精霊獣の攻撃を遅くしろ! アレンは速くしろ!!」


 ルークは精霊獣に指示をして、全魔力を込め戦いが少しでも優位になろうとする。


 フォルマールはスキル「真強引」を発動させ続け、勝機に向けて神技「疾風迅雷」の好機を待つことにする。


 精霊獣もアレンもお互いしか見ていなかった。

 オリハルコンの剣と命の雫で凶悪になった爪がぶつかる衝撃音が大空洞に響く。

 お互いが素早さ10万を超え、常人では目でも追えない速度での殺し合いが行われる。


『なんて速度だ! 皆、魔力の種を惜しむな! アレン殿の攻撃を止めさせるな!!』


『ヒヒ!』

『ヒヒ!』

『ヒヒ!』


 メルスはアレンの魔力が尽きないよう、魔力の種で回復するよう20体にも及ぶ霊Aの召喚獣たちに指示をする。

 体力を回復させては、戦士の咆哮の効果が切れてしまうからだ。

 魔力の種1つで魔力1000回復する。

 一度に2万回復させているのに、アレンの魔力が減り続けている。

 メルスは慌てて、さらに10体の霊Aの召喚獣を召喚し30体態勢を敷く。

 魔力消費が1回1000の特技「霊斬剣」を高速で使うアレンの魔力の回復が追い付かないからだ。


 ボコッ


 崩壊が始まっている大空洞の天井から10メートルは超えそうな巨大な岩がアレンと精霊獣の頭上に落ちてくる。

 アレンと精霊獣の速度に比べたら、スーパースローカメラで捉えたかのように、あまりにもゆっくりとした速度で落ちる巨大な岩が落ちる前に、お互い千を超える攻撃を浴びせる。


 ようやく大岩が自然落下で精霊獣の頭上に達した。

 アレンも精霊獣も大岩に意識を向けることすらしない。

 大岩が頭に落ちることはなかった。


 お互いの攻撃の衝撃波によって大岩は粉砕し、圧倒的に加速した爪と剣は大気にぶつかり高温を纏う。

 自重で地面に落下しようとする大岩は細かい砂となり、アレンと精霊獣の攻撃に割って入ることもできず超高熱で蒸発してしまう。


 10万を超えたステータスはただの数値ではない。

 常軌を逸した殺し合いが行われる。


「どうした! 貴様の力はこんなものか! ネスティラドはこんなものではないぞ!!」


『キュラアアアアアアアア!!』


 アレンの挑発に精霊獣は雄叫びを上げ答える。


(剣よ、持ってくれ。もうちょっとで爪を腕ごとへし折ることができるんだ)


 剣も爪も何千という攻撃によって、微細なヒビができていた。


『……なんて戦いですか。人の力で、神域に至る精霊獣を倒そうとするなど驚きです』


 大精霊神も、火花が飛び散るアレンと精霊獣の白熱の戦いに声が漏れてしまったのであった。

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