第545話 精霊獣戦⑥

 大空洞が崩壊する中、アレンと精霊獣の激闘は続いていた。


「おい! どうした!! 魔力も神力も尽きたか? 攻撃が軽くなってきたぞ!!」


『……』


(あの……、反応してください。そろそろ攻撃の手を緩めませんか?)


 アレンは、自らの武器の限界が近づきつつあり焦っていた。

 お互い数千の攻撃の中でオリハルコンの剣はいつ壊れてもおかしくないほどヒビが入っている。

 精霊獣の爪も既にボロボロでいつ砕けてもおかしくない状況で、お互い様だとも言える。


 挑発して意識を攻撃から逸らして、少しでも有利な一撃を加えたい。

 精霊獣も状況を理解しており、挑発を完全に無視して、確実にアレンの命を摘み取ろうとしている。


 アレンと精霊獣との激しくも拮抗した戦いが続く中、待望のことがアレンの目の端で起きる。


 巨大な割れ目になってしまったため、頭上の源泉から大量に流れ込んでくる命の雫がとうとう無くなってしまった。

 もう精霊獣の回復手段は尽きたことを意味する。


 精霊獣の意識が一瞬だけ、流れの止まった命の雫の方に向かう。

 ほんの僅かだが攻撃の甘さを感じた。


(よそ見とは。貰ったぞ!!)


 パリン!!


 甘くなった攻撃を避け、憑依合体と戦士の咆哮によって剣術レベル9に達したアレンの一撃は、精霊獣の片腕の手首の部分を爪ごと粉砕した。


「え?」


 しかし、残念ながら砕かれたのは精霊獣の片手の爪だけではなかった。

 アレンのオリハルコンの剣が根元から砕け散ってしまう。


『キュルッ! キュルッ!』


 精霊獣はあまりに嬉しいのか、顔が大きくゆがむほどの笑みを零す。


「ちょっと待った!!」


(タンマや! ストップや!!)


 アレンは手のひらを見せ制止するよう懇願し、もう片方の手で慌てて魔導書から予備のオリハルコンの剣を出そうとする。

 それは今までの精霊獣との剣撃に比べたらあまりにも遅い動きであった。


「アレン様!!」


 ソフィーも状況に気付いて慌てて天の恵みを使おうとする。


 無残にも精霊獣の一撃は仲間たちの全ての行動よりも早かった。

 既に鎧を失っているアレンを片手で撫でるように、精霊獣の爪が振るわれる。


 アレンの体は無数の線が走ったように切り裂かれ、無数の肉片となって床に散らばる。


 あまりの衝撃的な光景に一瞬の沈黙が仲間たちを包み込む。


「アレンが、アレンが死んじゃったわ!!」


 沈黙を破りセシルは目に大粒の涙を流し絶叫する。

 魔導袋からいくつも天の恵みを使用するが、今はもう手遅れで何の効果も発揮しない。


「なんだよ。フォルマールもその矢で狙ったら、アレンが殺されずに済んだんじゃねえのか!」


 フォルマールはスキル「真強引」を発動させていたため、一切攻撃をしていなかった。

 ルークは結局、最後の一本の亜神級の霊晶石で作った矢を使わなかったフォルマールを責める。


「アレン殿はあいつを倒すためにとっておけと言っていたからな。前を見るんだ、ルーク殿。戦いは終わっていない」


『キュルル』


 精霊獣はニタニタと笑みを零しながら、死体となって転がるアレンから、セシルたちに体の向きをゆっくりと変える。

 足取りは軽く、アレンに比べたら取るに足らない相手と言わんばかりに余裕が顔の全面から溢れている。


「せめて、一矢報いましょう。そうですわね、フォルマール」


「はい、ソフィアローネ様」


 まだ諦めるわけにはいかないとフォルマールに、ソフィーは気丈に指示を出す。

 アレンの仲間たちは皆、アレンが死んでも最後まで戦うつもりのようだ。


『これでも諦めないのですか』


『そういう者たちです』


 大精霊神が零した言葉にメルスが答えた。


『なるほど、ん?』


「ちょっと、メルスも一緒に戦いなさいよね! 相手は片腕がもげてもう回復できないんだから、そこを攻めて……。え? なんで、メルスがまだいるの?」


 大精霊神の中に1つの疑問が浮かんだ。

 それはセシルも同じだった。

 召喚獣の使い手であるアレンが死んだのに、メルスが他の召喚獣たちと共にこの場に平然としている。


「おい、戦いに集中し……。アレン?」


 メルスが存在する状況が理解できないルークの視線の先で、答えが始まろうとしていた。

 1つの燃えさかる羽が精霊獣の後ろに舞い降りていく。


 最初は1枚だったのが、2枚、3枚と増えていき、数十枚の燃えさかる真っ赤な羽が不死鳥のように象り、アレンの死体に舞い降りていく。


 メキメキ


 引き裂かれたアレンの肉片は炎の羽に包まれ、一気に結合し元に戻ってゆく。

 ほんの短時間で全ての体の傷は元どおりになり、アレンは予備で出して地面に転がっているオリハルコンの剣を握りしめた。


「ふう、戦士の咆哮は発動中と。バフ継続は助かる」


(体力4分の1で復活するとか絶対に、不死鳥の羽と戦士の咆哮はセットだよな。さあ、行くぞ!)


『ギュル?』


 アレンの仲間たちの視線が自らの後方に集まるから、精霊獣も何が起きたのか察することができた。

 方向転換をし、アレンを見るや否や攻撃の態勢を取ろうとする。


「うぉおおおおおおおおお!!」


 アレンは既に距離が開いた精霊獣との距離を詰め、剣を上段に構え飛び上がった。

 アレンの全霊力が剣に籠って、刀身に青白い光があふれ出す。


 精霊獣は確実に受け切らねば命が危ういと判断したようだ。

 力を片手に全力を集中させ、大腿部並みの太さになった手で受け、攻撃に耐える姿勢を取るようだ。


 この一撃を耐えれば、前回同様に尾のカウンターで、勝機は我にありと言わんばかりに、精霊獣の口元が一瞬緩んだ。


 あらゆるバフの効果が継続しているアレンは音の速度を超えて、精霊獣に突っ込んでいく。

 仲間たちの意識が追い付かない中、アレンと精霊獣の戦いに割って入る者が1人だけいた。


 精霊獣の自らの片腕を犠牲にするカウンター作戦をフォルマールは許さない。

 どっしりと丹田に力を蓄え、静かに弓を構えている。

 既にスキル「真強引」を限界まで使用し、一撃の威力を高めた状態で神技を発動させた。


「疾風迅雷」


 外せばパーティー全滅の可能性のある中、フォルマールの持ち味である落ち着きがこの場で活きる。

 静かな口調、感情の無い態度で、当たり前のように弓を引く。


 10万を軽く超えるアレンの素早さで精霊獣との距離が一瞬で縮まろうとする中、後方にいるフォルマールの矢は、それよりもはるかな速度で精霊獣に迫る。


 パンッ!!


 精霊獣の全力を込め膨張した腕が吹き飛び、遅れて甲高いはじけるような音が鳴り響く。

 絶妙な攻撃を加えた矢は岩盤を易々と貫き、山の外へ飛び出ていった。


『キュロ?』


 片腕が肘のあたりから千切れて宙を舞うことに、精霊獣は一瞬理解できなかった。

 ほんの一瞬だが、アレンが迫る中、次の一手が遅れてしまう。


「ソウルセイバアアアアアアアアアアアアア!!」


 無防備な精霊獣の首元に切りつけたアレンの剣が切り裂いていく。


『キュルアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 絶命の雄たけびを上げた精霊獣は大きく裂かれ、力なく横たわる。


「はぁはぁ、勝ったのか……」


 息が切れたアレンは小さくつぶやく。


(もうこれ以上の奥の手はないぞ。不死鳥の羽まで発動させやがって。ネスティラドといい、神界は強い奴多すぎ)


 あまりに強い精霊獣との戦いに、発動を予定していなかったクワトロの覚醒スキル「不死鳥の羽」まで発動してしまった。


【クワトロの覚醒スキル「不死鳥の羽」】

・アレンを死後1回だけ復活

・あらゆるバフや加護は継続

・召喚獣は召喚は継続

・復活時の体力は最大体力の4分の1

・発動に聖珠ポイント5ポイント必要

・持続時間は1カ月、クールタイムは1日


 ブン


 疲労困ぱいのアレンの目の前に魔導書が現れる。


『精霊獣を1体倒しました。レベルが220になりました。体力が5000上がりました。魔力が8000上がりました。攻撃力が2800上がりました。耐久力が2800上がりました。素早さが5200上がりました。知力が8000上がりました。幸運が5200上がりました。封印が解け、神技発動スキルを獲得しました』


(レベルが結構上がったな。お!? スキルの封印が解けた!!)


 レベルが20ほど上がって、待望の新スキルの開放にアレンは胸を躍らせる。


「アレン!!」


 セシルたちがアレンの下にやってくる。


「ああ、ようやく倒せた」


「もう、何よ! 生き返るならそう言っておいてよね!!」


 勝ったのに非難を浴びせられる。

 ソフィーやルークもそうだそうだと頷く。


「すまない。奥の手だった」


(ネスティラドに殺されたお陰で知っていたスキルだったけど)


 レベルが上がるたびに霊獣ネスティラドに挑戦した結果、不死鳥の羽のスキルの特徴を理解していた。

 ネスティラドは命を一度捨てても勝てないほどの強敵だ。


「フォルマールも見違えたな。なんか雰囲気が変わったぞ」


 この勝利は、アレンの作戦の範囲を超えて戻ってきてくれたフォルマールのお陰と言っても過言ではない。

 アレンの復活への抗議も、フォルマールの存在がかき消してくれる。


「ああ、エリーゼ様にお力を頂いてきた」


 無愛想なフォルマールなりの端的な状況の説明なのだろう。


「なるほど、神器に肉体もか。それに、大精霊神の加護も貰ってるようだぞ」


「そのようだな、やはり加護もいただいていたのか。体だけではなかったのだな」


 フォルマールは自らのステータスが見えないが、何らかの力を貰っている感覚だけがあったようだ。


 ゴゴゴゴゴッ


 もう少し詳しく話を聞こうとフォルマールに聞こうとしたところ、地面や壁に大きな亀裂が生じ始める。

 崩れかけていた大精霊神を祀る大空洞が、フォルマールの神技「疾風迅雷」が止めであったようで、物理的な限界を迎え潰れ始めた。

 巨大な地震の中、立っていると命の危険もあるような巨大な岩が落ち始める。


「おいおい、アレン。逃げようぜ。ここ崩れそうだぞ」


 ポンッ


「ああ、そうだな。ルークって、『ポン』だと」


 何か、詰まっていた物が飛び出るような軽快な音が、崩れそうな大空洞で鳴った。

 倒した精霊獣が口から緑色の丸い何かを吐き出したようだ。

 両手で抱えないといけないほどの結構な大きさで、緑色の球状の物体の表面は葉脈のようなもので覆われている。


『何とか上手くいったわ。神樹の種だあね』


『どうやら間に合っていたようだ。アレン君、神樹の種を早く拾って』


 アレンの後ろにいたファーブルとローゼンが話しかけてくる。


「お!? 神樹?」


 ゴボゴボッ


「ちょっと、今度は何なのよ!?」


 詰まった栓を吐き出したからなのか、精霊獣の死体が命の雫を吐き始めた。

 アレンが切り裂いた傷口からも、とめどなく溢れるように出てくる。


(どういう状況だよ。何か知らんが、ドロップは俺のもんや。きっと良いものに違いない!)


 アレンは葉脈に覆われた大玉を両手で抱え込む。


「よし、山の上空に移動するぞ。転移!」


 大精霊獣から命の雫が溢れ、大空洞の天井から岩盤が降り注ぐ中、アレンは大空洞のこの場を離れる。

 事前に用意していた「巣」の一部である山の上空に転移する。


「大精霊神様の御山が崩れてしまいますわ……」


 上空でアレンたちが見たのは、地響きを立て崩壊する大精霊神の御山だ。

 アレンたちはなんとか大精霊獣を倒し、大空洞から脱出したのであった。





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