第542話 最終問答 ※他者視点

 フォルマールはエリーゼに連れられ、雲の上のような空間にやってきた。

 鏡張りのような大きな画面が空間の中空に浮いており、中ではアレンたちと精霊獣が戦っている。


「ソフィアローネ様!!」


 大声で叫んだフォルマールの声はソフィーには届いていないようだ。

 フォルマールは迷うことなく画面の中に入ろうとする。

 しかし、鏡はとても強固でフォルマールの行く手を遮る。


 ガンガンッ


 フォルマールは拳を痛めつけようと、必死に鏡を殴りつけた。

 鏡はヒビが入ることもなく、びくともしなかった。


 接近戦に躍り出るアレンとメルスを弾き飛ばした精霊獣の爪がソフィーを襲う。


『させぬ! 結界を我が主に!!』


 空間の大精霊ジゲンが絶体絶命の前に立ちふさがる。

 高密度で半透明な立方体の結界でソフィーを包み込む。


 ガシャン


 しかし、空間の大精霊が全魔力を込めた結界は、立ち上がったトカゲのような姿の精霊獣による無慈悲で凶悪な一撃によって無造作に破壊される。

 結界を破壊している間に、ジゲンはソフィーとの間に距離を詰め、身を挺して守ったため、精霊獣の爪の強力な一撃を受けてしまう。


「ジゲン様!?」


『むぐ!?』


 精霊獣の攻撃を受け、空間の大精霊は顕現する力を失い、光る泡となって消えていく。


「ソフィーはもっと下がれ! やつは雫の傍から離れない!!」


 空間の大精霊がやられてしまい、アレンの大きな檄が戦闘中の大空洞に響き渡る。


『ほう、ようやく1体精霊を倒しましたね。どこまで持つのか見ものです。フォルマールさん、そこに立つと私が見えません。少しどいていただいてもよろしいですか?』


 画面に張り付くフォルマールの後方では、アレンたちの戦いを大精霊イースレイが静かに見つめていた。


 エリーゼはフォルマールの手首をしっかり握りしめ、大精霊神のすぐそばに連れていく。

 大精霊神が視線をアレンたちからフォルマールたちに移すと、エリーゼは口を開いた。


『イースレイ様、このようなことはやめてください』


『エリーゼさん。あなたはまだ命の渦の中で意識を留めているのですか……』


 大精霊神は呆れているようだ。


「何卒、お気持ちをお鎮めください。大精霊神イースレイ様」


 このままエリーゼと大精霊神の会話を眺めていることはフォルマールにはできなかった。

 ソフィーがいつ死んでもおかしくない状況の中で、フォルマールが大精霊神と精霊王の会話に割って入る。


『ほう、あなたはフォルマールさんでしたね。まさか、源泉に飛び込んで私に語り掛けてくるとは』


 そんなつもりで源泉に飛び込んだわけではないのだが、フォルマールは話を続けることにする。

 フォルマールは仲間たちに知れず地面に額が付くほどの土下座をした。


「私たちの失礼な態度により、このような状況になり申し訳ありません。何卒、寛大なご対応をお願いします」


『私はずっと寛大ですよ。まあ、仲間たちがあなたと共に命の循環に還るのをお待ちなさい』


 先ほどまで大精霊神の苦悩をエルフたちの戦いで見せられたフォルマールは歴史の深さを感じる。

 頭を下げ懇願するフォルマールに対して同情は感じられない。


「……」


 大精霊神から何も語られないため、少しの沈黙が生まれる。


『ぐはあ!?』


「カカ! 大丈夫か!!」


 フォルマールの背では、仲間たちの叫び声が聞こえる。


「……私は何でもしますので、何卒精霊獣の牙と爪を収めていただけませんか?」


 必死に懇願するフォルマールの態度にアレンのような芝居臭さは一切なかった。


『それはできません。既に新たな問題は出ているのです』


 フォルマールの必死の懇願も断られてしまう。

 どうにかしないといけない。

 今、大精霊神と交渉しているのは自分だけなのだ。


 この時、フォルマールの脳裏に思い浮かんだ「交渉」という言葉から、アレンが思い出される。


「交渉……?」


『フォルマールさん、いかがしましたか? そのように地面を見ては、せっかくの皆さんの雄姿と終わりが見れないですよ』


 立ち上がれという大精霊神の言葉に、フォルマールはゆっくりと立ち上がる。

 しかし、立ち上がったフォルマールはソフィーたちを背に大精霊神を見つめる。


「私に1つの交渉をさせてください」


『交渉? 今断ったはずですが、まあ、いいでしょう。何を交渉しますか?』


「この状況はメルス殿から、新たな問題と聞いております。それで間違いはございませんでしょうか?」


『確かにその通り。それがどうかしましたか?』


 横になっている大精霊神はこの会話に興味が沸いてきたようで、体を前のめりになり、フォルマールの瞳を見つめる。


「では、今の状況は1つの問題を解決したにもかかわらず、2つの目の問題を解こうとしている。これで相違はありませんか?」


『それで?』


「私たちは必死な思いで、大精霊神様の問題を解きました。答えは確かに大精霊神様のお考えに背く行為であったことは間違いありません。ただ、解いた褒美を頂きたいのです」


『褒美?』


「はい。神が試練を与え、私たちはそれに答えた。何もないのでしょうか?」


 アレンのようにうまくは交渉できない。

 エリーゼも見つめる中、フォルマールは必死に語り掛ける。


『……なるほど。最初の問題の褒美を与えないと、私が気に食わない答えをしたエルフとダークエルフを、暴力をもって滅ぼしたとなるということになると。ただ、だからと言って、この状況で皆を救うなどできる話ではありませんよ?』


 筋は通っているができること、できないことがあると大精霊神は言う。


「救うのは1人です。この場にいる者を1人だけお救い下さい」


『……面白い考えをする。この状況で1人ですか』


『ちょっと、フォルマール。たった1人って、ソフィーだけ救う気?』


『エリーゼさん、あなたは黙っていなさい。いいでしょう。フォルマ―ルさん。この場にいる者1人だけ、最初の問題を解いた褒美に助けてあげましょう』


【大精霊神イースレイの最終問題】

・精霊獣にやられそうなアレンのパーティーがいます。

 この場に1人だけ救うとしたら誰を救いますか?


「……この場にいる誰を救っても良いでよろしいでしょうか?」


『もちろんです。自分の身可愛さに自らを選んでもいいでしょう。ここは生命の泉の源泉。あなたを泉の命をもって蘇生して差し上げましょう』


 フォルマールが何か狙いがあって交渉しようとしていることは大精霊神にも分かった。


「もう一度お尋ねします。この場にいる誰でも良いと言うことでよろしいでしょうか?」


『くどいですが、もちろん、この場にいる全ての者が対象です。あなた方の信仰するローゼンさんでも良いですよ』


 誰を救うのか大精霊神もエリーゼもフォルマールを食い入るように見つめる。

 フォルマールは一瞬口角が上がると、大精霊神に頭を下げて伝える。


「では、エリーゼ様をお救いください」


『な!? ちょっと、フォルマール何を言っているの!!』


 この状況でフォルマールの頭がおかしくなったのかとエリーゼは叫ぶ。


『……理由を聞きましょうか?』


「アレン殿は戦いを諦めていないように感じました。もう少しの戦力で戦況は反転できると判断します。精霊王であったエリーゼ様の助力があれば、もしかしてと存じます」


 フォルマールは自分の命など最初からいらなかった。

 絶体絶命の状況で、仲間たちが戦う中、自分ができる最善の策を考えた。

 ローゼンも仕えた精霊王エリーゼを全盛期の状態で復活させて、仲間たちに援護してほしいというものだった。


 大精霊神はゆっくりと目を瞑り、そして目を開けた。


『不思議です。また予想外の答えが出てきましたね。随分答えを求めてきました……。まだ、答えが存在すると言うのでしょうか』


「それでは、願いを!!」


 感慨深くなる大精霊神に対して、早く対応をしてほしいとフォルマールは焦っている。


『もちろんです。これで元の神力も戻してあげますがエリーゼさんはいかがしますか?』


 大精霊神の前に光の玉が溢れてくる。

 ゆっくりと向かってくる光の玉をエリーゼが触れると、復活できるようだ。


『私が精霊獣になったのは自らの罪を背負うため。残念だけど、この身は戻すなんて考えられないわ』


 神力の塊の光の玉を見て、エリーゼは断言した。


「そ、そんな! 何卒、仲間たちにお力を!!」


 渾身の作戦であったが、エリーゼにそんな意思はなく断られてしまった。


『だけど、この神力はあなたが交渉して手に入れたのよ』


『エリーゼさん、どうするのですか?』


『こうするの! うりゃあ!!』


 大精霊神から貰った神力の光の玉に手刀で2つに裂いた。

 2つに裂いた神力にエリーゼは手先から伸びた蔦を絡めさせていく。


『エリーゼさん、自らの神器を込めるというのですか?』


『この復活してよいと言う願いの全てを使い、フォルマールに戦える力を!』


 木でできた強弓と、弓を引くための弽が出来上がっていく。

 大精霊神はそれを見つめて声を漏らす。


『ですが、2つも神器を与えてどうするのですか。フォルマールさんは源泉に飛び込んで死んでしまったのですよ』


「そ、そうですね」


 強力な神器を貰って嬉しいが、肉体は溶けてなくなってしまい戦いに参加することができない。


『だから、こうするの! 私の肉体をあげるわ!!』


 フォルマールの願いで自らは復活したことになっている。

 だから、どう使おうと自由だと言わんばかりに、エリーゼは両手にさらに力を籠める。

 両手から残された僅か力が溢れ、フォルマールに注がれていく。


「え、エリーゼ様!?」


 フォルマールはエリーゼの様子に何が起きているのか気付いて思わず声を出した。


『黙っていなさい。集中しているの。あなたの肉体を復活させるわ! ぬぐぐ!!』


 エリーゼの手がゆっくりと光の泡となって消え始めた。

 2つもの神器を与え、自らの存在の全てをかけて、フォルマールを復活させようとしているようだ。


 手首が消え、肘もなくなり、肩まで光の泡が到達しようとする。

 エリーゼの体がゆっくりと崩壊していっているようだ。


「あ、ああ……」


 この状況で本当にいいのか、エリーゼを消してしまってまで復活することが正解なのか分からない。

 涙を流すフォルマールは仲間たちのためにどうすべきか必死に考える。


『そのまま黙っておくのが正解よ。今あなたの体を復活させるわ……』


 腕が無くなったが、エリーゼはそれでも自らの命をフォルマールに注ぎ込み続ける。

 この様子に大精霊神は鏡の先で、さらに奥の方にいる第一天使ルプトを見つめた。

 ルプトはメルスを含めたアレンたちの戦いを真剣に見つめているようだ。


『エリーゼさん。あなたはいつも無茶をする。皆、あなたに似て私は大変なのですが……。まあ、いいでしょう。これは面白い回答をしたフォルマールさんへの褒美です。少し褒美が多くなってしまいましたが受け取りなさい』


「これは……」


 トクントクン


 エリーゼの体の消滅が止まり、フォルマールの体が光に溢れてくる。

 大精霊神が命をフォルマールに与えたようだ。

 心臓の躍動を感じる。


『私欲無き英雄よ。未来は変わらないでしょうが、エルフたちの運命を切り開くのです』


『さあ、行ってきなさい。フォルマール。ぶちかますのよ!』


 光に包まれたフォルマールの体はこの場から消えていく。

 エリーゼから檄を貰うフォルマールは復活を遂げたのであった。



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