第541話 繰り返された歴史 ※他者視点
フォルマールは朧気になった意識の中で、深い眠りに着こうとしていた。
もう立っているのか横になっているのかも分からず、全ての意識を捨て去ろうとしている。
しかし、何やら耳障りな喧噪がフォルマールの眠りを妨げる。
騒々しいなとフォルマールは、喧噪している物音の先に視線を移す。
「何だこの騒ぎは……。城? 要塞か? 燃えているぞ。ここはどこだ? 世界樹があるな……。ローゼンヘイムか」
フォルマールは必死に理解しようとするが、いつこの場にいたのか覚えていない。
要塞の奥の方には世界樹の巨木がそびえているため、ここはローゼンヘイムなのだろう。
フォルマールは強大な木製の要塞の前に立っており、そこではおびただしい数の人族と思わしき者たちが要塞を攻め立てていた。
よく見たら、城壁の上からエルフたちが弓矢や精霊魔法で、必死に人族たちの侵攻を防いでいる。
ズウウウウウウン!!
フォルマールの理解が追い付かないまま、しばらく見つめていると、何十人もの人族たちが丸太のような攻城戦ハンマーを使って、強固な城門を破壊した。
内側に巨大な城門が崩れ倒れていく。
「よおおおし!! 城門を破壊したぞ。いっけええええ!」
「へへへ、勝利は目前だぞ。お前らがっつくなよ」
「エルフは奴隷にするからな。女子供はそんなに殺すなよ! 王族は陛下へ献上だ!!」
欲望にまみれた顔つきの人族たちがワラワラと要塞の中になだれ込んでいく。
フォルマールもなぜか理解できないまま、足と意識が勝手に動き、人族と一緒に要塞内に入っていく。
要塞の中でエルフに対する阿鼻叫喚の略奪や虐殺が始まっていた。
フォルマールは虚ろ気な意識の中で、本能で何とかしないといけないと背中の弓を握ろうとする。
しかし、背中に手をまわし弓を取ろうとするがまるで夢を見ているかのように手が届かない。
「おい、お前、何してんだ?」
「む? 私か?」
フォルマールに気付いて話しかけようとする人族の兵がいる。
「ん? まて、お前……、もしかしてエルフか?」
何か亡霊に見つかってしまったかのような嫌悪感があるが、生気を感じない兵の瞳に吸い込まれそうで目が離せなくなった。
フォルマールの意思はさらに希薄になっていくような、そんな気がした。
『ちょっと、あなた。何そいつを見つめてんの? 取り込まれるわよ! ちょっと来なさい!!』
だれか知らない女性がいつの間にかフォルマールの横にいた。
責め立てるように叫ぶとフォルマールの手を強く取って、どこかへ連れて行こうとする。
女性に手首を握られると深い眠りから目覚めたかのように意識がはっきりしてくる。
ちょっと歩いた程度の感覚であったのに、エルフの要塞も人族もいないどこかの草原に立っている。
何が何だか分からないが、世界樹が見えるのでここはローゼンヘイムなのだろう。
「先ほどの争いは何なのか!? 私は何故ここにいる? あなたは誰なのだ?」
『ちょっと、そんなに聞かれても全部は答えられないわよ。私はエリーゼよ』
20代かそこらの綺麗な女性は頬を膨らませて、不満を表情に出した。
「エリーゼ……様? ローゼン様が仕えていたという精霊王様ですか?」
フォルマールはつい最近、エリーゼという名前のモササウルスに似た精霊獣に襲われた。
たしか、ローゼン様はエリーゼという木の精霊王に仕えていたと水の大精霊トーニスから聞いた。
よく見たら手足が木の表皮となっており、頭には花と枝で出来た冠を被っている。
唯の人間ではなく木の精霊だと分かる。
『へ~。ローゼンのこと知っているのね。あなたはなんでここにいるの?』
「私は真実の鏡を求めて、泉の源泉に飛び込んで……ここはどこなのですか?」
生命の泉の源泉に飛び込んだ後の記憶が希薄になっていることに気付く。
『もう、また質問が増えているわよ? もしかして、生命の吹き溜まりに飛び込んだの? そんなエルフもいるのね……』
「申し訳ありません。その通りです」
『まあいいわ。ここはあなたが飛び込んだ生命の泉の中よ。意識だけで私に語りかけているの』
「泉の中、私は泉の中にいるのですか?」
『そうそう、世界に恵みをもたらす生命の循環にあなたはいるのよ。さっき見たのは、世界の歴史、大精霊神イースレイ様の苦悩を見せられたのね』
「意識? 苦悩?」
『まあ、先ほども見たでしょ。生命の循環はイースレイ様の管理する場所よ。まあ、こっちに来なさい』
「いや、申し訳ありません。今もソフィアローネ様が戦っています。このような場所にいるわけには……」
強引に手首を掴むエリーゼに、こんなところで道草を食っているわけにはいかないと伝える。
そこまで言うと、今度は状況が変わった。
フォルマールとエリーゼは世界樹の木の枝の上に立っているようだ。
目の前には巨大な要塞が煙を上げており、また戦争をしている。
最初はエルフと人間だったが、今度は様子が違う。
「こ、これは、もしかして。エルフとダークエルフ?」
目の前にはダークエルフの城を攻め落とさんとするエルフたちが、必死に攻撃をしている。
『フォルマールが最初に見た映像は、神界人からエルフロードと人族に分かれた時の状況ね』
「エルフロード? エルフでは? 最初はエルフもダークエルフもいなかったということですか?」
『そのとおりよ。あら、話が早いわね。こんなに賢い人は見たことないわね。この戦争はもう何万年も前の話ね……』
色々なことを分析し想定するアレンと一緒にいたせいで、自分もちょっとやそっとのことでは動じなくなったようだ。
フォルマールは、自らの心境の変化など考えている場合じゃないと、エリーゼの話を集中して聞くことにする。
もしかしたら、今なお戦っているソフィーのために何かできることがあるかもしれない。
エリーゼの話では100万年ほど遥か太古の昔、創造神エルメアは世界樹を通し、神界と人間世界との生命と豊かさの循環を形にしようとした。
生命の泉は、世界樹を育ませ、世界樹によって、人間世界を恵み豊かにしようとした。
創造神は大精霊神に人間世界に豊かさを運ぶ役目を与えた。
さらに、大精霊神の計らいで、創造神エルメアが創造した神界人をエルフロードと人族に分けたという。
「エルフと人間もたどれば神界人であったのですか」
『そのとおり。エルフロードは、人間世界で役目を与えられた種族なの』
このエルフロードは世界樹の強い恵みの力に耐性を持ち、人間世界の恵みの根幹を守る守護的な立場にあたった。
「だが、人族はエルフロードを襲うようになった」
『まあ、時にはだけどね。人族はエルフロードに比べてはるかに力の劣る存在であったの。だけど、あまりにも貪欲だったのよ。力をあまりにも与えられなかったからかもね』
人族は長い年月の中で、世界樹を管理するエルフロードに対して憎悪の念を持つことがある。
力なき人族であったが、時には数にものを言わせ、時には他種族の協力を求め、エルフロードたちを攻め立てた。
人族にエルフロードが滅ぼされるたびに、世界の均衡は崩れたと創造神は判断し人間世界をリセットしたとエリーゼは言う。
どうやら、世界がリセットされる原因は魔王だけが原因ではないようだ。
「それで、もしかして、この場面ですか?」
『そう。今見ているのはダークエルフとエルフの戦いよ。人族の問題を解決しても、新たな問題が起きたのよ』
創造神が何度創造しても、世界は変わらなかった。
数十万年間、エルフロードでは、欲深い人間たちに抗うことができなかった。
そこで、今度はエルフロードをエルフとダークエルフの2つに分け、特性の違う2つの種族によって世界樹を守ろうとした。
守りに特化したエルフと、攻めに特化したダークエルフが補い合い、たまに襲ってくるあらゆる種族の侵攻を撃退し、それはそれで上手くいったと言う。
「世界樹の取り合いを始めたということですね」
エルフとダークエルフの間に何が起きてきたのかフォルマールは知っている。
『それは正確な言葉じゃないわね。どちらが正統な守護者であるかでずっと揉めてきたわ』
世界樹は人間世界に1本しかない中、それぞれがある意味同じ立場にあった。
エルフは自らの王族であるハイエルフを誕生させ、ダークエルフはハイダークエルフを誕生させ、種族の対立が始まっていったと言う。
「どうやっても答えが見いだせないと」
『そうよ。私はイースレイ様に言ったの。「そもそも精霊を通して役目を伝えるからおかしい」ってね』
「ああ、そうか。それが今の世界なのですか」
『その通りよ。ローゼンは私の思いを汲んでくれたのでしょうね。エルフたちには過度に世界樹の守護者である役目があることを伝えなかった』
世界樹はたしかにこれまでと違い、最も大事な物ではなくなったが、王族だの、精霊王だの、そして世界樹だの自らの身のうちで大事な物を見つけ出した。
それはエルフもダークエルフも一緒であった。
結局は100万年に及ぶイースレイが必死に行ってきた無数の試行錯誤による失敗の一つでしかないと、大精霊神は思うだろう。
「だから、エルフもダークエルフも滅ぼすと。このままでは失敗が目に見えているから」
世界樹が2本あるという状況が、精霊の園、生命の泉、精霊、世界樹という生命の循環そのものを破綻させようとしている。
フォルマールは言いようのない無力感に襲われる。
神々も精霊も、必死に人間世界に恵みを届けようとした。
しかし、守護で配置した者は外敵から襲われ、守ろうと種族を分けたら今度は内乱が始まる。
『さて、あなたには帰る場所があるようね。ここから脱出するわよ!!』
「脱出、帰れるのですか?」
『もちろんよ。さあ、行きましょう! 飛ばすわよ!!』
エリーゼはフォルマールの手首を握りしめ、世界樹よりさらに上へ上へと上昇を開始した。
随分強引な性格なんだなと思うが、口に出さないことにする。
エリーゼに連れて行かれたのは、雲の上のような空間であった。
目の前には大きなガラス張りで中に入れないようになっている。
「ソフィアローネ様!!」
フォルマールがガラス越しに見たのは、ソフィーたちが精霊獣と戦う場面であった。
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