第536話 調停と白紙
アレンたちの目の前にメルスと共に転移してきた、第一天使ルプトが現れる。
(こうして見ると瓜二つの双子だな。え? 何か睨んでない?)
アレンは、メルスとルプトが双子の兄妹であることは随分前から聞いている。
また、アレンが羅神くじを引いて、行く先々に神の使いの天使や聖獣が待っていた。
これは天空王サイドから事前にそれぞれの神域に連絡をしていたことを意味する。
恐らくだが、創造神エルメアにも連絡する方法が天空王の王城にはあると予想できた。
創造神エルメアを動かすため、アレンは兄妹の付き合いで、天空王の王城経由でルプトに連絡ができないかメルスに依頼していた。
メルスは、ルプト経由で創造神エルメアと連絡はできるが、どうなるか分からないと答えた。
初対面のルプトの全身から何やら殺意のようなものが溢れている。
まるで、積年の恨みを持つ者に初めて会ったような、そんな表情を向けられているような気がする。
ルプトからアレンに対して厳しい視線を送られているが、恨まれるようなことはした覚えがない。
メルスはその様子にため息をついた。
『ルプト、気持ちは分かるが話を進めてくれ』
『ええ、おにい……。メルス、分かったわ』
この状況で兄妹の間柄で話をしそうになったことにルプトは自らを諫めたようだ。
『創造神エルメア様の第一天使様が何用ですか?』
上位神にまで至った大精霊神に一切の怯えも恐れの態度もない。
ただし、全ての神を統べる創造神の代理者としての立場のあるルプトには相応の敬意を払うようだ。
『大精霊神イースレイ様、私は創造神エルメア様の命により本件の調停に来ました』
(残念。やっぱり調停か。仲裁ではないのね。メルスの予想したとおりか)
アレンは今回の課題を大精霊神から受けたとき、精霊を地上に移動させる方法での解決策を考えた。
今回の解決策は精霊を地上に送り、生命の泉が無くならないよう維持しようとするものではない。
大精霊神から与えられた問題を「白紙」にすることだった。
求めた解決策は恐らく、ダークエルフの里を廃止することだろうが受け入れなかった。
ソフィーやルークのためにも、ダークエルフとエルフの間で大小の争いを起こすわけにはいかない。
魔王軍との戦いに全世界が1つにならないといけないときに騒動を起こしている場合ではない。
そこで、大精霊神が到底受け入れられない解決策を提示し、アレンたちと大精霊神が引かない状況にする。
創造神に本件の「仲裁」ができないか救済を求めることにした。
仲裁とは、当事者の間に入り、第三者による判決をすることだ。
今回の場合だと創造神エルメアが第三者に当たる。
ルプトは創造神エルメアの代理者だ。
また、「調停」とは対立する当事者同士で紛争を解決することを、第三者が手伝うことを意味する。
(仲裁で大ナタを振るってくれたらよかったのに。当事者同士で解決せよと。話し合いで解決できるといいんだけど)
アレンの思考を他所に大精霊神も事態の把握が進んだようだ。
『……自らに責任があるのに創造神エルメア様に泣きつくとは、どこまでも神界に迷惑をかけるのですか』
「申し訳ありません。私たちの信仰のよりどころである精霊神様方をお救いしたい一心でございました」
アレンは何か悪い事でもしたのかと、前面に被害者面を押し出すことを忘れない。
『そこまでです! 本件について、概ね理解しています。私は創造神エルメア様の代理で来ていることをお忘れなきよう!!』
アレンだけでなく、ルプトは大精霊神すら一喝する。
好き勝手話すのではなく、問題を解決せよという意思をルプトから感じる。
『ぬう……』
『まず、アレンよ。あなたの言い分を聞かせなさい』
ルプトは調停に入っていくようだ。
「分かりました。精霊神ローゼン様が罪を犯したと大精霊神様に言われました。問題を解決したら、精霊神様方の罪を無くしていただけるという話でしたので……」
懇願した表情のアレンは、状況を自らが有利になるように話を進める。
精霊の園で起きている問題を解決するように言われたので、精霊たちの意見を聞いて厚遇することを約束し、地上に来てもらうことにした。
今回の問題を一字一句記録しており、完璧な解決だと強調する。
アレンの話は、嘘はついていないが、とんでもない解決策であったのか、ルプトは片方の口角が引きつっている。
『アレンの話に相違はないですか?』
『ありません。ただ、本件のような解決を神界が許容するなどありえませぬ。また、ローゼンの犯した罪は創造神エルメア様もご存じなはず。このような茶番で……』
『茶番とは創造神エルメア様への侮辱になりますよ。これ以上の発言は慎むように。ただ、確かに、本件のような解決策は到底許されるものではないのは同感です』
「そ、そんな! 何卒、寛大なご処置を!!」
判決が悪い方向に決まりそうなので、地べたを這いずる勢いで土下座したアレンは、ルプトに頭を下げ懇願する。
ソフィーとルークはどうしたものかと真っ青になりながら、アレンに任せることにしている。
『アレンよ。先ほども言いましたが、これは調停です。問題の解決には当事者同士で改めて決めていただきます』
『課題をやり直せということですね? 新たな問題ということでしょうか』
(おい、今ニヤリとしたぞ。だが、これで条件を白紙に戻したぞ)
大精霊神の口角が上がったように見えた。
「な!? また、新たな問題を受けるなんてあんまりではないでしょうか?」
悪い顔を押し殺し、大変な思いをして10日前に出された課題を解決したとアレンは言う。
『そのとおりです。双方が納得する問題を大精霊神様が出し、アレンたちがその問題に答える。その結果をもって調停とします』
(さて、こちらの有利になる問題にしないといけないのだが……。たぶん、問題は俺たちが考えさせてくれないよね。お使いクエストとか得意よ)
アレンは10万を超える知力を持って、ルプトに救済を求めるとどのような形になるかいくつも予想していた。
ルプトの対応が調停であったことにより、元々の想定は数百程度の想定パターンから二桁程度に絞られる。
問題のやり直しに話が進むと、さらに想定パターンは一桁になると予想している。
『ほう、新たな問題。この場で新たな問題をすぐに出すのは難しいですね。ではこうしましょう。私は本件のような行動をとったエルフとダークエルフをやはり滅ぼすことにしました。アレンさん方は、自らの力を持って止めてみなさい』
滅ぼすという言葉に状況を任せていたソフィーとルークも表情が一気に強張る。
「私たちが大精霊神様に敵うはずがございません! ご、御無体な!?」
『ご安心なさい。大精霊神である私が動くわけにはいかぬのですよ。戦うのはこの2体の精霊獣です』
(やはり大精霊神は自らが動くことはないと)
この辺りはメルスとの相談の通りだ。
「え?」
カモシカの姿をした大精霊神の2つの角が輝くと、固まっていた2体の精霊神を取り巻く蔦とヘドロが躍動を開始する。
メキメキ
『アァァァアアアアァァァ!!』
『グウオオオオオオオオオ!!』
ローゼンは人面の木になり、足にはうねる根が生え、上部には枝と蔦が伸びている。
枝の先には葉が生い茂っているのだが、怪しく震えている。
ファーブルは巨大なヘドロに頭と手が伸びている姿に変わり、前方には感情の読めない目と口がある。
「そ、そんな! 精霊神様!!」
「なんだよ。話が違うじゃないか! なんで精霊獣にするんだよ!!」
ソフィーは絶句し、精霊神たちが結局精霊獣になったとルークは言う。
『お黙りなさい。精霊神たちはこの精霊獣の中に取り込まれたままでかろうじて存在します。まあ、こうなってしまってはもう時間の問題ですがね』
「精霊神様方は救えるということですか? 相手は神域に達した精霊神様の精霊獣です。何卒一体を相手にできないでしょうか?」
『譲歩はあり得ませんよ。この2体の目標は地上のエルフとダークエルフです。あなた方が敗れるとエルフとダークエルフは滅びるということ』
アレンは数を減らせと交渉するが、叶うことなく、問題に失敗すれば2体の精霊獣を地上に解き放つと言う。
(とりあえず、予想の範囲に落ち着いてくれたか。もっと簡単なのがよかったんだが)
「どうしても2体の精霊獣ですか……。配下の精霊たちや大精霊神様による助力は一切ないということでよろしいですか?」
『もちろんです。あなた方は神界に散る仲間を集めなかったことに免じて精霊獣にも助力させないことを約束しましょう。戦う準備を既にしているようですが、どうしますか?』
(こちらの動きも想定済みだということか)
かなり厳しいが大精霊神は出てこないし、倒す相手も限られてくるのは助かる。
アレンはソフィーとルークに体の向きを変える。
「皆、こういう話になったがいいか?」
(予想の範囲内だけど。一応、セシルたちが外にいることもうやむやにできそうな条件ではあるんだが)
「ええ。問題ありません」
「精霊獣2体倒せばいいんだろ」
アレンは大精霊神に視線を向き直ると、ソフィーもルークもこの問題に納得しているようだ。
「分かりました。この問題受けさせていただきます」
アレンは精霊獣たちに勝利し、精霊神の罪を消すと言う。
『双方の同意は得られたようですね。どのような形になっても、私からの手出しはありませんので、そのつもりで』
第一天使の立場にあるルプトはかなり後方に下がって、巨大な大空洞の壁際に移動する。
召喚獣の立場にあるメルスはアレンの横までやってくる。
アレンはグラハンを召喚する。
『アレン殿は戦う相手が桁違いであるな。これを歴史に語らせないのは勿体ない』
共有して状況を見ていたグラハンが、アレンの横に立ち尋ねてくる。
「まあ、そう言うな。語るにしても勝利して生き残ってこそだ」
『たしかに。勝てそうなのか?』
「厳しい相手だと思うぞ。グラハンにはしっかり働いてもらわないとな」
(大精霊神は勝利を確信していると。それほどなのか。鑑定できないけど)
ローゼンとファーブルを鑑定しているのだが、鑑定結果は出てこない。
神に至った精霊が精霊獣となった。
2体の精霊獣は神級の力があると判断してよい。
【名 前】 ?
【種 族】 ?
【年 齢】 ?
【体 力】 ?
【魔 力】 ?
【神 力】 ?
【攻撃力】 ?
【耐久力】 ?
【素早さ】 ?
【知 力】 ?
【幸 運】 ?
【攻撃属性】 ?
【耐久属性】 ?
(さて、この山の空洞はかなり広いからな)
戦闘モードに入ったアレンは戦場となるこの場を改めて把握する。
このドーム状の空間は半径1キロメートル、高さ1キロメートルで半球状の空洞だ。
精霊獣となった2体は全長10メートル程度だ。
「ソフィー、ルークは後方に位置取り、俺らを必ず壁にしろ」
空間は戦闘するには十分な広さで、精霊獣の素早さが分からないが、後ろに回り込まれる恐れがある。
あれこれ指示をするが、2体の精霊獣は大精霊神を背後にして、こちらの様子を見て一切動かない。
「分かっていますわ。必ず、ローゼン様をお救いします」
「おう、補助と攻撃も任せろ。ファーブルをこんなにしやがって。絶対に許さねえからな!」
ソフィーとルークを下げ、アレン、メルス、グラハンで前衛をカバーするつもりだ。
準備は済んだかとローゼンとファーブルが前ににじり寄ってくる。
アレンたちの全ての補助や加護をかけ終わり、お互いが両陣営の攻撃のタイミングを計る。
「メルス、グラハン。いくぞ!!」
共有しているので、こちらの動きは完全に一致する。
メルスはヘドロの化け物になったファーブルを、アレンとグラハンは木の化け物になったローゼンに向かって突っ込む。
『グルルウオオオオオ!!』
攻撃しようとしてほんの少し間合いを詰めようとしたところで、ファーブルが口からヘドロの固まりを吐き飛ばした。
メルスを大きなヘドロの塊で吹き飛ばす。
アレンはメルスの身を案じる暇すらなかった。
ローゼンが伸ばした2本の太い蔦が一気にアレンとグラハンを襲う。
左右から迫る2本の蔦に抗うこともできず、アレンもグラハンも左右それぞれの蔦に吹き飛ばされてしまう。
あまりの力の差にソフィーもルークも状況に理解が追い付かず立ち尽くしてしまう。
『愚かですね。これは罪を犯した者への罰なのです。エルフとダークエルフよ。本日をもって滅びなさい』
神の域に達した精霊獣を倒せると本気で思っていたのかと大精霊神は呆れながらも、目を瞑り、エルフとダークエルフの結末を思うのであった。
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