第533話 4日目 アレンの回答

 ソフィーとルークが自らの思いをぶつける中、共有したメルスの意識がアレンの中に流れ込んでくる。


『話自体は進められそうだ。だが、あと5日程度なのだろう。そんなに大きな成果を期待されても困るぞ』


(ああ、問題ない。だが、話は進められるってことだな?)


『進める程度ならな。だが、10万年生きた私の意見を言って良いか?』


 10万年生きて、創造神に仕えていたメルスは、経験を元に発言すると言う。


(ん? なんだ?)


『大精霊神イースレイ様はその立場で、既に条件を提示した発言をしている』


(もう詰んでいると?)


『そうだ。今、エルフ、ダークエルフは大きな分岐点にいる。もちろん、アレン殿に対してもだ。慎重に対応することだな。はっきり言うが、アレン殿のやり方は勧められたものではない』


(なるほど、準備は必要ということだな)


『……そうだな。しっかり準備してくれ』


 メルスの求めた回答と違っていたようだが、これ以上の忠告はしない。

 メルスの意識がアレンから離れ、依頼した内容を叶えるため動き出したようだ。


(次はこっちか)


 アレンは視線を移動し、同じ円卓に座るトーニスを見る。


「トーニス。確認したいことがあるのだが、精霊獣を治す方法があるって本当か?」


 トーニスが生命の泉に入った時、治す方法があると言っていた。

 ソフィーとルークも何だろうと視線をアレンに向ける。


『治す方法? 聞いても無駄じゃよ。……まあ、一応言うがの。大精霊神様のおわす山の頂に真実の鏡というものがあっての。それをかざすと精霊に戻ると言われておる』


 山の頂の火口に溢れる生命の泉の源泉の中に、精霊獣から精霊に戻す「真実の鏡」というアイテムが沈んでいると言う。


「言われている……。手に入れた前例がないってことか?」


『もちろんじゃ。ポンズ様、コンズ様が山頂でお守りになられておられる不可侵の聖域なのじゃ……』


「トーニスの精霊魔法でも取ってこれないか?」


 泡を作り、生命の泉に侵入した方法で真実の鏡を取ってこれそうだ。


『無理じゃ。あそこは世界の命が集まる源泉じゃ。全ての精霊魔法は吸収される。儂が入ったら儂も精霊獣じゃな』


(なるほど、人間世界と精霊の園を繋ぐ重要な場所ということか)


 アレンは世界樹の存在が地上の恵みに大きく貢献していることから、精霊の園、生命の命がなんなのか理解が進んだ。

 世界中の生命の中心に、大精霊神の山があって、その頂上に生命の泉の源泉がある。


 何故かは知らないが、精霊に戻すための鏡がその源泉に沈んでいるようだ。


「なるほど。……不可能と否定するにはまだ早いということだな」


 アレンはトーニスの回答をもとに、今後の対応方法を模索しだす。


「アレン、もしかして、別の回答があるのか?」


 ルークは期待交じりに聞いてくる。


「ルーク、納得しないか?」


 王も女王も仕方ないと、なんとなくソフィーの提案で推し進められそうな状況だ。


「もちろんだよ。なんで、里が犠牲にならないといけないんだよ……」


「俺は今回の一件、別の回答を用意してある」


 メルスの状況、トーニスの回答をもって、アレンは別の回答があると発言する。

 その言葉に円卓の皆が目を見開いてしまう。


「え? 何勿体付けてんだよ! でも、里は残せるんだろ? おい、どうなんだ? 残せるんだよな?」


「もちろん、ダークエルフの里は残す」


(たぶんだけど)


「やった! やったぜ!!」


 アレンの言葉にルークは拳を握りしめ、高らかに勝利の宣言をする。

 これまであらゆる問題を解決してきたアレンの「回答」だ。


「あの、アレン様。わたくしには他の選択があるように思えませんが……」


 ルークが喜ぶところ悪いが、自らの選択肢しかないとソフィーは考えているようだ。


「俺は、エルフとダークエルフの問題で、両族が決めたことならそれも仕方ないと思っていた。だが、こればかりは納得できないんだ」


「納得でございますか?」


 ソフィーはアレンの言葉の真意を問う。


「俺は今回の裁きに納得できない。大精霊神イースレイの求める答えがあるなら、その答えに反旗を翻す予定だ」


(大精霊神がなんぼのもんじゃい。これが俺の回答だ)


 アレンの言葉にテーブルにいる全員が息を飲み、驚きのあまりすぐには理解できないでいる。

 アレンの発言に女王の血の気が引いていく。


「ちょっと、お待ちください! 大精霊神様と争うように聞こえますが、どういうお考えでしょうか!?」


「まあ、これは最終的にそうなるかもしれないということ。大精霊神に対して『異を唱える』とご理解ください」


「はあ、そうでございますか。い、いえ、それで大丈夫なのでしょうか!?」


 女王は落ち着いていられないようだ。


(自らの話をする前に、問題点を洗っておかないとな)


「女王陛下、もし『ソフィーの解決策』が全て短期間に履行されたとして、どの程度の血が流れるとお考えでしょうか?」


「え!?」


 女王はアレンの言葉にハッとする。


「私はソフィーの意見の全てに反対しているわけではありません。ただ、この前の5大陸同盟に参加した身としては、流血がないか心配をしております」


 大精霊神の求める回答もソフィー案に近いのではとアレンは考える。


 5大陸同盟の会議がローゼンヘイムで行われたが、会議冒頭でエルフとダークエルフが一触即発の状況になった。

 長老、将軍、エルフのガトルーガなどがお互いに好戦的な対応を取った状況を思い出させる。

 とてもじゃないが平和的な状況にはなかった。


「アレン、お互いに状況を伝えたら分かってくれるわよ」


 セシルは言い過ぎだと言う。


「……そうですね、多少の流血は覚悟の上です」


 しかし、エルフとダークエルフの関係を良く知るソフィーは違ったようだ。

 女王は両族の間で抗争が生じることも承知の上だった。


「我ら王と女王が力を見せる時だ。多少の強権も覚悟の上だ」


 王も強権を示してでも、長老や将軍など里で力ある者たちを押さえつけると言う。

 セシルは自らの発言がきれいごとだったことにショックを受ける。

 女王も王もソフィーが提案する中、大きな覚悟をしていた。


「両族について、私はそこまで深い知識がありません。ただ、やはり現状ですと流血溢れる決断になります。ソフィーとルークが成長し、英雄となった状況では話が違うでしょうが」


 数千年間にらみ合ってきた状況の中、ローゼンヘイムでいきなり一緒に暮らすようになる。

 その時、ダークエルフの里は滅んだ状態だ。

 ダークエルフの側にどれだけの不満が出た状況で同じ国に暮らすことになるのか想像もできない。


(解決が早すぎたと)


 ソフィーやルークが魔王を倒した英雄として、国や里に帰るなら絶大な信頼を得ただろう。

 しかし、今回はあまりにも短期間で解決する状況だ。

 もし魔王を倒したソフィーとルークが、今回の件を提案しても両英雄の意見に耳を傾け、長老も将軍も納得させることもできるだろう。

 そこから、さらに時間を掛けて2つの国と里を1つにしていくという方法もとれた。


『たしかにの……』


 ここまでずっと黙っていた水の大精霊トーニスが頷いた。

 長年、エルフとダークエルフを見つめていたこの精霊にはアレンの言葉に納得するところが多いようだ。


「それが大精霊神様との争いになる答えなの?」


「そうだ、セシル。今回の一件、そもそも素直に裁かれるわけにはいかない」


「アレン様の御心感謝いたします。ただそれでも、私たちは精霊神様のために流血も覚悟するつもりでございます」


「私の発言はローゼン様のためでもあると思ってください」


「私たちは、その精霊神様の御身を……」


「女王陛下、ローゼン様はこうおっしゃっていました。『私の決断と行動に一点の誤りも後悔もない』と。ならば何故、あなた方、エルフとダークエルフが大精霊神の制裁に甘んじる必要がありますか?」


 今回の課題を与える元々の原因はローゼンが大精霊神に裁かれるところから始まった。

 そもそも課題を受けることすら不当な扱いだとアレンは言う。


(ただ、この発言も強すぎるんだよな。ローゼンが大精霊神にすまなかったと土下座の1つでもしてくれたら、もう少し穏便な方法もとれたかもしれないのに)


 アレンは大精霊神がローゼンの言葉に衝撃を受けているように見えた。

 ローゼンはそれほど自分の考えに迷いがないのか、エリーゼという精霊王を思っての発言か分からない。


「ファーブル様のためならばどんな血も覚悟の上だ」


 王の口からも、ファーブルへのダークエルフとしての思いを口に出す。

 とてもじゃないが、ファーブルあってのダークエルフの里のようだ。


「王よ。あなた方は誰を信仰してきたのか、もう一度思い出してほしい。誰があなたの里を緑豊かになるまで、他の精霊たちを従え支えてくださったのか」


「我らの真の信仰を問うということか……」


「ここから話す私の回答か、ソフィー、ルークの案でいくのか、皆で決めていただきたい」


「それで精霊の園の問題は解決する方法はどう考えているのよ」


 これを聞かないと話は始まらないとセシルは言う。

 セシルの言葉に、アレンの顔がどんどん悪くなっていく。

 女王はつばを飲み込み、何を聞かされるのか不安で押しつぶされそうな顔色だ。


(川の中流も下流も駄目なら答えは1つだろう)


「今回の問題はとても簡単で、こうして、ああして、そうしたら、みんな幸せになれると。既にメルスも動いておりまして、ゴニョゴニョゴニョ」


 女王や王、アレンの仲間たちの血の気が引いていく。


『し、信じられん。なんてことを考えるのじゃ。悪魔じゃ。せ、精霊の園が……』


 思っていても口にするものではないと、思わず立ち上がりトーニスは絶句する。


「あ、ああ、これは裁かれてしまいますわ……。ローゼンヘイムが……」


「女王陛下、お、お母さま!?」


「女王陛下!?」


 全身の力が抜けて、床に伏してしまう女王をソフィーとフォルマールは必死に抱きかかえる。


「我らは、3人のどの案で行くか決めないといけないと言うことか……」


 ソフィー、ルーク、アレンの3つの回答が出揃った。


「王よ。そのとおりでございます」


 一瞬の沈黙が女王の私室を満たす。

 しかし、それはすぐに破壊された。


「あるじゃん! 俺はアレンのやつが一番いいぞ!!」


「ルーク!?」


「父様もこれしかないって思っているんじゃないですか? アレンのやつでいけば俺たちの里は守られるんだぞ!」


「だが、しかし……」


 王は分かっていたが、ルークの父として承服できないためらいのようなものがあった。


「わたくしもアレン様の案が一番良いと考えますわ。セシルさんはいかがかしら?」


「私もアレンの案がいいわ。何で黙っていたのよ、先に言いなさいよね」


 ソフィーはセシルに同意を求めると、セシルは強く頷いた。

 仲間たちの答えがまとまりつつある。


「な!? ソフィアローネ様」


「フォルマール。あなたはわたくしの考えを支持すると言いましたよね?」


「そうですが、それでは……」


 女王を抱きかかえるソフィーは、アレンに賛同すると言う。

 ソフィーの行動にフォルマールも覚悟を固めたようで、力強く頷いた。


 大精霊神に「異」を唱えるアレンの案にソフィーの身を案じているようだ。

 フォルマールは反対してほしいと女王にも助けを求める。


「精霊神ローゼン様の尊厳を守り、お救いもし、エルフもダークエルフの血も流さない方法だということですね」


 アレンの考えはソフィーの強制的な両族の融和、ルークの棚上げ論の2つの問題点をクリアしていると女王は理解しているようだ。


「女王陛下はいかが致しますか?」


「女王として覚悟を決めたいです。何卒、よろしくお願いします。あの……ただ、大精霊神様への尊敬の念をもって接していただけると助かります」


「善処します。よろしいので?」


「そうですね。アレン様のお考えはローゼン様、エルフ、ダークエルフに寄り添っております。ありがとうございます」


 衝撃的な内容であったが、女王として決断したと言う。


 女王が決断をする中、王はルークを見つめ口を開いた。


「……では、よろしく頼む。できれば、生きて帰ってきてくれ」


 王はあまりの覚悟と葛藤に目を閉じてしまう。

 ダークエルフの未来と我が子の命を天秤にかけてしまったことに自責の念があるようだ。

 

「おお! 父様!!」


 王の賛同にルークは喜びを爆発させる。


「よし、俺の案で行くなら、もう残り時間はあまりない。早速、詳しい作戦を話すぞ」


 アレンの言葉に仲間たちは覚悟を決め力強く頷くのであった。





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