第532話 4日目 2人の回答
大精霊神からローゼンとファーブルを助けたければ10日以内に、精霊の園で抱える問題を解決するように言われてから、4日目となった。
朝から活動を続けていたが日が沈み、かなり遅い時間だ。
ローゼンヘイムのフォルテニアの世界樹の傍にある神殿は、女王に仕えるエルフも、ローゼンの世話をする神官も1人もいない。
広い神殿が恐ろしいほどの静けさで満たされていた。
火の精霊が灯した精霊魔法の灯りがポツンポツンと等間隔で設置された長い廊下を、アレンは2人の親子を案内していた。
「こちらです」
「うむ」
1人はダークエルフの里ファブラーゼの王であるオルバースだ。
もう1人はアレンたちの仲間で、オルバースの子のルークだ。
5大陸同盟会議でもダークエルフの里の王は来てもらっていたのだが、今回は将軍も長老もおらず、たった1人で来てもらった。
完全に友好国という関係でもないため、配慮のため、ローゼンヘイムの女王もこの神殿の人払いを済ませている。
(まもなく、ファーブルを祝う祭りをするところだったみたいだがな)
ファーブルは神界でアレンたちが亜神級の霊獣を狩りまくったお陰で、精霊王から精霊神に至った。
ダークエルフの里では、精霊神に至れたことを大いに祝うため、祭りを準備していたところだった。
アレンが案内した先はエルフの女王の私室だ。
私室の一角に設けられた引き戸を開くと、ソフィーと共に、女王が立って待っていた。
ソフィーの後ろにはセシルとフォルマールも控えている。
「ようこそいらっしゃいました。オルバース王よ、どうぞこちらに座ってください」
「うむ」
王が座ると、横の席にルークも座る。
アレンも女王と王の間の席にセシルと共に座る。
ソフィーは、部屋の角に立つフォルマールを見る。
「フォルマールも座りなさい」
「はい……ソフィアローネ様。失礼します」
フォルマールも、本件については当事者の1人であるので、女王と王と同じ円卓に座ってもらう。
さらに、精霊の園の代表として水の大精霊トーニスも席についてもらう。
「では、既にソフィー、ルークから事情を聞いていると思いますが、私から今一度、状況を説明させてください」
アレンは、精霊の園に行って大精霊神に会ったこと、罪を犯したと言われ精霊神のローゼンとファーブルが捕らえられてしまっていること。
精霊神の罪を別の形で償おうとするとエルフを滅ぼすとまで言われたこと。
交渉の結果、10日以内に精霊の園の問題を解決しないと2体の精霊神は裁かれ、名もなき獣になってしまうと言う。
精霊の園が抱える問題についても分かった。
精霊の園は、現在エルフとダークエルフが争った結果生まれた2本の世界樹のせいで、生命の泉が枯渇しかけている。
生命の泉の雫は、精霊たちにとっても不可欠な存在であった。
このまま放置していけば、早晩、泉は枯れ、精霊の園の精霊たちは困ってしまうらしい。
アレンの話にトーニスは頷いている。
精霊魔法の灯りが揺らめく薄暗い部屋で、皆一様に沈黙してしまう。
しばらくの沈黙の後、何かを決心するかのようにソフィーは口を開いた。
「私は、この状況の解決策は1つしかないと考えております。ダークエルフの里に対して、私からの提案がございます」
(ソフィーが提案するのか。この感じだと女王には既に話を通しているのか)
ローゼンヘイムでも次期女王と名高いソフィーが発言をする。
女王はソフィーの言葉に頷き、発言を委ねる。
「うむ、聞こう」
王は正面からソフィーの発言を受け止めるようだ。
「ダークエルフの里を廃止し、ローゼンヘイムにダークエルフの皆を受け入れると言うのはいかがでしょうか」
「な!? 里を無くすってどういうことだよ!!」
ソフィーの提案にルークが声を荒らげた。
「……話に続きがあるなら、続けてくれないか」
(さすがに叱ったりしないな)
オルバースはソフィーに話を続けるように言う。
ルークは父のオルバース王に見習いソフィーの話に耳を傾けることにする。
どこか苦しい表情を示すオルバースには、ルークの里への思いを踏みにじらない親と王としての思いの葛藤があるのだろう。
「はい。続けさせていただきます。その上で、ダークエルフをローゼンヘイムに全て受け入れます。ローゼンヘイムはダークエルフ全員を受け入れるだけの十分な豊かさがあります」
ソフィーは王女として、この問題をどうやって解決するか提案した。
それは、世界樹はこの世界に1本だけにしようというものだった。
【ソフィーの提案】
・ダークエルフの里への雫の供給廃止
・ダークエルフの里は廃止
・ローゼンヘイムにダークエルフは受け入れ
・ダークエルフの里の倍の規模の特区を設ける
・特区では、ダークエルフの自治権有り
・自治権の内外でエルフ、ダークエルフの交流は自由
・首都フォルテニアでのダークエルフの居住を許可
ローゼンヘイムは巨大な世界樹と精霊たちの恩恵により大陸全体が緑豊かだ。
100万人を超えるダークエルフを受け入れても問題ないと言う。
「……随分な申し出だな。だが、感謝する」
「両族の未来が掛かっておりますので」
ソフィーは自信を持って、昨晩から考え事前に女王にも提案した話を王に聞かせた。
「そうですね。首都フォルテニアを東西南北に囲む4つの要塞のうち、1つをダークエルフに開放も検討しています」
女王は付け足すようにさらなる譲歩を見せる。
首都フォルテニアは広い大草原の中に存在するのだが、その草原を囲むようにエベレストもびっくりな巨大な山脈が四方を囲んでいる。
山脈の東西南北には、アレンたちが魔王軍から陥落させ死守したラポルカ要塞も含まれる。
エルフたちが要塞を独占し、首都フォルテニアの守りを固めていると要らぬ疑いが掛けられぬよう、4つのうち1つをダークエルフに開放すると言う。
「そこまでか、ふむ……」
王は目をつぶり、ゆっくりと考える。
4つの要塞はどれも堅牢でエルフとダークエルフが3000年前に争っていたころから存在する。
エルフとダークエルフの友好のため、その1つをダークエルフに無条件で明け渡す。
アレンはゆっくりと沈黙の中、周りを見渡す。
誰もこれ以上の発言をしないようだ。
だが、肩を震わせる1人の幼いハイダークエルフがいた。
「こんなのおかしい。……こんなのおかしいぞ! なんで俺たちが里を捨てないといけないんだ! 皆で、皆でいい里にしようって頑張ってきたんだぞ!!」
涙を零すルークが魂を震わせ、立ち上がり大声で叫んだ。
王は黙って我が子の成長を見ているようだ。
(ルークは納得いかないか。まあ、無理もない。これはただの「模範解答」だからな。俺でも、こんな答えをしていたかな)
大精霊神がアレンに放った言葉を思い出す。
『お前は学園で優秀だったらしいな』
何のことだろうとアレンは考えていた。
確かに学園では、生徒たち皆にダンジョンの攻略方法などを伝え、学園武術大会でも活躍し、はたから見れば優秀ではあったと考える。
今なら、大精霊神の話は学園生活ではなく、学園入学のための試験の話だったということが分かる。
学科試験の最後に筆記のテストがあったことを覚えている。
『オークに僧侶と旅人が襲われそうです。どちらを助けますか?』
アレンは、状況によって僧侶もしくは旅人を助けると回答した。
問題の「どちら」ということは、どちらかしか助からない状況にあるのだろう。
その時のその回答自体は間違いではないだろう。
助けられる人は状況によって違うし、状況を見極め、最善を尽くすべきだと考える。
今まさに、精霊の園、エルフの国、ダークエルフの里のどこかを犠牲にしないといけない状況にあった。
「ルーク、そんなに怒らないでくれ。ソフィーもつらいんだ」
「な!? アレン、お前に分かんのか! 里を捨てたことがあんのかよ!!」
「ちょっと、ルーク、それは言い過ぎよ!!」
エルフでもダークエルフでもないアレンのくせにという言葉にセシルが反応する。
ルークは確かにと思ったのだろうが、込み上げた感情は落ち着きそうにない。
「……そうだな。俺自身にそう大きな経験はないが、こんな話がある。俺の住んでいた世界でどこの国も水はとても貴重な存在でな」
(どちらかというと水問題だな)
アレンが例えて聞かせる。
とある国の水源を支えるダムがあった。
ダムから川が流れ、中流には大きな街があり、さらに下流にも村ができた。
中流と下流は貴重な水によって支えられ生活していたが、実は上流でダムの水を直接飲む者たちが存在していた。
下流のためにもと、大量の水を流すとダムが干上がってしまう。
「だから、俺たちが下流を捨てて、もっと上流に行けってことだな」
言い方が変わったが、やることは変わらないぞとルークは不満気味だ。
「もう選択は残されていないです」
ローゼンヘイムにダークエルフを受け入れることが最善の策だと女王は言う。
「いや、まだ問題解決はあるぞ!!」
ルークはこの状況にソフィーとは違う解決策があると叫んだ。
「ルークよ。誠か。皆の前で披露するのだ」
王も皆もルークの別案が聞きたいと言う。
「精霊の園の精霊たちが困るなら、世界樹への雫を止めたらいいじゃないか。それで1000年持ったんだろ!!」
ルークは自分の言葉で、里の存続を訴える。
【ルークの提案】
・ダークエルフの里への雫の供給廃止
・ダークエルフの里は存続
・長い年月をかけてエルフとは友好関係を築く
(ダークエルフがローゼンヘイムを追われて2000年、実際に世界樹が里に誕生して1000年だしな。その間、苦しみながらもダークエルフは生きていたわけだし)
ルークの言うことは最もなことだとアレンは考える。
エルフもダークエルフもローゼンヘイムや里にだけにいるわけではない。
中央大陸にも部隊を送っているし、ラターシュ王国で外交官をしていたり、ヘビーユーザー島で活動するエルフもいる。
ラターシュ王国の学長は何十年も故郷ローゼンヘイムを離れて暮らしている。
世界樹や精霊による恵は貴重だが、我慢すれば耐えられぬことはないはずだ。
世界樹が枯れて、猶予が1000年あるとして、その間にエルフとダークエルフの友好を結んでいけばいい。
「ふむ、たしかに。世界樹のないダークエルフだと足元を見られそうであるが、ルークよ、見事だ。成長したな」
「父様、ありがとうございます」
褒められて、ルークはどこか嬉しそうだ。
「たしかに良い案ではございます。それで大精霊神様の言う『問題解決』とみなしていただけるのか分かりませんね……」
ルークの棚上げ論的な解決策は悪くないと女王は言う。
さらにソフィーも口を開く。
「大精霊神様は両種族の問題を解決せよと仰せです。問題の先送りをしたと思われて、精霊神様方の身が心配です」
はっきりとルークの案は良くないとソフィーは言う。
実際に、精霊の園でエリーゼはダークエルフの里での過酷な暮らしが見ていられなくて、世界樹の種を里に落とした。
具体的な解決の姿勢を見せないのは、ローゼンとファーブルの存在が掛かっているので慎重にあるべきだと言う。
「なんだよ。そんなの大精霊神様に言ってみないと分からないだろ!」
「困りましたわね。フォルマール、あなたも精霊の園に向かわれたのでしょう。何か意見はないのですか?」
「私はソフィアローネ様の意見に付き従います」
女王に話を振られて、ソフィーの意見を尊重するとフォルマールは言う。
(さて、意見は出尽くしたかな。メルス。そっちの状況はどんな感じだ?)
会議の中、メルスに先日依頼していた状況の確認をするアレンであった。
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