第527話 1日目 聞き込み調査

 先日、アレンたちはローゼンとファーブルを助けるため、大精霊神イースレイから問題を解決するように言われた。


「アレン起きろ。朝飯の準備できてるぞ!」


 野外でも快適に過ごすことができる魔導具っぽい外観の建物が収納された、拠点用の魔導具を使ってアレンたちは夜を過ごした。

 山あり、川あり、湖ありの自然豊かな精霊の園の、ひらけたところで一夜を過ごしたアレンたちは朝から活動を開始する。


 大精霊神が課した条件は10日以内に精霊の園の問題を解決することだ。

 なんでも問題にはローゼンが関わっているらしい。

 今はまだ午前中だが、パーティーメンバーでアレンが最も遅く起きてきた。


 エルフのソフィーたちに食事内容を合わせた野菜たっぷり雑炊がよく煮込まれ、いい匂いをあたりに漂わせている。


「お! うめえじゃん! グラハンやるな!!」


『ふむ、かたじけない。昔取ったなんとやらであるな』


 昨晩から召還しているグラハンの作った料理をルークが絶賛する。


 グラハンは人間であったころ、皇帝の親衛隊の騎士まで登り詰めたのだが、下積み時代が長かったらしい。

 騎士たちが遠征に出かける際は、野営設備を準備したり、兵たちの料理を当番することも多かったと言う。


 グラハン用の特大サイズの包丁を使い、手慣れた動きで作った朝食の雑炊を、ルークは急いで口に運んでいく。


「はい。アレンの分よ」


 セシルに雑炊を渡され、木のスプーンで口に運ぶ。


「アレン様、夜遅くまでありがとうございます」


 ソフィーが申し訳なさそうにする。

 アレンは10日しかないということなので、今回の大精霊神から出したお題を解くヒントがないか夜目が利くフクロウの姿をした鳥Dの召喚獣を大量に召還して、精霊の園の確認をすることにした。


(まあ、夜にしか起こらない問題ではないのかな)


 夜限定イベントなども前世のゲームであったので、昼間に大精霊神の言う精霊たちの困ったことが起きると思い込むと後々痛い目にあった記憶がある。

 深夜になるまで精霊の園を見回しただけなのだが、目立ったことは見当たらなかった。


「アレン、何か分かりそうなのか?」


「今のところなんとも。ただ、まあ、問題を知るだけならそこまで難しいことはないんじゃないのかな」


「お、そうなのか?」


 ずっと一緒にいたファーブルがいなくなり、ルークの傍には大精霊ムートンしかいない。

 アレンの返事に、ルークの表情に明るさが増す。

 

「精霊たちが困っているなら、尋ねて回ったらよい。精霊の園全体の問題だということならきっと大きな話なんだろう」


 クエスト攻略の基本は街の住人全員に話しかけることだ。

 今回なら精霊たちに話しかけることがベストな行動だと言う。


(ここには精霊王や精霊神もいるらしいからな。力のある精霊でも解決できない問題ってことだな。つうか問題ね)


 問題の内容を知ってからが始まりだと考える。

 ただ、何故このような形で大精霊神がアレンたちに課題を与えてきたのか分からない。


「なるほど、たしかにそうね。じゃあ、食事を食べたらやることは1つね」


 セシルも納得する。

 さっさと食べ終わって、精霊たちの聞き込みに回ろうと言う。


「移動はまだ早い。皆のお陰で多くの精霊たちが集まったようだ」


「え? ああ」


 セシルは、アレンが何が言いたいのか分かった。


「そんなところで見てないで一緒に食事しませんか?」


 食事風景をジッと見つめる小動物のような精霊たちにアレンはおいでおいでと手を振りながら声をかける。


『……うまそうだな』


 他の精霊が警戒をする中、ネズミのような姿をした精霊が1体、代表してジリジリと寄ってきた。


「どうぞ、パンもたくさんありますよ」


『くれ!』


 ネズミのような精霊は、両手を全力で伸ばし、アレンの手からパンを奪うと一心不乱で食べ始めた。


(さて、こいつはステータス的に幼精霊かな。ペロムスの結婚式で、精霊たちの好みは把握済みと)


 魔導書にも魔導袋にも、精霊たちが好みそうな食料がたくさん入っている。

 木陰や岩の陰から様子を見ていた精霊たちが姿を現し、ジリジリと距離を詰めてくる。


 グラハンが作った料理だけではなく、アレンが魔導具袋からどんどん食糧を出す。

 アレンのマネをして、仲間たちも自らの魔導具袋から食べ物を出していき、精霊を誘う。


「随分いっぱいいるな」


 物陰からどんどん精霊たちが出てきて、アレンたちが取り出した食料に群がる。

 我先にパンや出来立ての雑炊、モルモの実などの果物を頬張っていく。


「ほう、このカエルは水の精霊っぽいな。ステータス的には幼精霊くらいか」


 アレンはカエルの姿をした精霊に、クワトロに鑑定眼を使わせた。


「アレン殿、一緒にソフィアローネ様と契約できる水の大精霊も探す気か?」


「ああ、フォルマール。ソフィーやルークと精霊との契約の許可を、大精霊神にすでにとっているからな」


 ローゼンとファーブルを救う道すがらで、ソフィーやルークがお目当ての精霊と契約できるなら一石二鳥だとアレンは言う。


 ソフィーもルークも最大4体の精霊と契約ができる。

 精霊師となったソフィーは、水の大精霊とまず契約をする必要がある。

 水の大精霊と契約しないとスキルレベルが上がらず、次に契約する必要のある精霊の属性は分からない仕様となっている。


「じゃあ、俺は『酸』の精霊を探せばいいんだな」


「そういうことだ」


 呪霊童子となったルークは最初に酸の精霊と契約する必要がある。


「ソフィー、大精霊はともかく、ここに精霊はいるかな」


「アレン様、どうでしょうか。幼精霊がほとんどのようですが……」


 食べ物に釣られてやってきた精霊は、まだまだ幼い精霊たちだった。


 食事が無くなりかけたところで、精霊たちの手が鈍くなる。

 そろそろ食事を食べ終わったようだ。


 食べ物を握りしめたまま、思いおもいに地面に横になる。


『……』

『……』

『……』


「ちょっと! 皆寝ちゃったじゃない!!」


 腹が満たされた精霊たちは寝息を立ててしまい、セシルの絶叫でも起きることはなかった。


「……そう簡単にいかないか。俺たちも食事が終わったし出かけることにしよう」


「そうだな、もっと話が通じそうな精霊を探さないとな」


「そういうことだ、ルーク。ここは2手に分かれよう」


 アレンは5人ゾロゾロと動いても効率が悪いと言う。

 食事班と聞込班に分かれ、食事班はここで料理を作り精霊を誘い、聞込班は困っている精霊を探す。


 食事班は美味しい食事をここでひたすら作って、精霊をおびき寄せる罠にする。

 もしかしたら、聞き込みをするよりここで食事を振る舞った方がクエスト攻略の近道かもしれない。


 アレンはチーム分けをする。

・聞込班はアレン、ソフィー、ルーク

・食事班はセシル、フォルマール、グラハン


「なるほど、まあ仕方ないわね」


「うむ、分かった。ソフィアローネ様を任せた」


『料理を作るであるな』


 セシルとフォルマールもグラハンも納得する。


 2手に分かれて、アレンたち聞込班は移動を開始する。


「さて、俺たちはこの広すぎる精霊の園で困っている精霊を探すぞ」


「おう!!」


「はい」


 休憩は少なめで特技「浮遊羽」を使って、ガンガン精霊を探して声をかけるとアレンは言う。

 野営地となっている場所からアレンたち3人は移動を開始した。


(ここは中央大陸よりも広いらしいからな。効率よく探さないと10日なんてあっという間に過ぎていくぞ)


 アレンはクワトロの特技「万里眼」を使って、精霊たちを探す。

 探して、精霊に声をかけて、困っていることがないか確認する。

 広すぎる精霊の園で1日中飛び回って、会話が成立する精霊は10体ほどであった。


 その10体に困っていることがないか確認するが、大精霊神の言うような困ったことがあるようには思えない。


 対応可能な相談には最大限乗りつつ、話を聞く。


 アレンたちは課題の内容が分からないまま2日目を迎えた。

 今日も昨日と同じく2チームに分けて、アレンたちは泊まり込んでいる野営地を後にする。


「何か、精霊様方がおりましたわね」


 ソフィーは野営地に戻ってきた感想を漏らした。

 食事班はかなり多くの精霊たちをおびき寄せることに成功したようだ。

 ただ、困った精霊を見つけることはできなかった。


「ああ、セシルたちも頑張っているようだ。俺たちも頑張ろう」


 ソフィーもルークもやる気満々だ。

 今日は昨日と探す方角を変えてみることにする。


「お? あそこにウサギの姿をした精霊がいるぞ」


 数十キロメートルほど移動したところで、ウサギ面の精霊が両手を組んで枕にして草原の上で雲を眺めていた。


 アレンたちは少し離れたところにゆっくりと着地をして、ウサギ面の精霊の元に向かう。

 ステータスなどを鑑定すると土の精霊のようだ。


『あんだよ。何こっち見てやがる』


 あと10数歩という距離で、これ以上近寄るなと言わんばかりに不機嫌な声で、こちらを睨んできた。


「こんにちは、お昼寝中、申し訳ありません」


『お前は人間か。っと、エルフとダークエルフと……。なんちゅう組み合わせだ』


 これは昨日も話しかける精霊たちからもよく言われたことだ。


「一昨日、大精霊神様の許しを受け、精霊の園で精霊様方にお声をかけているアレンと申します」


 アレンは親切丁寧に口調で、柄の悪い口調の精霊との会話を進める。


『ああ?』


 ウサギ面の精霊は何が言いたいのか分からなかったようだ。


「大精霊神様より、困っている精霊に手を貸すよう依頼を受けております。何かお困りはありませんか?」


 時間を掛けて相互理解を進めるためコミュニケーションを取るつもりはない。

 嘘は言っていないので、大精霊神の肩書も借りて要件を伝える。


『はあ? 困っていることね。ああ……、俺すげえ困ってるぞ!』


「はい、なんでしょうか?」


『お前ら、地上から来たんだろ。地上の世界樹ってここと違ってデカいんだろ? 俺、その実が食いたくて困ってんだ』


「な!? なんだと……」


 せっかく親身に話を聞こうとする思いを踏みにじられたと思ったのか、ルークが何だのその困ったことはと声を荒らげようとする。

 しかし、アレンは手で制止してルークの怒りを抑える。


 ルークはこの会話も、精霊神の命が掛かっていることを理解したのか怒りを抑え込んだ。


「こちらが、世界樹の実でございます。神界の精霊のために摘んでまいりました」


 アレンは魔導具袋から世界樹の実を取り出した。


「あ、アレン様!? あ、あの、いつのまに……」


 ソフィーはアレンの行動に絶句する。

 ローゼンヘイムにある世界樹の木は枝を折ったりして傷つけたり、実を勝手にとるともっとも罪の重い刑に処せられる。


 世界樹の実は甘く、地上の精霊たちが大好物で、自然に熟して落ちた実はエルフの薬師たちの手によって「エルフの霊薬」に加工される。


 アレンはこの実を何かに使えると思って何個か黙って持っていたのだ。


『うひょー! うまそうじゃねえか!! これが地上の世界樹の実か』


 アレンから奪い取るように世界樹の実を手にすると、シャリシャリと頬張り始めた。

 ウサギ面の精霊が食べきるのを待つことにする。


「いかがでしょう? お困りはなくなりましたか?」


(これも駄目かな。だいたいこんな願いしか、精霊たちにはないんだが)


 他の精霊も俗っぽい食い意地の張った困りごとしかなかった。


『いや~旨かった。でも、あ~俺困ってるな~』


 アレンたちの様子を見ながら、ウサギ面の精霊がニヤニヤとしながら口にする。


「はい。何をお困りでしょう?」


『俺、甘い果実を食って喉が渇いてしまったぜ。この先に湖があるから汲んできてくれねえか』


「はい、喜んで」


 アレンたちはウサギ面の精霊から2つ目のお願いを聞いて、その場を後にするのであった。

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