第528話 2日目 生命の泉

 アレンたちはウサギ面の精霊の願いを聞いて、泉の水を汲みに行った。

 山の麓には巨大な泉があった。

 日の光を浴びてキラキラと輝く泉のあまりの美しさに、ソフィーが思わず声を漏らす。


「ああ、あれでございますね。なんて美しい泉なのでしょう……。って、ここにも精霊たちがいますわ」


 既に先客がいたのか、数体の精霊たちがガブガブ顔を突っ込んで泉の水を飲んでいた。


「ったくよ。これを汲んでくればいいんだな」


 ルークは綺麗な泉よりも、先ほどのウサギ面との問答が気に入らないようだ。

 まだまだ少年で、見た目8歳児のルークは態度が顔や行動に出るから分かりやすい。

 ソフィーはルークの態度に困りましたわねとアレンに視線を送った。


「報われない貢献もあるからな」


 お使いクエストなんてこんなものだと言えばそれまでなのだが、フォローはしておく。


「報われない貢献ってなんだ?」


「例えば、王や女王が民のために尽力しても、民はその有難さが分からず感謝しないみたいな話だな」


「アレン様は為政者の視線なのですね」


「そういうわけではないが、そういう意見もあるってことだ」


 ソフィーの持ち上げには否定しておく。


「でもよ、もっと感謝してもいいじゃねえか」


 アレンたちは先客の精霊たちを躱すように、泉のほとりの空いているスペースに移動する。


「俺たちは精霊神のためにやっているんだからな。決してウサギの精霊のために世界樹の実を渡したわけではないんだ」


 精霊たちのためにやっている事じゃないのに、感謝まで求める必要はないとルークに伝える。


「なるほどな」


 ルークは自分の中で納得できるところまでは理解できたようだ。


「さて、この泉の水を汲めばいいのか。山から水が流れてきたのかな。ああ、これって大精霊神の山から流れてきているぞ」


「あら、そうですの。なんだかありがたいですわね」


 アレンがクワトロの特技「万里眼」で確認すると、大精霊神のいた山のてっぺんから流れ込んできているようだ。


「おい、アレン。これうめえぞ!!」


 アレンとソフィーの会話を他所に、ルークが泉の水に口をつける。


「おいおい、こういう泉はあんまり直接飲まない方がいいらしいぞ」


 精霊たちと一緒になって、機嫌を取り戻したルークが元気よく泉の水を飲んでいる。

 感動を覚えるほどかなりうまいらしい。


(だが、そんなに美味いのか)


 神界の泉だから奇跡のようにうまいのかもしれないとアレンは考える。

 本当にそんなうまいのかと、そこまでグルメではないアレンだが、両手を差し込んで水を汲もうとした。


『こんがきゃあああ!! 何、命の雫を勝手に飲んでんのじゃあああああ!!』


 すごい剣幕で、杖を握りしめた爺がアレンたちの下にやってきた。

 見た目の割に、全速力で走ってきた爺は、泉に顔をつけ、がぶ飲みするルークの頭を杖で叩く。


「へ? ぎゃ!?」


 目玉が飛び出るほどの痛みに涙目になる。

 アレンとソフィーは何事だと爺とルークの間に割って入った。

 何の騒ぎだと驚いた精霊たちが泉から離れて逃げていく。


「申し訳ございません。貴重な雫であったと知らず、勝手に飲んでしまいました」


『ぬ? まあ、分かればよいのだ』


 全力で走ってきてゼエゼエと肩で息をする爺がアレンの深々と頭を下げた謝罪で落ち着きを見せる。


(お? この爺、水の大精霊じゃねえか。この泉の主か)


 【名 前】 トーニス

 【年 齢】 50289

 【種 族】 精霊

 【体 力】 39000

 【魔 力】 32000

 【霊 力】 33000

 【攻撃力】 32000

 【耐久力】 36000

 【素早さ】 35000

 【知 力】 39000

 【幸 運】 24000

 【攻撃属性】 水

 【耐久属性】 水


 ステータスから大精霊であることが、属性から水の精霊と分かる。


 体長は1.5メートルほどの顎と口ひげを蓄えた80過ぎの爺だ。

 水の滴るローブに、杖の先にサザエみたいな大きな貝殻をつけている。

 分かりやすい水属性だとアレンは考える。


「私たちは審判の門を越え、大精霊神様に精霊の園での活動を許可して頂きました」


 ただし、無知であったこととは言え、貴重な泉の水を飲んでしまったことを改めて謝罪をする。


『エルフとダークエルフと人族か。珍しい組み合わせじゃな。精霊神ローゼン様はいらしておるのか?』


「いえ、精霊神ローゼン様も新たに神に至ることができた精霊神ファーブル様もいらしております。ただ、ローゼン様は……」


 ローゼンは度重なる地上で犯した罪を問われ、現在大精霊神の元にいる。


『罪か。……エルフに肩入れする精霊も珍しくないからの。大精霊神様とて、それを分かっているはずじゃがの』


 どこか悲しそうに言うので気になってしまった。

 事情を知っていそうな水の大精霊に、さらに踏み込んで話をする。


「実は、大精霊神様から1つ条件を出されまして……」


(なんか、クエストが進む予感がムンムンするな)


 アレンはローゼンを救済するためには、10日以内に精霊の園の問題を解決することが条件だと言う。

 結果、精霊を助けて回っていたら、水が飲みたいという精霊に出くわして現在に至ったという経緯を説明する。


『なるほどの……』


 アレンたちを見つめて、大精霊は何かを納得した。


「大精霊様、もしかして何かご存じで?」


『ん!? ……ああ、そうじゃな。困ったことじゃな。もちろんあるぞ。……実は、この精霊たちの命の源とも言える生命の泉が枯渇しようとしているのじゃ』


 一瞬動揺した大精霊は精霊の園の問題を語り始めた。


「まあ!? それはもしかして精霊の園にいる精霊たちの身が危ういということでございませんか!」


『危ういどころではないの』


「それは大変な事でございます!」


 ソフィーが両手で口を押えて絶句する。


「アレンが言ったとおりだな。デカい問題あるじゃねえか」


 アレンの予想する通りの状況に、ルークは叩かれた頭をさすりながら納得した。


「なるほど、水位が下がっておりますね」


 アレンたちが立つ泉の周囲は少しずつ小さくなっていくことが、地層のような縞状の線を見れば分かる。

 クワトロに特技「万里眼」を使わせると全長数百キロメートルはありそうな巨大な泉は、恐らく最も水位があったころの半分の大きさになってしまっているようだ。


(なんか、デカい湖だな。カスピ海くらいありそうだ)


『そうなのじゃ。精霊たちにも必要な分だけにせいというのじゃが、中には小僧のようにガバガバ飲む者もおっての……』


(ルークが大精霊トーニスに怒られる話に繋がるのか)


「生命の泉ということは、ただの水というわけではないのですね」


 ここから解決策を考えないといけない。


『もちろんじゃ。万物の大精霊神の奇跡であり、全ての生命の源なのじゃ』


(だから、大精霊神の山の頂から水が流れてきているのか)


 よくよく確認すると、山の山頂が火口になっており、そこから泉へ流れてきているようだ。


「何か原因が分かっているのですか?」


『……ああ、そうじゃな。ええと、どうやら、儂らの目を盗んで泉から命の雫を盗んでいるようじゃの!』


 生命の泉の水は「命の雫」と呼んでいるようだ。


「分かりました。おそらく、大精霊神様が与えた課題はこの生命の泉の枯渇問題だと理解しました」


「どうしましょう?」


「とりあえず、ソフィー。監視しようか。こんなに水位が下がるほどの雫を盗んでいるんだ」


 泉が枯れていく様が縞模様になって表れていることを確認する。

 縞模様は均一で一定量を盗み続けているようだ。

 前世のカスピ海に匹敵する泉の水位が下がるほどの量となると監視して盗人をあぶり出せるかもしれない。


 アレンは鳥Eと夜にも備えて鳥Dの召喚獣を大量に召喚して、泉の全域を監視することにする。


「見つけて、とっちめてやるぜ!!」


 もうウサギ面の精霊の頼み事など、ルークも含めて誰も覚えていない。


(ルークは結構憤っているな。砂漠の中に生まれた里の王子として、この問題は看過できないのかな。いや、感心していないで他にやるべきことがあるぞ)


「あと、よろしければ、ソフィーと契約して頂けたら助かります。この問題の解決のためにも全力で助力させていただきます」


 せっかく見つかった水の大精霊なので断られること覚悟でお願いもしてみる。


『その姿、もしや、ローゼンヘイムの女王かの?』


(お? 即答で断られないぞ。たった今気づいたような口調ではないが、これは期待できるか)


 先ほどから何だか、大精霊トーニスの態度に気になるところがある。


「いえ、女王は母で私は王女でございます」


 水の大精霊はソフィーを見て、その後、ルークを見る。


『何故、ダークエルフと共にいる? その小僧も里を率いるハイダークエルフであるな』


 流石に幼過ぎて、ルークはダークエルフの王とは思わなかったようだ。


(お? クエストあるあるの問答がきたぞ)


 前世の記憶で、「はい」「いいえ」の問いに正解するとクエストが進むパターンもあった記憶がある。

 ここは大事なところだとソフィーに正解を選択するよう念力を送る。


「はい。ダークエルフとは何千年と戦ってきました。しかし、無益な争いは何も生みません。私はダークエルフとの関係を争いのなかった時代に戻したいのです」


 数千年前、エルフとダークエルフが共存した時代に戻すとソフィーは断言した。


『そうか、それでダークエルフの王族と一緒にいるのか』


「いいじゃねえかよ。けちけちしないで力貸せよ。暇なんだろ! んぐぐ!?」


(おいルーク止めろ!!)


 アレンがルークを取り押さえ、口を塞ぐ。


『仲が良いのだな。精霊の園の未来もかかっていることだしな……。よかろう、力を貸すとしよう』


「あ、ありがとうございます。では契約を。水の大精霊様。私の御力になってください」


『改めて名乗ろう。儂は水の大精霊トーニスじゃ、これからはよろしく頼むぞよ』


 ソフィーが水の大精霊に手を差し伸べた。

 水の大精霊トーニスはソフィーの手に手を触れると、視界の全てが眩い水しぶきで満たされる。

 魔導書がアレンの目の前に出現した。


『ソフィーは水の大精霊と契約しました』


(お? ちゃんとログも流れたな。問題も発見して、水の大精霊とも契約できた。幸先がいいぞ)


「よし、後は水泥棒を見つけるだけだ」


 アレンたちは泉の傍に野営地を隠れるように設置し、命の雫を盗む泥棒を見つけようとする。


 日が沈み、夜になっても鳥Dの召喚獣が泉の上を旋回し怪しい動きがないか確認する。

 そして、3日目の朝になった。


「おい、アレン。起きろ、朝だぞ」


「……む? 寝てしまったか」


 ルークに肩をゆすられて起きると日が結構な位置まで高くなっていた。

 数十体召喚した鳥Eと鳥Dの召喚獣に何か怪しい動きがなかったか確認するが、雫泥棒はいないようだ。


「困りましたわね。あまり時間がないといいますのに……」


「だけど、精霊たちが結構、命の雫を飲みにやってきたな」


 飲み干すというのは言い過ぎだが、1日中見ていたが、精霊の数は10や20で済まないほど生命の泉にやってきていた。

 精霊たちにとって貴重な泉であることは確認できた。


『命の雫は精霊たちの源のようなものなのじゃ。これくらいは普通じゃな』


 水の大精霊にとって不自然ではないと言う。


「生命の泉が無くなるほどは飲んでいないってことか」


 泉の水位が維持できる程度にしか飲んでいないのだろう。


 ソフィーが片手を頬に当ててどうしたら良いか考える。

 ローゼンを助ける期日までもう3日が過ぎてしまった。


 あと7日で泥棒を見つけるなど解決策を考えなくてはならない。

 アレンは朝食代わりにモルモの実をかじりながら考える。


(ふむ、まあ雫泥棒がたまたま来なかっただけだとも考えられるが、そうだな)


「よし、今日は泉の中を探してみよう」


「お? そうだな。中で誰か悪さしているかもしれないからな」


 ルークも賛同するようだ。

 こうしてアレンたちは生命の泉の中へ向かおうとするのであった。

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