第518話 赦免と救済

 結婚式の3日後、アレンたちは霊障の吹き溜まりの奥にやってきている。

 この場にはヘルミオスのパーティー、ガララ提督だけではなく、新たに16名を神界に連れてきた。


【新たに神界にやってきた者たち】

・10名、十英獣

・1名、竜王マティルドーラ

・3名、ギアムート帝国の皇帝、宰相、内務大臣

・1名、エルメア教のクリンプトン枢機卿

・1名、フィオナ


 これで現在の神界枠は、100名からアレンたち3パーティー40名に、さらに16名を引いて残り枠44名となった。


 ギアムート帝国の皇帝は、5大陸同盟会議の約束を果たしてもらうため、配下を連れて神界にやってきた。

 エルメア教のクリンプトン枢機卿も手伝ってくれるということなので、神界にきてもらった。


「へえ~、ここが神界かよ。天使が歌う楽園だと思っていたが、なんか思ったのと違うな」


「はい、エペさん」


 十英獣の1人、エペが不思議な植生の木々を見ながら呟いている。

 十英獣とはアルバハル獣王国の獣王武術大会で部門優勝した者に与えられる称号で、S級ダンジョンの攻略にも協力してくれた者たちだ。

 その時のメンバーから10人は変わっておらず、ムザ獣王の許可もおりて神界攻略の仲間となった。


 なお、全員去年のうちに転職を済ませ星4つとなっている。


「余をこのような場所に連れてきおって……」


「いえいえ、ただお約束を守っていただくだけです。直ぐに済みます」


 鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使い、一気に霊障の吹き溜まり傍にある、竜人たちの砦に到着する。


(砦ももっと頑丈にするかな。おっと、その辺はおいおいか。ガララ提督たちのお陰で安全に事が運べそうだ)


 アレンたちは召喚獣やガララ提督たちにより前線を固め、霊獣を掃討し安全なエリアを構築する。


『竜人たちが活動する拠点か。聞いていた以上にみすぼらしいな。これも、我が神界に行けなかったからなのか……』


 竜王マティルドーラも木々が鬱蒼と茂り、霧も立ち込める霊障の吹き溜まりを悲しみを込めて見つめている。


「竜王のせいではないですよ」


『この先に我に見せたいものがあると言うのだな』


「はい、見学していただけたらと思います」


 5大陸同盟の会議はまだ続いているのだが、細かい事務的な話になったので竜王にも神界に来てもらった。

 乗り手であり、相棒の英雄アステルを失って今更だと言う竜王を強引に誘うと「そこまで言うなら」と来てもらった。


 全員の移動はクワトロの特技「浮遊羽」を発動させて、地面から数メートル浮かんだ場所を移動した。

 特技「浮遊羽」は活用機会も多く、アレンのスキル「共有」や鳥Eの召喚獣の特技「千里眼」に次ぐ便利な技かもしれない。


 戦う力のないギアムート帝国の皇帝や、クリンプトン枢機卿などもいるのでかなり安全に配慮しての行動だ。


 竜王はアレンたちよりもさらに高い位置を飛んでいる。

 今回はペロムスやフィオナなど特に戦力のない者を連れてきているので、アレンの傍を飛んで移動してもらっている。


「この奥にグラハンがいるんだね」


「そうだ。済まないな、ペロムス。これも新婚旅行だと思っていてくれ」


「ああ、分かったよ」


 新婚ホヤホヤのペロムスとフィオナは神界にやってきている。

 ペロムスには3ヵ月で金貨1億枚を稼いでもらう必要がある。

 結婚式で世界の商人たちからかなり押しの強い陳情を聞いたので否応もなくこれからすることが理解できたようだ。

 新婚中であるが、これもハネムーンの一環だと思って神界の至る所を案内している。


「ペロムス、何だか怖いですわ」


「フィオナ、安心して、皆強いから」


 フィオナが飛びながらも、しおらしくペロムスに寄り添う。


「ふーん」


 新婚夫婦をセシルがジト目になりながら前で何を見せているんだと視線を送った。


 そうこうしているうちに目的の場所までやってきた。

 目指した場所にいるのは3メートルほどの大天使級の霊獣だ。

 骸骨の姿は青白い炎に包まれており、同じく炎で出来た剣と盾を持っている。


『ぬ? 我はグラハンだ!!』


「む、元気いっぱいになっているな。ドゴラ、シアいい感じに弱らせてくれ」


「おう、任せろ!」


「ああ!」


 ドゴラとシアの2人に任せる。

 十英獣たちには霊獣の強さを分かってもらうための見学だ。

 一撃が重いドゴラと機動力のあるシアのコンビが阿吽の呼吸でほぼ一方的にボコボコに追い詰めていく。


 10分もしないうちに体力が削れまくった霊獣グラハンは膝を突き動かなくなった。


「では、皇帝陛下、よろしくお願いします」


「本当に大丈夫なのだろうな?」


「ドゴラとシアがこのように抑えております」


「ふん、何かあったら分かっておるだろうな」


 こんなことは早く終わらそうと言う。

 会議でアレンと言い合った後、皇帝はヘルミオス経由でグラハンがまだ神界で成仏できずに彷徨っているという話を聞いた。

 こんなおかしなことがあるかと騒いだらしいが、「それで謝罪すれば良いのだな?」と念を押してきたらしい。


 なるべく確実に仲間にしたいので「できれば、あれもこれも」と皇帝にしてほしいことを伝言ゲームのようにヘルミオスにお願いした。


 皇帝からは「ただでそこまではできぬ。貸し1つだ」と言ってきたらしい。

 何か皇帝のために動けということだとヘルミオスは言う。

 アレンが「貸し1つ」を約束して現在に至る。


『儂はグラハン! 全ては儂が計画を立てたことだ!!』


 2人から押さえつけられた状態で、初めて会った時のように、グラハンは魂の叫びを叫んだ。

 まるで罪を犯した者が捕らえられ、自ら罪を告白する様だ。


「ブドマ宰相、シャゴイ内務大臣よ。始めよ」


「……は!」


 宰相が内務大臣と共に10メートル以上離れたところから少しずつ5メートルほどになるまで距離を詰める。

 2人はかなりビビっているが皇帝が行けというのであれば仕方ないといった感じだ。


 宰相とは、皇帝や国王と共に国を動かす者だ。

 皇帝や国王の次に偉い。

 内務大臣とは、外務大臣と対を成し、内務大臣は国内政治のトップだ。


 アレンの約束を果たすため、皇帝は宰相と内務大臣を連れてきた。


 内務大臣はパラパラと羊皮紙をめくり出し発言を始める。


「お主はグラハンで相違ないな?」


『儂はグラハンだ!』


「恐怖帝を殺めた者だというのだな?」


『そうだ!!』


(ん? 会話が成立しているな)


 アレンの会話との違いは早くも出たのかと期待が大きくなる。


「ギアムート帝国はグラハンの裁判を精査したが、審判に重大な誤りがあった。よって、グラハンよ。お主は無罪となった!」


 刑の執行の管理をする法務大臣の押印のある書面を内務大臣はグラハンに見せる。


『全ての罪だと!?』


 前回アレンがどれだけ話しかけても骸骨の姿をしているグラハンはどこか遠くを見ていた。

 しかし、公式な書面まで揃えてきた内務大臣の言葉に返事をし、窪んだ骸骨の瞳で食い入るように見る。


「そうだ。よって、誤解を招くため、文部大臣と協議した結果、教育内容の見直しを図る。これが文部大臣の決定事項だ」


 内務大臣は文部大臣の書いたグラハンについての教育内容の変更を決定する公式な書面をグラハンに示す。


(ちゃんと、公式の対応をしてくれているんだよね)


 宮廷作法など分からないが、内務大臣は格式通りの対応をしてくれているようだ。


 内務大臣の発言が終わったところで、冷や汗を流す宰相は心配そうに一歩前に出る。


「グラハンよ。あらゆる国、そして差別的な種族の弾圧をした者を成敗したお主の行為は英雄に当たる。帝都にある銅像は既に撤去しており、新たに英雄グラハン像を製作予定である。これは帝都を管理する我の書面だ」


 宰相は自らがサインした公式の書面をグラハンに見せる。


『ち、違う!! 違うのだ!!』


「ひ、ひいい!?」


(お? 答えから遠くなったのか?)


 これまで以上に青白い炎を全身燃やし、ドゴラとシアの抑え込みを振り払おうとグラハンは言う。

 宰相は叫ばれてオシッコちびりそうだ。


「やっぱり、これも違うみたいだね」


 絶叫し、否定するグラハンの様子にヘルミオスががっかりする。

 罪をなくした宰相と内務大臣の対応でも『穢れ』はなくならないようだ。


「……、しかし、会話は成立しています。枢機卿様、すみませんが、予定通りお願いします」


 まだあきらめるには早いとアレンは言う。

 枢機卿はアレンを見て「分かりました」と頷いた。


 杖を持ち法衣を纏ったエルメア教会を動かすクリンプトン枢機卿は、グラハンの元に一歩前に出る。


「グラハンよ。其方の行為でどれだけの命が救われたのか分からぬ。どれだけの魂が穢されずに済んだのか数えることもできぬ」


『う、うわう……』


 枢機卿が清らかな声でグラハンの魂を洗うように、グラハンの行為の正当性を示す。


(ギアムート帝国がグラハンを『聖者』にすることを拒んだんだっけか)


 エルメア教会には、人類のために貢献した者を称える制度があるらしい。

 称えられたものは死後も英雄や救世主のように崇められる。


 恐怖帝を殺したグラハンを、制度の中で最高峰の「聖者」にしようとしたのだが、この千年間、ギアムート帝国が圧力をかけて反対をしてきた。

 皇帝を殺した者を称えるなどもってのほかという理由らしい。


 今回、ギアムート帝国はグラハンの罪を赦免すると決めたので、正式にグラハンを「聖者」としての手続きに踏み込んだ。


「グラハンよ、其方を聖者とする。其方の犠牲があってこそ、今の世界がある。よく勇気を出して行動に移してくれた。教会を代表して感謝の言葉を送る。ありがとう」


『違う、違うのだ……。我が1人でやったのだ……』


「ちょっと、これでも上手くいかないじゃない」


 グラハンの反応が変わらず、セシルも残念そうだ。


(大臣や枢機卿の言葉に反応を示しているんだよな。1人ね。1人ね……もしかして思い違いをしていたのか?)


 アレンはグラハンと初めて霊障の吹き溜まりであったとき、魔導書の表紙に出た言葉を思い出す。


『グラハンを救済してください。霊Sの召喚獣になれる逸材です』


 アレンはどうすれば霊獣になってしまったグラハンの『穢れ』を清めることができるのか考えてきた。


 聖水をかけ、罪をなくし、聖者にしても、グラハンにとっての『救済』ではなかった。

 だが、アレンの中で何が今の状況に足りないのか理解ができた。


「では、皇帝陛下、抑えております。当代の皇帝として、グラハンへ謝罪してください」


「ふん、分かった。それで終わりだな。どうなっても約束は守ってもらうからな」


 今のアレンが考え、やれることはどんどんなくなっていく。

 皇帝も状況を理解できたのか、どんな形で終わってもお前と交わした約束は守ってもらうぞと念を押した。


「もちろんです。謝罪の際、この言葉を付け加えてください」


 アレンは皇帝に吹き込むように説明をする。


「その程度の事。問題ない」


 金色の恰好をしたギアムート帝国の皇帝がドゴラとシアの抑え込むグラハンのところまで歩みを進める。


『儂が1人でやったのだ!!』


「な!? 皇帝陛下、近すぎますぞ!!」


 宰相が叫ぶ中、残り数メートルのところまで近づいた。

 グラハンが踏み込めば剣撃が当たる位置まで皇帝は前に進む。

 肝が据わっているのか、叫ぶように訴えるグラハンをゆっくりと見つめる。


『余はリガルファラース=ヴァン=ギアムート5世よ。お主がグラハンだな。先代に代わり、貴様に行った過ちを謝罪しよう』


 皇帝はそういうと膝を着き、深々と頭を下げた。

 まさに土下座ポーズだ。


『う、うわあああ!? 皇帝陛下よ、儂が儂がやったことなのだ!!』


 どこか人間であったころの面影がグラハンに現れ始める。

 押さえつけられた状態で、両手を必死に皇帝へ伸ばそうとする。


「そうだな。その言葉、誠であると判断する。お主の英雄的な行動によって、問われたお主の一族の罪についても全て洗い流そう」


『救われるのか? 儂の子も、儂の妻も全て救われるのか!!』


(グラハンが救いたかったのは、グラハンじゃなかったんだな。お前が救いたかったのは一族であり、家族だったんだな。救済ね、最初からログにヒントがあったのか)


 皇帝の言葉にかつてない反応を見せる。

 グラハンの青白い炎は魂の叫びのように全身を輝かせ揺らめき始めたのであった。

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