第517話 商人ペロムスの結婚式
5大陸同盟の会議が始まって3日が経った。
会議は初日から優先順位の高い議題から順に議論を交わしてきた。
アレンたちは必要な議題だけ出て、神界に行ったり来たりしてやるべきことを進めている。
5大陸同盟会議で議題に上がるような事象については、この3日の間で議論が交わされ、明日以降は各国の事務方による、議論で決まったことをどう運営するか話し合うらしい。
ヘルミオスが議題を上げて可決した「中央大陸北部要塞化計画」では、配置箇所や要塞の大きさ、配置する人員などが明日より話し合われるらしい。
アレンが議題に上げて可決した「学園の年数制度見直し」については、実際に何年制にするのか話し合われるらしい。
話し合いはこれからするのだが、既に今年の3月の学園卒業生はラターシュ王国の学園都市に結集しつつある。
アレンの強い要望で、今年の卒業生から急ぎ「学園の年数制度見直し」に該当させることになった。
学園制度が固まるまでアレン軍が協力して、転職やレベルアップなどをサポートする。
ヘビーユーザー島で一緒に暮らしているペロムスとフィオナだが、3日目の会議の夜にペロムスとフィオナの結婚式が行われる。
明日からの会議は各国の代表から事務方に代わるので、その切り替えの時期に式が執り行われる。
アレンは待合室で新郎のペロムスが鏡を見ながら着こなしの最終チェックをしているのを眺める。
アレンのパーティーの女性陣はフィオナの結婚の準備を手伝っているらしい。
ペロムスの結婚の準備を見ながら、アレンはこの世界の結婚式を思う。
前世でも独身だったが、転生したこの世界でも同い年の仲間が結婚する者が出始めた。
結婚式は伝統深い作法に則って行われるという。
夜に結婚式をするのも、それが理由だ。
野外にペロムス用とフィオナ用の2つの天幕が用意されている。
ペロムス用の天幕からアレンは出ると、式典の会場に向かう。
会場には既にほぼすべての国の代表が参加している。
(なんか、各国の代表と一緒に参加する商人たちが殺気だっているな。朗らかな式にしたいんだけど)
各国の代表と共に、世界有数の豪商たちの多くが、この若さにして売上高世界6位の商会の代表にまで上り詰めたペロムスの結婚式に参列している。
各商会の代表は代理を寄こすこともなく会長自らがやってきている。
作ったような笑顔をしながらも、体全身から殺気が溢れるのも無理はなかった。
つい数日前、アレンの発案した「学園の年数制度見直し」には予算額世界最大のバウキス帝国の、年間予算を超える金貨1億枚が動くと聞いている。
金貨1億枚とは、この事業に乗れるかどうかで各商会の100年後の勢力図が変わると言っても過言ではないほどの予算規模だ。
豪商たちはこのお金をアレン軍内において、廃課金商会の会長の立場にいるペロムスが動かすことに気付いている。
豪商たちにとって社運を賭けた戦いでもあるのだ。
商人たちの思いとは裏腹に、日の光は既に世界の果てに沈み、月と星の光が夜空を彩る。
遥か高い月と星の光りを天高く遮るものが立っている。
遥か天まで達すると言われる世界樹だ。
エルフとダークエルフの信仰の象徴だ。
エルフにとって伝統ある結婚式や葬式は世界樹の木の下で行われる。
世界樹の元で生まれ、世界樹の元に帰っていくという教えが数千年前から信仰されている。
アレンは用意された星空の下の円卓に座る。
「なんか、商人たちがすごいことになっているな」
「そうなの? ねね、アレン、これ美味しいよ!」
既に席についていたクレナに商人たちの殺気具合は伝わっていないようだ。
ローゼンヘイムの郷土料理をモリモリと食べている。
肉の少ないエルフの食事は、パンや果物などが並べられていた。
せっかくなのでと、バウキス帝国の蒸かしパンの「フカマン」など各国の郷土料理も準備されている。
席を見回すと、多様な種族が既に用意された酒を飲みかわし、式場は交流会と化している。
流石にこのような場所で黙って座っている代表などいないのだろう。
酒の席だから話せることもあるのか、盟主や隣国の代表とこの機会にと話をする者が多いようだ。
5大陸同盟会議の最中に獣王と勇者が対決したり、シアも獣王と戦った。
普段考えられないような催しがあるのだが、結婚式は初めてのようだ。
決闘よりは結婚の方が前向きであるなと冗談を言う各国の王族もいる。
数百人が参加する今回の結婚式は高価な酒も大量に振舞われる。
結婚式の費用はかなりの物になるらしいのだが、これまで競い戦ってきた商人たちが、ご祝儀とばかりに全額負担しているらしい。
何でも会場を埋め尽くしても足りないだけの酒や食料が、入りきれず会場の外に待機しているらしい。
(2人で司会進行をするのか)
ローゼンヘイムの女王がファブラーゼの里の王と一緒にやってきた。
エルフとダークエルフを従えるハイエルフとハイダークエルフだ。
両名の登場に式場は一気に静まり返る。
エルフとダークエルフの歴史を大なり小なり知っている各国の代表は、歴史的な一場面に立ち会ったなと思っているようだ。
「それでは、長らくお待たせしました。これより、新郎と新婦を迎えたいと思います」
エルフの女王は式の開始を宣言する。
奥の天幕がそれぞれ上部に上げられ、正装したペロムスとフィオナが出てきた。
エルフとダークエルフの精霊魔法の灯りでそれぞれ照らされる。
ゆっくりと2人は近づき、灯りも1つになる。
2人は目を合わせ、優しく微笑み手を取り合うと、皆の視線が集まる会場に足を進めていく。
(ひゅーひゅー!!)
パチパチパチッ
「ちょっと! アレン、いきなり何してんのよ!!」
アレンは反射的に思わず拍手するとセシルに小声で注意された。
結婚式のやり方はそういえば詳しく聞いていなかったが、作法がだいぶ違ったようだ。
「それでは、エルフとダークエルフよ。精霊に聞こえるよう両名の新たな門出を祝福するのだ」
ダークエルフの王の掛け声のよって、会場の両サイドに分かれたエルフたちの楽器の演奏に、ダークエルフたちが歌い始める。
(ペロムスの親父さん大丈夫かな)
アレンが生まれたときは開拓村と呼ばれ、その後、剣聖を輩出し「クレナ村」になった村長のデボジは脂汗を流しながら、羊皮紙をガン見している。
これから、各国の代表の前で2人の両親は一言求められており、高価なお酒に口をつけず心の中で必死にリハーサルしているようだ。
デボジの口からは「どうしてこうなった?」という声が怨嗟のように出ている。
息子が豪商の娘に恋をしたら、全世界の代表たちが参加する結婚式になったというところだろう。
「ん? 雪か?」
既に4月も過ぎた春先だが、雪も降るクレナ村の冬をドゴラが思い出す。
視界の上から、何か光り輝く玉のような物が落ちてきたように思えた。
光の玉は1つや2つじゃないようだ。
数十、数百となり会場の上空をフワフワと浮いている。
「おお、世界樹に精霊がいっぱい来ているぞ!」
アレンが見上げるとクリスマスツリーに飾られた電飾のように世界樹が輝いていた。
モフモフとして体の小さな幼精霊や、園児のような精霊が演奏に合わせて木の枝の上で体を揺らしている。
遊び心ある精霊が各国の代表の席までやってきて、テーブルの上に並ぶ料理に当たり前のように手を伸ばす。
エルフ式の結婚は精霊を招くことが通例で、お呼ばれした精霊たちがパンやフカマンなどを頬張っている。
夜の月明りの方が精霊たちが顕現しやすいとかそういう理由もあるとか。
フカマンはバウキス帝国で主に食べられているため、感動を覚えた精霊たちは群がり始めた。
『ふがふが!? これは何だ! う、旨い!!』
『寄こせ。俺のだ!!』
『何を!? 僕のだ!!』
精霊たちによる精霊神も大好物のフカマンの取り合いが、テーブルの上でワチャワチャと始まった。
他のも各国からの多種多様な食べ物に精霊たちが興味を持つ。
「余は何を見せられておるのだ……」
ギアムート帝国の皇帝は、自分のために用意された食事を小動物のような精霊が取り合いをするのを無表情に眺めている。
ギアムート帝国の皇帝は、アレンとの一件についてヘルミオスから既に話を聞いている。
各国の代表の前で訳の分からない問答をした理由に愕然としたらしい。
この式も断ろうとしたのだが、ギアムート帝国の豪商たちがそれを止める。
皇帝が参加しないと、私たち商会も参加できなくなってしまうと考えたようだ。
商会の力は皇帝すら動かすらしい。
(なんかすごい勢いで料理が無くなっていくな。クレナが必死に競っている件について)
精霊たちがテーブルの上の料理を平らげていく。
各国の商人たちがこの機会に売り込んだ美味しいパンやお菓子が裏目になった形だ。
「すぐに追加の料理を持ってくるのだ」
「いや、我が商会はまだまだ料理がございますぞ!」
「何を、我々が準備した料理こそ!!」
用意したが、会場に料理を出せなかった商会の代表たちがまだ料理があるぞと叫んでいる。
エルフたちが商人たちと協力して、精霊たちによって何も無くなってしまったテーブルの上に新たな料理を追加していく。
「これだけの精霊が集まる式典は珍しい。皆さまの気持ちの表れであるな」
ダークエルフの王も争いのない思いが、これだけの精霊を集めたと言う。
既にここに立てと言われた台の上まで移動した両名は、集まり過ぎた精霊の対応を静観している。
何とか落ち着いたようだ。
「ペロムスさん、フィオナさん、ご結婚おめでとうございますわ。まず、両名のご両親から一言ずつ頂きます」
エルフの女王が司会進行に努める。
2人を生み育てた両親に精霊魔法の光によるスポットが当たるようだ。
スピーチ用に用意された演台に、両親がそれぞれ移動する。
まずは新婦の父のチェスターが挨拶をする。
「誰がこのような場を想像しただろうか。困惑気味だが、広い心で聞いてほしい」
デボジほどではないが、フィオナの父のチェスターもかなり緊張している。
豪商人として自らが営む高級宿に人々を集めて社交界をすることもあるチェスターだが、盟主そろい踏み、100に達する各国の代表の前での発言は慣れていない。
それでも羊皮紙1枚分の話をほとんど見ずに読む。
娘のフィオナがまだ幼かったころ、領主の娘のセシルと取っ組み合いの喧嘩をして草まみれで帰ってきた時は、何を土産に領主に会いに行けばいいのか悩んだ話をする。
今はその時以上にどんな話をすればよいか悩んでしまったと言う。
「ちょっと、お父様! そんなこと今言わなくても良いですわ!!」
新婦のフィオナが絶句して叫ぶので式場の至るところから笑い声がする。
ペロムスが微笑む中、商会の会長たちは笑い時だと大げさに転げるように笑い、場を盛り上げる。
頷く王侯貴族も豪商人たちもどこか自らの子に置き換えて話が聞けたようだ。
権力者ならではの共通の悩みのようで、子供のために頭を下げたり、尻ぬぐいをしてきた者も多いようだ。
「そういうこともあったな」
隣の席に座るグランヴェル伯爵がセシルを見つめ、昔を懐かしく思っている。
アレンの横の席にはラターシュ国王も座っており、ラターシュ王国からやってきた王侯貴族や商人たちで固めている。
(そろそろ出番だけど、デボジさんが死にそうな件について)
演説で笑いを取れるのか腕が試される場所だ。
失敗すると式場が凍り付く中、まだ現役の商人であるチェスターが笑いを取ったぞとニヤリと口角を上げる。
「では、次に新郎ペロムスの父であるデボジさん。一言お願いしますわ」
エルフの女王が声をかける。
「父さん頑張って」
ペロムスが小声で応援する父のデボジは誰がどう見ても緊張をしていた。
演台に立ちメモ紙を見ると、羊皮紙は反対向きになっていた。
デボジは慌てて向きを戻そうとする。
「うわ! あ、ああ……」
しかし、メモ紙の向きは戻ることなく手の中からメモ紙が離れていく。
悪戯好きの精霊が面白がってメモ紙を持って行ってしまった。
中空に手を伸ばしデボジがこの世の終わりのような表情をする中、式場は静まり返る。
「……まあ、え、えっと、デボジさん。『おめでとう』の一言だけで大丈夫です」
この世の全てに絶望するデボジに対して、エルフの女王はフォローする。
「え、は、はい。ペロムス、フィオナさん、おめでとう……」
パチパチパチ!!
(ここは勇気を示すとき)
おかしいと言われてもやらないといけない時があるとアレンは知っている。
ペロムスの父に恥をかかせまいと大きな拍手をした。
皆が釣られて拍手をする。
商人たちが呼応するように大きな拍手を送る。
拍手は式場全体に広がっていき、世界が1つになったような一体感がある。
デボジの挨拶のメモには何が書いてあったのだろう。
ペロムスとフィオナの結婚式が進む中、誰もそれを考えるものはいなくなったのであった。
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