第502話 竜人の頼み事

 アレンたちは竜人の族長に呼ばれて、大きな館にやってきた。

 館といっても、外壁は雲なので、アレンの前世で豪雪地帯にありそうな「かまくら」のようだ。

 上空から見ると大小のかまくらをくっつけたようなモコモコとした建物になっている。


「ハク、中に入れる?」


『ギャウ……』


 大きな館とあって、体長15メートルのハクが体勢を低くし何とか中に入れるようだ。


 木の扉を開けるとさすがに内壁は木の床が張られており、案内されるままに進んでいく。


「この部屋で待っていてくれ。族長をお呼びする」


 門番をしていた竜人のカタクチと名乗った者が族長を呼びに行くと言う。


 3パーティーと幼竜が1体でも余裕で座れる広間で、族長がやってくるのを待つことにする。

 そんなに待つこともなく、族長がアレンたちの下にやってきた。

 クワトロの特技「追跡眼」の対象の門番が広間の隣の部屋で待機していた族長を呼んできた様子を捉えていた。


「遠路はるばる下界からよくやってきてくれたの。是非、大変な試練を越えてきた疲れを癒してほしいのじゃ」


 族長はそう言うと、歓迎の意思を示すつもりだろうか竜人たちがワラワラと食事を持ってくる。


(神界の人々は、人間世界のことを下界というのか。まあ、俺たちの住んでいる世界は雲の下だしな)


 族長、店主も皆が揃って、人間世界を「下界」と呼んでいた。


「神界に来て、このようにもてなしていただきありがとうございます」


「なんの。たったそれだけの人数になってしまい聞いていたとおり、審判の門はさぞ厳しい試練であったのであろうな……」


 族長は目をつぶりそう言うと、他の竜人たちも目をつぶり黙とうをする。

 誰も犠牲になっていないのだが、アレンも一緒に目をつぶることにする。

 ヘルミオスも空気を飲んで目をつぶるが、ガララ提督はなんのこっちゃと呆けてしまう。


 この辺りも各パーティーのリーダーで性格が出てくる。


 ヘルミオスのパーティーもガララ提督のパーティーも、何も言わずにアレンに全てを任せるようだ。

 この神界にやってきたのもアレンのパーティーのお陰だと考えているのだろう。


(40人かそこらで審判の門を攻略したのは、少なすぎると。その何十倍の犠牲を払ってきたと考えたのか)


「このように、宴を用意していただき感謝の言葉もありません」


 アレンが皆を代表して改めて頭を下げた。


「なんのなんの。ささ、是非食べてくだされ。シャンダール天空国の味を楽しんでほしい」


 神界人と竜人が住む巨大な雲の国をシャンダール天空国と呼ぶとメルスから聞いている。


 皆でワイワイと食事が始まった。

 昼間も宴会をしていたのだが、宴会は1日に何度やっても良いようだ。


 メルルやガララ提督のパーティーが市場で買えなかった高いお酒が出てきたので飲んでいる。


「……まあ、悪くねえな。これであの値段なのか」


「うん……」


 酒に最も煩いと言われるドワーフのガララ提督とメルルは「まあまあ」という評価をしたようだ。


 世界中の一流の冒険者が集まり、バウキス帝国で最も美味しいお酒が集まるというS級ダンジョン1階層の街でお酒を飲んでいた。

 メルルとガララ提督には「まあまあ」以上の評価は出なかったようだ。


(お酒なんて魔導具袋にいっぱい入ってるしな)


 アレンたちは腰に魔導具袋を持たせている。

 ヘルミオスやガララ提督のパーティーも同じで、魔導具袋は冒険者の嗜みだ。


 魔導袋には数ヶ月分の食料や水、回復薬などがたんまりと入っている。

 ドワーフはそこにお酒も大量に入れている。

 味や量に物足りなかったらそこからお酒を出すのだろう。


「ちょっと、アレン、和んでいるけど大丈夫なの?」


 黙ってついてきたものの、やはりこんな歓迎を神界の竜人たちから受ける理由はない。

 問題はないのかとセシルがアレンに小声で尋ねてくる。


「ああ、セシル。たぶん、これはクエストだ」


「何よそれ?」


 セシルは意味が分からなかったが、アレンが問題ないと視線を送り頷くので任せることにする。


(クエストまで充分前置きの会話を進めただろ)


 アレンは前世で健一だったころ、クエストを出してくる村長や町長の話はコントローラーのボタンを連打する癖があった。

 会話をよく聞いていなくて、たまに「はい」と回答すると誤ってしまうのはご愛敬だ。


 アレンは追跡眼で門番と族長の会話を聞いていた。

 アレンたちにやってほしいことがあるようだ。


 アレンが何でこんなことをしてくれるのかと疑問を表情に出して、上座に座る族長を見つめる。


「……あの、実はお呼びしたのには理由があるのじゃ」


「私たちにですか?」


 アレンは初めて聞いたように族長に話を合わせることにする。

 何の話だと、ヘルミオスもガララ提督もアレンと族長の会話を聞くことにする。

 流石に、ヘルミオスもガララ提督も、何かあって呼んだことくらいは予想ができていたようだ。


「そうなのじゃ。実は、王妃様がご懐妊されましての。霊晶石を取ってきてほしいのじゃ」


「霊晶石? 霊石ではなく?」


 やはり聞き間違いではなかった。


「そうじゃ、力を持った霊獣を倒すと落とすのじゃが……。ああ、知らないかもしれないが、この神界には霊獣と呼ばれる……」


 アレンたちが霊獣の事を知らないだろうと説明を始めた。


 霊獣の説明から始まったが、メルスの説明だけではなく現地の住人の話も聞くことにする。

 10万年生きているメルスは神々に仕えていたのだが、神界に住む人々視線での情報が欠けているように思える。


 霊晶石という存在も初めて耳にする。


 族長の話では、何でもシャンダール天空王の王妃が妊娠した。


「それは審判の門を開けた竜人が行っていたということですか?」


「……そのとおりですじゃ。霊障の吹き溜まりにいる霊獣たちはとても強く、我らでは太刀打ちできませぬのですじゃ」


 アレンは目の前の族長も含めて皆の力を鑑定しているのだがとても霊獣に敵いそうにない。

 Aランク以上の魔獣の力を持つ霊獣もいるそうだ。

 竜人の中にはBランクの魔獣くらいなら良い戦いができそうな者がちらほらいる。


(それで、この審判の門を越えた者を待ち構えるように門を構えていたのか)


 大層な門があって、街の入り口に竜人が立っていた理由が分かった。

 いつの時代も、審判の門を越えてきた者たちとこうやって話をするためのようだ。


「何卒、我らを助けると思って力を貸してほしい。このままではシャンダール天空国にいられなくなるのじゃ」


 アレンがどうしようか思案していると、族長が床板に額をつける勢いで土下座をした。

 族長が頭を下げるので、配下の竜人たちも同じように頭を下げる。


「これはどういうことだ?」


 イグノマスがアレンの後ろで息を飲んでいる。

 竜神の里では、審判の門を任され神の使いとしての種族である竜人が随分不遜な態度を取っていた。

 イグノマスは竜神の里に来て早々、門番ともめ事を起こしていた。

 なぜ、神界に行くとこのような態度になるのか理解できなかった。


(状況が違えば、立場も違うと)


「申し訳ありません。頭を上げてください。国にいられなくなるとはどういうことでしょうか?」


「は、はあ。この霊晶石を納めるのは勇敢な竜人たちの務めであったのじゃが……」


 とりあえず、こんなに深くお願いをする理由を聞くことにする。


 この神界には竜人と神界人の2種類の種族がおり、神界人は主に支配者層で、竜人は軍部を任せられていると言う。

 竜人が天空王に霊晶石を捧げることが習わしになっているのだが、この数千年ほどできていないらしい。


(昔の貴族と武士のような関係か?)


 アレンが前世で京の貴族を守護するために武士がいたことを思い出す。


 竜神マグラが1万年ほど前に竜人たちを引き連れ、審判の門を越えてやってきた。

 大層な暴れっぷりを示し、神々が乗り出すほどの大騒ぎとなった。


(結果、竜神は神界に封印されたんだっけ)


 暴れた後の顛末はメルスから聞いている。


 その結果、元々シャンダール天空国の城に仕えていた竜人たちも、暴れている竜人共と同族だろうと白い目で見られてしまった。


 さらに、その後、1万年間新たな竜人が審判の門を越えてくることはなかった。


 竜人はシャンダール天空国の城から役目を果たさぬと追い出されてしまった。


(それで、出店の店主は竜人しかいなかったのか)


 身分の高い仕事は全て神界人が独占している状況だった。

 竜人は門番やフリーマーケットのような場所に品物を並べて、生計を立てているようだ。


「アレン殿、どうするのだ。頭を下げている。力を貸すのか?」


 イグノマスはまっすぐな性格のようで、頭を下げるなら力を貸すべきだと背後から口を出す。


(さて、別に霊獣を狩るのは狩るのだが、霊晶石を納めても別に自分らで天空王に持って行ってもいいわけで)


「霊晶石を王様に持っていくと何か良いことあるんですか?」


「もちろんですじゃ。城の警護などの立場になれるのじゃ」


「いや、そういうのは……。例えば、神々の神殿に入る許可が貰えるとか、そういうのはないでしょうか?」


 城の警護など全く興味がない。


「大王様は精霊の園へ行ける船を持っておられると聞いたことがありますのじゃ」


(ほう? 船ね。船がないと精霊の園に入れなかったのか。これはガチのクエストだな)


 アレンはゆっくりと精霊神ローゼンと精霊王ファーブルを見る。

 大精霊ムートンと共に、竜人が出した料理を必死に食べていた。

 2体とも反応しないところを見ると精霊の園に入るには船が必要なようだ。


 精霊神や精霊王がいれば、当たり前のように精霊の園に入れると思っていたが違った。


 竜人の願いを聞いて、霊獣を狩り、天空王に霊晶石を渡し、精霊の園へ渡る船を貰う。

 こんなに王道のクエストがあるのかと逆に関心する。


「分かりました。力になりましょう」


「本当ですか!! 流石、審判の門を越えた英雄様たちですじゃ」


 老いぼれた族長の顔が一気に明るくなる。


「これから霊獣狩りに行くってことだね」


 経緯を伺っていたヘルミオスがこれからやるべきことを理解する。

 ガララ提督と共に別に反対しないようだ。


 次にやるべきことは決まったなと思うとアレンは視線を感じる。

 族長はまだ何か言い足りないようだ。


「どうやら、審判の門を越える際に、竜人たちを失ったご様子……。できれば、竜人を一緒に連れて行ってほしいのですが」


 霊晶石を取りに行くのに竜人が1人もいないのは困るらしい。


「霊晶石を落とす霊獣の場所の案内をお願いしましょうか」


 対象の霊獣の居場所を知っているので案内してほしいとアレンは言う。

 これで竜人も霊獣を狩ることに協力したことになるだろうと暗に示した。


「おお!! 流石英雄様ですじゃ。話が早いのですじゃ。ささ、もっと飲んで食べてくだされ! モルモの果実水ですじゃ!!」


 アレンがお酒を飲まないので、族長自ら果実水をアレンのコップになみなみと注いでくれる。

 こうして、アレンたちは竜人の族長のお願いを聞いて、霊獣狩りに出かけるのであった。

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