第475話 英雄アステル

 大精霊ムートンは語りだした。

 何でも大精霊ムートンが契約をしていたダークエルフは、大将軍という立場だったらしい。

 ダークエルフの中でも有数の権力者だったため、契約者ごしにその時の起きたことをよく覚えていると言う。


 ダークエルフとエルフは戦争に明け暮れていた。

 それはもういつからか分からないが、3000年前の時点で数千年は争っていると思われる。

 エルフが優勢の時代もあれば、ダークエルフが優勢の時代もあった。

 ダークエルフは世界樹の麓の街を残して、ローゼンヘイムの大陸の全ての地域を占領した。


 エルフたちは救いを求めて世界樹に祈りを捧げた。

 木のうろにいた1体の精霊ローゼンが祈りに応え、エルフの少女と契約をすることになる。

 エルフはハイエルフと変わり、祈りの巫女と呼ばれた。

 ダークエルフに対して反撃の狼煙を上げ、今にも滅びるかもしれないエルフの快進撃が始まった。

 大精霊が話を始めたのは、それから少し経ってからのことだ。


 ここは3000年前のラポルカ要塞だ。

 ダークエルフの王、将軍、長老などが会議室に集まって今後の話をしている。

 ローゼンヘイムの大陸の要所を示した地図を睨む彼ら、彼女らの顔はとても厳しい。

 ダークエルフの戦況はとても厳しかった。


 ゴンゴン


 会議室の扉を強く叩く者がいる。


「ぬ? 入れ!」


 ダークエルフの王が入室を許可すると1人のダークエルフが部屋に入る。

 会議室の皆が、入ってきたダークエルフを見て息を飲む。

 体に無数の矢を射られ、重症を負った斥候部隊の隊長だった。


「申し訳ございません! キアロ要塞が陥落しました!!」


 斥候部隊の隊長は跪き、命を懸けて持って帰った情報を軍の上層に伝える。


「ば、馬鹿な!! スクラウ要塞が陥落したばかりではないか!!」


「エルフ軍の勢いは衰える気配はありません。まもなくこのラポルカ要塞にも軍が侵攻してくるかと……」


 そこまで言ったところで、隊長は意識を失った。

 ダークエルフの兵たちが会議室から床に伏した隊長を運んでいく。


 会議室はかなり神妙な空気となった。

 ローゼンヘイムには、大陸の中央に世界樹がある。

 世界樹の麓にエルフの街があり、それなりの広さの平原が続いている。

 その平原を巨大な山脈が囲う地形となっている。


 アレンたちが魔王軍から攻略した南のラポルカ要塞以外に東西北の3つの巨大な要塞があった。

 世界樹周辺の平原を手中に収めたエルフたちは、自らを囲む要塞の奪還に打って出た。


 今回の斥候部隊の報告は南のラポルカ要塞を残して3つともエルフ軍の手に渡ったことを意味する。

 エルフ軍の快進撃は止まりそうにない。


「これはまずいことになりましたな。王よ、これは撤退も視野に入れないと」


『……』


 長老の1人が、ここは引くべきだと進言する。

 ラポルカ要塞にエルフ軍がやってくるのは間違いないと言う。

 この時、精霊王ファーブルも会議の席にいたのだが、精霊王ファーブルは沈黙を貫いていた。


「う、うむ」


 長老の言葉に王は今後について考えこむ。


「何を言っておる! ここで逃げ腰になってどうすると言うのだ!! エルフ軍も連戦が続き疲弊しているはずだ。対策を練れば、勝てなくもないのだぞ!!」


 将軍の1人が長老の言葉を強い口調で批判する。

 勝手にエルフ軍の強さを誇大に考えるべきではない。

 たしかに3つの要塞が陥落したが、エルフ軍も連戦に連戦を重ね、無理をしているはずというのが将軍の考えだ。

 引き時を誤れば、取返しが付かないことになると断言する。


「何を言うか。それで、この要塞が落ちれば我らダークエルフの未来はないのだぞ。祈りの巫女を侮るではない」


 将軍の強めの口調に、長老はひるまない。

 この場には王もいる。

 この要塞が落ちれば、ダークエルフに未来はないと長老は言う。


 要塞は3つ落ちてしまったが、このラポルカ要塞にダークエルフたちの最大戦力を置いていた。

 エルフ軍はそれが分かってか、守りの弱い残りの3つを叩いた。


 このように議論が長くなるには理由があった。

 エルフ軍とダークエルフ軍だが、お互いの間に間者はいない。

 種族が異なり、信仰も違うため敵に内通する者もいない。

 その結果、戦況の把握を見誤ることが大いにある。


 敵の攻勢を受ける中、どうすることが正解なのかダークエルフたちは必死に考えた。


 そんな中、外で大きな騒ぎになった。

 警報がなり、長老も将軍も口論を止める。

 もしや、もうエルフの軍勢が攻めてきたのかと将軍と長老に緊張が走った。

 騒ぎの中には「ドラゴンが攻めてきたぞ!」などと言う声も聞こえた。

 どうやら、1体の巨大な竜がこの山脈の中腹に建てられた要塞を周回しているようだ。


 暫くたって、要塞が静かになった。

 ダークエルフ兵たちが戦っている様子もない。

 将軍も長老もどういうことだとお互いを見つめあってしまった。


 ゴンゴン


「何故、こんな時にドラゴンがやってくるのか! 守りは大丈夫であろうな!!」


 騒ぎの詳細を報告に来たであろう兵へ長老はすぐに対処するように言う。


「いえ、竜王マティルドーラ様が、英雄アステル様と共にお見えになっております。何でも挨拶がしたいとのことで、いかがしましょうか!!」


 兵が扉越しに大きな声で叫んだ。


 厳しい戦況の中で、竜王と英雄がやってきた。

 一瞬、会議室も皆がお互いの顔を見つめ沈黙してしまう。

 全員の頭にあるのは恐らく1つだっただろうと大精霊はその時の状況を伝えた。

 すぐに全力で突然の来訪者たちをもてなすことにした。


 ラポルカ要塞は軍事基地なので広場のような住民たちのくつろぎの場はない。

 しかし、兵たちを並べるそれなりの広さの場所がいくつかあるので、そこで宴をすることになった。

 全長が数十メートルにも達する竜王をもてなすための対応であった。


「ど、どうぞ。我らが作ったお酒でございます」


 兵が2人がかりで運んできた、大樽に入ったお酒を竜王に振舞った。


『うむ。かたじけないな。おお、これは旨い酒だな』


「ありがとうございます……」


 竜王は2本の爪先で器用に大樽を持ち上げ、一口に振舞われた酒を飲み込んだ。


 客人だけではと、この日は日々の緊張を解こうとダークエルフ兵たちにも酒が振舞われた。

 それでも、エルフ軍の情報を聞いているダークエルフたちの顔は暗い。


 王や将軍、長老たちから盛大にもてなしを受けている英雄アステルは竜神の里に住む竜人だ。


「ほう、S級ダンジョンを挑戦されたのですか。さすが、英雄ともなると挑戦することも剛毅であるな」


 将軍の1人が上座を譲り、酒を注いであげる。

 長老もやや前屈になって英雄アステルの言葉を聞こうとする。


「いやいや、あれは挑戦するものじゃないよ。ゴルディノってどうやって倒せばいいのって強さだったよ」


 英雄アステルは、英雄はまだ20にもなっていない年齢で、どこか幼さを残した顔が引きつっていた。

 最下層ボスに挑戦してみたが、敗走してしまったことを強調する。


「ほうほう、英雄であっても厳しい戦いもあるのですな」


 将軍は攻略を失敗したと言う英雄アステルの立場を下げることはしない。

 竜人のアステルは大精霊ムートンも知っている英雄だった。

 3000年前にいた世界に数人といない実力者の1人で英雄だ。

 竜人アステルは「竜騎将アステル」「英雄アステル」「竜神アステル」などいくつもの呼び名がある。


 世界中の大陸を冒険し、ダンジョンを攻略し、人々を困らせる魔獣を退治した。

 いくつもの逸話を残した英雄アステルの記録は、アレンの住む時代では誇張され過ぎているのではとも思われるほどだ。


「しかし、随分探したよ。マティルがどうしても会いたいというからさ」


 英雄アステルはここにやってきた理由をダークエルフたちに伝える。

 何でも、S級ダンジョンを挑戦してみて駄目だったあと、竜王マティルドーラはダークエルフの里に行きたいと言い出した。


 当時まだ帝国ではないバウキス王国のある大陸から東へ東へと飛んできた。

 中央大陸も海も越え、このローゼンヘイムに1人と1体でやってきたと英雄アステルは言う。


「ほう、何用でやってこられたのですかな?」


 英雄アステルに旅の目的を聞くことにする。

 皆、気になるようで英雄アステルに皆の視線が集まる。


「ああ、マティルが先王から引き継いで竜王になったんだよ。それで、先王からの遺言というか約束で試しの門を攻略したいんだけど、なかなか難しくてね」


 英雄アステルの話が続く。


 マティルドーラは先王を継いで、竜王になることができた。

 英雄アステルは謙遜しながら言うが、乗り手であるアステルとの活躍もマティルドーラを竜王にする1つの判断基準になったらしい。


『我はどうしても、試しの門を攻略せねばならぬのだ』


 話の途中で竜王マティルドーラも話に参加する。

 その時既に齢5000歳の竜王マティルドーラは英雄アステルが生まれる前から何度か試しの門を挑戦した。

 その挑戦はことごとく失敗に終わった。


 竜王マティルドーラは英雄アステルと話し合い、S級ダンジョンなるものがバウキス帝国にある。

 そこを攻略して、強化を図ろうとした。

 その結果、攻略には人数制限もあり、最下層ボスのゴルディノもとんでもなく強かった。


 あれは挑戦すべきものではない。

 ようやく、ここにきて一緒に宴に参加していた精霊王ファーブルも口を開いた。

 当代のダークエルフの王の胸元で寛いでいた。


『それで、マティル。あたいらのところに来たの?』


 長年の付き合いである私を思い出したのかと精霊王は言う。


『うむ、なんとかS級ダンジョン攻略を目指せないものか。我は竜王として審判の門を目指さねばならぬのだ』


 竜王マティルドーラの強い使命感がダークエルフたちにも伝わってくる。


『だけど、私らは今見てのように、エルフたちと戦争中。人数も制限があるならなおさらだあよ』


 そんなことをしている暇はないのではと精霊王ファーブルは言う。

 つい先ほど要所とも呼べる要塞がまた1つエルフ軍に陥落したという情報が出たばかりだ。

 その言葉にダークエルフたちも頷き、同意見のようだ。


「例えば、祈りの巫女と共に戦うなんてことは難しいだろうか。その後であれば、いくらでも……」


 長老の1人が思い切って口にした。

 この宴は、突然現れた圧倒的な強者である竜王マティルドーラと英雄アステルにエルフとの戦いに参加してもらう。

 そのお願いをするためと言っても過言ではない。


「申し訳ない。戦争には参加できないよ」


 エルフがどうとか、マティルの知り合いがいるからとかそんなことは関係なく戦争には参加できないと英雄アステルは断る。


 たしかに英雄アステルがどこぞの戦争に参加したなんて話は聞いたことがない。

 やはり駄目かとダークエルフたちは項垂れてしまう。

 この話は終わりかと思った。


 ダークエルフはS級ダンジョンに兵を出す余裕はない。

 竜王マティルドーラと英雄アステルはダークエルフと協力してエルフとは戦わない。


 ここで精霊王ファーブルが口に出さなければ、良かったと大精霊ムートンは語気を強めた。


『だったら、ダークエルフを2000人、試しの門の攻略に出してあげるわよ』


「ん?」


 どういうことだと英雄アステルは思った。


『おお! なるほど、試しの門に兵を出してくれるというわけだな』


『だって、そうでしょ。たしか、S級ダンジョンは攻略に人数の制限があるけど、試しの門なら何千人と参加できるんでしょ』


 だったら試しの門を攻略するのにダークエルフを出す。


「精霊王様、それは……」


 ダークエルフの王が困惑して、精霊王に話の真意を問う。


『審判の門を越えれば、皆に強力な力を与えられる。だから、マティルの門への挑戦に協力するといいわよ』


 試しの門は神界へ行くための門だ。

 才能のあるダークエルフが竜人たちと協力して道を開く。

 門を攻略した恩恵に預かったダークエルフは力を手に入れ、今の状況を打開できるのではと精霊王は言った。

 もしかしたら、祈りの巫女と同等以上の力を持ったダークエルフが何人も誕生するかもしれない。


「し、しかし、精霊王ファーブル様、どれだけ掛かるか分かりませんが、それだけの猶予が我らにございますでしょうか」


『そうさね。このラポルカ要塞を無血で差し出す代わりに、休戦協定を結ぶというのはどうさね』


「な、なるほど。それは良い考えですな。協定を結んでいる間に我らが力を得ると」


 攻勢を強めているエルフたちに単純に休戦を呼び掛けても、話には乗ってこないかもしれない。

 今なら、山脈にある要塞4つのうち3つが陥落した状況だ。


 ダークエルフがラポルカ要塞を放棄することを条件に休戦協定を申し出てきたという話は、エルフたちは何の不思議も持たない可能性は高い。

 王も、将軍も、長老も何か希望のようなものが見えてきた。


 竜マティルドーラも英雄アステルも才能ある者を2000人も出してくれるのは大変助かる。


 こうして、ダークエルフとエルフは休戦協定を結び、ダークエルフは大陸を渡り竜人たちと共に何年もかけて試しの門の攻略に乗り出した。


 その結果、攻略は失敗に終わり、英雄アステルは死んでしまった。

 ダークエルフは1人もローゼンヘイムに戻らなかったと大精霊ムートンは語ったのであった。

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