第474話 光と影の歴史

 マクリスの特技「フリーズキャノン」と大精霊ムートンの「毒沼津波」がお互いの中央の位置でぶつかり合う。

 体積にものを言わせた毒沼津波がフリーズキャノンの氷の柱を飲み込み始めた。


「お、おい。押されているぞ!?」


 キールの顔色が悪くなる。

 戦いに絶対がない世界で未知のダンジョンを攻略中だ。

 才能ある者が1万人死んだとも聞いているので、最悪のことを想定する。


(む? 押されるかって、大精霊って言ったよね)


 アレンはムートンが大精霊と聞いて負ける気がしなかった。


 ピキピキ

 バキバキ


 マクリスが放った「フリーズキャノン」は、大精霊ムートンの「毒沼津波」を凍らせ始めた。


『ガハ!?』


 そのまま毒沼の津波を粉砕し、直進し大精霊ムートンを直撃する。

 体を凍らせながら吹き飛ばされていく。

 大精霊と言えど、上位魔神ラモンハモンすら倒したSランクの召喚獣の一撃に力負けをしてしまった。

 マクリスの特技に対して、「地の利」とやらすらアドバンテージは得られなかったようだ。


「よし、皆、倒すぞ」


「もちろんよ!!」


 体の半分ほどを凍らされ粉砕した大精霊ムートンの体は小さくなり、先ほどの勢いはない。

 セシルがアレンの言葉に答え、仲間たち全員が一斉攻撃を開始する。


 一斉砲火によりボコボコにやられ、大精霊ムートンはさらに小さくなっていく。


『お、おのれ。貴様ら……』


 人間サイズのさらに小さくなって、このまま倒せそうなその時だった。


『ま、待ってほしいさあね。ムートンを助けてあげてほしい……』


 大精霊の様子にいても立ってもいられなかった者がいた。

 精霊王ファーブルがこれ以上攻撃しないでほしいと思わず声を出した。


「ん? なんだファーブルの知り合いか?」


 一番に反応したルークの言葉に、アレンたちの攻撃が一斉に止む。


『ぬ? ファーブル様だと?』


 大精霊ムートンは滅多打ちにされた攻撃が突然止んだことに違和感を覚えているようだ。

 アレンたち同様にルークの言葉に反応し、ファーブルという言葉を拾う。


 アレンたちの後ろにいる1体の漆黒のイタチに視線が行く。


『……』


 精霊王ファーブルは一言発言した後何も言わないので、大精霊ムートンと見つめ合ってしまった。

 しばらくの沈黙の後、何かを理解したように大精霊ムートンが口を開く。


『何故貴様がここにいる! き、貴様のせいで、どれだけのダークエルフがここで死んだと思っているのだ!!』


 魂の全てをぶつけるように大精霊ムートンは精霊王ファーブルに罵声を浴びせた。

 敵意をむき出しにした大精霊ムートンは精霊王ファーブルに距離を詰める。


(なんだなんだ? 理解が追い付かないんだが)


「おっと」


 精霊王と大精霊は知り合いと思ったが、仲間ではなかったのか。

 状況は分からないが、大精霊の剣幕にアレンは2体の間に体を入れる。

 これ以上近づけば戦闘を再開するぞと戦意をもって、大精霊ムートンを睨みつけた。


『……アレン、いいの。これはあたいの問題だから』


 精霊王はアレンの足元からゆっくりと大精霊の元に近づいた。


『あれだけ犠牲を出して、また仲間を使って審判の門を目指すのか!』


『……』


 さらに吐き捨てるように精霊王に罵声を浴びせるが、それでも悲しい目をしたまま大精霊の言葉を無言で聞いている。


『なぜ何も言わぬ! 我は契約者を失ったのだぞ!!』


 大精霊は怒りが込み上げてくる。

 小さくなってしまった体が周りに飛び散った毒やら沼やらを吸収してまた肥大化してくる。


『怒りを収めてほしいとは言わないよ。ダークエルフの王の息子がいる。彼に未来を見せるためにあたいはいる』


 その後は好きにしろと精霊王は言った。


『何!! 王の息子だと!?』


 会話の登場人物に入ってしまったルークも困惑気味だ。

 大精霊ムートンの怒りで膨らんだ体が、ダークエルフの王の息子という言葉に萎んでいく。

 この緊迫した状況だが、アレンたちはガスマスクのような物を被っているので、種族の特性も分かりにくい。

 背中のボンベのような魔導具から新鮮な空気を「シュコーシュコー」と言わせながら吸っている。

 精霊王ファーブルの後ろにいるダークエルフの褐色の耳をした少年を大精霊ムートンが見て驚愕する。


『お前、何言ってんだ! ファーブルは悪くないぞ!!』


 ルークは精霊王を責めるなと前に出る。

 ルークを見て、大精霊はどこか動揺しているように見える。

 まるで、膨張と収縮を繰り返し、どこか混乱しているようだ。


「あの? ちょっと、よろしいですか? 大精霊ムートン様」


『ぬ?』


 ここまで聞いて、アレンが今一度会話に参加することにする。


「大精霊様に大変ご無礼を働いてしまいました。大精霊ムートン様と精霊王ファーブル様の状況についてご説明いただけませんか」


 大精霊と分かった上で戦闘に入ったが、ここは謝罪しておくことにする。


『状況だと? 何故我が?』


 ここにきて大精霊がアレンたちが状況を理解していないことに気付いたようだ。


(精霊王が話せばいいだろってことか)


 アレンもこの会話がかみ合わない状況について状況が分かってきた。

 さらに詳しく大精霊から話を聞こうとアレンが口を開こうとすると魔法陣が現れる。


 ポン


 アレンたちと大精霊の間に割って入るようにメガデスが現れる。

 階層の中でやってきたのは久々のことだ。

 このまま静観するわけにはいかなくなったようだ。


(おい、話がかみ合わないのは、お前らのかけた制約とやらのせいだろ)


 説明できるものが説明できないせいでこうなったとアレンは理解した。


『……メガデス様か。何用ですか?』


 メガデスに対してあまり敬意を感じない態度で大精霊は話をする。


『話は聞かせてもらったんだけど、精霊王ファーブル君は何も話せないよ』


 精霊王には時空神の契約により、攻略内容を流布しないような制約が課せられている。

 この制約は、試しの門の攻略に失敗したにもかかわらず、門内の情報を流布させないための措置らしい。


『契約?』


『ああ、審判の門の挑戦は公平じゃないとね。だから審判の門に関わる話は一切できない』


 メガデスは言い切った。


 アレンたちの困惑と精霊王の無言の意味を、大精霊ムートンは目をつぶり考えているようだ。


『……』


 精霊王はルークに抱きかかえられ、無言を貫く。


「ちなみに、大精霊ムートン様は、時空神様との契約は?」


 アレンは大精霊に契約の有無を確認する。

 どうも契約なんてなさそうな態度だが念のためだ。


『そんなものはしていない。メガデス様に頼まれたから、門の運営に協力しているだけだ』


 その割にはノリノリで攻めてきたなとアレンは思う。


「この場の状況をご説明できると?」


『そうだな。我がここにいる理由を語らぬわけにはいかぬか』


 沈黙する精霊王を睨んで大精霊は言い切った。


『ちょ!? ちょっと!!』


 全部話そうとする大精霊にメガデスが待てと言う。


『構わぬではないか。彼らは、こうしてこの場にいる。それに我はここから先については知らぬからな』


(この階層で契約者であるダークエルフを失ったのか。そして、あくまでも公平を謳うなら、メガデスに止める権限はないと)


 困った顔をしているが、メガデスは何も言えないようだ。

 大精霊ムートンが語る事ができるのはこの階層までだから公平だろうという話だ。


「では、何も制約がないのであれば、私たちの拠点で話をしていただけませんか?」


「そうね。本日の攻略は終了よ」


 ここは臭いので、ゆっくりしたところで話を聞きたい。

 セシルからも強めの賛同を得た。


『そうであるな。我を案内するがよい』


 大精霊は随分不遜な態度だ。

 これもこれで新鮮だなとアレンは思った。


 階層の入り口まで移動したアレンたちは、メガデスに転移してもらって、牙の門を脱出した後、ヘビーユーザー島に向かう。

 その足で、アレンたちはお城のようにデカくしたペロムス邸の広い会議室の一室に向かう。


(連れてきたが、臭くはないんだな)


 粘菌かスライムように体をくねらせて進む大精霊は見た目の毒々しさと違って、無臭なようだ。

 換気の効いた部屋か野外にしようかとも思ったが杞憂だった。


『ぬ? 何故エルフがこんなにいるのだ』


 状況を聞こうと思ったが、ガスマスクを外したソフィーや、島で活動するエルフやダークエルフについて疑問が湧いたようだ。

 大精霊から質問が飛ぶ。


「大精霊ムートン様、そちらについてはわたくしから説明させていただきます」


『む、うむ。お前はハイエルフか。エルフの王族ではないか』


「はい。女王陛下の娘でございます」


 一瞬、大精霊ムートンに緊張が走ったように見えた。

 しかし、ソフィーの丁寧な態度に敵意は向けないようだ。


「じゃあ、ソフィーは説明しておいてくれ。仲間たちも全員呼んでくる」


 アレンはS級ダンジョン攻略中のパーティーの仲間も呼ぶことにした。

 大事な話なようなので、共有することにする。


 アレンがドゴラたちを連れてきた時には、ソフィーの説明は終わっていた。


 大精霊をテーブルの中央に移動してもらって、アレンたちが囲む。

 精霊神も精霊王もソフィーとルークの前で、テーブルの上に乗っている。

 ずっとこの場にいるのだが、精霊神は何も言わず、経緯を窺っている。


『なるほど、今はこのような状況であったか。魔王が生まれているとはな』


 それ以上にエルフとダークエルフの共闘戦線する時代が来るとはと、大精霊は何度も唸っている。

 ドゴラたちにはアレンが掻い摘んで状況を説明した。

 フォルマールは何か難しい顔をしている。


「そうです。大精霊ムートン様はずっと、あの試しの門の中にいたのですか?」


『そうだ。3000年間、あの場所にいた。もう、外の世界などどうでもよくなったからな』


 ダークエルフと契約しているころは精霊だったらしい。

 長い時を経て、ムートンは精霊から大精霊となってしまった自らについて語る。


「その3000年前ってことは、メガデス様の言っていた以前の試しの門攻略で何かがあったと?」


『そう。門の攻略前、我らはエルフと戦っていた。その時に英雄アステルと竜王マティルドーラが我らの要塞にやってきたのだ』


「エルフ? 祈りの巫女との戦いの話ですか?」


『そうだ。エルフとダークエルフについてこれから語る事になる』


 門の攻略をしているとアレンたちは大精霊ムートンに出会った。

 大精霊ムートンが語るのは、ダークエルフが見てきた光と影の歴史であった。

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