第433話 水晶花の戦い③

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫び声と共にドゴラが突っ込んでいく。


『うほっ!?』


 ドゴラの全魔力を込め、火の神フレイヤもそれに呼応するかのように神力を込めた全身全霊は前回バスクを叩き切った時のように絶大な威力を発揮する。


 バスクは既にアレンへの攻撃が終わった状態で体勢が悪い。

 そんな中でもとっさに魔剣を使い防御するが、勢いに負けて肩に深くめり込んでいく。


「ドゴラ! そのまま叩き切れ!!」


「ああ!!」


『痛いじゃねえか。よし、オヌバ、よく止めてくれた』


 ほめて遣わすくらいのノリで魔剣オヌバにバスクが礼を言う。


『止めてくれたじゃねえ! 痛いじゃねえか!!』


 神器カグツチはめり込むがそれ以上刃の先が進まない。

 魔剣オヌバと、体中に巻き付いた漆黒の帯のような防具がバスクの命を守った。


「くそ、って、がは!!」


 倒し切れなかったと思うやいなや、無防備な腹をバスクに蹴り上げられる。

 水中をバウンドしドゴラは吹き飛ばされていく。


『仲間を犠牲に一撃か。いいねいいね。盛り上がってきたぞ。ラモンハモン。回復してくれ』


『ふん、仕方ない奴だな』


 かなりの深手を負ったバスクがラモンハモンに見せながら言う。


 ラモンハモンの女の顔だけが返事をし、何やら呪文を唱える。

 アレンが吹き飛ばされたドゴラを起こそうとする中、かなり深手を負ったバスクの体が回復していく。

 まるで、ドゴラの一撃がなかったかのようにバスクは全快した。


『あらあら、せっかくの一撃なのに、後がなくなってきたね。ふふ』


 ドゴラの全身全霊でバスクは仕留めきれず、ラモンハモンの回復魔法でバスクは完全回復してしまった。

 花柱の中央の祭壇でキュベルが面白そうにアレンたちに声をかける。

 エクストラモードに達したドゴラの全身全霊はエクストラスキルから通常の攻撃スキルとなったがクールタイムは1時間だ。

 クールタイム1時間は万を超えるステータスの中での戦いでは、永久に思える。


(完全にこちらの力を把握されているな。いや、魔王軍が余力を持って対応した形か。メルスを呼ぶとアレン軍は半壊じゃすまないぞ)


 メルスがいなくなれば、魔神たちへの圧倒的な有効打が減る。

 メルスは魔王軍の陣地深くに切り込んで、殲滅を続けている。

 魔王軍の主戦力をメルスに向ける狙いもあるのだが、そのメルスがいなくなれば敵の狙いが全てアレン軍、勇者軍共闘戦線に向けられることになる。


 また、メルスの特技「天使の輪」はいわゆる管理者権限の代行ができ、召喚スキルが使える。


 これを使えば、召喚獣の特技をアレン軍、勇者軍に振りまくことも、やられてしまった召喚獣の補充もできる。

 削除と再生成すれば、もう一度覚醒スキルを召喚獣に使わせることができる。


 今のアレン軍、勇者軍には召喚獣の力が必要で、これがないと敵軍の戦力からも多くの死者が予想される。


「どうしましょう。このまま打つ手がなければ、祝福はいずれ消えてしまいます」


 アレンの後ろにいるソフィーも困惑気味だ。

 アレン同様に今の状況を概ね理解したのだろう。


(たしかに。精霊王の祝福もクレナの限界突破も制限時間があるからな)


 精霊王の祝福はソフィーの全魔力によって持続時間が決まる。

 クレナのエクストラスキル「限界突破」はクレナが発動の際に使用した全魔力によって持続時間が決まる。


 最初のころは短かったクレナとソフィーのそれぞれのエクストラスキルだが、今では転職も進み装備が一新され、随分持続時間が伸びた。

 あと30分以上は持つはずだが、だからといって問題が解決したわけではない。


 ラモンハモンは回復魔法をビルディガにもかけた。

 指揮化した虫Bの召喚獣によって溶解したビルディガのメタリックな外骨格は、バスク同様に無傷の状態に戻ってしまった。


 バスク、ビルディガを相手している状況でキュベルとラモンハモンがほとんど戦闘に参加していない。

 前回よりかなり強化されたバスクと、物理攻撃無効のビルディガが厄介すぎて、残り2体の上位魔神に手が回らない。


 1体ずつ上位魔神を倒してしまおうにも、ドゴラの全身全霊で倒しきれなかった以上、決定打がない。


 ジリ貧が目に見えている。

 せめて、アレンとメルスが変わるべきか。


『どっちが来ても同じだと思うけど、試してみるといいよ。あれからメルスは強くなったのかな?』


「……」


 また心を読まれたような言葉がキュベルからアレンにかけられる。


『全てが無駄になり、そして死に終わる。世界とはそんなものだよ?』


 キュベルは絶望を知れと言わんばかりの態度だ。

 このままこの状況が続けば、邪神も復活するし、帝都パトランタもアレンたちも皆殺しにするとキュベルは言う。


『ひひ、ドゴラちゅあ~ん。まだ戦えるよね? いひひ』


 ドゴラにそれで終わりなのかとバスクの笑いが止まらない。


「冗談だろ。フレイヤ、いくぞ!」


『当然じゃ!!』


 そう言ってバスク優勢の戦いにドゴラが身を投じる。

 アレンはドゴラに加勢しながら、召喚獣を出して、ビルディガと戦うクレナとシアを支援する。

 邪神復活というタイムリミットもあるだろうが、戦況を一気に変える事態にはできないでいる。


 セシルは聖珠の腕輪を装備し、攻撃魔法を使っているが、ビルディガは、物理ほどではないが魔法にも耐性があるようだ。

 ビルディガ相手に魔法でも攻め切れないでいる。


 セシルはバスクに魔法の狙いを変えてみたが、ビルディガ以上に魔法が通じない。

 全ての属性で試したが、体を覆う漆黒の帯が、あらゆる属性魔法の攻撃を減退させる。

 恐らく見た目からも暗黒属性なのだろうとセシルは判断する。


 物理攻撃は一切通じず、攻撃魔法にも圧倒的な耐性があるようだ。

 それに加えて、魔神と違い上位魔神のビルディガとのステータスの差が埋められない。


 そんな中、アレン軍でも指揮をしていたキールが口を開いた。


「ちょっと回復が追い付かない。ルーク、すまないが『精霊王の障壁』は使えるか? 状況的にビルディガ側で頼む」


 劣勢の中、真っ先にキールがルークに声をかける。

 現在、キールを中心に回復魔法をかけているのだが、ビルディガとバスクは距離を取って戦っている。

 一度の範囲魔法で回復させないようにして、回復の手を増やすためだ。


 この花柱の上は直径数キロメートルもあってかなり広い。

 キュベル自身もアレンの50メートルの召喚範囲を警戒した距離にいて、バスク、ビルディガを使って近づけさせないようにしている。


 ソフィーの水の精霊も回復の精霊魔法を使えるが、ビルディガのあまりに凶悪な一撃から仲間を守るため、水の塊、風の縄でビルディガの動きを少し遅くすることで手いっぱいだ。


 戦況を好転させるべく、キールはルークに声をかける。

 ルークは初めての状況だが、何度も苦境を乗り越えてきたキールやソフィー、セシルのフォローで立ち位置を変えていた。


「う、うん。やってみる。ファーブルお願い」


 既にデバフメインの精霊魔法がほとんど通じないが、エクストラスキルならばとルークも返事する。


『厳しい状況だあね』


「ありがとう」


 姐さん言葉のファーブルは、カニの姿をしたままハサミを振りかざしコミカルに踊る。

 すると辺り一面の地面が紫色の沼地のようになってくる。


 これは、ルークが使うエクストラスキル「精霊王の障壁」だ。


 効果は、ルークの全魔力を込めることを引き換えにして、対象エリアに入った敵のステータス全般を低下させる。

 設置型のデバフスキルで、クールタイムは1日だ。


 ルークの才能は星2つでステータスが高くなく、効果範囲も一辺100メートルだ。

 そのあたりの才能のあるデバフ職に比べたらかなりの距離だが、アレンの仲間たちに比べたら見劣りする。


 精霊王の障壁が発動するとビルディガとのステータス差があり過ぎるのか、あまりステータスを低下できていないようだ。

 それでも効果があるのは、精霊王ファーブルの力によるものだろう。

 シアとクレナは、ルークの作った精霊王の障壁の中に誘い込む形で戦う。


(戦況はまだまだ好転しないか。って、お?)

 

 戦況を好転させようと、作戦を考えていると上空を飛んでいる鳥Eの召喚獣が、聖魚マクリスの新たな動きを捉えた。

 空を遊泳していた聖魚マクリスは明らかに、水晶花の上にやってきたキュベルや上位魔神たちを敵認定していた。


 そして、アレンたち魚人は、そんな上位魔神からこの帝都パトランタを救おうとしているのだろう。

 4体いるうちの1体バスクに向けてマクリスが口を開くと、円錐状の氷の刃が姿を現す。


『アイスジャベリン!』


 聖魚マクリスが魔法を唱えると、水を切り裂くように、巨大で先端が鋭利に尖った氷の柱がバスクの動きに合わせるかのように吸い込まれていく。


 ドオオオン!!


『ぶは!? ぐぬぬぬ』


 バスクは腹でもろに聖魚マクリスの攻撃を受け、衝撃音と共に水柱を抱えたまま血を水中にまき散らしながら後退をしていく。


『あらあら、聖魚マクリスも参戦だね。聖獣となるとさすがの威力だね。武器と防具を一新していてよかった』


 戦いの前にバスクの装備を更新させたようだ。

 マクリスが参戦したものの、いまだに余裕を見せるキュベルが反応する。


『やられずに戦え』


 血を流しながらも、そこまで体力は減らなかったバスクに対して、口の悪いラモンハモンが回復魔法を振りまく。


(さて、マクリスも攻撃に参戦と、痛み無視で先にラモンハモンを叩くか。いや、バスク、ビルディガの攻撃を無視してそれは可能かね?)


 ラモンハモンは回復魔法を振りまいているが、男の顔と手足は物理系を得意とし、女の顔と手足は回復魔法、攻撃魔法を得意とするオールラウンダーだ。

 ビルディガとそん色ない威力で物理攻撃を仕掛けてくるのに、攻撃魔法と回復魔法を使えるとも言える。


 バスクがこんなに強化されていなかったら、ラモンハモンはビルディガに並ぶ強敵だ。

 戦闘にあまり参加してくれなくて助かるとすら思える。


(マクリスも加勢してきたが、戦況があまり好転していないぞ。何かほかに手があるのか?)


 聖魚マクリスも攻撃に参戦するようになり、やや攻撃の手数が増えたが、好転したとはいいがたい。


 邪神教教祖も上位魔神だったが、回復魔法も使えなかったし、祭壇さえ破壊すれば、耐性もほとんどなかったので魔法も攻撃もやりたい放題だった。


 今思えば、上位魔神の中でもグシャラはそこまで強くはなかった部類のようだ。

 今回の邪神復活には魔王軍の全力が伺える。


『やはり苦戦していますね』


 アレンがどうすれば勝利に近づけるのか考えていると、馬の足音が聞こえる。

 足音の主がアレンたちに声をかけてくる。


「ん? 超苦戦している。って!?」


「わ!? ファルちゃんだ!!」


 視線の端で確認すると、アレンたちの後方から、ヘビーユーザー島の馬小屋にいた調停神ファルネメスが姿を現したのであった。

 

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