第426話 商人ペロムスの消失②

 アレンはイグノマスのいる玉座の間から出て行ったあと、そのまま、宮殿そばにあるアレンたちに貸し与えられた建物に戻った。


 イグノマスとアジレイ宰相はベクと繋がっていたが、ベクの行方を追う立場にないようだ。

 シノロムがどこにいるのかも結局分からないようだ。


 この状況でペロムスの行方なんて知らないと言う、2人にこれ以上尋問しても意味がないと判断する。


「そういうことがあったんだな。じゃあ、やっぱり魔王軍と戦うのか?」


 ペロムスがいなくなり、ドタバタの状況であることは理解していた。

 アレンが夕方遅く、宮殿近くの建物に戻った時、皆に事情を改めて説明をする。

 ルークはアレンの説明を理解したようだ。


「多分そうなる。ルーク、参加するかどうかよく考えてくれ」


 アレン軍で総帥の立場のアレンの指示により、既にアレン軍全軍をヘビーユーザー島に戻し、魔王軍との戦いの準備が急ピッチで進められている。


 勇者ヘルミオス率いる勇者軍も協力してくれるらしく、現在、何が起こる状況か分からないが、出陣の準備をしてくれている。


『……』


「うん、分かっている。もちろん参加するよ」


 精霊王ファーブルは若干心配そうな視線をルークに送るが、ルークは心配ないよとファーブルを撫でる。


 アレンは、仲間の死についても、覚悟してほしいと普段から仲間たちに伝えてある。


 仲間とはお互いに守り守られるものであるが、魔王はアレンよりも100年早く生まれ、そして世界を滅ぼそうと画策してきた。

そして参謀となるキュベルは、原始の魔神とも呼ばれており、10万年生きているメルスの、何倍も長く生きている。

そんな何十万年も生きたキュベルが魔王とともに世界を滅ぼそうとしているのに安全など約束できるはずがない。


 仲間を見捨てることはしないが、厳しい戦いになることは分かってほしいということだ。


 だが、それでもアレンは仲間を求めることをやめるつもりはない。


 魔王軍ですら魔王1体で、世界と戦っていない。

 どうも魔王の倒す先に神々もいるようだ。

 そのための準備をし、そのための配下を作り、計画的にことを成そうとしている。


 世界には多様な種族、多様な才能、そして、多様な装備品に、貴重な素材がある。

 これはプロスティア帝国にきて改めて気付かされた。


 探す範囲を帝都全土に広げることにする。

 くまなく探していると、水晶花の明かりが弱くなっていく。

 1日が終わろうとしているのだ。



***


 翌日を迎えるが、ペロムスは見つからなかった。


 7時を過ぎ、大会は2時間後の朝の9時から始まる。

 それから1時間後の10時過ぎにはペロムスにかけてある魚Aの召喚獣の覚醒スキル「擬態」は解ける。

 それはペロムスの死を意味するとアレンは考える。


「さて、大会を中止に追い込むべきか」


(それが正解なのか)


 アレンは自らの行動に正解を求める。


 ここでプロスティア帝国が年に1回行われる、神事ともいえる大切な大会が始まる。


 仲間のためにそれを止めることすらやぶさかではない。

 しかし、そのことに本当に意味があるのか。

 おそらく止めたところでといったところだろう。

 それでも仲間のために何かをしないといけない。


「アレンのやりたいようにやればいいよ」


 そういうルークはどこか落ち着いていた。

 元々ハイダークエルフは50歳から成人扱いになるが、長老会には15歳から参加できると言う。

 ルークも難しい決断をしている大人たちを見てきたからなのかもしれない。


 大会を中止に追い込んだところで、何かいい案が浮かんでくるとは限らない。

 むしろ、魚人たち全てにこれからやってくる聖魚マクリスも敵に回る可能性が高い。


 ブンッ


 その時だった。

 漆黒の魔導書がアレンの前に現れた。


「む!?」


「アレンどうしたの?」


「え? 魔族を倒しただと?」


「え?」


 アレンは魔導書にログが流れていることを確認する。


『魔族を1体倒しました。経験値420万取得しました』


 そこには魔族を討伐したと書かれてある。


 アレンはその瞬間、共有したすべての召喚獣から、誰が魔族を倒したのか確認する。


 アレンの召喚獣による特技、覚醒スキルを得た仲間たちが魔獣などを倒した場合、アレンにも経験値が入る。

 これはダンジョンの攻略やローゼンヘイムでの侵攻でも確認済みで、距離は関係しない。


 しかし、どの召喚獣も魔族と戦っている様子を確認することができない。


『魔族を1体倒しました。経験値420万取得しました』


 さらに1体の魔族を倒したというログが流れる。


(回復薬を誰かが使ったのか? って、ペロムスの体力が削れているって回復したぞ。これは天の恵みを使ったのか)


 ペロムスの体力が随分削れていたことに気付く。

 そして、ペロムスの体力が全快に回復した。


 皆が魔導書に釘付けになる。

 ルークが魔導書をのぞき込みながら驚く。

 ものの数分経つとさらにログが流れ始めた


「お! すごいことになっているぞ!!」


「ああ。どうやら、魔族と戦っているのはペロムスのようだ」


『魔族を1体倒しました。経験値420万取得しました』

『魔族を1体倒しました。経験値480万取得しました』

『魔族を1体倒しました。経験値540万取得しました』


 すごい勢いで、魔族を倒し経験値取得したというログが流れ始める。

 数十体の魔族をすごい勢いで倒し始めた。


「あのペロムスか? 本当にそんなことができるの?」


 ペロムスはエルフ軍にレベル上げをしてもらっていた。

 回復薬を使い戦闘に参加したことにしていたが、自分から敵と戦うような感じにはルークには見えなかった。


 アレンは持てる情報から何が起きているのか可能性を探る。

 今現在、アレンが経験値を取得する条件はペロムスが戦っている以外にはない。

 そのペロムスがどうやら、どこかで魔王軍と戦っていると結論付けないといけない状況にある。


(いや、魔族なら倒せるのか? 魔族なら最低Aランク相当なはずだ)


 自分がペロムスならこんなに短期間に何体も倒せるのか。

 ペロムスに渡した魔導具袋には確かにアダマンタイトの短剣があった。

 ペロムスに渡した回復薬にステータスが上昇する装飾品を使い、どうやってという手段を考えているとさらにログが流れた。


 それからしばらく検討を続けるとさらなるログが流れる。


『上位魔族を1体倒しました。経験値3600万取得しました』


 上位魔族は、エルフでいうところのハイエルフのような上位の存在だ。


 上位魔族はSランク相当の魔獣ほどの力はないがステータスは1万弱ほどある。

 グラスターという上位魔族と戦ったが、白竜ほどの力があり、アレンたちも苦戦を強いられた。

 エクストラスキルも使ってくる強敵だ。


 アレンは、ペロムス1人でこれは無理だと考える。

 ではどうやってそれが可能なのか。

 なんとなく1つの結論が出たような気がする。


「どうするんだ? イグノマスをやってしまうのか」


「……いや、こちらでできることがあるかもしれない。いや、魔王軍が何かをしてくることに備えることが優先だ」


 ペロムスが行方不明になり、今回の行動で魔王軍の存在がはっきりとした。

 ペロムスを信じるという言葉では安易だが、自分らのできることを優先させようと言う。


「分かった」


 それだけのことを考えられる余裕を、ペロムスが作ってくれた。


(これで良かったんだよな。いや、正解とは限らないか)


 どうしたらいいのか分からないが、投げやりになるわけにはいかない。

 アレンの決断の元、時間は刻一刻と過ぎていく。


「ちょっと、遅いわよ! ちゃんと用意できたって言ったじゃない!!」


 綺麗な服装を身にまとったロザリナから注意を受ける。


「ああ、遅れて申し訳ない。これが参加証だ」


 ロザリナは大会の協力者だ。

 ペロムスについては何も話していない。


「ありがと。来たわね! これでロザリナの美貌が世界に轟くわよ!! 」


「ああ、もしかしたら、騒ぎになるかもだから」


「何よそれ」


「まあ、内乱が起きたばかりだからな」


「ふ~ん。分かったわ。ありがと」


 イグノマスが内乱を起こした年に行われる大会だ。

 どこまで伝わったのか分からないが警戒だけはするように言う。


 アレンも観覧席に陣取っていいとのことだ。

 一応、大会が終わったあと、お披露目式ということでアレンとルークは魔導具の準備をしないといけないが、今は見学をしていて良いらしい。


 この高い花柱の上に魔導具を運ぶため、昨日のうちに小型の船に乗せてある。


 イグノマスは自分の横にラプソニル皇女を傍に置き、同じく観覧する貴族たちに自らの立場を示す。


 コンテスト参加者たちも上半身が外に出るほど、小型の魔導船に乗って、花柱の上にやってくる。


【歌姫コンテストの流れ】

①9:00  開会式イグノマスの挨拶

②9:15  1000人による1次選考

③10:00 5人による決勝戦

④11:00 3人による1位決定

⑤12:00 ラプソニル皇女とイグノマスとの婚姻の発表、魔導具のお披露目式

⑥13:00 閉会式、マクリスが海に帰る

⑦14:00 帝都パトランタ全土を上げての大会セレモニー


 ②から④それぞれ、聖魚マクリスはその場で涙を零し、涙をくれる。

 1位になれば3つの涙を手に入れることができる。

 その後、いくつか余興があり、大会は終了する。


 閉会式後は帝都パトランタ全土でセレモニーに移行し、飲めや歌えやの騒ぎが夜通し行われるのが日課だ。


 こういったことが300年ほど続いているらしい。


『それでは、今年も歌姫コンテストの時期になりました。皆さん、そろそろ、水の神アクア様のご加護を見ることができます!』


 拡声の魔導具を使い、大会開始のあいさつが始まった。

 ヒトデ面の男が司会進行役のようで、拡声の魔導具であるマイクのようなものを持って花柱の中央に立っている。


 大会開始の9時となった。

 水晶花の中央にそびえる花柱の光がいっそう増していく。


 ポコンポコン


 ポコポコと音を立てながら、光の玉が花柱の周りから生じ始めた。

 野球ボール大の大きさのこの光の玉は1つ1つが水晶の種だ。


 大量の水晶の種が光る泡のように、水中を上昇していく。

 何時間もかけ、万に達する水晶の種が海面へと上昇し、何時間もかけ海底に降り積もるという。


 この水晶の種は例年通りなら、金貨1枚でプロスティア帝国が買い取ってくれる。

 帝都パトランタの臣民の貴重な収入源となっている。


 プロスティア帝国の法で、水晶の種はプロスティア帝国が管理することになっている。

 プロスティア帝国の商人は、一旦プロスティア帝国が買い取った水晶の種を、その数十倍の値段で買い取らねばならないことになっている。


 種子の数や、プロスティア帝国の懐事情で相場は毎年変わるとか。


(ペロムスは、水晶の種の行方を追って、どこかに消えてしまったんだよな)


 光る水晶の種を見て、ペロムスを思う。

 あと1時間ほどで覚醒スキル「擬態」の効果が切れる中、幻想的な光景が広がっていく。


『魔族を1体倒しました。経験値480万取得しました』


 魔導書がまた、アレンの前に現れ、魔族をまた1体倒したことを伝えてくる。

 たまにペロムスの体力が減り、そして満タンになるのは必死に戦っている証拠だ。

 ペロムスは今なお戦っているようだ。

 自分にできることはないのか。

 今行った選択に誤りがないのか改めて考える。


 人々が幻想的な水晶の種の光り輝く光景に目を奪われる中、アレンは正解を求め自問自答は続く。


 水晶の種を示す光る泡が揺らめきながらも海中を舞っていく中、水の流れをアレンは感じる。

 そんな中、大会参加者や観覧席からどよめきが広がっていく。

 遥か海の遠くから、巨大な魚影がゆっくりと帝都パトランタに近づいてきたからだ。


「聖魚マクリス様か」


 アレンは小さくつぶやいた。


 グランヴェル家で従僕をしていたころ、セシルに読まされた「プロスティア物語」の主人公がやってきた。

 1体の巨大な魚影が帝都パトランタの上を旋回しながらゆっくりと姿を現すのであった。

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