第402話 共同演習
S級ダンジョンのアレン軍の拠点の一番大きな会議室にキールやクレナ、ドゴラたちがいる。
「さて、準備は整ったみたいだ。そろそろ行こうか」
勇者ヘルミオスがそう言いながら、会議室の椅子から立ち上がった。
「そうだな。あとはやりながらの方が勉強になるだろう」
隻眼の男で、ラターシュ王国の英雄である剣王ドベルグも同じことを言う。
「本当に大丈夫なの? ちょっと打合せ短いんじゃない。何で昨日は打ち上げなのよ!」
「え? 楽しかったよ?」
「うんうん」
クレナとメルルは昨日催された歓迎会が楽しかったと言う。
「そうじゃないわよ!」
昨日の打ち上げが楽しかったと言うので、才能が怪盗王になったロゼッタは思いっきりツッコミを入れてしまった。
「まあ、今回は流れの練習するだけですので、問題は起きないでしょう」
アレンにチームリーダーを任されているキールは、安全であることをロゼッタに言う。
「本当でしょうね?」
「問題ない」
ロゼッタがさらに疑うので、その横のドゴラが問題ないと一言だけ会議の終わりに参加する。
これから、アレンたちと行動を別にしているチームキールの皆と勇者軍が、S級ダンジョンの最下層で活動を共にする。
昨日、勇者ヘルミオス率いるパーティー名「セイクリッド」のドベルグとシルビア、ロゼッタ、聖王のグレタなど全員がやってきた。
このS級ダンジョンは巨大な塔になっているので直接、魔導船で降り立つことはできない。
しかし、S級ダンジョン近くには魔導船の発着場があり、冒険者の移動に使っている。
他にはS級ダンジョンで手に入った貴重な武器や防具、魔導具を世界に、そして、万を超える冒険者が大量に消費する食料やお酒などを各地から運ぶのに魔導船が使われている。
その発着場に4機の巨大な魔導船で今回選抜された1000人の勇者軍の参加者がやってきたのだ。
そして、既に勇者軍の拠点がS級ダンジョンのアレン軍近くに設けられている。
これは、5大陸同盟会議後にバウキス帝国とギアムート帝国の2国間会議で決定されたものだ。
魔導船内や拠点への移動で疲れただろうと、1000人で宴会をしたと聞いている。
そして、今日は朝からアレン軍の拠点の会議室に主要メンバーを集めて打合せを行って、昼前には早々にアイアンゴーレム狩りに出発する。
「おお、やっぱり、ヘルミオスさんがいると皆視線が集まるね!」
クレナが街中の視線の変化に気付く。
「ふふ、ありがとう」
勇者ヘルミオスがやってきたことを昨晩の内にS級ダンジョンで活動している冒険者が耳に挟んだようだ。
万を超える冒険者が活動するこのS級ダンジョンであっても、酒場などを使って話は一気に広がる。
ぞろぞろと歩く集団の先頭にいるヘルミオスに自然と目がいく。
S級ダンジョンを攻略したアレンたちであるが、それでも知名度で言えばヘルミオスが圧倒するようだ。
水色のサラサラヘアーに外套の中に見えるオリハルコンの鎧も分かりやすい見た目となっている。
神殿に入り、キューブのいる場所に順番に並びながら向かう。
『この場にパーティーが複数ございます。同じ場所への移動でよろしいでしょうか?』
「構わない。『廃ゲーマー』のパーティーをリーダーに移動してくれ」
キールが代表してキューブに話しかける。
『畏まりました』
キューブはそう言って、S級ダンジョンの2階層に移動させる。
廃ゲーマーのパーティーは4名だ。
ヘルミオスのパーティーは10名だ。
その他アレン軍のパーティーと勇者軍のパーティー併せて34人だ。
合計48人で今回やってきた。
パーティーが違っても一緒に別階層に移動できる。
パーティーが複数あると今回のように転移用のキューブが聞いてくる。
これは次元が違う学園のダンジョンもそうだったが、S級ダンジョンも同じ仕様になっている。
まだアレンのパーティーに入っていない頃、キールも学園で問題なく同じ次元のダンジョンに入ることが出来ていた。
ただし人数の制限があり、一度に入ることができる最大人数は48人となっている。
2階層に入ると全員の冒険者証を記録しているのか、それ以降の移動は全て2階層に入った構成で転移してくれるようになる。
S級ダンジョンは2階層以降、同じ次元の空間になっているので、そこで合流することも可能だ。
しかし、最下層のアイアンゴーレム、最下層ボスのゴルディノ、あとはデスゾーンの転移は一緒に2階層に入った単位で飛ばされる。
また、同じパーティーであってもキューブの50メートル以内にいないと飛ばされ漏れてしまう仕様になっている。
2階層から、直ぐにメダルを使って3階層、4階層と移動する。
「聞いた通り、メダルも充実しているね」
キールが持つ袋のわんさか入ったメダルにヘルミオスが気付いた。
「はい。アレン軍で、メダルの獲得も練習の一環で行っています。今後のメダル回収の活動について勇者軍との混成になるのは、先ほどの会議のとおりです」
ヘルミオスの問いに、キューブに話しかけるより丁寧な口調でキールが答える。
アイアンゴーレム狩りをするためには最下層へ移動しないといけない。
その度にメダルを毎回消費するわけだが、最下層に行くためには2階層から4階層の階層ボス全てから移動に必要なメダルを入手しなくてはいけない。
アレン軍は5000人で、現在その半数以上がこのS級ダンジョンで活動している。
2階層から4階層に各種族混成の50人前後でメダル狩りを行っている。
隠しキューブについては、デスゾーンに飛ばされる恐れがあるため、現在は近づかないよう命じている。
今日は練習がてらアイアンゴーレム狩りをしに来た。
明日以降、勇者軍もチームを分けアレン軍との混成を考えている。
2階層のビービーなどを筆頭に、Sランクの魔獣相当の階層ボスもいるため、勇者軍単独でメダル狩りをするのは早いという認識だ。
「ひさびさの5階層に到着ね、って、ちょ!?」
ロゼッタが半年以上前にアレンたちと共同でやってきた最下層に久々にやってきた感傷もつかの間に、驚き慄いた。
『なんだ、失敬な』
魚人になっていないのに、死んだ魚の目をしたメルスがそこにいた。
メルスはアレンの指示で、このS級ダンジョンの最下層でほぼ24時間、回復薬を生成し続けている。
召喚獣は疲れもしないし、睡眠も食事もしないのだが、精神は第一天使のままなのか、メルスは随分やつれてしまった。
「ほ、本当に第一天使メルス様がいらっしゃるぞ」
勇者軍の参加者たちが口々に、世界に名前と姿が知られている元第一天使のメルスを見て驚き慄く。
『元だ』
「メルス様、なぜこんなことに……」
そんな疲れ果てたメルスに、世界のためにこんなに頑張っているのかとタバサが涙する。
メルスに対して、勇者軍の参加者が動揺するため、本来であれば昨日の打ち上げや今日の会議にもメルスを参加させた方が良かった。
しかし、アレンの考えの元、回復薬の生成を優先させた形だ。
『私のことは構わなくていい。ドゴラよ、これが今日の分だ』
「ああ、ありがとう」
ドゴラに今日一日必要な回復薬を無造作に渡して、メルスは最下層のすみっこに行ってしまった。
そこには、畑があり、魔力の種、香味野菜、天の恵み、金銀の豆が作られている。
基本的にアレンが使う魔力の種がメインであるのだが、アレン軍用にも各種草系統の召喚獣産の回復薬を生成させている。
メルスは随分前からアイアンゴーレム狩りに参加していない。
1日1回だけ戦える最下層ボスのゴルディノ戦には参加しており、その時だけ回復薬の生成から解放される。
これもそれも全てアレンの召喚レベルを9にするための行動だ。
そんなメルスはブツブツと『もうすぐだ。アレン殿は召喚レベルが上がったら休みをやると約束したのだ』と言っているが、もう誰にも聞こえることはない。
「魔王軍と戦うために必要なことなのかな」
ヘルミオスが何か見てはいけないものを見てしまったという勇者軍に参加してくれた者たちにフォローをする。
「では、予定どおり鉄の間に行きましょう」
キールも、この状況をずっと見せるのは良くないと思い、アイアンゴーレムのいる鉄の間に移動させる。
「そういえば、ここに来るの初めてかしら」
目の前に100メートルに達する2体のアイアンゴーレムがいるが、流石に最下層ボス攻略経験のあるロゼッタは余裕がある。
「おお! こ、この大きさは!?」
しかし、余裕があるのは勇者ヘルミオスのパーティー「セイクリッド」だけであった。
勇者軍の参加者の1人が思わず声を出す。
声を出さなかったほかの勇者軍として参加のほとんどが、顔や背中に冷や汗をかいている。
Aランクの魔獣であっても、100メートルに達することはほとんどない。
竜系統の魔獣がかなり大きくなるのだが、それでも30メートル程度がほとんどで、せいぜい60メートルくらいだ。
ランクが上がれば、魔獣が強くなる傾向のあるこの世界で「でかい敵はやばい」と言う常識がある。
中央大陸北部の主要な要塞であっても50メートル前後がほとんどだ。
それは50メートルを超える敵をほとんど想定していないことも理由にある。
100メートルを超えているということはAランクの壁を超えたSランク相当の敵であるということだ。
「大丈夫です。今日は練習なので」
キールが改めて問題ないと言う。
しかし、勇者軍は、転職が終わったばかりでレベルがかなり低かったりする。
当然スキルレベルもほとんど上がっていない。
今回選ばれた勇者軍の構成は10年以上、中央大陸の北部の前線にいた者たちだ。
アイアンゴーレムのでかさと、自らのステータスが下がってしまったことによる危機感は半端ではない。
そのためもあり、今回参加した勇者ヘルミオスのパーティーと勇者軍の皆には、ステータス5000上昇の指輪に、ステータス3000上昇のネックレスをふんだんに与えている。
お陰でステータスが合計13000上昇した。
その上にアダマンタイト製の武器や防具も与えている。
ヘビーユーザー島で4つの町が完成し出発式で武器や防具などを配布して3か月以上経過した。
その後も、アレン軍5000人の武器や防具、首飾りなどを強化し続けた。
勇者軍1000人程度に装備を提供するには十分な量の装備があるので、まずは装備の強化を図った。
先行投資という形なので、今後、アイアンゴーレム狩りで出た宝箱などの報酬についてはアレン軍が当面の間、殆ど貰うという話もついてある。
アレンによる訓練で死者を出さないという方針からの対応だが、他にも理由がある。
ステータスを13000上げないといけない理由があるのだ。
キールは勇者軍の中で、1人の男に声をかける。
「ロホメットさん、それでは、先陣をお願いします」
この男の名前はロホメットという。
星4つの付与魔導王の才能を持つ男で、今回のアレンの構想を達成するために選ばれた1人だ。
「う、うむ。分かった。属性は『風』に変えればいいのだな。スキルが低くて当たらないかもしれないぞ」
「大丈夫です。成功するまでアイアンゴーレムは動きませんので」
知力を13000上昇させているので、属性変更はしやすいはずだと伝えてある。
キールがロホメットに話しかけたことにより、戦いが始まると思い、皆思い思いに戦いの体勢に変わっていく。
「では、エンチャントウインド!」
ロホメットが杖をアイアンゴーレムの1体にかざした。
『『……』』
ズウウウン
2体のアイアンゴーレムが動き出した。
体長100メートルに達する巨大なゴーレムが足を前に出しこちらに向かってくる。
「一発で決まったな。クレナ、俺が壁になる。メルル、1体任せたぞ」
「分かった。ドゴラも無理しないで!」
「うん、任せて!」
ドゴラの言葉にクレナとメルルが反応し、吸い込まれるように2体のアイアンゴーレムに向かっていったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます