第401話 ベクの行方②
イグノマス将軍によるプロスティア帝国の内乱について状況が分かってきた。
その話の中で登場しなかった、肝心のベクについてアレンは確認する。
「恐らくだが、ベクは宮殿にはいない」
ドレスカレイ公爵はそう言って、理由を付け足す。
牢獄に入れられていたドレスカレイ公爵に臣下たちが多くの耳打ちをしてくれたが、ベクの話はなかったという。
地上の大国であるアルバハル獣王国の獣王太子という立場の者が来ているなら、必ず耳にしているはずだという。
プロスティア帝国とアルバハル獣王国とは国交はないが、獣王太子という立場であったベクをドレスカレイ公爵は知っているようだ。
「では、アルバハル獣王国での内乱にプロスティア帝国は関わっていないと?」
アレンとドレスカレイ公爵の会話にシアが割って入る。
「シア殿下。そうは言っていません」
(何か、俺と話す時より口調が丁寧だね)
大国であるアルバハル獣王国の獣王位継承権を持つ獣王女と、何かよく分からない立場のアレンでは、ドレスカレイ公爵から態度や言葉使いで丁寧さが違ってくるようだ。
プロスティア帝国の皇族の血を引くとはいえ、皇族から貴族になってしまった公爵家の子供である自分と、獣王位継承権を持つシアの立場では、シアの方が立場が上だとドレスカレイ公爵は判断した。
「む? では内乱にプロスティア帝国が関わっていると」
シアが言うベクが関わっていないという言葉をさらに否定するので、どういうことだと改めて問う。
「その確証はないですが、何でもイグノマスは軍の投降に獣王国の協力があると呼びかけているとか」
臣下には、重要なポジションにいる者がそれほど多いわけではないという言葉を付け足す。
何となく大勢側の重要な役割のある者はいないように聞こえる。
小耳に挟んだ程度の話のようだ。
「獣王国の協力だと?」
「……実は、イグノマスは地上大陸への侵攻を考えているという話なのです」
(ん? なるほど。これが第一帝国軍も第二帝国軍も協力した理由なのか)
シアが会話を進めるので、話はシアに任せることにする。
獣王国の話も関わっているようなので、気が気ではないようだ。
ドレスカレイ公爵はさらに説明する。
宮殿を制圧したイグノマスに、最初は第一帝国軍と第二帝国軍が協力してイグノマス討伐に乗り出したという。
両軍だけでなく、帝国領近隣の貴族領からも出兵依頼を出し、イグノマス討伐のための兵の数は10万を超えたとか。
しかし、戦いに発展しなかった。
その理由は、イグノマスが会談に持ち込んだためだ。
何を話したのか正確な内容は分からないが、何でも獣王国の協力があり、一緒に地上を制圧しよう。
今なら、魔王軍に疲弊した地上を制圧できる大きな好機であるという。
「第一帝国軍と第二帝国軍がその話に乗ったと」
「そのようです。ほぼ無血であった。流れたのは、それでも帝国に尽くすために剣を振るった一部の騎士たちだけであったらしいです」
現在では第一帝国軍も第二帝国軍も完全にイグノマスの元に下っている。
(まあ、こんな感じだよな)
アレンはソフィーやセシルの顔を見るが、プロスティア帝国との戦争になるのかという表情をする。
その状況を当たり前のように受け入れているように感じられる。
アレンのいる世界は王国も帝国もある世界だ。
王国や帝国に王や皇帝がいて軍を持っている。
その軍は自国の防衛のために存在するというわけではない。
学園で歴史について学んだが、この世界は絶えず戦争をしてきた。
それは隣国同士の衝突がほとんどであったが、ギアムート帝国など覇権主義の帝国などは、複数の国に跨って戦争を仕掛けてきた。
当然滅ぼした国、滅ぼされた国もたくさんある。
アルバハル獣王国のある大陸では獣人だけでなく鳥人など複数の種族が混在している。
シアが獣人の最初の帝国を築くと言っているが、それは大陸を武力を以て制圧するということを意味する。
大国同士や複数の国に跨った大規模な戦争はここ数十年起きていない。
戦争が無くなったのは魔王軍が侵攻してきたからだ。
人間同士の戦争では考えられないほどの人々が魔王軍によって殺されてしまった。
国同士で戦争している場合でもないと言える。
そんな中、戦争を数十年以上していない国がある。
それがプロスティア帝国だ。
5大陸同盟にも加盟せず、何十年も戦争をしていない。
クレビュール王国も聖珠を使い、土地を買い取って建国している。
そんな戦争をしてこなかった国であるが、帝国と名乗るだけあって覇権思想は持っているようだ。
特に軍部は覇権思想が強いように感じる。
「そのイグノマスとは何者なのだ?」
ベクにばかり興味があったシアがイグノマスにも興味を持つ。
「奴は平民の生まれです。槍王の才能があったからというだけで、皇帝陛下があのような立場を与えたばかりにこんなことに」
(槍王ってことは槍聖の1つ上の星4つか。かなりの才能だな)
そう言って恨み節にドレスカレイ公爵は言う。
どこか侮蔑に近い感情がイグノマスにあるようだ。
イグノマスは平民として生まれたが、高い才能を買われ近衛騎士団に入団した。
その後も出世を続け30歳になる前に近衛騎士団長及び、対外的に軍を持った際に将軍という立場を与えられた。
民からも人気があり、そのせいか欲に飲まれ、さらなる欲望を持ったのではとドレスカレイ公爵は言う。
そんなことを牢獄に入った時に考えていたのかなとアレンは思う。
「さらなる欲望とは? 世界征服か?」
「多くの欲望を持っている。世界征服もそうだが、皇族の血を求めている。ラプソニル皇女殿下を自らのものにするため、幽閉していると聞いている」
(ああ、あの別室に閉じ込められている皇女か)
アレンも把握しているが、確かに離宮に閉じ込められている皇女がいる。
牢獄に入れられていたドレスカレイ公爵と違い、宮殿の側にあるかなり大きな離宮の中で幽閉されている皇女がいる。
内乱を成功した反乱者が次にすることは2つしかない。
1つは前権力者の血を絶つことだ。
もう1つは、前権力者の血を手に入れることだ。
イグノマスはどうやら後者を選んだのかなと考えていた。
そう考えながら、ドレスカレイ公爵を見るとこちらに助けを求めているようだ。
どうやら皇女を助けてほしいようだ。
「そうですね。騒がせたばかりです。折を見て」
(まあ、さらに1人増えても別にいいのだが、宮殿吹っ飛ばしたばかりだからな)
アレンは3日ほどかけて、魚Dの召喚獣を使い、宮殿内にベクがいないか探し続けた。
その際、宮殿側にある離宮についても探索している。
その離宮には1人の皇女が幽閉されていることも承知の上だ。
皇女に直ぐに身の危険もなかったこともあり、救出などもしていない。
助けてほしいというのであればやぶさかではないが、これ以上暴れるとイグノマス側に感づかれる可能性が高くなる。
イグノマスの動向も見ていきたいので、アレンは「直ちに助けますよ」とは言わなかった。
そして、それ以上の懸念があることを、ドレスカレイ公爵を救出したことにより判明した。
「これはどういうことなのだ。話が合わぬではないか! 何故、獣人の話が出てベクがおらぬのだ!!」
(確かになんぞ? これはさすがにありえぬ)
皇女の話を聞きながら思考を整理していたシアが立ち上がった。
ドレスカレイ公爵があり得ない話をしたからだ。
アレンは何が起きたのか状況を魔導書に整理する。
状況1:ルド将軍は、ベクが魚人の協力を経て内乱を起こしたと言う
状況2:クレビュール王国は、アルバハル獣王国の内乱に加担していないと言う
状況3:プロスティア帝国では、イグノマスにより帝国の内乱は成功しかけている
状況4:ドレスカレイ公爵は、イグノマスは地上制覇に獣人と協力する用意があると言う
「確かにおかしいわね。この中で確定していることといえば、状況1と3かしら」
アレンの魔導書をセシルが覗き込んで呟いた。
「たしかに。魚人の遺体を何十体も押収しているとルド将軍から聞いているから」
玉座に座っているイグノマスをアレンが見ているということは、ドレスカレイ公爵もいるので、この場では口にしない。
(それで言うと、アルバハル獣王国の話はルド将軍から聞いているだけだな)
「誰かが嘘言っているんじゃないのか?」
「な!? 私は嘘など言ってはいない!!」
ルークも矛盾に気付いているようだ。
誰かが嘘を言っていないと、このような状況にはならないことは話を聞けば誰でも分かるだろうと当然のような顔をしている。
ドレスカレイ公爵は、自らが手に入れた情報が真実であると疑っていないようだ。
そんな身の潔白も含めて熱く語るドレスカレイ公爵の話を余所にアレンは思考を進めていく。
今回の状況が全て真実なら宮殿にベクがいて当然だからだ。
全てが真実だと仮定すると、ベクは内乱を成功させるため、イグノマスに協力を求め魚人兵の力を借りた。
そして、その見返りに、イグノマスがプロスティア帝国を無血で制圧するための交渉材料と、自らが獣王になった際に、イグノマスに軍事面で協力することを約束した。
これはベクが中央大陸の人族の国々に侵攻したいという話にも矛盾がない。
これが一番しっくりくる状況にあるとアレンは考える。
であるなら、協力関係にあるベクが宮殿におり、イグノマスがプロスティア帝国全土の完全な制圧を終えることを待っている。
制圧が終わったら、次に攻め込むのは自らを獣王にしなかったアルバハル獣王国だ。
誰かが嘘を言った状況についても矛盾がないか整理する。
ルド将軍の話が嘘の場合、魚人がアルバハル獣王国にやってきていないことになるが、獣王国側がクレビュール王国に魚人兵が王城にやってきたという話を、魔導具を通じてクレビュール王国に言っている。
クレビュール王国の話が嘘の場合、クレビュール王国が魚人兵を出したことになり、イグノマスは獣人の協力があることの話が合わない。
ドレスカレイ公爵の話が嘘の場合、何故魚人がベクの内乱に手を貸したのか分からない。
イグノマスが玉座に座っていることを見たのはアレン自身だ。
この点については矛盾がないと考える。
「よく分からない状況だな。まだ見つけていない真実があるのか。この感覚は久々だ」
(石板が見つからなかったり、金の鍵が見つからなかった時以来の感覚だ)
元々クリアに時間がかかると言っていたのに、既にプレイに100時間かけた状況で石板が1つどうしても見つからない。
そして、地面に落ちている金の鍵があんなところにあるなんて発想することもできなかった。
まだインターネットによる第三者に対する質問するなどの解決策もない時代だ。
「ちょっと、どういうことよ?」
セシルはアレンがたまにする何かを思い出すような表情について、何を考えているのかと問う。
アレンにはこのような状況を前世で何度も味わってきた。
人々と話を進め、矛盾がないことを確認し、合理的な方法で問題を解決しようとする。
しかし、情報が足りなかったのか、誤った理解のためかクエストが完了しないことがしばしばあった。
クエストが完了しないと、その後の攻略は進まない。
ゲームの表現を使うなら「詰んだ」という状況だ。
何か解決方法が足りずストーリーが前に進まなくなる状況だ。
「どうやら、まだ見つけていない真実があるようだ」
もしかしたら、プロスティア帝国の内乱が複数に渡って起きている、ベクがどこか別のところにいるのかもしれない。
アレンはそう言って、まだたどり着けていない真実はないか、誤った判断はしていないか何度も思考を重ねていくのであった。
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