8章 邪神の尻尾と聖魚マクリスの涙

第391話 大使①

 アルバハル獣王国で内乱が起きた。

 首謀したのは、獣王になれそうにないベク獣王太子だ。

 内乱は鎮圧したものの、ベク獣王太子は獣王になった時に装備できる獣王の証をアルバハル獣王国の王城から奪い去っていった。

 その陰にはプロスティア帝国があるようだ。


 アレンたちは、プロスティア帝国に入る必要がある。

 それは奪われた獣王の証たるオリハルコンのナックル、防具、そしてクワトロの聖珠を奪還するためだ。

 そして、ペロムスがフィオナと結ばれるために約束したマクリスの聖珠を手に入れるためだ。


 何としてでもプロスティア帝国に入らないといけないのだが、魚人以外の入国にかなり厳しい規制をかけている。

 魚人以外の種族が入国するためには、プロスティア帝国発行の入国証がいる。

 この入国証があれば、海底にあるプロスティア帝国でも、水の神アクアの加護が貰え、魚人でなくても呼吸ができる。


 プロスティア帝国の属国の、クレビュール王国でも入国証は発行できるが、水の神アクアの加護はなく、魚人以外は呼吸できず入ることはできない。


 そういう状況を踏まえ、クレビュール王家も臣下も近衛の騎士達も驚愕する中、アレンは魚人になった。


「アレン、その特技って種族も変えられるの!?」


「ああ、そうだ。見よ、この流線形のフォルムを」


 シャキーンという効果音が響きそうなポーズを取り、アレンは魚人になった姿を今一度皆に見せる。


「おお! かっこいい!!」


「そうだぞ。かっこいいのだ」


 メルルが目を輝かせるので、さらにポーズを変えて披露することにする。


「……あ、アレン。人間やめないでね。いつのまにか、そんなことをしていたのね」


 セシルはアレンの姿に呆れながら、変なポーズをとるアレンに言う。


 少し前に、シアがクレビュール王国から正式に書面で、プロスティア帝国が発行する入国証は出せない旨の通達を貰った。

 これは、クレビュール王国経由で、プロスティア帝国に入国することは不可能になったことを意味する。


 そこでアレンはその他の方法を模索していたようだ。

 アレンの仲間たちは詳しく聞いていなかったが、この場で模索していた成果を披露したのかと思う。


(よしよし、たぶん、この方法がベストだろう)


 アレンはプロスティア帝国に入るための方法をいくつも思いついた。


 それは、前世の記憶があり、アレンにとって入れない国や地域があるのは当たり前だった。

 移動手段が、船や飛行船がないと入れない場所もあった。

 移動手段を手に入れても、人間嫌いなのか人間だと入れてくれない場所もある。


 ララッパ団長に水中で呼吸できる魔導具を開発してもらおうかとも思った。

 しかし、完成したときの話を聞いてみるとどうも宇宙服のような格好になりそうであった。

 それだと、魚人たちにかなり怪しまれ、活動に支障が出る。


 次に考えたのは魚Aの召喚獣の特技「擬態」だ。

 これを使えば、海竜などの水中で活動できる魔獣に擬態して、海底で活動ができるようになる。


 擬態の性能はこれで全てなのかと検証は続いていく。


 擬態の性能

・半径1キロメートルの対象に対して、Aランク以下の魔獣に擬態することができる

・擬態する対象はアレン個人など絞ることができる

・擬態できる魔獣は、これまでに直接見たことがあるもの

・効果は24時間

・擬態した魔獣のスキルやステータスなどの性能を引き継ぐことができる

・魔獣に擬態すると元々持っているスキル、エクストラスキルが使用できなくなる


 完全に魔獣になることができ、人間であったころに使えたスキルやエクストラスキルは使用できなくなるということだ。

 アレンはアレン軍にいる5000人の兵を白竜に変えることもできる。


(今回のことが無ければ、魚人になりたいとは思わなかったな)


 Aランクの召喚獣たちの分析を進める中で、種族を変える必要性はなかった。

 しかし、今は海底にあるプロスティア帝国に入るために水中で呼吸する必要がある。

 魚人になれば海底で呼吸することができるのではと、擬態で種族を変えてみたら、当たり前のように魚人に変えることができた。


 なお、これまでに会ったことがある魚人以外にも、獣人、エルフ、ダークエルフ、魔族になることができる。

 魔族はローゼンヘイムでの魔王軍侵攻の際に戦った、グラスターなど3体の魔族になることができた。


 ハイエルフとハイダークエルフにはなることができなかった。

 これは精霊神や精霊王が加護を与えて種族を変えているのかもしれないと新たな仮説が生まれる結果となった。


 なお、魔族に擬態すると何故か召喚スキルが使えなくなる。

 魔獣と同じ枠なのか分からないが、魚人など他の種族と違い制約が掛かっているようだ。


「入国証はどれくらいで発行できるでしょうか?」


(なるはやでお願いしますね)


 クレビュール王国の国王は入国証を発行すると言った。

 魚人になったからといったからといってその約束は反故にしないよねと視線を送る。


「そうだな。すぐに手配させよう」


 ドン引きしているクレビュール王国の国王は、入国証を言った通り発行してくれるようだ。


(用意してくれるのか。では、こっちも欲しいところ)


 プロスティア帝国に入るための方法ならいくつでもあった。

 しかし、活動のしやすさの面を考えるなら正規の方法で入国するに限る。


 魚人になれることは分かったが、行ったこともないところに不法入国して活動しやすいかと言われたら、そんなことは決してないだろう。


「ありがとうございます」


「う、うむ」


「……」


「……な、何かまだあるのか?」


 アレンはジッと国王を見つめる。

 プロスティア帝国の属国とはいえ国王に対して結構非礼なのだが、これからお願いすることに比べたらそれほどのことではない。


「実は、もう1つお願いがあります」


 入国証を発行してくれるのとは別にお願いが1つあると言う。


「邪教徒から民草を救った英雄だ。我らのできることなら……。して、なにかね?」


(お? やった!)


 アレンは邪教徒に襲われるクレビュールの民を100万人以上救ってくれている。

 そのお礼にと既にマクリスの聖珠を貰っているのだが、まだ恩を感じており、できることならしてくれると言う。


「では、私たちにクレビュールの大使の立場で、プロスティア帝国に入国させてください」


「大使か……」


 その言葉にシアはアレンの行動の全てが理解できた。

 国王は、魚人になれるというのに、なぜクレビュール王国からの入国に拘るのだろうと考えていた。

 たしかに、入国証は大事だが、それだけが理由ではない。

 この「大使」の言葉で全てが納得いく。


「クレビュール王家からの遣いとしてプロスティア帝国に行くということですわね、アレン様」


「ああ、そうだ。ソフィー」


「何でそんなに悪いこと考えられるのかしら」


(人聞き悪いぞ。セシル。そして、求めるのはこれだけではないぞ)


 ソフィーもアレンが何をしたいのか理解できたようだ。


 ベク獣王太子はプロスティア帝国に繋がっていた。

 アルバハル獣王国の王太子の立場なら、プロスティア帝国も相応の立場の者たちが絡んでいるだろう。

 そんな中、クレビュール王国から入国証だけもらって、十分な調査はできるだろうか。


 プロスティア帝国の属国とはいえ、大使という立場なら相応の活動ができるという考えに、セシルがさらに呆れている。


「それも、特命全権大使でお願いしたいです」


 ガタッ


「ふぁ!? と、特命!?」


 大使をアレンが求める理由が、状況が状況だけに国王も納得した。

 それはどうかと考えているところ、アレンから更なる要望が降りかかってくる。


「お、お父様!?」


 あまりの驚愕振りに国王は立ち上がり、あまりの勢いに椅子が後方に吹き飛んでいく。

 カルミン王女も国王がいきなり立ち上がってしまったので、思わず声が出てしまった。


「不可能でしょうか? クレビュール王国には迷惑を掛けないつもりですので、是非お願いします」


 アレンが落ち着かせるように、国王を説得する。

 国王は豪華な衣装の胸の部分を片手で抑え込み、なんとか自らを落ち着かせようとしている。


 この特命全権大使とは、この世界に於いて、いくつかある外交の立場に於いて最上級の立場にある。

 それは国家元首と同等の立場であると言っても良い立場だ。

 クレビュール王国の国王と同じ立場でプロスティア帝国に入れてくれと国王はお願いされたのだ。


 国王はアレンのことを必死に考える。

 巨大なドラゴンほどの大きさの蜂のような召喚獣を使い、数十万体の邪教徒や魔獣を一掃した。

 100か国に登る国家の代表の前で獣王と一戦を交え、闘技場を使い物にならなくさせていた。


 アレンが何か、プロスティア帝国に対して粗相をすれば、それはクレビュール王国としての問題になる。


「むう」


 国王はただの大使ではないので即答できない。


「プロスティア帝国に不穏の影があるようです。何かあれば、我が軍が全力でお守りします」


 今回の一件は、アルバハル獣王国に対するプロスティア帝国の宣戦布告を意味する。

 国家元首である獣王を選ぶ際に軍を派遣して、横やりを入れてきた。

 そして、貴重な獣王の証を盗んでしまった。


 プロスティア帝国の一部の中での不穏の動きであった場合なら、それらを処理するだけで良いのだが、国家としての動きであるなら見過ごすことはできない。


 海底国家と大陸にある国家の全面戦争にも発展しかねない大事だ。

 全面戦争の相手は、当然のことだがアルバハル獣王国だ。


 国王は数時間前に、アルバハル獣王国から通信の魔導具から来た知らせを思い出す。

 たしかに連絡を受け取った担当者はアルバハル獣王国から連絡してきた者が激怒していたと言っていた。

 魚人が協力していると知って真っ先に思い浮かぶのはクレビュール王国だ。

 地上に魚人国家はクレビュール王国しかない。


 そんなアルバハル獣王国は現在、王城を血に染め、獣王位継承戦を汚した者を血眼になって、国家を上げて追っている。

 アルバハル獣王国の王城を荒らした不届き者たちを皆殺しにするくらいの怒りが、通信を通して滲み伝わったと報告を受けていた。


 プロスティア帝国に行ってみないと分からない部分はあるが、どういう結果になれ、クレビュール王国は責任をもって守るとアレンは言った。


「特命全権大使であるな」


「はい」


 国王はもう一度聞いたら変わるかなと思って聞いてみたが、アレンの求めるものは変わらなかった。

 つばを飲み込み、クレビュール王国の国王はどうすべきがクレビュール王国として行うことか必死に考える。


「……構わないのではないでしょうか。わたくしも、プロスティア帝国に行きたいですわ」


「な!? カルミンよ!」


 すると、カルミン王女がアレンと国王の会話の間に入り、口を開いたのであった。

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