第359話 計画

 真っ白な大理石のような材質の部屋がある。

 出入口となる扉は1つしかないようだ。

 この部屋には誰もいない。

 白を基調とした部屋には何もなく、地面には魔法陣が描かれていた。


 パアアァ!!


 魔法陣が輝きだし、誰もいなかったはずの部屋の中央にキュベルが現れる。

 いつものように道化師のような格好に仮面を被っている。

 ここは別の場所から入ってくるための転移室のようだ。


『これは上位魔神キュベル様、お帰りなさいませ』


 転移室の部屋を出ると使用人の格好をした魔族の女性が気付いた。

 上位魔神にして、魔王軍参謀のキュベルに深々と頭を下げ挨拶をする。


『魔王様は玉座の間かな?』


 軽い口調でキュベルは話しかける。


『は、はい。しかし、今は行かれない方が……、上位魔神ラモンハモン様がいらっしゃっておりますので』


 魔王は玉座の間にいるようだ。

 しかし、今行くのはよろしくないと使用人の女性は気まずそうな顔をしながら助言をする。


『ってことは、中央はもう敗北したんだ。思ったより早かったね』


 使用人の言葉で状況が分かったようだ、

 そのまま、白亜の宮殿を思わせる塵1つない真っ白な床石と柱の並ぶ道を進んでいく。

 キュベルの手には大きな本が握られていた。


 それから階段を上がった所で、喧騒が聞こえてくる。

 かなり多くの何かが犇(ひし)めいているようだ。


『中央大陸まで壊滅というのは、本当か!?』

『壊滅だと。ローゼンヘイムと同じ状況なのか?』

『ああ、中央大陸の帰還者は総大将のラモンハモン様のみだと聞いている。軍も率いる将も全滅らしいぞ』


 犇めくのは、この大広間に数百体はいる魔神たちであった。

 全てが人ならざる姿をしている。

 中には、大の大人の数倍の身の丈のあるものや、手足が何本もある者もいる。

 虫、獣や魔族など多種多様な種族が魔神になっている。


 ここは、魔王軍の総本山とも言える、魔王城の中だ。


 人間との戦争で負け、ローゼンヘイムに続いて中央大陸を任せていた魔神も倒されたという知らせがたった今、この魔王城に上がり、かなり騒然としている。

 中央大陸は一番魔獣の数が多かった。

 諜報活動をしていた一部の部隊を残して包囲作戦によって殲滅されたらしいと騒いでいる。


 そんな状況の中、階段を上がり広間にやって来たキュベルに視線が集まる。


『『『!?』』』


 全軍の作戦を考える参謀という役職の上位魔神がやって来たことに驚いているようだ。

 その階段の上に誰がいるのか、自分の立場が何だったのか分かっているのかという話だ。

 そんな驚いた魔神達を後目に、キュベルは鼻歌交じりにさらに上の階に上がっていく。


 魔神たちがいた階層よりもさらに上の階は、それなりの広さだった。

 奥に1つの玉座があるのだが、1人の男が椅子に座っている。


 玉座の前は段差になっており、その前には異形なる者たちが跪いている。

 段差の下で男女2人の声が、跪いたまま玉座に座る者に捲し立てている。



『『魔王様! 何故、キュベルなんて者を参謀にしているのですか! 彼奴の作戦によって、私らの中央軍は壊滅したではありませんか!!』』


「……ふむ」


 玉座に座る魔王は手のひらを頬に当て、跪く者の言葉を聞いている。


 捲し立てていた男女の声は1体から発せられている。

 男と女の2つの顔を頭に持ち、手足も4本ずつあるが、胴体は1つのようだ。


 そんな状況にキュベルは当たり前のように魔王の前に跪く。


「キュベルはただいま戻りました。魔王様、こちらは今回の成果でございます」


 男女の声がするものを後目に、懐から邪神教教祖グシャラが集めた魂を魔王の元に差し出す。

 魔王との間にはそれなりの距離があったのだが、吸い込まれるように魔王の手のひらの上に漆黒の怨嗟のような丸い炎が移動する。


「ふむ。キュベルよ。良く帰ったな」


『『き、貴様。キュベル! よくもおめおめと戻ってきたな。この敗北の責任どうとるつもりだ!!』』


 そんな当たり前のように報告する様子に、男顔と女顔が同時に激昂してキュベルに捲し立てた。

 今回、200万からなり、中央大陸、ローゼンヘイム、バウキス帝国への侵攻の作戦を考えたキュベルに敗戦の責を詰め寄るようだ。


『左様。ラモンハモン殿の怒りも分かる。吾輩にも此度の計画を詳しく聞かせてほしいものだ』


 この男女顔の上位魔神が、先ほど使用人の女性が言っていたラモンハモンだ。

 ラモンハモンは中央大陸の軍の総指揮をしていた。

 つい先ほど全軍が壊滅し、将として据えた魔神もやられ、魔王のいる玉座の間に激怒して帰って来たようだ。


 そして、メタリックな輝きの甲虫の姿をしており、見た目の言葉使いも固そうな上位魔神が、ラモンハモンの言葉に同意する。

 この甲虫の姿をした上位魔神もローゼンヘイム侵攻の総指揮を任せられた大将軍だが、少し前に敗戦を喫し、総本山である魔王城に戻って来た。


『『よく言った! ビルディガ大将軍もそう思うよな。前回の戦争からこのような敗北が続いているように思えるぞ!!』』


 甲虫の姿をした上位魔神はビルディガという名前のようだ。

 この階層には10体に満たない上位魔神と玉座に座る魔王しかいない。

 その口調、話す内容からここにいるのは魔王と魔王軍を取り仕切る幹部たちだけだ。


『え? 敗北? 嘘?? あれだけの軍が。ご、御冗談を』


 道化の格好をしたキュベルは身振り手振りを駆使して驚いてみせる。

 誰が見ても明らかにふざけた態度だ。


『『こ、殺す!!』』


 その様子にラモンハモンが今にも襲い掛かりそうだ。


「それで、キュベルよ。遅かったな。今まで何をしていた?」


 そう言って魔王はゆっくりと手をラモンハモンに当てる。

 ラモンハモンは怒りが吸い取られるように、深く頭を下げる。

 怒りを殺し、この対応の全てを魔王に任せるようだ。


 その魔王は、跪く上位魔神の中の1体を見る。

 袈裟懸けに切られた傷跡のあるバスクだ。

 既にバスクは逃げ帰っており、玉座の間で胡坐をかいて座っている。

 魔王に対して忠誠心の欠片も感じないが、上位魔神はこの階層に立ち入ることを許されているようだ。


 バスクは、とっくの昔に魔王城に戻って来ていた。

 バスクからは、自分が戻るよりも先にキュベルが浮いた島の神殿からいなくなったという報告は受けている。


『申し訳ありません。少し探し物をしていまして』


 そう言って、手に持つ本を見ながら、どこにも見つからなくて探しましたよと言っている。

 その軽い口調に、魔王に任せようと思ったラモンハモンの怒りが再度湧いてくる。


「それで、魔王軍が殲滅される中、探し物か。余はてっきりエルメアに何か報告にでも行ったのかと思ったぞ」


『『そ、それは、魔王様、どういうことでしょうか!!』』


「何、風の噂で聞いたのだが、キュベルよ。お主は以前、第一天使であったというのは本当か?」


『『『!?』』』


 キュベルに第一天使であったことは真かと魔王は問う。


 さらに上位魔神たちが息を飲む。

 原始の魔神と呼ばれ、長く生きているのは知っていた。

 しかし、仮面を被り、素顔を見せない理由があったのかと理解する。


『元(もと)でございます』


 古い話だと言って、キュベルは仮面の下でほほ笑む。


「否定はせぬか」


『はい』


 否定する理由はないと言う。

 今ここには魔王と10体ほどの上位魔神がいる。

 自らの敵となり、襲い掛かっても気にしないようだ。


 ラモンハモンは合点がいった。

 元第一天使、いや現在も神界と繋がりのあるキュベルが、魔王軍が敗退するように作戦を指揮していた。


『『魔王様、キュベルは私が殺します。よろしいでしょうか?』』


 ラモンハモンがその言葉とともに殺意を滲ませている。


「ラモンハモンがそう言っておるぞ。何か申し開きがあるか?」


『はて? 申し開きですか? ちょっと頭が悪いもので、何か失敗したのでしょうか?』


「ほう?」


『『き、貴様!? 去年に引き続き、今年の戦争も敗退したではないか!!』』


 正気かとラモンハモンは2つの口で絶叫する。

 この状況で、そんな正体を隠していて、言い逃れができるのかと叫んだ。


『去年と今年の戦争? あれ、私が2度も失敗があると。ちょっと考えさせてくださいね』


「かまわぬ」


 魔王がそう言うと、キュベルは跪いていた体を起こし、立ち上がった。

 そして、『う~ん』と腕と頭を使い、考え事をし始める。


『私には成果しかないのですが……、今魔王様の手元にあるものが今回の成果です』


 先ほど魔王に渡した漆黒の魂はキュベルの作戦の成果だと魔王に説明する。


「これが、人々の命を奪い集めた炎か。随分小さいな。これで邪神は復活できるのか? 予定の数分の1ではないのか」


『はい。アレン率いる一行が来なければ、この5倍になっていたでしょうね』


 アレンたちの活躍で、殺す予定だった人々が5分の1になったようだ。


「それは失敗ではないのか?」


『もちろんです。あまり勝ち過ぎると、神界が動きますので。これくらいがよろしいかと』


「ふむ」


『私のお陰で、神器を使い邪神復活のための命を集め、用済みの教祖を処分できましたしね。私たちの目的を間違えない方がいいですね』


『『目的だと?』』


『目的です。私たち魔王軍の勝利とは何なのかという話ですよ』


 邪神教など、これから広めるつもりもない。

 行き場のない教祖も片付いた。


 そして、ラモンハモンを後目にキュベルは語りだした。


 そもそも、今回の一件は負けていない。

 邪神の一部を復活させることができる十分な量の炎を手に入れることができた。

 そして、人間側に邪神教グシャラの首と、大陸北部での魔王軍の敗北という、人間側の勝利を提供することができた。


 これは、前回の火の神フレイヤの神器を奪った時も同じことだ。

 あまりに勝ち過ぎて、そして勇者ヘルミオスが弱すぎて増えすぎた魔王軍の魔獣の数を神界の目くらましに使えた。


『『だ、だが、しかし。そのようなことは詭弁だろうが』』


 敗北の言い訳に過ぎないだろうと言う。


『私のお陰で魔王軍が今も存続していることをお忘れないように。愚かな魔王がいきなり魔王を名乗り、世界征服に乗り出すのを制止したのは私でございますので』



「そうであったな。あの時も世話になったな」


 懐かしむように魔王は答える。

 世界の人々に対して魔王を名乗った。

 しかし、どの国も相手にしないので、征服しようとしたとき、止めに入ったのがキュベルであった。

 もう100年以上前のことになるが、今でも魔王は覚えているようだ。


 上位魔神たちはキュベルのお陰という言葉に、それは言い過ぎだと言おうと思うが、魔王が否定しないので飲み込んでしまう。


 魔王の表情からも事実であるようだ。

 そして、ラモンハモンは1つの違和感に気付いた。

 魔王は「キュベルが第一天使であった」と言っていたが、そんな噂を聞いたことがない。

 そんな大事な噂が大将軍の1人である自分の耳に入ってこないなんてありえないと思う。


 ラモンハモンは上位魔神達を見ると、自分と同じ表情をして驚いている者もいる。

 それは興味なく聞いているバスクを除いて、自分と同じく最近軍に入ったばかりの上位魔神たちばかりだ。

 驚いていない上位魔神たちはキュベルの正体を知っていたことを意味する。


『ですので、私の身元をあまり公にしないでいただきたいです』


 ラモンハモンが言葉の真意を聞こうとしたところで、キュベルが正解を言う。


「あまり、皆が納得しそうにないのでな。随分余の軍も大きくなった。聖蟲ビルディガよ。お前も納得してくれるか?」


 キュベルが第一天使であることは噂ではなかった。

 ラモンハモンに敢て言ったことになる。

 さらに不思議な単語が魔王の口から飛び出した。


『魔王様。吾輩は計画がうまくいっているのか聞いただけのこと。それに吾輩が聖蟲であったのは昔のこと。今は魔王様の部下の上位魔神です』


 ラモンハモンの意見に同意したのは、そうしないと話が進まないと思っただけだと言う。


『『ビルディガが聖蟲だと。なんだ。こ、これは一体……』』


 ここまでが魔王による茶番であったことがラモンハモンでも分かった。

 ビルディガが聖獣となった虫であることについても驚かない上位魔神が多い。

 キュベルの身元についても、幹部である皆にも共有させる狙いがあったようだ。

 そのついでにビルディガが以前に聖蟲であった事実も明らかにした。


「キュベルは余の味方よ。もちろんビルディガもだ。それで、キュベルよ。余に言った言葉をもう一度皆にも聞かせてくれぬか。何を望み、余に力を貸す?」


 キュベルが魔王の元に現れた100年以上前の言葉を、皆にも聞かせるよう魔王は言う。


『はい。私の望みはエルメアを殺すことだけ。そのために魔王軍の御力になりましょう』


『『!?』』


 仮面をしていても伝わるほどの声色だ。

 その瞳は狂気に満ちていた。

 原始の魔神と言われ、数十万年生きた上位魔神キュベルは創造神エルメアを殺したいようだ。

 そのために魔王の手足となり、参謀となり魔王軍の中で活動していると言う。


「これで分かったな。余のために皆力を出すがよい」


『『『は!』』』


 跪いた上位魔神たちは揃えるように頭を下げる。

 今は頭を下げるタイミングかと思ったバスクも少し遅れて頭を下げる。


「それで次は何だ? この魂で邪神の一部を復活か? たしか邪神は5つの部位に分かれたと聞くが1つくらいなら可能ということか?」


 次に何をするのかキュベルに問う。

 邪神は5つの部位に切断され、魔界に放り込まれたと魔王は認識している。

 これは天使メルスも含めた共通認識だ。

 5分の1しか魂が集められなかったのに、キュベルが作戦に失敗していないというのだから、5分の1の部位を復活させるのかと思った。


『いいえ。さすがにこの程度の魂では邪神の5分の1も復活できません』


「ほう。だったら駄目ではないか」


 「どうすんの?」という空気がこの広間を覆う。

 失敗ではないというなら、その答えを求め、魔王はずっとキュベルを見つめる。


『邪神の体は全て魔界にある。私もそう思っていました。ところが! なんということでしょう! やはり調べてみるものですね! この絵本には海底に邪神の尾が眠ると書いていました。大発見です!!』


 コミカルに体を動かし、キュベルは本を魔王に見せ発見の成果を語る。


「絵本? 人間の子供たちが見る絵本のことか」


 大層にキュベルが本を握りしめているので、何かと思ったが、人間の子供が見る絵本であった。


『はい。人は成果を語りたくなる愚かな生き物です。これは数百年前に書かれた絵本の原本です。今、世界に広まっている内容とは少し表現が違っていたようですね』


 成功を語り、失敗を嘆くなど愚かな生き物のすることだ。

 人間の社会でよく読まれている絵本に邪神復活となる手がかりが書かれていたと言う。

 絵本の原本と、今世に出ている絵本の内容に違いがあるようだ。


「次も失敗をしないようにな」


 キュベルがそう言ったが、アレンによって上手くいかなかったことがあっただろうと魔王は釘を刺す。


『はい。もちろんでございます。この本の内容を精査する必要がありますので少々お時間をください』


「そうか。時間は有限ゆえにな。しっかりと頼むぞ」


 そう言いながら、魔王はキュベルとの会話を止め、上位魔神たちを見つめ始めた。


『『!? も、申し訳ありません……』』


 ラモンハモンは目が合い、今までこの場で騒いでいたことを責められると圧迫感を覚え、無意識に謝罪をする。

 しかし、魔王は視線を外している。既にラモンハモンのことは何も思っていないようだ。


「次は邪神の尾か。面白くなってきたな!」


 まるで、何か冒険が始まった少年のような瞳をして遠くを見つめ今の思いを口にした。

 しかし、その表情は狂気に染まっている。

 魔王の言葉に上位魔神たちは深く頭を下げる。

 魔王軍とアレンたちとの新たな戦いが始まろうとしているのであった。





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