第358話 浮いた島
「こ、こちらです。こちらの会議室をお使いください」
「ありがとうございます」
ニコライ神官がいつも以上に緊張している。
アレンはお礼を言って会議室に入るが、この部屋は本当に会議室に使っている部屋なのかと思う。
もしかしたら王族の来賓や何かエルメア教の崇高な儀式に使う部屋に、テーブルとイスを用意したのかもしれない。
「あ、あの。何か、お食事でも」
『私に気を配る必要はない』
「か、畏まりました」
火の神フレイヤは神器カグツチの中に引っ込んでしまったが、元第一天使のメルスは召喚されたままだ。
これからアレンたちでの会議ということもあって、広場にいたときから召喚したままにしている。
「ああ、ニコライさん」
「は、はい」
「ニールの街を離れて、私たちと同行したい元グシャラ聖教の皆さまについては、希望者を確認しておいてください」
ニールの街やエルマール教国からも離れることになる。
頻繁に戻れるというわけでもないので、親族もいるだろうから、しっかり希望は聞いてあげてほしいと併せて伝える。
「も、もちろんです! ちなみに元グシャラ聖教の信者でないといけないのですか?」
火の神フレイヤ、元第一天使のメルスを多くの民が見た。
火の神フレイヤの御業をその目に焼き付けた。
元邪教徒の信者ではなくても応募にきっと殺到するという。
「そうですね。救済を必要としない方がこられても、私たちも手が足りませんので」
「畏まりました。確かにそうですね」
アレンはエルメア教の信者が来ることを断ろうとした。
エルメア教と元邪神教の信者たちの間で、折り合いがつかないと困ることになるかもしれない。
今回の一件はエルメア教会が元邪神教の信者を爪弾きにしたことが発端だ。
浮いた島の上で宗教戦争をしてもらっても困る。
「ただ、私たちは素人です。もしもエルメア教会の方々が来ていただけるなら助かります」
アレンは前世を含めて新興宗教を立ち上げたことはない。
学生時代に新興宗教の勧誘におばちゃんが安アパートに尋ねて来たことはある。
信者への接し方が分からないので、エルメア教の神官たちが何人か来てくれると助かる。
何人必要か分からないが、この大陸に生存する邪神教の信者は1万人を超えている。
どれだけ手を上げるか分からないが、目標に掲げている1万人くらいの面倒を見ることができる人数の神官が欲しいと伝える。
「わ、分かりました。選定を進めます」
「あともう1つ大事なことがあります」
「いかがされましたか?」
「ニコライさんに先日伝え、先ほどもお見せした通り、火の神フレイヤ様の御力があったからこそ、今回被害を抑えられました」
「は、はい」
ニコライ神官は何のことだろうと思う。
しかし、邪神教教祖グシャラの背後には魔王軍がおり、今回甚大な被害が出た。
その被害を抑えるために、火の神フレイヤがまぎれもなく力を貸した。
その結果、アレンの仲間が1人、使徒になる形になったことも伝えてある。
「ニールの街の戴冠式を行った広場には火の神フレイヤ様の像を飾っていただきたい。当然、使徒になったドゴラもです」
『……』
「……アレン」
神器カグツチを通して火の神フレイヤが、そしてドゴラがアレンの言葉を聞いている。
キールを教皇見習いにするだけでなく、1人と1柱の力が今回の活躍に大いに寄与したことを、見える形で示してほしいとアレンは言う。
「畏まりました。早急に対応したいと思います」
ニコライ神官もアレンが真面目に言ったので、直ぐに対応しようと思ってくれたようだ。
これで、エルメア教会の信者たちからも、少しでも多くの信仰が火の神フレイヤに向かうかもしれない。
ニコライ神官は足早に出て行った。
ぞろぞろと会議室に入ったアレンの仲間たちは座っていく。
そして、シア獣王女、ルド隊長、ラス副隊長も当たり前のように会議室の席に座る。
シア獣王女たちも今回の戴冠式に出席している。
新たな教皇見習いを決める大事な行事なので、顔を出したほうが良いと判断したようだ。
そのシア獣王女たちだが、これから魚人国家のクレビュール王国に行って、式典に参加するらしい。
エルマール教国同様に、これから邪教徒や魔獣からの救済が終わったことを国民に知らしめるため、王家が主催になって式典をやるという。
同盟国であるアルバハル獣王国の王女もそれに参加するらしい。
どうも、このニールの街の伝達の魔導具を使ってスケジュールを自分が参加できるように変更していた節がある。
「それで、ソフィー。話って何だっけ?」
皆が席について早々にアレンはソフィーに話を振る。
なんとなく、ソフィーが何かしていたのは分かっていた。
ソフィーからは何も言ってこなかったので、言うのを待っていたが、どうやら今教えてくれるようだ。
「はい。報告が遅くなって申し訳ありません。少し調整に時間がかかりましたので」
うまくいく話かも分からなかったので、報告を控えていたと言う。
そして、説明をしようとした時だった。
コン
コン
会議室の扉にノックする者がいる。
「私が行きます」とラス副隊長が扉に行くと、エルフが1人立っている。
「む? 何用か?」
「はい。ソフィアローネ様への伝言がございます」
そう言って、手元には手紙を持っている。
そのまま、エルフはソフィー本人に、会議室に入り恭しく手紙を渡す。
(たしか、ローゼンヘイムからも何人か連絡用にエルマール教国にエルフがいるんだっけ)
エルマール教国は世界的な規模のエルメア教会の総本部だ。
ローゼンヘイムからも外交官のような役目のエルフたちがこの街に滞在しているようだ。
恐らく、教都テオメニアが燃えた際に、一緒に逃げてきたのであろう。
ソフィーが、封書の宛名を見た瞬間、手紙を開けて中を確認するようだ。
「オルバース王も決断しましたか。これは決まりですね」
(ん? オルバース王からの手紙だったのか)
「オルバース王?」
「はい。アレン軍への加盟を承諾していただきました」
「アレン軍!? アレン軍って何よ?」
セシルが何だそれはと思う。
とりあえず、ソフィーに真意を聞いてみる。
たしか、この大陸の西で砂漠にできたオアシスの街ルコアックにいる魔神を倒した際、加盟についてオルバース王に話をしていた。
加盟を勧めていたので、5大陸同盟への加盟であると思っていた。
「はい。アレン軍です。もはや5大陸同盟に私たちが協力して何かをするという状況ではありません。魔王軍の脅威は差し迫った状況にあるのです」
「ふむふむ」
アレンは相槌を打ちながら、ソフィーの話に耳を傾ける。
ソフィーの話では、国益も種族も魔王軍からの侵攻状況も各国で違う状況にある。
その各国の状況が違う中、決断に利権が絡み国際会議を必要とするため、何かをするにも遅い。
5大陸同盟はそれなりに魔王軍と戦うための機能は果たしているが、限界があるということだ。
ソフィーの認識では既にアレンの力は5大陸同盟を凌駕した。
であるなら、自分らの判断で動ける軍隊が必要なのではとさらに話を続ける。
「これは1つの例ですが、既に、アレン様がわざわざ冒険者ギルドに行って取引をする状況ではないのです」
猶予はありませんと強い口調でソフィーは訴える。
「そのために、自分らの行動の手足となってくれる部隊を持つということか」
「はい。S級ダンジョンにいた頃から、何かできないかと思っていましたが、シアを参考にしました」
何か行動に違和感があったが、答えがなかった。
シア獣王女が率いる2000人の部隊を見て、答えに近づいたと言う。
「なるほど」
シア獣王女も確かにと言う。
「そこで、女王陛下の許可を取り、精霊魔導士1000人、その他星2つを1000人、ガトルーガをアレン軍に加えることにしました。あとは将軍格のエルフを数名です」
星が2つの精霊魔導士1000人と、その他弓豪などの星2つを合計で1000人、星が3つでローゼンヘイム最強のガトルーガをアレン軍に加える。
「ガトルーガさんも?」
「はい。ローゼンヘイムに置いておいてもしょうがありませんので。将軍共々アレン軍の指揮に当たらせます」
ローゼンヘイム最強の精霊使いと言われていたガトルーガも参加するという。
(お、これは助かるかも。天上の園は現在、荒涼とした島だし)
火の神フレイヤにアレンが言わせた「天上の園」は、火山活動で出来たばかりの島と見た目がほとんど変わらない。
浮いた島に元信者たちを呼ぶ前に、精霊魔法で土地を改良して住めるようにしておきたいところだ。
アレンがそう言うと「お任せください」とソフィーが言う。
「また、今手紙でオルバース王が精霊魔導士を含む1000人の派遣を決定しました」
ダークエルフの王オルバースはローゼンヘイムの半分程度の規模の人数を派遣するという。
もしかしたら、決断のためにアレンたちのオアシスの街ルコアックの魔神討伐を見学に行ったのかもしれない。
殆ど全てが2つ星の才能を持ったダークエルフたちのようだ。
将軍級のダークエルフも参加するが、最高指揮権はアレンに譲渡することがはっきりと手紙に書かれている。
「規模はまだまだ増えていくのかしら?」
セシルが全体像の確認をする。
「多ければ良いというものではありません。軍として指揮を行うのに適した数がありますので」
「なるほどね」
やり始めたばかりで人数を求めるより、必要に応じて増やしていけばいいとソフィーは言う。
目的はアレンの活動の補佐をするためだ。
「それで、シア獣王女はどうされますか? はっきり言います。厳しい戦いになるかもしれないですが来ていただけると助かります」
ここまで話をして、ソフィーはシア獣王女にアレン軍への参加を勧める。
(なるほど、獣人がいると戦術の幅も広がるからな)
ソフィーはアレン軍にシア獣王女と獣人部隊に参加を求めると言う。
将軍級のエルフやダークエルフも参加するが、シア獣王女が何年も前に結成した部隊はそれだけ軍としてのノウハウがある。
軍としても接近戦を得意とし、精霊魔法に頼らない魔法を使える。
戦術の幅が一気に広がる上に、規模としてもちょうど良いと言う。
「ふむ」
ここまで聞いて自分も話を振られると思っていたようだ。
シア獣王女は2000人の獣人部隊を率いている。
(まあ、アレン軍に参加した者を転職させれば、S級ダンジョンの攻略にも手が届くと思うな)
今回参加したアレン軍は、転職用ダンジョンで全員転職させることになるだろうとアレンは考える。
おそらくステータス半分引継ぎ効果もあるだろうから、生まれもっての2つ星、3つ星より強くなる。
シア獣王女は考え事をしながらアレンを見る。
アレン軍に参加するということは、アレンたちと行動を共にするということだ。
最高指揮権は今の話から自分ではなく、アレンになることになる。
「シア様、参加されると獣王位が……」
シア獣王女がどうすべきか考えていると、ルド隊長は王位について心配をする。
シア獣王女がアレンと行動を共にすれば、獣王の座はかなり遠くなるだろう。
「アレンよ。余は大陸を統一し、獣人帝国を築きたいと考えておる」
「はい、伺っています」
何か頭の中を整理するかのように、ゆっくりとアレンに話しかけた。
そして、自らが掲げる行動原理であり目標を口にする。
獣人大陸にある無数の獣人国家を1つのアルバハル獣帝国に統一し、自らが初代の皇帝になることが目標だということをアレンは聞いている。
「1つ聞かせてくれぬか? アレンは何故、魔王と戦っているのか?」
(ん? 世界に魔王がいるんだろ)
この問いで参加するか決めようと思う。
自らの目標にとってそれは意味があることなのかと。
「魔王だからですかね」
アレンは即答する。
「は? 魔王だから? もう少し説明してくれぬか?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
シア獣王女はルド隊長、ラス副隊長と共に疑問の声を上げる。
「私は、魔王は滅ぼすべき者だと考えています。魔王がいるから倒す以上の答えを持っていません」
シア獣王女のように崇高な目標はないという。
「それは何か。自分の村の周りにオークやゴブリンが村を作ったとかそういうことか? だから倒すと?」
理解はできないが、聞いているアレンの生い立ちから、アレンの言葉の意味を理解しようとする。
まるで近所に外敵が現れたので排除する。
それだけの考えのように聞こえる。
「え~と。そうですね」
何か違う気もするし、同じことのような気もする。
「なるほど。覇王の思考であったか。魔王が存在するから倒すと。なるほど、余は自らの目標を小さいと思ったことは初めてだぞ」
アレンの行動原理がシア獣王女の中で理解できた。
アレンという者は、生まれながらにして覇王としての考えを持っている。
「村」で例えたが、それは「世界」と言い換えても良いのだろう。
世界の覇王が、世界を侵略しようとする魔王を、自分の庭先を荒らすなと倒そうとしている。
これは覇王と魔王の世界を賭けた覇権争いだった。
アレンが貴族とも王族とも、精霊神とも、火の神とも、元第一天使すら当たり前のように会話をすることの答えを見つけたような気がする。
獣人帝国を築こうとしているシア獣王女に、覇王側から仲間になれと声が掛かったのかとシア獣王女は思った。
「シア様、いかがされますか?」
ルド隊長が納得し始めたシア獣王女に今後どうするのか問う。
「参加する。余の軍だが、アレンの手足として使うがよい。余の夢にはいささかも遠回りではなかったわ」
その方が、獣王になるには遠回りだが、獣人帝国を築くには近いと考える。
覇王と共に、世界を滅ぼそうとする魔王を倒した実績はあまりに大きい。
数十年いくつもの大国が苦しめられた魔王軍を滅ぼしたことになる。
「ご決断ありがとうございます」
アレンに話しかけているが、ソフィーが礼を言う。
ルド隊長もラス隊長も頭を下げ、シア獣王女の決断に同意するようだ。
「ふむ。そうだな。であるなら、余らの活動拠点である浮いた島に名前がないのもどうであるかな。締まらぬのではないのか?」
シア獣王女は参加を決めたので、自分らの今後の活動拠点に名前がないのは不都合ではと思った。
「それもそうですわね。私たちの拠点にはそれにふさわしい名前が必要ですわ。でしたら、アレン様がお決めになったらよろしいかと」
「ん? 俺が決めるのか?」
「はい。私たちの活動拠点に好きな名前をお願いします」
(ん~。えっと。廃ゲーマーの活動拠点だから、廃人島とか。ああ、島とか国はカタカナの方が多いんだっけか)
この世界は日本語の漢字、ひらがな、カタカナが使われているのだが、国、街、村などの名前はほとんどカタカナだ。
廃人島でも良いが、カタカナっぽい、そして自分ららしい活動拠点の名前を考える。
(そうだな。自分らの活動は決してライト層であってはならないな)
魔王軍と戦う自分らの活動は軽いものであってはならない。
そうなると自然と1つの言葉が思いつく。
「じゃあ、そうだな。ヘビーユーザー島にするか」
「ヘビーユーザー島ですね。そこが今後の私たちの活動拠点です」
これから、アレンたちは自らの活動拠点である浮いた島に「ヘビーユーザー島」という名前を付けた。
ここで元邪神教の信者と数千人規模の軍隊とともに活動をしていく。
「これから、余は魔王軍と戦っていくのか。この顔ぶれだ。総力戦となるな」
シア獣王女は何でもやれそうな気がする。
「また何か、新しいことが始まりそうだな!」
アレンの元にいくつもの種族が兵を出し合っての軍隊となる。
アレンはまた何か新しいことが始まりそうだと、目を輝かせたのであった。
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