第340話 バスク戦①
祭壇の前にいたのは20年前、Sランク冒険者になったバスクであった。
そう言われたら、一見猿の獣人が魔神になったかと思ったが、どこか人間であった面影があるかもしれない。
上半身裸だが、首飾りや腕輪、指輪などいくつもの装飾品を装備している。
「Sランク冒険者が祭壇のお守りか?」
バスクは現役のSランク冒険者だ。
『そうだなぁ。たまらねえぜ。まさかこんなに待機させられるとは思わなかったぜ。「待て!」ってか? 俺は犬じゃねえんだぞ!!』
(なんかすごいのが出てきたな)
唐突に思い出したかのように怒りだし、この広間へ怒りの感情に任せて轟くほどの声で叫んだ。
さっきまでニヤニヤしていたのに感情の起伏が激し過ぎてついていけない。
バスクは「修羅王」の2つ名を持ち、その実力からアレンより20年前にSランク冒険者になったという話を冒険者ギルドのマッカラン本部長から聞いたことをアレンは思い出す。
多くの魔獣を狩り、誰よりも力を求めた存在であったと聞いている。
そして、当時の魔王軍との戦いに従軍したが、貴族の上官と折り合いがつかなかった。
バスクは自由を求め一切言うことを聞かず、揉めに揉めて数千の兵を殺したと聞いている。
生まれはギアムート帝国である。当時、帝国は魔王軍にかなり侵攻されていた。
多くの村や街を、そしてそこに住む人々を救いSランク冒険者になったが、従軍中に行なった非道により歴史から抹消された。
軍による規律を教える学園での授業では、バスクの名前は出てこなかった。
「何だこいつは? これが魔神なのか?」
シア獣王女は思っていた凶悪な存在と随分違うような気がする。
訓練として参加して捕まえた盗賊たちがこんな感じであったことを思い出す。
『うほっ。かわい子ちゃんがいるじゃねえか。お前は俺んとこに来ないか? 獣人でもかわいがってやるぞ。いひひ』
シア獣王女が呟くように出した声がバスクまで届いたようだ。
舌なめずりをして上から下まで、身軽で軽装な装備をしているシア獣王女を舐めまわすように見る。
「!?」
(変態だ。変態さんがいるぞ)
シア獣王女は別の意味で身の危険を感じて、思わず1歩下がってしまう。
「それで、この祭壇は何だ?」
変態だが、口が軽そうだ。
アレンはそのまま情報を収集することにする。
『あん? 知らねえよ。魂集めてどうのこうのとか言ってたな。知らねえし、興味もねえけどな』
(やはり、人間の魂を集めていたのか)
どうも人間を邪教徒なるものに変えることによって、何かを集めていると思っていたが正解だったようだ。
多くの人間を邪教徒に変えて、魂を集める。
だから邪教徒に噛まれたら邪教徒になるみたいな形にしていた。
殺してしまうと勿体ないとかそういうことなのだろう。
ただバスクは口が軽いのに対しての対策かどうかあまり情報を渡されていないようだ。
しかし、今回集めた魂は4箇所合わせて数百万に上りそうだ。
それだけの魂を集めて何をするのかという話だ。
「それで、どうやったら魔神になれるんだ? 俺にもその方法教えてくれよ、バスク先輩」
「お、おい。貴様!? 何を言っている!!」
シア獣王女が何を言っているんだと思わず反応してしまう。
ここに来る前の天幕会議ではあれこれ聞くので戦闘にはすぐに始まらないとアレンは言っていたが、そんなことを忘れてしまうほどの発言だ。
しかし、アレンの仲間たちは違っていたようだ。
アレンの会話の中でもゆっくりと立ち位置を変えていく。
相手は明らかな前衛スタイルで得物となる武器は大きい。
距離感や、複数同時攻撃なども念頭に置いた陣形を作っていく。
シア獣王女がルド隊長を見ると、ルド隊長は「我々も動きましょう」という表情を見せ、小さく頷く。
戦いはとっくに始まっていた。
『うほ!? お前も興味あるのか? いいぞ。魔神はよぅ。お前も魔神になりたいならキュベルに紹介しないといけねえなぁ』
「上位魔神キュベル様にお願いすればいいのか?」
『あん? あんな何考えてんのか分かんねえ奴に「様」なんてつける必要はないぜ。つうか俺を敬えよ!』
不気味な奴だとキュベルのことを言う。
上位魔神だが、崇拝していないようだ。
そんなことより先輩である俺を崇めよと言う。
(魔王に仕える上位魔神キュベルか)
魔王軍の情報はメルスも含めて圧倒的に少なく、ここまで来ても何をしているのか分からない。
メルスから聞いた話では、魔王が現れ、勇者と戦うことはかつても何度かあったらしい。
最終的に魔王軍が勝つこともあれば、勇者が勝つこともあるという。
なお、魔王が勇者に勝つと、その後人々は滅ぼされ、調和が乱されたと創造神エルメアは判断し、世界は天使たちの手によって粛清されるという話だった。
世界から魔王軍も人々も一掃されるとそういう話だ。
今回の魔王と勇者の戦いで、これまでと大きく違うのは、魔王軍側に多くの魔神たちが参加しているということだとメルスが教えてくれた。
バスクの話から何をしているのか、魔神とは何なのか、ぐいぐい情報を集めることにする。
「ほうほう」
(あのピエロの格好をした上位魔神ね。そういえば、あれから会っていないな)
『しかし、土産が必要だぞ。お前の後ろにいる者たちの首はどうだ?』
アレンの仲間たちの首を持ってお願いしたら魔神にしてくれるという。
何かをお願いするにも土産は必要のようだ。
(なるほど。力あるものを魔神にすることができると。だからヘルミオスは生かしていたのかな?)
魔神キュベルはヘルミオスと戦っているが、生かしたままにしていた。
目の前にいるバスクが生きて魔神をやっている。
どうやらバスクが魔神になっているように、力あるものを魔神に変えて手駒にしているようだ。
「え~。それはちょっと。先輩が口利きしてくださいよ。それで」
『まあ、雑談はこの辺までだなぁ。そろそろ飽きてきたぜ』
会話はおしまいだとバスクは言う。
「ん?」
『あんまり、ふざけているとキュベルが怒るからなぁ。そろそろ、殺るぞっと。男は殺して、女は持ち帰るかなぁ。アレン、生きていたらキュベルに俺から頼んでやるよ』
そう言って目付きが獰猛になっていく。
会話より殺し合いの方が好きなようだ。
バスクはゆっくり立ち上がり、目の前に突き立ててある2本の大剣をそれぞれ片手で掴む。
その輝きから分かるが2本ともオリハルコンの大剣だ。
「みんなそろそろ始まるぞ。雰囲気に騙されて気を抜くなよ」
「ああ」
バスクの所作からそれは分かるが、やはり尋常な者ではないとアレンは判断する。
ドゴラは分かっていると返事をし、大斧と大盾をそれぞれ強く握りしめる。
クレナとシア獣王女は一気に距離を詰めていく。
ドゴラとルド隊長は2人から少し遅れて、前に出る。
シア獣王女は素早さがかなり高いようだ。
拳獣聖は攻撃力と素早さに特化したステータスのように思える。
しかし、シア獣王女やクレナが突っ込む中、バスクはアレンの元に突っ込んできた。
さっきから、バスクはアレンしか見ていなかったように思える。
シア獣王女とクレナの攻撃を紙一重に躱し、バスクの大剣がアレンに襲い掛かる。
(あぶ!? って!!)
「がふ!!」
「アレン!」
2本の大剣を寸前で躱したが、バスクの蹴りが体勢を崩したアレンの脇腹を襲う。
剣を使ってガードしたが、そのまま蹴り上げられてしまった。
(何ちゅう攻撃力だ。普通の魔神より強くないか)
アレンは中央大陸、ローゼンヘイム、連合国のある大陸の3つの大陸で55体の虫Aの召喚獣を召喚している。
お陰で攻撃力は下がってしまったが、かなり耐久力が高い。
そんなアレンの脇腹をへし折るほどの蹴りを受けてしまう。
神殿の壁まで吹き飛ばされてしまう。
「大丈夫だ!! ソフィー、精霊王の祝福を!!」
「は、はい!! 精霊神ローゼン様、お願いします」
『はは。今日はずいぶん早いお願いだね』
精霊神ローゼンが腰を振りながら、精霊王の祝福を振りまく。
すると光の雨が降り注ぎ、全員のステータスが上昇する。
アレンの判断は早かった。
とてもじゃないが、バスクのステータスが高すぎる。
なお、精霊王の祝福は半径100メートルの範囲の対象で、仲間のステータスが3割上昇する光の雨を降らせるというものだ。
精霊王の祝福は、ソフィーの込めた魔力を1秒当たり1消費する。
魔力を5000消費したなら、5000秒間効果が持続する。
吹き飛ばされたアレンを庇うように、クレナとシア獣王女が側面や背面を狙いつつ、ダメージを積み重ねていこうとする。
そして、少し遅れてやって来たドゴラの大斧と、ルド隊長の大槌が、スキルの発動とともに振り下ろされる。
『あんだぁ? おめえらはよぅ』
二つの大剣を軽く振りながら4人の攻撃を受け続ける。
素早さと攻撃力がかなり高い。
(あら、重戦士系だと思ったが、かなり器用な感じだな。まるで本当に阿修羅って感じだな)
前世で見たことのある阿修羅像のように顔が3つあるような動きだ。
ステータスも武器も違う4人の攻撃のタイミングを完全に見切って大剣を使って器用に受け流す。
「剣帝クレナ!」
「ドゴラだ!!」
クレナとドゴラが名乗りを上げた。
シア獣王女とルド隊長は攻撃に専念するようだ。
『はぁ? 知らねえ。知らねえぞ!! つうかよ。剣帝って職業じゃねえか! 俺に名乗るならそれなりの2つ名を手にしてからにしろや! 真修羅旋風剣!!』
「避けろ!!」
バスクの持つ2本の大剣が一気に輝いたかと思ったら、竜巻のようなものを纏い始めた。
そして、地面に叩きつけたと思ったら、あたりを蹴散らすようにかまいたちが生じる。
周辺攻撃のスキルだったようだ。
魔獣も魔神もスキルを使ってくる。
しかし、元人間だったときのスキルを今でも使ってくるのかとアレンは分析する。
アレンの掛け声とともに、全員が武器を前面に出し防御の姿勢で後ろに後退する。
「あっぷ!?」
クレナが一番その時近かったため、衝撃に耐えきれず大きく吹き飛ばされてしまう。
『けっ。雑魚が!』
「よし。今だ!」
シア獣王女が叫んだ。
『あん?』
アレンの「避けろ」は危険な攻撃から身を守るためだけのものではない。
攻撃の発動のための合図であった。
「ぬん!」
シア獣王女が叫んだ後ろで、弓聖カム部隊長の体が陽炎のように揺らいでいる。
カム部隊長の掛け声とともに、大きく引いた強弓からエクストラスキルによる弓矢が放たれた。
顔面目掛けて、飛鳥のように矢が飛んでくる。
『おっとっと。駄目だな。声を出しちゃあよぅ』
そう言って手の甲を貫かれながらも矢の勢いは止まってしまった。
弓聖のエクストラスキルであっても、致命傷にはならない。
「そうだな。声を出しちゃいけねぇなぁ」
アレンがバスクの声をまねる。
『あん? って、がはっ』
バスクの背中から心臓目掛けて、フォルマールのエクストラスキル「光の矢」が貫いた。
普段装備しない攻撃力5000上昇を2つ装備しての一撃だ。
精霊王の祝福を使っているお陰でさらに威力が上がる。
背面からの一撃ということもあって、矢はかなり深くまでめり込む。
(どうよ?)
『ははは、こうでなくちゃあよ。痛くねえと戦いじゃねえわなぁ。楽しくなってきた。楽しくなってきたぞ!! いひひ』
そう言うとバスクはニヤニヤしながら、背面に刺さった矢をメリメリと引き抜いてしまう。
(やっぱりだめか。何だろう。変貌した魔神くらい強くね。やっぱりその腕輪が原因だろうか)
バスクは両腕に赤と黄色の腕輪を2つ装備している。
セシルが装備しているのとは違うが、まるで聖珠のようだ。
「……」
『あん? 何見ていやがる。俺の聖珠がそんなに珍しいか』
アレンの視線にバスクが反応する。
やはり聖珠であった。
両手に聖珠、他にもふんだんに見たことのない装飾品を装備をしたバスクは通常の魔神よりも随分強い。
装備のそれぞれに凄い効果があるのかもしれない。
魔神レーゼルやリカオロンが変貌したときに匹敵するか、それ以上の強さだ。
バスクはニヤニヤしながらも、大剣を2本握りしめ突っ込んで来るのであった。
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