第324話 チームソフィー④ 王と王女(1)
ソフィーたちは巨木の近くにある大きな社に案内される。
こちらだと、高床式となっており、木の階段を上がると視界が広がる。
外にある巨木がはっきりと見えたなと思うと、その根元に大勢の人影が見えた。
その様子にソフィーは思わず足を止めてしまう。
既視感があり、どこかでよく見た光景だからだ。
ローゼンヘイムのフォルテニアでも毎日のように行われていたことを思い出す。
「祈っておりますね」
「そうですじゃ。皆祈りを捧げ、ゆくゆくはということですじゃな」
何を願い、何を祈っているのであろうか。
ソフィーが視線をジアムニール長老に戻すと、案内を再開してくれるようだ。
社の中をどんどん進んでいく。
そして、そのまま大きな広間にたどり着いた。
「すぐにご対応いただけるのですね」
広間の中はまだ見えないが、声がする。
若干喧騒に近い声がするのは、ついさきほどまで、邪教徒や魔獣たちと戦っていたからだろうか。
それともソフィーたちを中に入れることを決定したからだろうか。
「もちろんですじゃ。王は既に広間におりますのじゃ。精霊神様を待たせるわけに参りませんのでの」
広間に入ると奥は段差になっており、1段高いところに男が1人、座布団か茣蓙のようなものを引いて座っている。
そして、ソフィーたちが案内され広間に入るのを睨むように、ダークエルフが広間の両側に座っている。
防具を身に纏い武装したものがほとんどなのは、つい先ほどまで外壁の上で指揮してきた将軍級のダークエルフかもしれない。
そして、長老たちも揃い踏みのように思える。
無言ではあるが、明らかに敵対的に睨みつける者までいる。
歓迎はされていないようだ。
「我が里に客人がくるとはな」
目の前に座る男がこのダークエルフの里を治めるオルバース王だ。
褐色の肌に灰色の髪をし、赤褐色の瞳を持つダークエルフとは違っている。
漆黒の肌に銀色の髪をし、金色の瞳を持つオルバース王は、ハイダークエルフだ。
そして、オルバース王が胡坐をかいて座る太ももに1体の獣が丸くなっている。
漆黒の艶の良い毛並みをしたイタチがソフィーたちを、というより精霊神を睨みつけている。
この漆黒の獣が精霊王ファーブルだ。
『……』
『……』
精霊王ファーブルと精霊神ローゼンがにらみ合ったので広間が一気に静まり返る。
しかし、精霊王も精霊神も何も言わないようだ。
それを見て、ソフィーは座れと言われた場所にゆっくりと座る。
「里の掟もございましょうに。ご対応いただきありがとうございます。火急お伝えしないといけないこともございましたので」
ソフィーは精霊神ローゼンを膝に乗せたまま礼を言う。
オルバース王の視線が移動していく。
精霊神を見つめ、そしてメルルの頭の上で、こちらを見つめる鳥Aの召喚獣を見つめた後、ゆっくりとソフィーに視線を戻す。
精霊神はもちろんのこと、メルルの頭の上の不思議存在の鳥Aの召喚獣も気になるようだ。
なお、アレンの連絡要員として、言葉を話せる霊Aの召喚獣はここにはいない。
外壁の外で魔獣たちの殲滅を優先しているからだ。
既に外壁に隣接した魔獣たちは倒したが、邪教徒たちが囲むようにまだまだいたためだ。
これは、魔獣たちの殲滅は優先すべきことだが、ローゼンヘイムの王女の立場としてソフィーには、ダークエルフとの件は任せたという意味も含まれている。
「火急か。数日前から、この里にやってきた魔獣たちの件か?」
どうやら邪教徒たちとはこの数日間、戦っていたようだ。
「はい。私たちはその魔獣と戦いにここにやってきました。既に魔獣たちは里の周りにいませんが、依然解決はしておりません。今起きていることをお伝えしてもよろしいですか?」
「ほう。エルフが我らダークエルフに助言をする時が来たのか」
「「「な!?」」」
ダークエルフの将軍たちが、いきなりやって来て助言しますよと言ってきたソフィーに怒りを覚える。
ここに入れることを決断したのはオルバース王のようだ。
無言でオルバース王の決定にダークエルフたちが異議を唱えているようだ。
「伝えた話をどのようにするかは自由です。しかし、みすみす我らの間に禍根を残すようなことはしたくありませんので」
どういった会話で話が進んでも、最初に情報を提供するとソフィーは決めていた。
「申してみよ」
「では、今回の一件は魔王軍の画策によるものです。そして……」
そのままソフィーは今回の騒動について話をする。
エルマール教国の教都テオメニアからきた救難信号。
邪神教が聖水を配り、水を飲んだ信者たちが邪教徒という魔獣になっている。
噛まれたりしたら、同じように邪教徒に変貌してしまう。
テオメニアの神殿には魔神がおり、何かの目的のためにこのようなことをしていたこと。
この連合国はいくつも同じような状況にあり、オアシスの街はその1つだとソフィーは締めくくった。
すると、広間にいるダークエルフたちがざわつき始めた。
「王よ。騙されてはなりませんぞ!!」
とうとう、最側近の1人だろうか、1人の長老が憤慨して王が誤った判断をしないように言う。
オルバース王がローゼンヘイムの王女の話に感化されて、助言を求めたと思ったようだ。
エルフとダークエルフの間には数千年の確執がある。
それは魔王が現れる遥か昔からの確執だ。
ダークエルフは、エルフがローゼンヘイムからダークエルフを追い出したと考えている。
「先ほども申しましたが、伝えた話をどうするか自由でございます」
「「「な!?」」」
ここまで話をしておいて、それでどうするかは任せるという。
「ローゼンヘイムの新たな女王と聞いていたがな」
外交を通して、ソフィアローネが次期女王として一歩リードしているということは聞いていた。
そう聞いていたが、精霊神を膝にのせている時点でリードとかの次元ではないことをオルバースは理解した。
そんな助言をした目的は何だとオルバースはこの場にやって来た目的を知ろうとソフィーに言葉を促す。
「いくつかお願いも当然ございます」
これが事実ならなぜこんな貴重な情報を伝えたのかと考えたが、どうやら見返りを求めての行動であった。
「ふむ。何を望む」
「求めているのは3つございます。地図が欲しいです。邪教徒たちは町や村を襲い、数を増やします。ですので、この広い砂漠のどこに街や村があるのか知りたいです」
ソフィーはアレンが地図を持っていたことを思い出す。
アレンは学園都市でも、ローゼンヘイムの戦争でも、S級ダンジョンでも地図を作り続けた。
アレンは分析好きで何でも調べるのだが、地図作りに命を懸けているように思える。
『アレンは地図で出来ている』
これはアレンの仲間たちにある認識だ。
頑張って作ったS級ダンジョン内の地図も冒険者ギルドに惜しげもなく渡していた。
エルマール教国に来た際にローゼンヘイムの女王に求めたものも地図だった。
共にいた何年もの間に自分もアレンに染まっているなとソフィーはこの状況でも思ってしまう。
「ほう。我らが地図を持っていると」
「はい。この街は精霊の力で支えられていると思いますが、完全に独立することは難しいでしょう。そのための取引場がある。里の前にあった建物はそういうものでは?」
精霊の力で水を作り、作物を作っても塩や鉱物などどうしても精霊では賄いきれないものがある。
そのために取引場を作り、周囲の村や街と取引をする。
そして、ダークエルフの中には取引を専門とするものもいるはずだ。
そんな者たちに持たせる地図を見せてほしいという。
この砂漠はとても広大だ。
砂漠の街から、この里まで歩いて10日はある。
オアシス自体が少なく都市国家が点在している。
そして1つの都市国家に何万人も住んでいる。
確実に、そして無駄な移動もなく救済するためには地図がいる。
「なるほど。2つ目は?」
「2つ目は、邪教徒なる異形の集団から逃げてきた人々がいるかと思います」
「里に匿えと? 我が里がダークエルフ以外誰も入れないことは知っておるだろう?」
「いえ。ここまでの対応でそれは難しいと感じました。ですので、里の外にある取引場に匿う、もしくは私たちに邪教徒から逃れてきたものたちが身を隠せるための避難所を作ることをお許しください」
ソフィーは自らすべきことをオルバース王に伝える。
避難してやってくる者は少ないだろうとソフィーも考えている。
しかし、もしも助けを求めてやってきたら無碍にはしないでほしいという。
「避難民の救済か。エルフは我らと違って寛容になったのだな。それにしても、あの半人半獣の面妖な者たちはルコアックの者たちであったか。何やら偶然の話とは思えぬな」
ソフィーたちが見ていたオアシスの街はルコアックというようだ。
「え? 何かあったのですか?」
オルバース王が意味深な言いぐさで、取引場にやって来ていたオアシスの街ルコアックの者たちの話をする。
「そうだ。里に入れろだと、よく交渉にきていたオアシスの街の者たちだ」
オルバース王も事情を、話をしてくれるようだ。
もしかしたら、エルフとは対等な関係にあるという意味も含まれているのかもしれない。
長老は騙されるなと感情的になり言ってしまったが、思い当たる節がここにいるダークエルフたちはどこかあるようだ。
「あれがルコアックの民か」と口々にいう。
オルバース王はジアムニール長老に、事情を説明するよう視線を送る。
「ここは水が湧く場所から距離を取って作られた里じゃ。数十年前は何もなかったのじゃが、あの場にいきなり水が湧いて出るようになっての」
ジアムニール長老がオアシスの街ルコアックについて説明をしてくれる。
この里は人里から距離をとるため、水も出ないような場所に作られた。
周りに何もない砂漠が、世間から隔絶して暮したいダークエルフにとって都合が良かった。
水なら精霊魔法で作ることができる。
この里にはいくつもの川が流れている。
しかし、数十年前に今まで何もなかったところにオアシスができ、人々が集まるようになった。
グシャラ聖教とかいう何かわけのわからぬ信仰をしており、この水は全てグシャラ様の力であり奇跡であると言っていた。
水が溢れたことを聞きつけた遊牧民や旅人がどんどん移住するようになり巨大な街が出来上がったという。
「それは……」
その言葉を聞いてソフィーは絶句する。
光の柱がオアシスの街ルコアックから上がっているのはたまたまではなかった。
邪教徒を多く集めるために態々何十年もかけて「貴重な水、奇跡の水」を謳い、罠を仕掛けていたようだ。
そして、このダークエルフの里にもやって来て信仰するように言ってきた。
ダークエルフは何十年も一切里に入れなかったという。
「それで最後の願いとは何か。また、誰かを救済しろと言うのか?」
こちらも事情を説明したので、3つ目の願いは何だとオルバース王はいう。
ダークエルフに今起きている情報を提供し、人々の救済にやってきたことはなんとなく分かった。
それに繋がる話であるのかとダークエルフ達も思う。
「3つ目はレーゼル様についてでございます」
「ん? わが父がどうかしたのか?」
何事だとダークエルフたちの視線がソフィーに集中する。
そんな中、ソフィーとオルバース王の話が進んでいくのであった。
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