第284話 十英獣②
膝から崩折れるゼウ獣王子をホバ将軍が必死に助け起こそうとする。
2人とも2メートルを超える巨体だからすごい光景だなとアレンは生暖かい目で見ている。
「な、なりません。人前で膝をつくなど」
どうやら身を案じる以上の意味があるようだ。
王族が人前で、膝を地面についてはいけない。
ホバ将軍はゼウ獣王子をせめてソファーへと思い、肩を貸してゼウ獣王子をソファーに深く座らせた。
「あ、アレンよ。もし、このようなことがベク獣王太子にばれたらどうするつもりだ?」
「え? ばれたところで、獣王位は継げないでしょう。ゼウ獣王子こそが獣王にふさわしいのだから」
どうせ失脚する身のベク獣王太子など気にしなくてよいとアレンは言う。
「それを決めるのは獣王陛下だ。今回の件は獣王陛下すら謀ったことになるのだぞ。お、終わりだ。余はもう獣王国の地を踏むことすら許されぬよ」
ゼウ獣王子の全身から絶望がにじみ出ている。
「え? どういうことでしょう。なぜそのようなことになるのですか?」
「分からぬのか。獣王陛下は激怒し、きっと討伐隊を派遣してまで余を世界の果てまで追うであろうよ」
遠い目をしながら自らの終わりを嘆く。
「申し訳ありません。話が見えないのですが? アルバハル獣王国の国家元首たる獣王はそんなに小物なのでしょうか?」
「な!? なんだと!! 獣王陛下への侮辱は許さぬぞ!!」
「ゼウ獣王子。獣王陛下を侮辱しているのは御身でございますよ。この状況が分かっていないのですか?」
激怒するゼウ獣王子に対し、冗談を言うなと諫めるようにアレンは言う。
どういうことだとホバ将軍も首をかしげている。
ヘルミオスもガララ提督も、アレンとゼウ獣王子の経緯を見守る。
今回の一件、ことによっては5大陸同盟の崩壊、そしてローゼンヘイムとアルバハル獣王国の大戦にもつながりかねない大きなことだ。
しかし、アレンは全く気に掛けていない。
「余にも分かるように説明をするのだ」
「はい。説明させていただきます。今回の件はゼウ獣王子が獣王陛下から仰せつかった試練であるS級ダンジョンの攻略のために計ったことです」
「……」
ゼウ獣王子は睨むように黙って聞いている。
「そして、私の仲間であるソフィーを通じて、ローゼンヘイムを動かしてもらった。そして、ベク獣王太子も利用して十英獣をダンジョン攻略のために呼び寄せることに成功した。こういうことです」
「だから、何故そうなると言っておるのだ。お前が全部考えたことだろう」
確かに獣王陛下を計ったと言ったが、実際はアレンやローゼンヘイムが関わっていることは明白だ。
「事実などどうでもいいのです。獣王陛下はどう考えるかが大事です。ローゼンヘイムが高価な秘薬を大量に差し出し、そして計ってまで十英獣を呼び出した。これを誰が考えたのが自然かということです。誰が誰に頼んで画策したのが普通と考えるか。獣王陛下ではなくても答えは1つです」
「!?」
誰もアレンが考えたなんて思わないし、ローゼンヘイムが勝手に陰で動いたなんて思わない。
ローゼンヘイムは3000個もの貴重な秘薬と、シグール元帥を差し出してまで十英獣を呼び寄せるために計ったことになる。
それを単純に獣王はローゼンヘイムがやったことだと思うのか。
獣王はS級ダンジョンにたまたまいたローゼンヘイムの王族を通じてゼウ獣王子が計ったと考えるのが自然だ。
ここには未来のローゼンヘイムの女王と、獣王陛下に試練を与えられて達成できていない獣王子がいる。
きっと、ゼウ獣王子が獣王になった際に、何かの見返りを期待して、ローゼンヘイムも内政に干渉したと思うだろう。
もしかしたら、将来女王と獣王になる関係から何らかの密約があるのではと考える。
「王とは、どんな手段を使っても目的を果たす者です。騙される方が悪いと堂々とお伝えすればよいのでは? 獣王陛下が真に王の器であるなら納得するのでは?」
「獣王の器か」
「はい。今回の件で無事にダンジョン攻略を果たしたとしましょう。その時何が残りますか? 大国ローゼンヘイムとの親密な関係に、貴重なエルフの霊薬3000個です。そして、ゼウ獣王子の実績です」
目的のためなら手段を択ばない。
そして、強欲なまでに獣王国の国益のことまで考える。
それが王の資質ではないのかとアレンは説く。
「そ、そんなにうまくいくのか」
「はい。もう獣王の地位も間違いないかと」
「いや。先ほどから獣王獣王といっておるが、獣王になるのはシアだ。余ではない」
数か月前に邪神教の教祖を捕らえたシア獣王女が獣王になると言う。
シア獣王女は獣王になるための試練を一足先に乗り越えた。
「早い者勝ちならもうすでに獣王に任命されているのでは?」
邪神教の教祖を捕えたと聞いて何か月にもなる。
まだ宗教裁判の途中なのか不思議なことに、未だ新たな獣王は決まっていない。
だからゼウ獣王子もいまだバウキス帝国にいるとも言える。
「そ、それは。だが」
「今回獣王陛下が出した試練は将軍を決めるものではありません。王を決めるものです。王とは何なのかという話です」
「王とは? どういうことだ?」
「はい。確かにシア獣王女は真っ先に邪神教の教祖を捕らえました。エルマール教国の協力もあったとか」
「うむ。そのとおりだ」
「この程度の成果なら将軍の器です。王の器ではありません」
「その程度の成果とはどういうことだ!! シアのことを何だと思っている!!」
(妹大好き兄ちゃんだな)
「落ち着いて聞いてください。軍を動かし目的を達成したシア獣王女は確かに立派です。それに比べてゼウ獣王子が何をしたのかが大事です」
「余か」
「はい。ゼウ獣王子は目的達成のためなら手段を択ばず、獣王もベク獣王太子も欺く策略家。そして、短い期間でバウキス帝国が誇るガララ提督が率いる最強部隊、中央大陸の勇者パーティー、そしてローゼンヘイムの王族を、世界を巻き込んでの達成です」
目的達成の規模が全然違うと言う。
これはもう誰が見ても獣王になるのは誰なのか、誰が獣王にふさわしいか一目瞭然だとアレンは説く。
「ほう、たしかに。素晴らしいぞ。5大陸同盟を先導するものこそ新たな獣王にふさわしいと。なるほど! なるほど!!」
ホバ将軍があまりの感動で号泣し始めた。
その涙の先には玉座に座り、世界を動かすゼウ獣王が見えているようだ。
「な!? お、おいホバ将軍。落ち着くのだ」
ホバ将軍がここにいる勇者パーティーとガララ提督パーティーを見ながら、顎に手を当てて納得する。
このS級ダンジョン攻略でもたらす功績はただの名誉ではない。
どれだけの国益を獣王国にもたらすことになるのかという話だ。
そして、S級ダンジョンの攻略などアルバハル獣王国にとって、副産物に過ぎないともいえる功績だ。
「お主が巻き込んだのだろう。余はダンジョンに参加するだけだ」
ゼウ獣王子は何もしていないと言う。
「ああ、言っていませんでしたが、最大4パーティーで討伐する最下層ボスですが、複数のパーティーを取りまとめるリーダーが必要なようです。全パーティーのリーダーはゼウ獣王子にやっていただきたいと存じます」
アレンは深く頭を下げてお願いをする。
複数のパーティーがいる場合、誰が全パーティーのリーダーなのか転移の設定上求められる。
ゼウ獣王子が4パーティー全体のリーダーだった。
これは間違いなく誰もがゼウ獣王子の功績と見るだろう。
ゼウ獣王子は一瞬視界が真っ暗になり、また意識が飛びそうになる。
全ては目の前の黒髪の男が行ったことだ。
「そんな。完全なる計略か。も、目的は何だ! 何故ここまでのことをする。失敗すればどうなるのか分かっているのか!!」
アレンは世界を巻き込んだことになる。
もし、失敗すればただでは済まない。
ゼウ獣王子は当然獣王になれない。
それだけでは済まない。
アルバハル獣王国を計ったローゼンヘイムは100年の恨みを持たれるだろう。
5大陸は分裂の危機に陥ると言ってもよい。
魔王軍に攻められている中、この危機は世界の破滅の一手になりかねない。
確かにゼウ獣王子がダンジョン攻略しての見返りは計り知れない。
しかし、アレンの目的は何だと言う。
それ以上の目的などあるのか。
少なくともゼウ獣王子には思いつかない。
「失敗はしません。ゼウ獣王子の率いる十英獣も参加すれば勝利は間違いないでしょう。あと、私の目的は先ほどから何度も申し上げているのですが」
「うん?」
何か話を飛ばしてしまったのかとゼウ獣王子は自らの記憶をたどる。
アレンがこんなことをした理由について話が有ったか思い出せない。
「初回討伐報酬は私のパーティー『廃ゲーマー』が頂きます。もう、誤魔化されませんよ。今回は獣王の王座だけで我慢してくださいね」
初回討伐報酬は必ず、アレンたちが貰うと念を押す。
攻略によりもたらされる諸々の栄誉は差し上げるが、これだけは絶対に譲らないと言う。
「獣王の王座だけ。お前は討伐報酬のために世界を巻き込むのか。く、狂っておる」
もうゼウ獣王子は、成功の見返りと失敗による損失が全く釣り合っていない事から視界が霞んでいく。
「では、十英獣のパーティーリーダーのゼウ獣王子。S級ダンジョンの最下層ボス攻略のご参加お願いいたします」
アレンは今一度深く頭を下げた。
「え? い、今答えるのか?」
「はい。十英獣をアルバハル獣王国からお借りしている状況です。あまり時間はありませんので」
(なに、心の準備が欲しいみたいな乙女みたいなこと言っているんだ)
ゼウ獣王子は、十英獣を見る。
自らの選択で間違いなく世界は動く。
つばを飲み込み必死に考える。
「迷わないでくだされ! ゼウ獣王子殿下。アルバハル獣王国の力を世界に見せる良い機会ではございませんか!!」
轟くように、ホバ将軍が全身の筋肉を躍動させて進言する。
ただ戦えと命令すればよいと。
楽術師レペはあくびをしながら、事の経緯を興味無さげに見ている。
そして、その横にいるリスの獣人が口を開いた。
「ふむふむ。私に気を遣う必要はないぞ。ただの占い師の身だからな」
「テミ殿」
そう言って、占星術師テミがトコトコとアレンの元にやってくる。
「なるほど? アレン殿といったな? お主のことは占いで出なかったぞ。不思議だ。本当に不思議だ。だが、これが、星が決めし運命というものか」
そう言って、アレンの両頬を手に取り、難しい顔をしてムニムニとする。
「え? 占い? もしかして、占いに今の状況が見えていたのですか?」
「いや、まさか。こんな非常識なことをするなんて占いには出てこんよ。だが、そうか。私の占いは間違っていなかったのだな」
そう言って占星術師テミは語りだす。
獣王は次期獣王に誰が良いのか占星術師テミに占うように言った。
テミは占うとゼウ獣王子が次期獣王になると答えた。
「な! 余が獣王に」
「最後まで聞くのだ。獣王国にとってこの話はとても大事なことであるからな」
「……」
ゼウ獣王子が話の間に入ってくるので、占星術師テミが諫める。
ゼウ獣王子は黙ったので、テミは話を続ける。
ゼウ獣王子はその気性が優しすぎるため不安だと獣王から言われる。
何度も占い直すように言われた。
しかし、何度やっても次期獣王はゼウ獣王子になる。
占いで分かるのは結果のみなので、理由は分からない。
正直、こんなに過程の分からない占いの結果は初めてだとテミは思う。
しかし、先見をした結果、ゼウ獣王子が獣王にふさわしいと言うのであれば試練は与えるべきだと獣王に進言した。
ならばとベク獣王太子が邪魔することも見越し、絶対達成不可能な試練にと、S級ダンジョンの攻略を命じた。
これで次期獣王の占いの結果が変わるだろうと獣王も占星術師テミも考えた。
しかし、それでも、占いの結果は変わらなかった。
1年経っても2年経っても占いの結果は変わらない。
「私はアルバハル獣王国の未来を大きく損ねたと思ったのだ。こんな訳の分からない占いで、獣王国の歩みを止めてしまった」
占いで獣王国の道を外しかねない結果をもたらしてしまったとテミは深く反省した。
獣王国を混乱させた責を取るため、獣王には側仕えの立場を降りると伝えようかとも考えていた。
そう決意を固めようとしている所にやってきたのがローゼンヘイムの元帥だ。
何やらベク獣王太子と内密に話をしているらしい。
そして、決まったローゼンヘイムへの十英獣の派遣だった。
「そ、そんなことが……」
ゼウ獣王子が驚愕の真実を聞く。
(シア獣王女が獣王になるのも止めていてくれたのかな)
「そうだ。だが、面白い。ゼウ獣王子よ。獣王陛下に甘いと言われ続けたこれまでを挽回する唯一の時ではないのか?」
今こそ挽回の時だと占星術師テミは言う。
ベク獣王太子は、国家繁栄のためなら、才能のあるものの血が流れても構わないという強硬な施策を行っている。
シア獣王女は、邪神教の教祖を、連合国で追い回して捕えた。
ゼウ獣王子はそんな苛烈な兄と妹の間にいて、獣王からはずっと不安に思われていた。
(そうだな。初めて会ったのはウルさんを助けた後だったものな)
アレンが獣人ウルとサラを助けなければ、ゼウ獣王子と出会えたか疑問だ。
ウルたちを救った時が、未来が変わった瞬間なのかもしれないとテミの話を聞いてアレンは不思議な感覚を持つ。
「余に従ってくれるのだな」
獣王の側仕えにまだ遠慮気味だ。
「獣王はそんなときに遠慮はせんよ。周りを見るのだ」
占星術師テミはにこりと笑って答えた。
その言葉にゼウ獣王子の瞳に力が宿る。
そして、十英獣を1人ずつ見つめていく。
「聞いてのとおり色々騙してここに来てもらったが、余と共に戦ってもらうぞ」
ゼウ獣王子の覚悟を籠めた言葉に十英獣たちは深く頷いた。
「それでは返答が貰えそうですね」
「うむ、余と十英獣は最下層ボス攻略パーティーに参加させてもらうぞ」
「はい。よろこんで。ではお酒も用意しましたので、今日は決起集会といきましょう」
こうして、アレン、ヘルミオス、ガララ提督、ゼウ獣王子の4パーティー混成の最下層ボス攻略が始まろうとしているのであった。
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