第283話 十英獣①

「全員いるのか?」


 人数は10人のようだが、それでも半信半疑のゼウ獣王子が確認する。


「はい。十英獣の皆様は、去年選出された者全員です。ゼウ獣王子殿下」


 シグール元帥は「十英獣」を連れて来た。


 ゼウ獣王子はバウキス帝国のS級ダンジョンにきて、2年ほどになる。

 見たことある顔ぶれもいれば、初めての者もいるので確認を取る。


 しかし、シグール元帥の言葉を聞いてゼウ獣王子は納得する。


 十英獣とは、「アルバハル獣王国最強」を名乗ることを許された10人の獣人のことだ。


 選出方法は獣王国の王都で行われる獣王武術大会の各部門で優勝すること。

 優勝すると、去年の優勝者とタイトルの奪還のための戦いがあり、勝ったものが1年間十英獣を名乗ることができる。


 その立ち振る舞いからも表情からも自信が満ち溢れている。


「おお! ゼウ獣王子殿下。御無沙汰しております!!」


 そんな時が止まった状況の中、時を動かすように上等な鎧を身に纏い、巨大な槌を背に掛ける熊の獣人が一歩前に出る。

 あまりに重く巨大な槌に身の丈も2.5メートルはありそうだ。

 歩くたびにミシミシと床が揺れる。


「そ、そうかホバ将軍も来ているのだな」


 すると、十英獣に選ばれた熊の獣人はゼウ獣王子と顔見知りのようだ。


 2年ほど前からバウキス帝国に出て行ったゼウ獣王子の顔を知っている者もいる。

 ゼウ獣王子がここにいることが分かりざわざわとし出す。


「けっ! なんだよ。これはよ」


 そう悪態をつきながら、入口近くに立っている十英獣の1人がテーブルに腰かけ酒の入った小さな木樽から直接酒を飲み始めた。


「レペもいるのか」


「ああ、女とよろしくやってたら、ベクが近衛隊まで派遣しやがってな。マジでふざけているぜ。つうか、ここはローゼンヘイムじゃねえじゃねえかよ。全くどうなってんだよ!」


「な!? ゼウ獣王子殿下になんて口の利き方だ!! それに獣王太子を呼び捨てにするとは」


 ホバ将軍が激怒して、背中の槌に手を掛ける。

 床が抜けそうで、暴れないで欲しいとアレンは思う。


「は? 知るかよ」


 レペという狐の獣人はかなり奔放な性格のようだ。

 アフリカの民族衣装のようなじゃらじゃらとしたものを首やらに掛けている。


(中々の問題児のようだな。武器はないと。確か「楽術師」って才能の職業だっけか)


 十英獣については、アレンは一通り聞いている。

 十英獣の1人であるレペという問題児について考察していると、トコトコともう1人の十英獣がテーブルに座る。


 メルルよりやや身長が高い程度のリスの獣人の女の子のようだ。

 レペが握りしめているのとは別の木樽の口をスンスンと嗅ぐが顔を歪ませる。


「お! テミも酒を飲むか?」


「お前は相変わらずだな。少しは大人しくしてはどうなのだ? お酒は飲まない。果実水はないのか?」


「は、はい。ご用意します」


 レペの顔を見ることなく、ヘルミオスの使用人にお酒ではない飲み物を要求する。


 ゼウ獣王子やレペの会話にも興味ないのか、使用人から貰った果実水とテーブルの上にあったフカマンをいそいそと食べ始めた。


「そ、そんな。助言役のテミ殿ではないか。あ、ありえぬ」


「ほう。こ、これはうまいぞ!」


 テミは驚愕するゼウ獣王子を相手にせず、モリモリとフカマンを食べている。


(獣王に占星術っていう占いで助言する側仕えって話だっけ。見た目10代前半だけど、結構な立場なんだよね)


 テミは占星術師という獣王国にも数名しかいないと言われる希少な才能を持っている。

 その才能を買われ、獣王の側近で国家の未来を決めるための助言をする立場にあるとアレンは聞いている。

 その立場はその辺の将軍や大臣よりも偉いらしい。


「シグール元帥殿。こ、これはどういうことだ。なぜ、十英獣が全員揃っているのだ」


「そ、それはだな。何て言うかだな。説明するのに時間を欲しいところだ」


 ゼウ獣王子に問われ、シグール元帥は困った顔をする。

 何故ここにいるのか説明をするだけなのに説明できないと言う。

 ソフィーに助けを求めるように視線を送る。


 大国ローゼンヘイムの軍部における最高幹部でも上手く説明できない話らしい。


「ゼウ獣王子、ローゼンヘイムはアルバハル獣王国と共存共栄していきたいと思っております。ですので、本日の件は誤解せずに……」


 助けを求められたソフィーがシグール元帥に代わって説明をしようとする。

 うまく説明しようとするが、何かの矛盾があるのかすらすらと説明する途中で固まってしまう。

 ソフィーも自己矛盾に陥ってしまっているようだ。


「な、何が起きているのだ」


「ああ、2人は説明できないようなので代わりに」


「や、やはり、お前の策略か」


(策略とか人聞きの悪い。失礼しちゃうわね)


 アレンが話そうとするので、ゼウ獣王子が少しホッとする。

 アレンなら何かやりかねないと思ったようだ。


「いえ、策略というほどではありません。ローゼンヘイムにお願いしてバウキス帝国でのダンジョン攻略の手伝いに来てもらいました」


「なるほど。だが、さっきも言ったが、ベク獣王太子が絶対に許さないと言ったはずだが」


 アレンの作戦でバウキス帝国に十英獣を呼んだということはゼウ獣王子も理解できた。

 しかし、その方法が分からないという。


 ベク獣王太子は絶対に反対する。

 この疑問を解消したい。


「実はローゼンヘイムにはまだ、魔獣の残党がいます。凶悪な魔獣がおり復興の妨げをしている。魔王軍との戦いで疲弊したエルフ軍ではどうしようもない。ぜひ世界最強と名高い十英獣の皆さんの御助力をと、こんな感じです。まあ、そんな建前でバウキス帝国に来てもらいました」


 そういう体での理由付けなので、そんな魔獣に苦しめられているという困った事実はないと付け足す。


 ローゼンヘイムが困っているので助けてほしいとシグール元帥に魔導船の高速艇に乗ってアルバハル獣王国の王都に飛んでもらった。

 そして、今言った内容を獣王に懇願し救いを求めた。


「なるほど」


「見返りにエルフの霊薬3000個も渡しています」


 そこまで聞いて、ゼウ獣王子も大体の状況が理解できた。

 恐らく、ローゼンヘイムのシグール元帥が懇願すれば、ローゼンヘイムが本当に困っていると思う。


 そして、見返りとして、貴重なエルフの霊薬を貰えた。


 このエルフの霊薬の効果をゼウ獣王子も知っている。

 手足の欠損すら治すこの霊薬を何度かソフィーから貰ったことがある。

 大怪我を負って、回復薬や回復魔法でも治せないほどの怪我を負った獣人のためだ。


 それなりの立場の者が、辻褄の合う理由で見返りも持ってお願いをした。

 これは信じるとゼウ獣王子も考える。


「だ、だが、本当にそれだけで十英獣を他国の魔獣討伐などに」


 それでも納得できないとゼウ獣王子は考える。

 十英獣の半数ほどを応援に出すことはあっても本当に全員出すのかという話だ。


 邪神教の教祖相手にも、シア獣王女の手伝いに十英獣を寄こすことはなかった。

 5大陸同盟の会議の席に行くときも十英獣全員揃ってのことなど一度もない。


 十英獣はアルバハル獣王国の究極の切り札だ。

 獣王の人気取りや国家高揚のためだけにこの十英獣の制度を設けているわけではない。


 特に一切言うことの聞かない楽術師レペに対して、軍を派遣してまで無理やり連れてきたみたいだ。

 そして、獣王助言役の占星術師テミを本当に寄こすだろうか。

 テミに何かがあれば、獣王国の未来が変わるとさえ言われている。

 寄こした理由がローゼンヘイムの軍でも手の負えない魔獣討伐だ。


 占星術師テミを寄こそうとするとベク獣王太子どころか獣王が反対しかねない。


 辻褄の合う理由を言われて本当にそうなのかと思う。

 どんな貴重な霊薬を貰ったからといってそれだけの理由なのか。


 そんな疑問がゼウ獣王子から湧いてくる。

 

 ゼウ獣王子が本当だよねと確認する意味を込めてソフィーを見るとソフィーは目を逸らした。

 シグール元帥を見ても目を逸らされる。


 何か、今の話だけで信じて欲しいと願っているような必死さを感じる。


「さすが、未来の獣王はこの状況を理解されている様子です」


 アレンから何か褒められてしまった。


「どういうことだ?」


「はい、実はここだけの話にしていただきたいのですが、ベク獣王太子に少し内密の話をしておりまして」


 ここまで聞くと悪い予感しかしない。

 というより、これまで獣王国で投獄したどんな悪人より、アレンが悪い顔をしている。


 ここだけの話と言っているが、ここには50人近い人がいる。


「お、お前は何をしたのだ?」


「いえ、少し内密に約束をしただけですよ。そしたらもう、ベク獣王太子自ら獣王の説得までして頂いて、本当に助かりましたよ」


 ベク獣王太子自ら、全力で動いてくれたと言う。


「言うのだ! 一体何を約束したのだ!!」


「実は、もし中央大陸を攻めた場合、ローゼンヘイムは1ヵ月間何もしないとベク獣王太子と約束をしております」


「は!?」


「アルバハル獣王国が5大陸同盟の約定を破り、中央大陸を攻めても、非難声明も発表せず黙認し、ギアムート帝国に援軍も支援物資も送らないと、まあそんな感じです。もう、すぐに協力してくれて本当に助かりました。ねえ、シグール元帥」


 シグール元帥がベク獣王太子を個室に呼んで、内密に口頭で約束をしたとのことだ。


「……」


 シグール元帥は何も答えない。

 こんな、ギアムート帝国の貴族もいる場で口にするわけにはいかない内容なのだろう。


 しかし、それを気に掛ける段階はとうに過ぎている。

 今は一刻も早くこの状況から逃げ出したい、ローゼンヘイムに早く帰りたいという一心なのかもしれない。


 ベク獣王太子は、獣王の座に就いた暁には、中央大陸への侵攻を果たすという事を隠すことなく強く唱えている立場だ。

 シグール元帥との内密な話をしたベク獣王太子が獣王までも説得し、全力で協力してくれた。


「な、なんてことをしてくれたのだ。有り得ぬ。絶対にあり得ぬ……」


 ゼウ獣王子は全身の力が抜けた様に膝から崩れて倒れた。


「ゼウ獣王子!!」


 ゼウ獣王子が倒れた事でホバ将軍が慌て、そのまま意識が飛びそうなゼウ獣王子を抱きかかえるのであった。

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