第278話 成人式③

 今は夕方前なのだが、ハクの確認や鎧アリの巣の作業のため、アレンたちは今日はたいして食事を摂っていない。

 腹が減ったクレナがものすごい勢いで食べ物を口に運んでいる。

 部屋の反対側にいるゲルダがもう少し落ち着いてくれと願っているが、クレナに届くことはないだろう。


 マッシュからダンジョンの話をせがまれるので、S級ダンジョンの冒険譚を言って聞かせる。

 クレナの妹のリリィも冒険好きなのか目を輝かせながら聞いている。


「それで、アレンよ。冒険者ギルドからの陳情の件を聞いたぞ。また、バウキス帝国でも活躍しているようだな」


(あれ? 完全に俺の話になっているのか? 支部長もやってくれるね。まあ、別にいいけど)


 そんな中、グランヴェル子爵からアレンは話しかけられる。


「え? もう、ラターシュ王国にも話が来ているのですか? まだ情報部は試行段階と聞いているのですが」


「何でも、学園都市のダンジョンを使って他のダンジョンでも運用できるか試験をしたいそうだ」


(たしか、子爵って冒険者ギルドの外交部門に籍を置いているんだっけ)


 グランヴェル子爵は外交部門に籍を置いている。

 理由としては、ローゼンヘイムと仲良くしたいというラターシュ王国の狙いがあるからだ。

 ハミルトン伯爵のいる軍部や学園派と距離を置かせたかったというラターシュ王国現国王の思惑もある。


 また、アレンが従僕をしている頃、月に1回程度、魔導船に乗って王都に行っていたグランヴェル子爵であるが、今では王都に住んでいる。


 何でも、王城の貴族からもやってほしい仕事がたくさんあるので王都に住むよう王城で求められたからだ。

 息子のトマスも王城で役人をしながらグランヴェル家を継ぐための勉強中だ。

 子爵夫人も1人で寂しいと王都に一緒に住んでいるため、現在グランヴェルの街の館には代官を置いている。


 アレンが従僕時代にお世話になったさぼり癖のあるリッケルが、代官にこってり絞られているのは別の話だ。


 また何かやらかしたのかと子爵が問うので、何もしていませんよとさらりとアレンは言う。


 そんなアレンに今度はローゼンヘイムのシグール元帥が声を掛ける。


「それにしても、また貴重な物を頂いて感謝している」


「え? どういたしまして。銀の豆は100年、金の豆は10年しか持ちませんのでお気を付けください」


「いや、これがあれば、あの荒廃した街を復興させないといけない状況で安全に復興に専念できるというもの。女王陛下もお喜びになっている。1度ならず2度までもローゼンヘイムを救っていただき、本当に感謝している。ありがとう」


 シグール元帥に合わせて、待っていましたとタイミングを合わせてルキドラール大将軍とフィラメール老、そして付き添いでお世話係のエルフ数名が一同アレンに深く頭を下げた。


「「「!?」」」


 広間が一気に沈黙する。

 下座で成人したばかりの農奴たちの手元からボアの肉が落ちた。


 農奴たちも平民たちもシグール元帥の挨拶を聞いてもどこの誰か分からなかった。

 話の内容もほとんど頭に入らなかったが、どこぞのえらいさんであることは服装を見れば、村の農奴でも分かる。

 明らかにグランヴェル子爵より上等な服装をしている。


 床につくのではと思えるほどすれすれまで頭を下げ誰も微動だにしない。

 高貴な頭が向かう先のアレンに一気に視線が行く。


 子爵の口が無意識に開き、何が起きたか理解しようとするが思考が職場放棄をする。


 一瞬間を置き、子爵が何を渡したのだと目で訴えるので、後でお伝えしますとアレンも目で返事をする。

 視線だけの会話に伝わっているかどうか分からないとアレンは思う。


(おいおい、絶対わざと今お礼を言っているだろ。女王陛下からもローゼンヘイムで既にお礼の言葉を貰っているのだが)


 その時も女王陛下からかなり大げさにお礼を言われた記憶がある。


 アレンが渡したのは、草Aの召喚獣から作った「銀の豆」と「金の豆」という、銀色と金色のソラ豆の形をした木が生える種だ。


 EランクからBランクまで回復薬や状態異常回復薬であったのだが、Aランクは違った。


 【種 類】 草

 【ランク】 A

 【名 前】 ソラリン

 【体 力】 100

 【魔 力】 10000

 【攻撃力】 100

 【耐久力】 100

 【素早さ】 100

 【知 力】 100

 【幸 運】 10000

 【加 護】 魔力200、幸運200、破邪

 【特 技】 銀の豆、豆まき

 【覚 醒】 金の豆


 草Aの召喚獣の見た目はそら豆に手足が生えたような見た目だ。

 草系統は意地でもこの姿を押し通すのかなと思う。


 その効果については、銀の豆を植えるとすくすくと木が生え、その木から1キロメートル以内でBランク以下の魔獣が近寄って来れない結界が張れる。

 効果はメルスの案では100年らしい。


 金の豆を植えるとすくすくと木が生え、その木から1キロメートル以内でAランク以下の魔獣が近寄って来れない結界が張れる。

 効果はメルスの案では10年らしい。


 魔獣の近くに植えても、魔獣を倒すことはできないがほぼほぼ寄って来れない。

 

 特技にある「豆まき」とは銀の豆や金の豆を魔獣に投げつけるというものだ。

 どちらの豆も投げつけるとBランクの魔獣を倒すことができる。

 Aランクの魔獣でも投げつけると、かなり動きが悪くなる。

 Aランクの魔獣なら弱らせる効果があるようだ。


 なお、破邪の効果はCランク以下の魔獣が寄って来ないという加護だ。


 現在ローゼンヘイムでは、まだ1年も経っていない魔王軍の侵攻からの復興を急いでいる。

 しかし破壊され城壁が機能していない街や砦がたくさんある。


 1つ作るのにAランクの魔石を5つ使用する。

 2種類の豆を100個ずつ渡したので、優先順位を決めて使ってくれと伝えると、女王陛下が涙して感謝した。


 まだまだローゼンヘイムには魔王軍の残党の魔獣がいる。

 広い大陸に細かく分散してしまっているため、全て討伐するのに数十年はかかるかもしれないと言われている。


 魔獣たちが時には徒党を組んで、街や砦の復興の邪魔をしに来ると聞いた。

 そんな困った状況を救うのが、銀の豆と金の豆だ。

 足りなくなればまだまだあると言ってある。


 魔獣を寄せ付けず安全に復興できれば、どれだけエルフの血を流さずに済むのかという話だ。

 それは優に万単位のエルフの命が救われることを意味した。


「いや、お礼を言わせてくれ。ローゼンヘイムは必ず、アレン殿の願いを全力で叶える。もしも、困ったことがあれば、真っ先に我々エルフに声を掛けて欲しい」


「そうですね。何かあればお願いします」


 とりあえず、今は思いつかないのでそれくらいにしておく。

 これ以上楽しい会の空気を重くしないでくれとシグール元帥に念じる。


「……」


 ロダンがこの経緯を無言で見ている。

 なんとなく常識で収まらない子供だと思っていた。

 アレンが8歳の時にグランヴェル家の従僕では収まらないと言って聞かせたことも昨日のことのように覚えている。

 それ以上の存在になってしまったのかと遠くに感じて、若干悲しい思いでアレンを見る。


「あなた。駄目よ」


「ああ、すまない」


 そんな目で見たら駄目よとロダンはテレシアに首を振られる。


 その銀の豆、金の豆だが、活動には支障が出ないよう鎧アリの巣の周りに植えて、鎧アリが外敵に襲われないように、そして、管理がしやすいように植えてきた。

 どうも鎧アリの生態を調査すると天敵となる魔獣が多いようだ。

 巣の周りに天敵の魔獣が寄ってこないようにする措置だ。


 これからロダン村を始め、グランヴェル領とカルネル男爵領についてはしっかり対応したい。

 まだ、この金銀の豆について検証段階であったが、今起きた事情も含めてロダンや子爵に話をしようと思う。


「ああ、そういえば。マッシュ。勉強は捗っているか?」


「うん、アレン兄ちゃん」


 マッシュは今年の4月から学園に行く予定だ。

 勉強は十分にしていると言う。

 グランヴェル子爵が講師をロダン村に派遣してくれたおかげだ。


「じゃあ、学園で色々危険な課題が出ると思うから、これを持っていくといい」


 アレンは体力、攻撃力と素早さが上がる指輪を2つずつ、6個を手のひらの上に乗せてマッシュに差し出す。

 これは5階層の銀箱から出てくる特別な指輪だ。

 なんとステータスが5000上がる指輪が出てきた。


 アレンは、弟や妹のレベルとスキルの基本的な育成の方針として、ある程度分別ができるまで才能があっても、レベル上げを手伝ったりしないことにしていた。

 分別がない状況で、ステータスを数十倍にしたら、何かの拍子に事故が起きるかもしれないからだ。


 しかし、マッシュはアレンが思う以上に成長してくれた。

 アレンがいなくなった後かなり落ち込んだと、クレナやドゴラから学園にいた頃教えてもらった。

 そんなマッシュもクレナやドゴラのお陰で、兄であるアレンがいなくてもしっかり成長してくれたと思う。


 マッシュは妹を思うしっかりとした弟に成長してくれた。


「……」


 そんなマッシュが無言でアレンの差し出す手の平に乗る指輪を見ている。


「どうした?」


 受け取らないので、アレンはマッシュに問う。


「いいよ。僕は僕の力で強くなるよ」


(おお! 断ったぞ!!)


 マッシュはアレンから貰える力を断った。

 12歳になったマッシュは自分の力で前に進んでいきたいと言った。


 グランヴェル子爵との会話や、シグール元帥の今のやり取り、学園都市でのアレンのダンジョン攻略の話を聞いて、マッシュは自我に強く目覚めたようだ


 兄に頼らず自分の力で歩いていくと言う。


「そうか。でも知っているか? この村を出ると、ボアよりもっと強い魔獣がいるんだぞ?」


 アレンは成長して自力で歩こうとする弟に対して、顔が緩みそうになるのを必死に抑えて話をする。


「う、うん。自分の力で倒すよ」


「お兄ちゃんより強い魔獣もいるぞ?」


「え? そんなのいるわけないよ」


「いるぞ。それも、いっぱいいたんだ」


(魔神とか)


「そ、そうなんだ……」


「来年にはリリィも学園に来るらしいね。一緒に学園にいるときに指輪がなければ倒せない魔獣にあったらどうする? 魔獣たちは優しくないぞ」


 この世界は優しくなく、残酷だと言うことをアレンはマッシュに教える。


 アレンの話に仲間たちが無言で聞くので、何事だとシグール元帥やグランヴェル子爵も黙って兄弟の会話を聞いている。


「……」


 自らの意志で進もうとしたマッシュはどうすればいいか、何を答えたらいいか分からず固まってしまった。


「そんな時に指輪があればと思うかもしれないぞ」


「でも、僕は……」


 それでも自分の力で進んでいきたいとマッシュは思う。


「だから、この指輪は何か困った時のためにポーチの中に入れておくんだ」


「ポーチ?」


「自分の力でやってみて、厳しいときはポーチの指輪を装備するんだぞ」


 アレンはマッシュの成長を止めたりはしない。


「ありがと。アレン兄ちゃん」


 マッシュは子供ながらにアレンの意図することが分かった。

 アレンはマッシュの考えを尊重した上で、それでも無理な時は兄に甘えるんだと救いの道を示してくれた。


 マッシュの目から涙が溢れてくる。


「勝つことが一番大事だぞ。マッシュに守る大切な人が出来たら尚更だ。その時は手段を選ばず、躊躇っても駄目だぞ」


「うん。うん……。ありがと」


 そう言って、アレンは収納からポーチを出して6個の指輪を全て入れてマッシュに渡す。

 今度こそ受け取ってくれるので頭をワシワシしてあげる。

 皆の前で頭を撫でられてマッシュは恥ずかしそうだ。


 無事にマッシュが指輪を受け取ってくれて仲間たちもホッとしたようだ。

 また、会話や団欒が再開される。


(団欒だな。これが、俺が守りたい全てか)


 アレンは色々な家族や仲間の温かい団欒を見る。


 世界がもしかしたら数年で滅びるかもしれない。

 神は調和を重んじ、人々を助けてはくれないらしい。


 ロダンたちにこの話をするつもりはさらさらない。

 自分たちの力で、こんな苦境はなかったことにするつもりだ。


 目の前に広がる光景が自らの手で、アレンの守らないといけない全てだと思えてくる。

 どんな手を使ってでも、この幸せは守らねばならない。


(そうだな。どんなことをしてでも、絶対に守らないといけないな)


 マッシュに言い聞かせた言葉を自らに投げかける。

 アレンの瞳に力が宿っていく。


「俺は手段を選ばないぞ」


 アレンは誰にも聞こえないような声で、しかし決意を込めてそう呟いたのであった。

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