第220話 謁見②

 国王は精霊神のお礼の言葉に反応ができないようだ。

 息を飲み、再度ソフィーの肩の上に降りる精霊神をじっと見つめてしまう。


「もちろん、手ぶらでここに来たわけではない。お礼の品を持ってきたので、ぜひ納めてほしいのじゃ」


 精霊神に頭を下げ、謁見を進めるためフィラメールが今回の戦争のお礼があると言う。


「お、お礼の品だな」


 宰相もあまりの展開の速さにうまく話せていないが、この場を進めていく。

 お礼の品を謁見の場で渡すことは事前に王国側に伝えている。


 フィラメール長老の言葉を合図に、アレンたちの後ろに並び立つエルフたちがゆっくり歩みを進める。


 両手には大事そうに抱えた木箱がある。10人のエルフが一人一つずつ木箱を持っていた。

 この木箱については役人に対して、国王へ献上する品である旨の話を通してある。


 王国側の役人たちがやって来てエルフたちの木箱を受け取る。


「左様ですじゃ。数百万の魔王軍の軍勢に攻められ数が少なくなってしまいましたが、これはローゼンヘイムの秘宝であるエルフの霊薬でございますのじゃ」


 1箱10個のエルフの霊薬が入っているので、全部で100個になる。


「エルフの霊薬とはなんだ?」

「知らないのか? 奇跡のような回復薬だと軍部が言っていたぞ」

「それにしても、数百万の魔王軍の軍勢とは数を盛っているのではないのか?」

「そんなことを言うな。本当かどうかはこれから明らかになる話だ」


 謁見の儀に参加する貴族たちが、フィラメールの言葉と献上される木箱を見ながら口々に言う。


 戦争の終結宣言をして間もないということもあり、魔王軍の攻めてきた魔獣の数はギアムート帝国もローゼンヘイムも発表しているが、半信半疑のようだ。

 しかし、ローゼンヘイム側の重鎮どころか精霊神までやって来たこと、そしてここまでの対応に真実味が増していく。


「貴重な品、国王に代わり礼を言う」


 宰相が国王に代わって礼を言う。


「実はここにやって来たのは、助けていただいた王国にお伝えしたいことと、お願いがあって来たのじゃ」


 お礼を済ませたローゼンヘイムの代表としてやって来たフィラメールが、初めてラターシュ王国にやって来た用件を伝える。


「伝えたいこと? お願い?」


「左様でございますのじゃ。お願いについては後から話すとして、まずはローゼンヘイムとして今回の戦争を受けて決まったことがあるので1つこの場を借りて発表させてほしいのじゃ。これはラターシュ王国にも関わることであるからの」


「そ、そうなのか。どのような発表であるのか?」


 するとフィラメールはソフィーを見る。ソフィーが頷き同意したので、後方にいるエルフから1枚の丸まった羊皮紙を受け、そして仰々しく広げる。


「では、発表しますのじゃ。此度の戦争を受け、功績を称え、そして、今後の助力をいただくため、ラターシュ王国ご出身のアレン殿をローゼンヘイムの『参謀』として迎え入れることとする」


 フィラメールは読み上げた後一旦黙る。


 国王も宰相も「参謀ってなんだ?」と疑問符を浮かべ、貴族たちも参謀という役職がローゼンヘイムにあったのかとざわざわし始める。


「フィラメール殿、参謀とはローゼンヘイムの国にとってどういう立場であるのか?」


「参謀は軍職ゆえに、私の方から説明させていただく」


 ルキドラール大将軍が自らの名前を名乗り、参謀について説明を始めた。


 参謀とは軍部において元帥に次ぐ立場で、過去にあったが現在は不在の軍職だ。

 主に戦略や戦術について元帥へ助言し、将軍への作戦指示を行う。


「な!? げ、元帥に次ぐですと? ば、馬鹿な、そんな大きな立場など。将軍より立場が上と言うことか? 将軍に指示など軍を動かせるということではないか!」


 ルキドラール大将軍から全て聞いた後、宰相が驚愕し思わず叫んでしまう。


「いや、大将軍より立場が上ということだ。当然ローゼンヘイムの全軍をアレン殿は動かせることになる」


 ローゼンヘイムでも数名しかいない大将軍より立場が上だとルキドラール大将軍は言う。

 大国であるローゼンヘイムの軍部のナンバー2にアレンがなったことに、貴族たちも黒髪の少年を見ながらざわざわし始める。

 

「アレン殿にして頂いたことを考えれば当然のことと我らは思うておる。これから、ラターシュ王国においてアレン殿の褒美の話も出るだろうが、爵位とは早い者勝ちであるゆえ、申し訳ないが先に決めさせてもらったのじゃ」


「う、うぬ」


(そうだぞ。早い者勝ちだからね)


 アレンは昔、グランヴェル子爵から貴族になる方法について聞いたことを思い出す。

 それはキールを貴族に戻す方法を探していた時のことだ。


 貴族になる方法はいたってシンプルだ。

 国王が認めたら貴族になれる。

 国によって貴族になるハードルが異なったり、多少の作法があったりするがそれは変わらないという。


 そして、もう1つ大事なことがある。


 基本的に貴族になれるのは1つの国に限られる。

 2つ以上の国で貴族を兼任することはできないという話だ。

 理由としては、貴族は王家や国に仕える者という考えがあるからだ。


 なお、ローゼンヘイムには女王などの王族以外には、ラターシュ王国のような貴族はいない。

 元々精霊の元にエルフは平等だという考えがあるからだ。

 そういったこともあってエルフの女王であっても家名はない。

 だが、将軍や長老などの重役が、他国で言うところの貴族にあたるというのが、世界の認識だ。


 アレンは女王から色々お礼は何がいいか聞かれた。

 「一番低い立場でいいので、ラターシュ王国の貴族に相当する立場が欲しい」とお願いをした。

 その言葉に目を輝かせた女王に与えられたのが「参謀」という軍職だった。


 女王の発案後、長老会での全会一致ですぐに決まった。


(これで、今後王国で貴族にされることもなければ、つまらん命令書で戦場に行くこともなくなったわけだ。ぐふふ)


 ラターシュ王国が、今後他国で重要な立場にあるアレンを命令書一枚で戦場に送れるだろうかという話だ。


 アレンは必要な時に助力はするが、基本何もしないとエルフの女王には伝えている。

 求めたのは自由な立場だ。

 それだけでローゼンヘイムに駆けつけた価値があるというものだ。


「これから公式の書面は送らせてもらうが、まずはこの場で発表させてもらったのじゃ」


「そ、そうか分かった」


「次にお願いがあっての、まずは聞いてもらえるかの?」


「うむ、聞ける内容か考えさせてもらうがどういった内容であるか?」


 アレンが参謀になったことを伝えたので、今度はお願いの話を始める。


「今ラターシュ王国とローゼンヘイムはちゃんとした形での国交はない。ぜひお互いの国に外交官を置かせてほしいのじゃ」


「なんと!? それはありがたい!!」


 今回ラターシュ王国と国交を結びたいとフィラメール長老は言ってきた。

 その言葉に、何をお願いされるのかと不安そうな顔をしていた宰相は、謁見の間に広がるほどの声で歓喜の声を上げる。


 国王も玉座に座っていたが、半腰を上げて前のめりになっている。


 中央大陸でのエルフの部隊や、今回のようなエルフの霊薬など国交を結べば利益は大きいと宰相は喜ぶ。

 しかし、利益はそんなものではない。


 ラターシュ王国において、現在5大陸同盟の盟主と呼ばれる国の中で国交があるのはギアムート帝国だけだ。

 他の4つの盟主と呼ばれる国と国交を断絶しているわけではないが、お互いの王都や帝都に外交官を置き、国交を交わしているのは中央大陸の盟主ギアムート帝国1国しかいなかった。


 そのせいで、魔王軍の存在以前から厳しい対応をギアムート帝国に迫られたことは、1度や2度では済まない。そんな無理難題を押し付けられても躱すほどの国力が無かったから仕方ないと考えてきた。


 今、ローゼンヘイムの重鎮3人が国交を交わそうと言ってきた。

 これでラターシュ王国はローゼンヘイムという大国の後ろ盾ができるかもしれないという話だ。アレン達を送ったら貴重なエルフの霊薬もくれた。困った時に助けてもらえるかもしれない。


 これはラターシュ王国の国家としての在り方が変わる。

 そういう提案をローゼンヘイム側から提案された。


(喜んでいるようだが、これでローゼンヘイムもラターシュ王国に圧力を今後掛けられるというものだな)


 ラターシュ王国は新国王に変わって、アレンとしても不安な点が多い。

 だからといって内政などに興味はないし、国王を打倒する気もない。

 外交関係があればローゼンヘイムがラターシュ王国の内政に干渉する口実ができたことになる。


「もう1つは完全なお願いになるのじゃが」


「う、うむ。なんだ?」


 外交のことで頭がいっぱいの宰相にフィラメール長老が語り掛ける。


「此度の戦争が終わった今、アレン殿達に皆の力を貸してほしいのじゃ」


「力を貸してほしい? それはどういうことだ?」


 宰相の疑問の声が再度、謁見の間に響いてしまうのであった。

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