第211話 魔神レーゼル戦④

 血まみれのドゴラが吹き飛ばされていく。 

 アレンはすぐに天の恵みでドゴラの体力を全快にする。


 吹き飛ばされ、動かないドゴラに向かってアレンは走って行く。


「お、おい。起きろ! ドゴラ!!」


 攻撃を受けたドゴラの腹を見る。

 腹に受けた傷は天の恵みで完治しているのだが、意識が戻らない。


(お、おいおい)


 首元を触るが、血の流れがない。呼吸もしていない。


「キール、神の雫を使ってくれ!!」


「わ、分かった!!」


 キールが掛け寄り、ドゴラの胸に手を当てる。

 そして、目をつぶり祈るように意識を集中したキールの体がゆっくり陽炎のように屈折していく。


「絶対に成功させてくれよ!!」


(こんな時に失敗なんてありえんぞ)


 そういうとアレンはドゴラに背を向け魔神レーゼルと向き合う。

 移動できなくなった仲間のためにも、この場所は絶対に死守しなくてはいけない。


『あ、あんな雑魚に心臓を1つ潰されるなど……』


 魔神レーゼルは片方の手を2本失い、3つある心臓の内さらに1つがドゴラの攻撃で潰されてしまったようだ。


 大量の血を流しながらも立ち上がる。


「クレナさん、畳みかけるよ!!」


 ヘルミオスはここはチャンス、共に倒そうとクレナに声を掛ける。


「うん! 分かった!!」


 クレナもドゴラのことが心配だが、駆け寄ることなく魔神レーゼルに剣を向ける。


 魔神レーゼルは心臓を2つ、腕も2本失って多少弱ったようだが、まだまだ戦えるようだ。


 クレナとヘルミオスの2人がかりに、アレンの召喚獣、セシルの魔法、フォルマールも遠距離から攻撃するが、魔神は全てをいなしていく。


 ドゴラほどの決定力のある攻撃はない。

 唯一、1万の攻撃力に達したヘルミオスの攻撃を魔神レーゼルは防御し続ける。


 そんな中、失った腕を再生させるべく、ミチミチと音を立てながらドゴラがつけた切り口部分がうごめいている。


(おいおい、魔神レーゼルに再生されたら、またさっきの状況に逆戻りになるぞ)


 圧倒的強者である魔神レーゼル相手に、アレンが必死に打開策を考える。


「お、お願いします! 大精霊様出て来てください!!」


 そんな中、ソフィーがさっきから必死に懇願している。

 この状況に置いて、指揮化した召喚獣より力のある大精霊の援護は戦況を変える可能性が高い。魔神レーゼルはドゴラの攻撃により、動きが鈍くなっている。


 危機が迫る状況の中、ソフィーはエクストラスキル「大精霊顕現」を発動しようとし続けた。


「ソフィーもういいから。回復に……」


 アレンはできない大精霊顕現よりソフィーにも回復に参加してほしいとお願いしようとする。現在、キールがエクストラスキル「神の雫」を使って回復役から外れてしまっているためだ。


 その時だった。


「で、出ました!! あ、ありがとうございます!!」


 全ての魔力を失う感覚と共に、ソフィーの顔から歓喜が漏れる。


「大精霊が出たのか?」


「は、はい。え? こ、この方は?」


 ソフィーから疑問の声が出る。

 今まで見たことのない大精霊のようだ。


 光の塊がだんだん形を作っていく。

 それは、今まで顕現したどの大精霊よりも小さい。


 まるで小動物のようだ。

 まるでモモンガのようだ。


『おお、やれば何でもできるってアレン君もいっていたけど。挑戦してみるものだね。はは』


「あ、あなた様は……。せ、精霊王様?」


『うん、祈りの巫女の末裔よ。何を望む?』


『ば、馬鹿な!! 精霊王が我々の戦いに参戦するなど!! この世の理を破るのか!!』


 ヘルミオスとクレナと戦いながらも、信じられないと精霊王の顕現を魔神レーゼルが批判する。


『何を言うんだい? 先に神の理を破り、神域を犯したのはお前達魔神じゃないか? ああ、精霊神に至るのを我慢していて良かったよ。さすがに今の末裔の力では精霊神になると、顕現が厳しかったかもしれないしね。はは』


(ヘソ天のままになっていたのは、俺たちに力を貸すために精霊神になるのを我慢していたってことか?)


 女王の膝の上で20日以上の期間、ヘソ天のまま精霊神にならずに留まっていたことになる。


「力を! 仲間を助ける力をお与えください」


『まあ、聞いておいてなんだけど。僕、精霊王ローゼンが使うのは『精霊王の祝福』に決まっているんだけどね。じゃあ、いくよ。はは』


 そこまで言うと、中空に浮いた精霊王はお尻を振り振りとしたかわいらしい動きを始めた。すると、無数の光の泡が空から雪のようにふわふわと降ってくる。

 光の泡に触れたヘルミオスも含めた全員の体が輝き始める。


「す、すごい。力が湧いてくるわ!!」


 セシルが真っ先に自分の体の変化に気付く。


(ぶ、全員のステータスが3割上がっている)


 アレンが魔導書で全員のステータスを確認する。全員のステータスが3割アップしていた。


 クレナとヘルミオスは、ステータスが上がった状態で戦いに挑む。


『ろ、ローゼン。また我らの夢を阻むのか!!』


『もちろんだよ。世界樹を血で汚そうとするなら、何度でも君らの前に現れるよ。はは』


 精霊王ローゼンは幼体の頃から、始まりの巫女であるエルフと共にダークエルフと戦ってきた。


 魔神レーゼルは、精霊王を睨みながらもクレナとヘルミオスと戦う。

 クレナとヘルミオスを含めた全員の力が上がった。


『う~ん。あまりアレン君に助言すると、エルメア様に怒られそうなんだけど……』


「いえ、全然怒られません。黙っておきますので、ぜひ助言をください。何でしょう?」


『また、確証のないことを。じゃあ、一言だけ。僕の祝福はクールタイムを1回だけゼロにするよ。はは』


 それだけ言えば分かるよねと言う。


「皆! エクストラスキルがもう一度使えるようになったぞ!!」


 その言葉だけで、アレンは瞬間に理解する。アレンは皆にエクストラスキルが使えるようになったことを伝える。


「ほ、本当だ!! こ、今度こそ!!」


 クレナの体が陽炎のように屈折していく。


 エクストラスキルは一度使うと1日使えなくなるので、使うタイミングが大事だ。

 しかし、クレナがもう一度使えると聞いて、直ぐに使い始める。どうしても、エクストラスキル「限界突破」発動時にスキルを使いたいようだ。


「ぐ!! な、なんでできないの!?」


 エクストラモードのクレナでも、まだステータスの全てにおいて魔神レーゼルに力負けをしている。

 何度も吹き飛ばされながらも必死にスキルの使用を試みる。今ここでエクストラスキル発動時にスキルを使用できることがどれだけ大事か、クレナもよく分かっている。


 そんな中、アレンはキールに声を掛ける。


「どうだ? キール。蘇生できそうか?」


「いや、無理だった」


 キールは残念そうに言う。

 ドゴラは目をつぶり眠るように動かない。


「精霊王のお陰で、もう一回、神の雫を使えるはずだから必ず蘇生させてくれ」


「ああ、分かっている。絶対に蘇生させる」


 そこまで言うとアレンもドゴラとキールに背を向け、回復役のキールがいなくなった分の穴埋めを続けている。

 ソフィーだけだと魔神レーゼルを相手にするには回復魔法が足りない。


『クレナさん』


 焦るクレナに後ろから精霊王が声を掛ける。


「う、うん?」


『仲間の声を信じるんだ。アレン君は何て言っているかな? 嘘は言っていないよ。はは』


(俺以外の人にはアドバイスをくれるんだな。だけどこれは助かる)


「クレナ! 絶対にスキルは使える!」


 アレンは全力でクレナがスキルを使えると叫ぶ。


「う、うん? え? 分かった!!」

 

(エクストラスキルとはエクストラモード時に使えるスキルだ。エクストラモード時のステータス増加スキルを使用中に、ノーマルモードのスキルを使用できない理屈はない)


 魔神レーゼルがエクストラスキルとエクストラモードについて教えてくれたから分かった。


 アレンの言葉を信じて必死にクレナが大剣を振るう。


『何をわけのわからぬことをやっている!!』


 アレンや精霊王と話しながら何かを試そうとするクレナに、魔神レーゼルははっきりとした苛立ちを見せる。


「がふっ!」


 クレナはスキル名を叫びながら、大剣を振るい続ける。


(精霊王が出て来てくれて、何だか魔神の攻撃が雑になったか?)


 どこか雑になったのか、魔神にも体力があって疲れつつあるのかは分からない。


(やばいな。クレナのエクストラスキルが終わってしまうな)


「クレナ! 何やっているんだ!! あのドゴラだってエクストラスキルを使えたんだぞ!!」


 アレンがドゴラでも使えたのに何で使えないんだと激励する。


「使える。私は使える! 豪雷剣!!」


 アレンの言葉だけがクレナの耳に入る。


『意味が分からぬわ!!』


 魔神レーゼルはそこまで言ったところで、つい先ほど行った反省が頭をよぎった。雑魚だと思った人間の子供に手を2本と心臓を1つ奪われたばかりであった。


 クレナを再度見た魔神レーゼルは悪寒を感じた。


 クレナの大剣にバチバチと音を立てた雷が宿っていた。


「私は使える! 豪雷剣!!」


『ぐっ!!』


 魔神レーゼルはクレナの攻撃を受ける。魔神レーゼルはクレナから初めてダメージを受けてしまう。

 そして苦痛に顔を歪める。


(お、やっと攻撃が通り始めたぞ)


 精霊王の祝福とエクストラスキルのステータス上昇が合わさったクレナのスキルは、魔神レーゼルの耐久力をとうとう上回った。


 同じく、上回っているヘルミオスとの連携攻撃を始める。


(おお! やっと形になってきた。まだエクストラスキルは切れないでくれよ)


『がは!』


 ヘルミオスとクレナの連携技により、1本になってしまった右腕が砕けてしまう。

 ヘルミオスとクレナのスキルより、魔神の2本の腕と心臓を潰したドゴラのエクストラスキル「全身全霊」の方が、威力があるように思える。


「や、やった!!」


「クレナ君、駄目だよ。よそ見しちゃ。でも、これなら僕の一撃で仕留めることが出来そうだ」


 エクストラスキルをもう一度使えるのはクレナだけではない。

 ヘルミオスももう一度エクストラスキル「神切剣」を使えるようになっている。


 魔神レーゼルにとうとう焦燥感のようなものが芽生え始める。


『わ、我は全てを捨てて魔神となったのだ。絶対に負けるわけにはいかぬ』


 そこまで言うと、向かってくるクレナとヘルミオスを弾き飛ばすように巨大な翼を広げ、空へ飛び立つ。神殿から街中上空の方にどんどん離れていく。


(え? 逃げるの? まじで)


 アレンがそう思ったのは束の間だった。

 天上よりさらに高く、そして神殿から離れたところで、魔神レーゼルは残った左腕3本を天に掲げる。すると、巨大な闇の玉のようなものができ始める。


 強力な魔法で吹き飛ばそうとしているようだ。


(お? これは? とんでもない威力だな。正真正銘最後の一撃か。これは反射できるか? いやそれよりもふむふむ)


 恐らく神殿など灰にするほどの魔力を籠めているのだろう。

 指揮化したミラーでもとても反射できないほどの威力があるように感じる。


 しかし、そんな事よりもこの状況がかなり美味しいことに気付く。


「セシル、あの魔神レーゼルの上に小隕石落とせるか?」


「え? 何言ってんのよ! 街が無くなるじゃない」


 セシルは神殿内というこの状況でエクストラスキル「小隕石」を使うのをためらっていた。


「街が無くなるのは許可を取っている。それにあの魔法で相殺されて、多分そんなに壊れないと思う」


(多分だけど)


 セシルは「分かったわ」と言って魔力を集中する。


「プチメテオ!」


 漆黒の巨大な魔法球に負けないくらいの大きさの、真っ赤に焼けた岩の塊が、魔神レーゼルの上にものすごい勢いで落下する。


(おお! プチメテオも精霊王の祝福で大きくなったな!!)


『ば、馬鹿な!! このような場所で、こんな魔法を使うなど。ぬ、ぐぐぐ』


 魔神レーゼルは離れた位置からアレン達を魔法で倒そうとした。

 人間がこんなことをするとは思っても見なかったようだ。

 巨大な岩の塊を自分が作った漆黒の魔法の玉で相殺しようと硬直状態になる。


「では、ヘルミオスさん。的が動かなくなったのでよろしくお願いします」


 必死にセシルの小隕石を自らの魔法で相殺しようとする魔神レーゼルはその場から動けない。あとは分かりますよねということだ。


「なんだろう。アレン君らしいね」


 ヘルミオスは剣を担ぎ、投擲の構えをする。

 そして、ヘルミオスの体が陽炎のように屈折を始める。


「神切剣!」


 ヘルミオスがオリハルコンの剣を全力で投擲をする。


『な!? 我が心臓が!!』


 剣が魔神レーゼルに吸い込まれていくように見えた。最後の心臓を貫いたようだ。


 そして、全ての心臓を失い、魔神レーゼルの力がどんどん抜けていく。

 力を失ったため硬直状態の自らの魔法とセシルのエクストラスキル「小隕石」の2つが自らの上に落ちてくる。


 街の一部を崩壊させていきながら、魔神レーゼルは地面に押しつぶされていくのであった。

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