第98話 マーダーガルシュ③
グランヴェルの街まであと1日というところで、共有する鳥Eの召喚獣がアレンに近づく魔獣を発見する。
(ぶっ! マーダーガルシュだ。まっすぐ向かってくるぞ)
もう、数キロメートルかそこらしか相手との距離はない。結構な距離まで詰められていた。
(どうしよう、逃げ切れるかな。3年前よりずいぶん素早さ上がっているんだが)
アレンはどうすべきか考える。できれば、状況が状況なだけに戦闘をせずに逃げ切りたい。
このまま逃げ切れるか考える。
以前マーダーガルシュに会ったのは3年ほど前だ。ずいぶんレベルが上がり素早くなったが、今はセシルを背負った状態だ。
ダグラハを見失っている状況でどこからダグラハがやってくるか分からない。なるべく危険を冒したくない。
「どうしたの?」
アレンはあまりポーカーフェイスが得意ではないようだ。もしくはセシルの勘が鋭いのかもしれない。アレンの異変に気付く。
「え、はい。今マーダーガルシュに追われていまして」
「え?!」
現在、数キロメートルというところで、マーダーガルシュがいることを伝える。まっすぐアレンを目指して走ってきている。
「この状況で2者から追われるのは厳しいので、マーダーガルシュを倒して先に進んだ方が良いかなと」
マーダーガルシュは現状で倒せない相手ではないと考えるので、倒してから進みたいと言う。
「え? マーダーガルシュに勝てるの?」
「たぶん、いけるかと思います。初見ではないですし」
マーダーガルシュの強さは大体3年前に検証済みだ。
「分かったわ」
セシルはアレンの強さを知っている。マーダーガルシュにも勝てるだろうと思ったようだ。
それから数分後、アレンの目の前にはマーダーガルシュがいる。セシルはかなり離れた位置からそれを見つめている。
(よしよし、セシルの安全は確保してと、邪魔なマーダーガルシュは討伐してと)
『アアアアァァァアアア!!』
人面犬のような顔に上半身が人間の手や体のような作り、下半身が狼の体をしている体高5メートルほどの魔獣がアレンの目の前にいる。片目を失ったその魔獣は久々にアレンに出会えたことがうれしいのかニヤニヤしている。
「おい、いぬっころあまり時間がないんだ、一気に行くぞ」
そんなマーダーガルシュにアレンは瞬殺を宣言する。マーダーガルシュの周りに20体の獣Dの召喚獣が現れた。一気にマーダーガルシュを襲い始める。
作戦はいたってシンプル。オークキングや女王鎧アリを倒した方法で今回も物量戦で削り倒す。
(スパイダーの蜘蛛の糸はやはり効果薄いか。速度低減は見られないしな。無駄に獣Dの召喚獣を削られてもしょうがないか。ブロン達押さえ込め)
同じBランクの魔獣であるオークキングや女王鎧アリの経験を活かして、石Dの召喚獣を4体使い四方から押さえ込む。この方が、攻撃が当たりやすく無駄に獣Dの召喚獣が死なない。
それでも1体、また1体と獣Dの召喚獣がやられていく。目まぐるしく魔導書はパラパラと上空で動き続け、生成を続け、強化した獣Dの召喚獣が新たに生まれ続ける。
マーダーガルシュに対して獣Dの召喚獣の特技「かみ砕く」をし続け、体全身から血が噴き出していく。
そんなマーダーガルシュに対して、アレンは残った方の左目に向かって必死に鉄球を投げ続ける。
できれば両目を潰しておきたい。もしアレンがやられても、両目を失えばセシルは助かるかもしれない。しかし、レベルが上がったアレンの攻撃力を乗せた投擲でも、マーダーガルシュの目を捉えることはできない。投げるたびに手で簡単に払われてしまう。
(オークキングならもう倒せているんだが、さすがBランク上級だな。でもそろそろかな)
10分ほど攻め続け、そろそろ倒せるかなと思ったその時であった。
全身を獣Dの召喚獣により出血したマーダーガルシュが後ろ足に力を込め全力で跳躍した。
『アウアアアアア!!!』
「え?」
ズウウウウウン!!!
アレンはすでに鉄球は投げつくし、身の安全を確保するために、何十メートルも離れたところから召喚を繰り返している。そんなアレンの近くに跳躍したマーダーガルシュが降り立った。
さっきまでマーダーガルシュがいた位置にいる獣Dの召喚獣をアレンの元に向かわせる。しかし間に合わない。
「ブロン達出てこい」
4体の石Dの召喚獣を既に作り、アレンが襲われたときのために準備してある。
そんな石Dの召喚獣を吹き飛ばし、マーダーガルシュがアレンの体を掴んだ。万力のような力で締め上げられる。
(まじか、結構やばいか? 間に合うか)
「あ、アレン!!!」
後方から召喚していたアレンの更に後ろから様子を窺っていたセシルが大声で叫ぶ。
「だ、大丈夫です!!!」
セシルには、とても大丈夫そうには見えない。マーダーガルシュに両手で握り締められながらもアレンは生成と合成を繰り返していく。心配をするセシルに、近づくなと強く念を押す。
両手でつかまれたアレンに対して、全身血を流したマーダーガルシュはニヤニヤが止まらないようだ。笑みをこぼしながら、ゆっくり力を入れていく。一気には殺さないようだ。
体を握りしめられ骨が砕かれ吐血しながら、命の草でアレンは体力を回復させながら耐え続ける。
そして数分ほど締め上げたアレンの頭をつまむように持ち上げ、パクりとマーダーガルシュが食らった。
下半身を食われ、犬歯がアレンの腹に当たり鮮血が飛び散る。
セシルが遠くの方で膝を落とし、「アレン」と小さく呟いた。アレンが食われ全てが終わったと思った。
「おい、犬っころうまいか。頭から食らうと思ったが尻尾から食らう派だったのか」
タイ焼きの食べ方について語るように話をする。
(下半身から食らったか。じゃあ、狙うはこっちだ!!!)
そう言ったアレンは収納からドゴラに貰った短剣を取りだし全力で握りしめる。まだ自由に体が動く、腹から上に力を込め渾身の一撃でマーダーガルシュの左目に突き立てた。
『アァァァアアアア!!!!!』
眼球の水分があたりにまき散らされる。マーダーガルシュは痛みで悲鳴を上げる。
(よし、これで両目を潰したぞ。そして)
さらに腕をねじ込むように、マーダーガルシュの目の中に短剣を突き立てていく。アレンの短剣が既に腕ごとマーダーガルシュの目の中に入って行く。それでも力を込めることを止めない。
「どうした? 犬っころ、口に力を入れねえと止めを刺してしまうぞ!!」
マーダーガルシュは目玉を短剣で突き立てられている状況であるが、アレンを吐き出していない。
マーダーガルシュが顎に力を込め、アレンの止めを刺そうとする。
「硬いだろ? どんどん硬くなるぞ。すぐに俺に止めを刺さなかったお前の負けだ」
アレンはマーダーガルシュに捕まった瞬間にすごい勢いで、生成と合成を繰り返し、ホルダーの構成のほとんどを石Dの召喚獣に変えていっている。
マーダーガルシュは両手を使いアレンを握りつぶそうとする。アレンは構わず、さらに腕を目玉の中にぶち込む。
攻防の中、体力と耐久力が20上がる石Dのカードを48枚にし、体力を2000近くに、防御力を1500近くに上げた。
「いいか、犬っころ、ステータスは嘘をつかねえんだ」
マーダーガルシュのステータスは分らない。しかし、石Dの召喚獣が身を守って一撃で倒せなかった。そこから攻撃力が2000も3000もないと判断した。
命の草を飲みながらなら、この状況でも十分止めを刺せると判断した。命の草は仮眠のために休んでいる時に何百枚も作っている。ダグラハに備えて用意した命の草は十分にある。
(ああ、久々だな。この緊張感、懐かしいぞ)
前世で健一だったころ、ゲームで雑魚狩りだけしてきたわけではない。数発で死んでしまうボスキャラの敵に対して、同じようなことをしてきた。回復薬を連射しながら体力を管理し、相手の体力を削っていき、そして倒す。
魔導書のステータス欄で自らの体力を確認しながら、命の草をタイミングよく使っていく。
短剣は既に眼底の骨にあたり、ゆっくり食い込んでいる。骨に当たり刃の先が止まっても力を込め続ける。眼底の骨にひびが入り始める。
そして、
『アアアアアァァァアアアアア!!!』
眼底の骨が割れ、頭の中に刃が達した。マーダーガルシュは一番の雄たけびを上げ、地面に倒れる。アレンを吐き出し、痙攣をしているがやがて動かなくなった。
『マーダーガルシュを1体倒しました。経験値82000を取得しました』
「ふむ、疑いようのない完勝だな。下半身べたべたするけど」
「アレン!!」
セシルが駆け寄ってくる。無事なのかと確認をしているようだ。
「さて、これからどうしましょうかね」
「え? あ……」
アレンとセシルの目の前にダグラハが現れたのであった。セシルがダグラハの存在に気付く。
「や、やっと見つけたぞ!!!」
(むう、何かブチ切れているぞ)
傍から見ても分かる切れようだ。ダグラハは怒りが強すぎて声が裏返っている。
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