第35話 ボア狩り②

 21人の農奴と2人の平民が林に向かって歩いていく。この向かう先に最も近い狩りのポイントがあるとのことだ。


 今日は水汲みだけ済ませているので、朝7時前に家を出たロダンとアレン。今は8時頃であろうか。昼前には狩りのポイントに着くという話だ。


(それにしても、捕まえるボアの数を増やせって)


 アレンは考える。なぜこんなにボアの数に拘るのかと。何年も前から参加者を増やしてほしいと言っていた村長である。ボアの討伐数を増やすのは領主の命令とのことだ。


 クレナに会いに来た騎士団長の言葉を思い出す。騎士団長は言っていた、この領は食料を増やすことに最も重きを置いていると。


 ひたすら歩くだけの道中、ボア狩りを領主が推し進める理由を考える。主だった理由を3つほど考えつく。


理由1 領内に主立った産業がないから食料増加に力をいれている

理由2 棚ぼたでボアが取れるようになったから、もっと徴税を増やしたい

理由3 領内、もしくは王国内で食料が不足しているから


(どれも考えられるけど、単純に1とか2かな。3だと、村に果物を売りに来る行商人もいることだし、食料が足りないわけではなさそうなんだが)


 アレンの思考がここにきて、少し変化したことにアレン自身はまだ気づいていない。それはきっと、転生7年目にして初めて村の外に出て、視野が広がったからだろう。



「よし、着いたぞ!!」


 ロダンの声で皆が歩みを止める。そこは林に入って少し進んだところである。


 このあたりは少し広く木が生えていない。20人が狩りをしても十分な広さである。


 数時間歩いているので、皆思い思いに持ってきた荷物から干し芋を食らい水筒に入った水を飲む。


「ペケジ、今日はどうするんだ?」


 ゲルダがペケジという名前の男を呼ぶ。干し芋をかじる男がやってくる。


 どこからボアを連れてくるのか、地面に棒で図を描きながらもう一度入念に相談する。アレンも一緒にその話を聞いている。


 20人は3班に分かれることになる。だからリーダーも3人だ。ロダン、ゲルダ、そしてもう1人のリーダーがペケジである。


 ペケジの班の行動が生死を分ける。


「今日は、北を攻めるようにするからよ」


 ペケジの返事に北かと、じゃあボアはこっちから来るのかとゲルダが確認する。


 ペケジの班はボアを1体連れてくることが役目である。

 健一だったころ、やっていたゲームでは釣り役と呼ばれた、目当ての敵を味方のいる陣近くまで連れてくるのが仕事だ。


 3班の中では最も人数が少なく、ペケジを含む3人で担当をする。じゃあ行ってくると言って3人が棒きれを握りしめ、林の中に消えていく。槍ではなく、アレンが持っているような木刀のような棒きれだ。これを使って釣りをする。


 ボアはこの林の中で点在しているが1体でいるわけではない。1体から3体でいるという話だ。見つけたボアが1体ならよし。しかし3体いるのを残り2体まで全て連れてきてしまったら、受けきれず全滅し狩りが失敗に終わる。


 1体だけ連れてきつつ、残り2体まで釣れたら林の中で撒かないといけない。3人で連携をして、1体のボアを連れてくる。


 林の中には結構なボアがいるとのことで、わりと早く釣れる。時間もかからないという話だ。


 秋になると、村の近くのこの林はグレイトボアが増える。


(この林の先に白竜山脈があるんだっけ)


 なぜ、秋になるとボアが林へやってくるのか確認したかったが、ロダンもゲルダも詳しくは分からないとのことだ。


 分かっているのは、この林を抜けると、その先に白竜山脈という白竜の住まう山脈があるとのことだ。ボアはもともと、白竜山脈の麓に生息しており、秋に餌を求めて林にやってきているという話である。なので、秋が完全に終わって冬になるとまた、山脈の麓に帰ってしまうという話を聞いた。


(山脈が見えないな。結構遠くにあるのかな。木が邪魔で遠くは見えないけど)


「きたぞおおおおおおおおおおお!!!」


 アレンの思考を遮るように、ペケジが林から駆け抜けてくる。残り2人は帰ってこない。どうやらボアは3体いたようで、2体は林の中に撒いている途中のようだ。



『グモオオオオオォォオオオオ!!!!』



 ズウウウウン!!!



 グレイトボアがやってきた。ペケジを押しつぶそうとする。ペケジが大木を盾にしてそれを躱す。大木に体を打ち付け、減速した隙に仲間のもとへ駆けていく。


 ここからは俺らに任せろと待ち構えるのはゲルダだ。ゲルダの班が次の仕事を行う。ここには11人ほどいる。一番人数の多い班だ。


 ペケジがゲルダのもとに一気に駆けていく。ゲルダの班の中を一気に突っ切っていく。


 ペケジの後方からボアが全力疾走で襲ってくる。大きな牙に鼻先から頭にかけて角が無数に生えている。体高が3メートルを超える巨体を揺らしながら、よだれをまき散らしながら突っ込んでくる。


(やっべ、すげえ迫力だ。これはビビるの分かるぞ。これでCランクの魔獣かよ)


 ゲルダのさらに後方から見学する。ここまでボアの踏みしだく地響きが伝わり、その迫力に圧倒される。


「こいやあああああ!!!皆、歯を食いしばれ!!!!」


「「「おおおおおおお!!!!!」」」


『グモオオオオオォォオオオオ!!!!』


 ゲルダの班は囲み役である。突進するボアを槍1つで受け止める。あまり長い槍だと衝撃で折れてしまう。2メートルの長さしかなく、槍先は大きくなっている。ボア狩りのために改良された槍が11本ボアの前に並ぶ。


 ボアがすごい勢いで突っ込んでくる。


「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」


 必死に受け止めるゲルダの班。踏ん張りがきかないと、牙や角で刺される。11人が1つになってボアの突進を止める。歯を食いしばる農奴たち。


「おっし、止めたぞ! 囲い込め!! ロダン出番だぞ!!!」


 ゲルダの班が大きな頭を囲い込むようにボアを槍先で押さえつけていく。


「任せろ!! いくぞ皆!!!」


「「「おおおおお!!!」」」


 ロダンの班は6人である。左右に3人ずつに分かれてボアの横から止めを刺す。


 狙うはボアの首である。首の血管を狙う。ボアは頭がでかく硬い。背中も硬い外皮に覆われている。倒すためには比較的柔らかい首元に深く槍を突き立て、急所を刺す必要がある。


 陣が整ったボア狩りである。20人がそれぞれの役目を果たした。10年以上かけて練り上げた連携だ。


(よし、話で聞いた通りの状況になったな。これならいけるか)


「じゃあ、そろそろお願いします」


「わ、わかった」

「いってくる」


 ここにきてようやく平民が動く。新人の平民は槍を持っている。アレンのいたところから、止めを刺そうと奮闘する塊に向かっていく。


 ゲルダの後方にたどり着く。


「「いきます!!」」


「おう、俺らを狙うなよ!!!」


 誤って刺さないように掛け声を出す平民。ゲルダ達の壁の後ろから槍で刺す。


 今回アレンの行った作戦はとても単純だ。2メートルという短い槍を使う農奴たち。今回平民に用意したのは4メートルと倍の長さの槍である。これを使い、ボアを囲い込んで後方から戦う。


 作戦は釣り班がボアを1体釣って、囲み班が押さえ込んで、止めを刺す班が倒すという作戦である。どこに新人をいれても運が悪ければ死んでしまう。


 アレンは言った。そもそもどこかの班に入れるのが間違いである。後方から刺すだけでよいと。


 新人の平民も必死に刺していたところ、ボアが一際大きな雄たけびを上げる。どうやら急所の喉元を貫いたようだ。深々と刺さり鮮血が噴き出す。力が入らないのか、動きもゆっくりになり、とうとう体を横にして倒れる。巨体が倒れ地響きを立てる。


(おお! 無事倒せたぞ!!)


 完全に倒せたか確認しているところ、平民ら2人が叫ぶ。


「ああああああ! こ、越えたああああああああ!!」

「ち、力があああああ、神様ありがとうござます!!」


 どうやら、レベルアップしたようである。神の試練を越えたと絶叫している。槍を握りしめる手を見ながらワナワナさせている。


(ほう、やはり後方から槍でつつくだけでレベルが上がったか。ノーマルモードだからな。結構上がったんじゃないのか? どれどれ)


 自分にも経験値入ったかと確認する。魔導書の表紙を見るが、何もログが流れていない。


(くっ! やっぱり、ここで突っ立っているだけでは経験値は入らないのか)


 予想はしていたが、本当に経験値が入らないのかとがっかりする。作戦はうまくいったものの、自分に経験値が入らないことを残念がる。


 こうして、アレンの作戦によるボア狩りの新人育成が始まるのであった。

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