第25話 本当の理由

 紫苑が誰よりも早く気配に気が付き、零に目で合図を送る。

 受け取った零は甚八たちを、松が寝ている布団に集め、早口に言った。


「ばたばたと中途半端になっちまったがなぁ、つまりあんた方は巻き込まれたのさ。人間の強欲と妖鬼の諍いにな」


 ばりばりと木を剥ぐ音がして、ばん、と屋根が吹き飛んだ。


「やれやれ、彼奴らは屋根を剥ぐのが、そんなに好きなのかぇ?」


 呆れた声でぼやく零が見晴らしの良い空を見上げる。

 筋肉質な鳥天狗が一人、空の上から部屋の中を覗いていた。


いわお……」


 睦樹の呟きに確信を得て、零が全員に号令を掛けた。


「ここに居る人間全員守るぞ! それから睦樹もな!」


 零の声に呼応して、紫苑が甚八たちの周囲に結界を張る。

 妖狐姿になった一葉が部屋から飛び出し、空を覆う程に大きな九尾に変化した。


「い、一葉って、あんなに大きいの?!」


 驚いている睦樹に、零が口端を上げる。


「一葉の能力は、あんなもんじゃねぇよ。まぁ、そこで高みの見物、しておきな」


 空に昇った一葉は一つ大きく咆哮を上げると、巌に向かい火を吹いた。

 巌はそれを黒い羽の神風で掻き消す。空を駆け上がり、一葉が今度は先程の倍以上の業火を吐き出した。


「くっ……!」


 羽の神風ですら消せない炎から逃げようと横に飛んだ巌を、炎の後ろから飛び出した一葉が体ごとあっさりと咥え込んだ。

 元々体の小さな種族である鳥天狗の中でも大きい類に入るとはいえ、元来の姿になった九尾の狐にぱっくりと胴体ごと咥えられては、流石に手も足も出ない。


「うっ……! くっ!」


 もがいても牙が体にめり込むばかりで逃げることすらできずに、巌は羽に手を伸ばす。


「零。これ、食べちゃっていいの?」


 あっけらかんと、一葉が問う。睦樹は、どきりとして思わず叫んだ。


「駄目! 駄目だ、一葉! 食べないで! お願いだから!」


 必死の懇願を聞いて、一葉は残念そうに上げていた顎を下げた。


「そっかぁ。じゃあ、ちょっと弱って降りてね」


 一葉が、噛む牙に力を籠めた。


「うぁっ」


 痛みを堪える巌に追い打ちを掛けるように、その口から火を吹く。


「なっ!!」

「巌!」


 動かなくなった巌を、一葉が解放する。

 空から力なく降り落ちてきた巌の体を、双実が猫又姿の背中で受け止めた。


「丸焦げにされなくて、良かったわね」


 悔しそうな顔をする巌の体を、ごろんと背中から乱暴に落とす。

 転がった巌は、睦樹の目の前に投げ出された。

 仁王立ちのまま、じっと巌を見下ろす睦樹を眺めて、巌が力なく笑った。


「深影の気を追って来てみたら、お前だったか、蒼羽。やはり兄弟だな」

「確かに僕と深影の気は似ている。僕の大事な、兄様、だから。だけど僕は巌の事も、大事な従兄だと思ってる」


 睦樹の言葉に、巌の顔から笑みが消えた。


「どうして、こんな真似したんだ? 人間の欲を利用して仲間や人を傷つけて、故郷の里を焼いて。そこまでして、一体何がしたかったんだ」

「お前は知っているだろう、俺たちの目的を」


 睦樹の目が沈んで、瞳が伏す。


「白い羽はそんなに駄目なのか。同じ、鳥天狗の仲間なのに」

「仲間ではない!」


 睦樹の言葉に被せるように、巌が怒号を上げた。


「我々、鳥天狗は古来より黒い羽こそが純血種。白羽は異端。忌み子は、いずれ一族を絶滅に追いやるとして間引くのが掟だった。その掟を廃したのはお前の父親だ、蒼羽。そのせいで、どうだ。忌み羽は増える一方だ」

「白い羽を、忌み羽なんて言うな!」


 堪らず大声を上げる睦樹にも巌は怯まず、それどころか冷静に言葉を続けた。


「只でさえ数の減っている鳥天狗は希少、放置すれば鳥天狗の血統は途絶える。純血である筈の長の子が、純白の羽を持って生まれてきたのが何よりの証。実の子への情に流され掟を変えるような長に付いては行けぬ。だから今回、里と一緒に忌み羽どもを焼き殺してやろうと思った。深影のせいで、全員難を逃れたようだがな」


 睦樹は目を見開き、言葉を詰まらせた。


「白い羽の仲間を殺すために、里を、焼いたのか? どうして、そんなことが、できるんだ」


 悔しさと悲しさに目を滲ませる睦樹を、巌は真っ直ぐに見詰める。


「やはりお前も叔父上と同じく、勇なき長の血だな、蒼羽」

「羽が白いだけで殺すことが勇気なのか?僕はそう思わない。白い羽が生れても、鳥天狗は滅んだりしない!」


 強く握った拳からは赤い血が滲んでいた。

 今の巌を説き伏せるだけの言葉を持たない自分があまりにも悔しかった。


「愚者の情は種を滅ぼす。古記の種族たちも同じ道を辿り消えていったのだ。俺は鳥天狗にそんな末路を選ばせたりはしない」


 傷と火傷にまみれた体を引き摺るようにしながら立ち上がり、巌は睦樹の前に立った。


「これが最後だ、蒼羽。お前は誰よりも美しい黒羽を持つ純血種の長の息子、聡明で力も強い。俺と共に来い」


 巌が、睦樹に向かい手を差し出す。

 睦樹は俯いたまま首を横に振り、手を出さなかった。


「返事は、あの日にもした。僕は行かない。深影兄様も、他の白羽の仲間たちも皆で暮らせる里をもう一度作り直す。巌たちも一緒に暮らせる里を、僕が作る」


 強い意志を宿した瞳が巌を見上げる。

 巌はその光から逃れるように目を閉じ、差し出した手を引いた。


「そうか、残念だ」


 ぶわりと黒い羽を広げて、巌は空に飛び上がった。


「深影は長の嫡子でありながらの忌み羽。奴が生きている限り、忌み羽どもは自身の存在価値に希望を持ち続ける。これがどういう意味か理解して行動することだ、蒼羽」


 それだけ言い残し、巌は飛び立って行った。

 睦樹は何も言わず、小さくなっていく巌の姿をずっと見詰めていた。

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