第21話 意外な盲点

「おひと~つ落として、お~さら…」


 柔らかな陽の暖かさが降り注ぐ下、紫苑はくるくると投げ回していたお手玉の手を止めた。

 目の前の六がすっと顔を外に向けてしまったからだ。

 六は少しだけ顔を上げ、空の向こうを眺めているようだった。


「睦樹ちゃんがいないと、淋しい?」


 にこり、と語り掛ける紫苑を振り返り、六は俯く。


「大丈夫よ、六ちゃんのこと、放っているわけじゃぁ、ないのだからねぇ」


 最近の睦樹は零の指示で一葉たちと仕事に出てしまうことが多い。

 ここに来た当初より共に過ごす時間が減っているのは事実だ。

 紫苑は、隠れ家を出る時の睦樹の言葉を思い出していた。


「僕が面倒みるって言ったのに、最近ずっと紫苑に任せきりで、ごめん」


 小さな頭を、ぺこりと下げる生真面目な少年に、紫苑はふふっと微笑んだ。


「お仕事の無い時はほとんど一緒に過ごしているじゃない。気にすることないわぁ」


 気丈で意地っ張りで頑固で、その割に素直で純粋なこの幼い少年を、紫苑はとても可愛らしく感じている。


「小さな頃の誰かさんに、そっくりねぇ」


 思わず零れてしまった声に顔を上げようとした睦樹の頭を、優しい手がふわりと撫でた。


「六ちゃんは大丈夫だから、しっかり行ってらっしゃいな」


 すまなそうな顔をして出て行く睦樹を送り出す心境は、少し複雑だった。


(もしかしたら、大変なことになっちゃうかもしれないものねぇ)


 睦樹自身はそんなことに気付いてもいなそうだったが、紫苑の目にはむしろ、ここに居る六の方がそれを感じ取っているように見えた。

 不安げな顔で、六が紫苑を見上げる。


「神様、大丈夫かな」


 普段、表情の変化が乏しい六にしては珍しい顔だ。

 初めて会った時から感じていたが、六は感覚が鋭い童なのかもしれない。

 人は成長するごとに感じ取る力が乏しくなる傾向がある。

 童が鋭敏であるのは珍しいことではない。

 だが、六に関しては特殊ともいえるほどに感覚が鋭いと感じる時がある。

 勿論本人は、意識などしていないだろうが。


(見たものを素直に信じられるのは、強さかもしれないわねぇ)


 童であるからこそ、さらに言えばこの六という少女であるからこそ、と言えるのかもしれない。

 紫苑は六の体を膝の上に乗せると、頭を撫でた。


「きっと大丈夫よ。睦樹ちゃんは強い子だから。六ちゃんと同じよぉ」

「同じ?」


 小首を傾げる六に、紫苑が頷く。


「お母ちゃんと離れても、ずっと泣かずに頑張っている六ちゃんも、強い子よ」


 六が、くりっと顔を背ける。もじもじと手の中でお手玉を転がす。


「神様も皆も、優しい。だから平気。お母ちゃんもお父ちゃんもきっと元気って、神様も言ってた」


 照れたような仕草は寂しさを紛らわせているようにも見えて、紫苑はきゅっと六を抱く手に力を込めた。


「そういえば、六ちゃんのお母ちゃんは、何て名なの?」


 聞きながら、はっとした。

 六の両親の名を確認していなかったことに、今更気が付いたのだ。

 名さえわかれば、庄屋の与右衛門が記録している村人の管理帳で現在の居場所や生存を確認できるかもしれない。

 火事からかなりの時が経過した今なら、ほとんどの村人の名が記録されている筈だ。


「まつ」

「お父ちゃんの名は?」


 流れで聞いた質問に、六は驚く名を答えた。


「いさく」

「い、さく……」


 思わず息を飲み、妙に納得した。

 あの火事の日に六が何故、母親と二人だけで森塚に向かったのか、付火の跡が何故、六のいた場所の真逆であったのか。


(これじゃぁ、辻褄が、合っちゃうわねぇ)


 紫苑は六を抱きかかえたまま、立ち上がった。


「六ちゃん、今から睦樹ちゃん……六ちゃんの神様のお仕事をお手伝いしに、行きましょうか」


 微笑かけると、六はいつにも増して力強く頷く。


「そうと決まれば、早速ねぇ」


 くるりとその場で一回りすると、緩い竜巻のような風が紫苑と六を包み込む。

 畳の上に薄紫の花弁を数枚残して二人が消えた部屋には、ほんのりと甘い残り香が漂っていた。


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