第20話 動き出した真打
簡素な小屋の隙間から時折吹き込む冷たい風にぶるりとしながら、甚八は難しい顔で目を瞑り腕組みをしていた。
「まぁそんなわけで、佐平次の悪事の方を先に掴んだ形になっちまったが、伊作の居場所も検討が付いている。仲間がそっちに向かっているから、すぐに見つかると思うぜ」
再建している芽吹村近くの山林にある猟師小屋。
甚八は今、そこを一人で間借りして暮らしている。
家族は内藤新宿の親戚の家に身を寄せている。毎日村に通うには距離があるためだ。
立て付けの悪いこの小屋はもうすぐやってくる本格的な冬を凌ぐには些か心許ない。
「そんなことの為に里山と村に火を付けるなんざ、許せねぇ」
絞り出した声は震えて、なんとか怒りを堪えているのは表情からも明らかだ。
「だが、一番許せねぇのは、それに伊作が絡んでるってことだ」
ぎりっと歯ぎしりする甚八に、参太が声を掛ける。
「しかしまだ、どういった形で関わっているのかまでは、わかっていません」
「口封じされる程の関わり方をしているってぇのは、尋常じゃねぇだろ!」
堪らずに怒号を上げ、拳が薄い床板を殴りつける。
「いや、すまねぇ。参太さんにこんなこと言っても仕方ねぇのにな」
抑えきれない怒りを滲ませた顔のまま、甚八は俯く。
がたり……。
立て付けの悪い小屋の戸が突然開いて、全員が振り返った。
「今の話は、本当……なんですか?」
真っ青な顔でそこに立っていたのは先代の息子、惣治郎である。
「若旦那、なんでこんなところに」
慌てて顔を上げた甚八に、惣治郎は思い詰めた顔をした。
「甚八さんにお伺いしたことがあって、窺ったのです」
戸口に立ち尽くす惣治郎を中に招く。
五浦が、がたがたと閉まりの悪い戸をなんとか閉めた。
「その顔を見るに、あんたも二代目に何かしらの疑念を持っているようだなぁ」
にやりとする零に、惣治郎は頷いた。
「最近、二代目の行動が妙だと感じまして。特に村内の蔵の増築に関して私に一切の相談がないので、甚八さんが何か聞いていないかと、ここに来てみました。立ち聞きするつもりはなかったのですが、今聞こえた話が本当だとしたら……」
そこで言葉を詰まらせ、惣治郎はぎゅっと目を瞑る。
「俺の話が、嘘だと思うかい?」
零の言葉に、惣治郎は沈痛な面持ちのまま、首を横に振った。
「私に真偽は図りかねますが、総て否定も、できません」
ぼそりぼそりとそう言うと、ばっと顔を上げる。
「しかし! しかし二代目が身を削って懸命に村の立て直しに尽力する姿を私は間近で……!」
五浦が静かに惣治郎の口を塞ぐ。
参太は壁の隙間に空いた穴からそっと外を窺い、零に目で合図した。
「どうやら客人の様だ。話の続きはここより落ち着いた場所でしようかねぇ、伊作を含めて」
のっそり立ち上がると、甚八と惣治郎の腕を取る。
「この場は任せたぜぇ。参太、五浦」
二人が頷くのとほぼ同時に、ばりっと木の裂ける大きな音がして小屋の屋根が吹き飛んだ。
青い空の端の方に、真っ黒な羽をした妖鬼の姿があった。
小柄な男女の鳥天狗が二人、小屋の中を覗き込んでいる。
「二人とも、佐平次の対談方に扮していた、妖鬼だ」
五浦の証言に零は、ふぅんと鼻を鳴らした。
「随分と派手な初手ですね。正体を隠す気は無いようですが、どうします?」
溜息交じりの参太の横で零は、がははと豪快に笑った。
「お陰で空が良く見えらぁ」
状況が理解できずに只々唖然とする甚八と惣治郎を、零がひょいと担ぎ上げた。
「とりあえず足止めしてくれりゃぁ良い。適当な所で、二人も戻ってくれ」
頷く二人を確認すると、担ぎ上げた甚八と惣治郎を背中に乗せて大きく跳ね上がり、零は大樹の枝に飛び乗った。
その機を逃さず女の鳥天狗が零に向かい苦無を投げ付ける。
ぱん、と何かが破裂したような音がして、苦無は零に届く前にあっけなく地面に砕け落ちた。
「さっさと行かないと、次は外すかもしれませんよ、零」
鳥天狗に銃口を向ける参太が叫ぶと、零は口端を上げた。
「お前ぇが獲物を外したところなんざ、見たことがねぇよ」
零は笑いながら枝を蹴り、一足飛びで場を離れる。
その姿は、あっという間に見えなくなった。
「待て!」
追おうとする鳥天狗の頬を参太の銃弾が掠めた。
「
「いいから早く、あれを追って!」
庇おうとする男に累と呼ばれた女が怒鳴る。
男がたじろいでいる隙に、その腕には紐のようなものが巻き付いた。
「行かせない」
五浦の手から伸びる水の鞭が、男の腕をぎっちりと掴み、引き寄せる。
「
累が紡と呼んだ男に感けているうちに、五浦は累の腕にも水の鞭を括りつけた。
「くそっ!」
鞭を掴もうとしても、びちゃびちゃと雫が跳ねるばかりで握ることも出来ない。
水の鞭は、しっかりと腕に巻き付いて二人の動きを封じている。
「その水は五浦の言うことしか聞かないので、掴むことも解くことも出来ませんよ」
参太は累の額に銃口を突きつけ、いつもの柔らかい微笑が嘘であるような冷酷な瞳で見下した。
「これは南蛮の銃でピストルと言います。小型でとても使いやすいんです。中には銃弾が込めてあって、引き金を引くと凄い速さで弾が発射されるので、脳天を突き破って相手を殺すことが出来ます。人の作ったものですが、私が少し改良を加えているので、妖鬼も殺せますよ、簡単にね」
ぎりりと睨み上げる累に、参太は仄暗い笑みを落とした。
「さぁ、どういった方法で殺して差し上げましょうか。じっくり弄られて、もがき苦しんだ方が、貴女もきっと楽しいでしょう?」
感情の無い黒い目が更に闇に色を落とし、無機質な声で淡々と語る。
累がごくりと生唾を飲み込み、小刻みに手が震えた。
「やめろ、やめてくれ!」
訴える紡を振り返ることなく、参太はもう一丁のピストルを素早く紡に向けた。
「どちらが先でも構いませんが、生命力の強い方が良いですね。弄り甲斐があって、楽しい時が長く続きますから」
暗い笑みを含んで笑う肩に本気の影を見て、紡が言葉を詰まらせる。
「住処を焼いて仲間を窮地に陥れる真似を平気でした輩が慈悲を乞うなんて戯言、まさか吐こうとは思っていませんよねぇ」
仄暗い闇を帯びた目に冷えた熱が灯る。
殺気を隠さない真っ直ぐな二口の銃口は二人の額をぴたりと捉えて、動きを封じていた。
すっかり怯えてしまった二人は参太の殺気に気負けして体を小刻みに震わせる。
戦意など既に二人は喪失している。
五浦がぽん、と参太の肩に手を置いた。
「参太、そのくらいで」
ぞっと寒気がする程の殺気を漂わせていた参太の背中から、すぅっと気配が引く。
「大丈夫、冗談ですよ」
振り返ったその顔はいつもの優しい笑みだった。
五浦が無表情のまま、こくりと頷く。
「込めてあるのは念弾です。死んだりはしないので、ご安心を。少しだけ眠っていてくださいね」
言うが早いか素早い手付きで、参太は累と紡の額に寸分違わず念弾を撃ち込む。
二人はその場にばたりと倒れ込んだ。
「本気でやったり、しませんよ」
振り返った参太に、五浦は頷いた。
「わかってる」
(本当は本気で弄りたかったことも、殺したかったことも)
参太の過去を少なからず知る五浦は、その想いをいつもの如く心の中に留め置いた。
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