読書感想文

@ungo

序章

 夏休みは中盤に差し掛かろうとしていた。僕の数少ない友人の一人である平田と二人で、通っている高校の近くにある喫茶店「レイル」に入った。通い慣れた店のいつもの席を陣取ると、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。僕も平田もアイスコーヒーはブラック派だ。僕はブラックが一番美味しいからだが、平田は余計な糖分や脂質を摂るのを嫌ってそうしているらしい。

無垢材の床と似たような色合いの椅子とテーブル、椅子には安っぽい張り生地が張ってある。店内には程よくクーラーが効いており、ジャズなのかクラシックなのかわからない音楽が延々と流れている。居心地のいい空間だ。

向かいに座った平田といつものように、バラエティ番組などの話をしながら時間を潰していた。

 話題は夏休みの宿題の話になった。馬鹿な僕とは違い優秀な平田は、宿題のほとんどを終え、あとは読書感想文だけだという。そもそも僕は読書感想文が宿題として出ていたことすら忘れていた。

焦燥感に駆られた僕は、コーヒーを飲み終わって早々に平田に別れを告げて帰路についた。

家に着くと、雑多に置かれた紙類の束から読書感想文の課題が印刷された更半紙を引っ張り出した。紙が見つかった時点でなんとなく安堵してしまう。目を通す。文字は少ない。「二千字以内、九月一日提出、課題図書一覧」と、文字はそれだけ。あとは白黒の本の表紙が何冊か並んでおり、それが裏面まで続いている。見つけたことに達成感を感じ、安心しきった僕は、コップに麦茶を入れてソファに座りながらその紙をゆっくりと眺めた。紙にあるどの本ももちろん読んだことはない。聞いたことすらないような本ばかりだった。とりあえずページ数を調べようと、麦茶をゆっくりと飲んでから本屋に向かった。

 本屋につき、課題図書を探すと、全て見つかった。そのうちの二冊を自分の最終選考に残した。一冊は一番薄く、興味はないが簡単に読めそうな小説。もう一冊は同じく小説だが、とても分厚い。辞書ほどもあろうかという分量だ。あまり本を読まない僕にはかなりハードルが高いかもしれない。だが、なぜだか、とても惹きつけられる。内容はいかにも難解そうで、書かれた時期もかなり前らしい。普段なら間違いなく薄い方の小説を選んでいただろうに、なぜだかこれに惹きつけられる。表紙か、装丁がそうさせるのだろうか。決して派手ではないし、表紙のデザインも曖昧としていてなんだかよくわからない。帯もついていない。裏を見てみる。物語のあらすじと著者の紹介が書かれている。なんとか賞受賞。僕の知らない賞をとっている人らしい。僕が知らないだけですごく有名な人なのだろうか。本の適当なページを開いてみる。文字がびっしりあり、見ただけでしんどくなる。どうしようか。

 僕は本屋を出た。右手には紙袋に入った分厚い本。夏の太陽はまだ高く、燦々と陽光が降り注いでいる。じんわりと汗をかき、紙袋が湿っていくような気がする。道のりは長い。僕はこの本を読み切ることができるだろうか。まあいいか。一ページずつ読んでいこう。

 いつの間にか、読書感想文の枠組みを超えて、本を読もうとしている自分がいた。

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