第40話

 揉め事と聞いたので、いつものように誰かが、エーリヒに絡んだのかもしれない。

 それくらいだと思っていた。

 だがギルドに辿り着いたクロエは、目の前の光景を見て思わず立ち止まった。

「え……。何これ……」

 ギルドの建物の入り口が破壊され、壁が崩れている。

 それは、とても揉め事程度のものとは思えない。

 周囲には、遠巻きにギルドの様子を伺っている人たちの姿があった。

 これでは騎士団も介入するわけだ。

(これ、もしかして魔法攻撃?)

 崩れた建物から魔法の残滓を感じ取って、クロエは手のひらを握りしめた。

 この国で、魔法を使える者は少ない。

 ギルドに所属している冒険者には、魔石を使う魔術師もいる。けれど魔石は高価なもので、こんなことに使うとは思えない。

 そもそも、町中で攻撃魔法を使うことは禁じられているはずだ。

(サージェ。あの人がまた?)

 エーリヒを攻撃したのなら、許せない。

 クロエは遠巻きに半壊しているギルドを眺めている人たちをかき分けて、崩れている入り口からギルドに入った。

「ああ、クロエ」

 内部もひどいものだった。

 カウンターやテーブルが破損している。

 予想以上の惨事に思わず立ち止まったクロエに、後片付けをしていたギルド員のひとりが話しかけてきた。

 馴染みのギルド受付員の、ロジェだった。

「ロジェ、何があったの? エーリヒは?」

 心配と、サージェに対する憤りで、思わず詰め寄る。

「詳しい話は、奥でするよ」

 ロジェはそんなクロエを、ギルドの奥に導いた。

 奥の部屋は無事のようで、促されて椅子に座る。ロジェも、クロエの向かい側に座った。

「攻撃魔法を使った気配がしたわ。またあの人が、エーリヒに絡んだのね?」

 体調不良で休養していたことも忘れて、クロエはロジェが座った途端に、そう詰め寄る。

「……ああ、そうなんだ」

 ロジェは疲れたような顔で、クロエの言葉に頷いた。

 エーリヒが指名依頼を受けるためにギルドを訪れたとき、たまたまサージェもこちらにいたようだ。

 またクロエのことでエーリヒに絡んだが、さすがにクロエがきっぱりと拒絶していたこともあり、周囲のギルド員も止めようとしたらしい。

 他の冒険者たちも、自分の気に入った者しか優遇しない彼の態度には、以前から腹を立てていたらしい。

 振られたくせにみっともないぞ、とやじられて、その冒険者に魔法で攻撃をしてしまったという。

 エーリヒが庇ってくれなかったら、その冒険者は死んでいたかもしれない。

 ロジェは苦悶の表情でそう言った。

「いくら貴重な魔力持ちとはいえ、最近のサージェの行動は目に余る。魔法で攻撃するのは違法でもあるから、殺人未遂で騎士団に通報したんだ」

 その判断は、間違っていないのだろう。

 ギルド員が冒険者を魔法で攻撃して、さらにギルドも半壊している。それを通報しないようなら、信用を失うのはギルド側だ。

 だが駆けつけた騎士の中に、エーリヒを知っている者がいたらしい。

 近衛騎士団に移動したとはいえ、数年前まではエーリヒも所属していたのだ。

 それも当然のことか。

 エーリヒを見て驚いた様子のその騎士は、関係者全員に話を聞きたいからと、エーリヒも連れて行こうとした。

「……たしかに、サージェが最初に絡んだのはエーリヒだったからね」

 だがロジェは、その騎士には何か他の意図がありそうだったと、ぽつりと語る。

 さらに殺人未遂で拘束されたサージェが、虐げられている女性を守るためだったと発言したせいで、その件についても調査をすることになってしまった。

「じゃあ、エーリヒは騎士団に?」

 連れて行かれてしまったのだろうか。

 しかも、サージェが余計なことを言ったせいで、クロエまで聴取されてしまうかもしれない。

 おそらく彼は殺人未遂、町中で攻撃魔法を使った罪などでギルド員ではなくなるだろうが、最後にとんでもないことをしてくれたものだ。

「いや、エーリヒは別の場所にいる。騎士団が彼らを連れて行こうとしたとき、ある貴族の女性がギルドを訪れたんだ」

「……貴族?」

 それは、クロエを養女にしたいと申し出た女性だったと、ロジェは語った。

「エーリヒに用事がある。彼に何か聞きたいことがあれば、自分を通してほしいと言っていた。かなり高位貴族の女性のようで、騎士たちも、彼女には逆らえない様子だった」

 その女性はエーリヒを連れて行き、クロエに渡してほしいと手紙を置いていったようだ。

「これが、その手紙だ」

「……」

 差し出された手紙を、クロエはしばらく見つめていた。

 エーリヒがその女性におとなしく従ったのは、騎士たちに見つかってしまった以上、クロエの元に帰ることはできないと思ったからか。

(きっとこの手紙を受け取らず、ひとりで逃げてほしいと思っているでしょうね)

 けれど、エーリヒが向こうに連れ去られてしまった以上、このまま手紙を受け取らずに拒絶することはあり得なかった。

 クロエは、覚悟を決めてその手紙を受け取る。

「以前、エーリヒから聞いたよ」

 そんなクロエに、ロジェはすまなそうに言った。

「え?」

「貴族の女性に目を付けられてしまって、クロエと一緒に逃げてきたって。元騎士だと言っていたから、ギルドに来た騎士の中に、知り合いがいたのかもしれない」

「……ええ」

 ロジェにはそう話していたのかと、クロエは同意するように頷いてみせた。

 それから、返事が必要なものかもしないと、手紙を開封してみる。

 そこは綺麗な文字で、エーリヒを王女に引き渡すようなことはしないから、安心してほしい。会って話がしたいから、明日の朝、ギルドまで迎えの者を寄越すと書いてあった。

(やっぱり、エーリヒのことは知っているのね)

 クロエは手紙をたたみ、ロジェに明日の朝、迎えが来ることを伝えた。

「わかった。こんなことになってしまって、すまないな」

 ロジェはそう謝罪してくれた。

 もちろん彼のせいではないが、ギルド側がもう少し、サージェを抑えられなかったのかと思ってしまう。

(魔力持ちというのは、この国ではそれだけ貴重な存在だろうけど……)

 おそらくサージェは有罪となり、もしかしたら国籍もはく奪されるかもしれない。

 他のギルド員がそう噂をしていた。

 そうなったらもう、魔石目当ての貴族に飼い殺しされる未来しかないと。

 そう思うとさすがに少し気の毒だが、クロエの言うことをまったく聞かずに、自分の良いように利用しようとしたのは彼だ。

 クロエはひとりで家に戻り、明日のための準備を整えることにした。

 エーリヒを連れて行った貴族の女性の目的が何なのかわからないが、もしクロエやエーリヒを利用しようとしているのなら、魔女の力を使っても逃げるつもりだ。

(これからも、ずっと一緒に生きるんだから)

 今まで、色々と助けてもらった。

 エーリヒが一緒にいてくれたからこそ、こうして別人になって生きることができた。

 だから今度は、自分がエーリヒを救い出す。

 そう決意して、ひとりで夜を過ごした。

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