8月18日[水] 朝市に寝坊しがちなおじいちゃんおばあちゃんをしばき倒すバイトについて

 15時半、窓から吹き込む潮風に吹かれながら、この日記をしたためている。


 網戸越しに、漁港に停泊する船や青々とした海が見えている。傾きはじめた太陽が、入道雲の向こうに沈もうとしている。


 ここは、須府すふ県の港町鳴子なるこ町。


 月曜から新しくはじめた短期バイトのため、わたしは今、バイト先が借り上げた下宿に滞在している。六畳一間にテーブルがあるだけの簡素な畳部屋である。テレビもないし、風呂トイレは共同だ。

 昭和のドラマの住人になった気分だ。どこか懐かしい旅愁漂う感じ。嫌いじゃないね。金曜まで、ここで過ごす。


 バイトの内容は、朝市に寝坊しがちなおじいちゃんおばあちゃんを叩き起こして、遅刻しないように朝市に送り出す仕事である。


 鳴子朝市は、大正時代から毎朝行われている伝統の朝市である。朝市の開始は7時半だが、一時間以上前から準備がはじまる。早朝5時前後の起床も珍しくない。


 おじいちゃんおばあちゃんがみんな朝に強いかと言うと、当然そうではなく、昼過ぎまで寝ていたい人たちもいるわけで、そんな人たちを起こして回るのだ。


「おっはようございま────す!!」

「「!!」」

「ほら、今日も仕事ですよ──っ!!」

「あと五分寝かして~!」

「お願い、勘弁して~!」

「ダメですよ!遅刻しちゃいますよ、ほら──っ!!」

「いや────っ!!」


 こんな感じで、朝から阿鼻叫喚。

 布団にかじりつく齢80歳前後のおじいちゃんおばあちゃんを(中には90代の人もいる)、「まきざっぱ」で、今日も朝からしばき倒した。


 吉本新喜劇で使用されている、あの柔らか棒きれ──通称「まきざっぱ」が、わたしたちには支給されている。幼少の頃から、大好きだった新喜劇の「まきざっぱ」を手にして最初は感激したけれど、現状、心境は複雑である。


 眠そうなおじいちゃんおばあちゃんたちを、心を鬼にして、しばき倒さなければならないからだ。ちなみに、朝市の組合や漁港、そしてご家族の承諾はちゃんと得ている。と言うかそこからの依頼なのだ。…って、誰に向かって言ってんの?こういう言い訳を、日記にイチイチ書いている時点で罪悪感があるんだろうね。


 寝ぼけ眼のおじいちゃんおばあちゃんたちを洗面所まで引っ張り出して、顔を洗わせ、髪を整えさせ着替えさせ、軽トラに放り込むと高カロリーゼリーを口に突っ込んで、朝市まで送り出すのだ。

 早朝の数時間だけど、地獄の毎日が、まだ数日続く。


 もう夕方16時を過ぎちゃったな…。これからすぐ風呂に入って夕食を取り、19時には布団に入ろう。我々は深夜3時には起きねばならない。


 夕日が差し込んできた。夕日を浴びて、戦友のばきざっぱが黄色に輝いている。

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